キハ 22。 遜色急行

弘南鉄道黒石線 キハ22形(キハ2200形)、キハ2100形+下北交通開業記乗

キハ 22

お知らせ 運転会について。 2020年度の運転会は,当面運休いたします。 再開についてはこのホームページにて改めてご案内申し上げます。 お出かけ前にこのホームページをご確認ください。 定期運転会以外の日の見学について 定期運転会以外の日につきましては車両の見学は一切できません。 線路、駅、腕木式信号機は駅周辺にお越しいただくとご自由にごらんになれます。 車両は車庫に入っているために見ることができません。 ご了承をお願い申し上げます。 下北交通大畑営業所においてはクリアファイルのグッズ販売をしていただいております。 直接の下北交通へのお問い合わせはご遠慮ください。 2019年6月に青森朝日放送で当会の活動内容が放映されました。 以下のアドレスで御覧になれます。

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キハ22: モデルショップさがみ ガラクタ雑談室

キハ 22

お知らせ 運転会について。 2020年度の運転会は,当面運休いたします。 再開についてはこのホームページにて改めてご案内申し上げます。 お出かけ前にこのホームページをご確認ください。 定期運転会以外の日の見学について 定期運転会以外の日につきましては車両の見学は一切できません。 線路、駅、腕木式信号機は駅周辺にお越しいただくとご自由にごらんになれます。 車両は車庫に入っているために見ることができません。 ご了承をお願い申し上げます。 下北交通大畑営業所においてはクリアファイルのグッズ販売をしていただいております。 直接の下北交通へのお問い合わせはご遠慮ください。 2019年6月に青森朝日放送で当会の活動内容が放映されました。 以下のアドレスで御覧になれます。

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JR東日本盛岡支社のキハ22・23・45 JR東日本盛岡支社のキハ22・23・45 キハ22 キハ20系の北海道向けとして製造されたキハ22ですが、寒冷地でもある東北でも配置両数が多かったです。 盛岡支社では大湊・青森・八戸・盛岡・一ノ関の各区所に配置されていましたが、配置区・車両の統廃合によりJR発足直後は一時八戸のみに集結し、大湊線・津軽線を中心に使用されていました。 1両が一ノ関へ転属しましたがこの車両も再び八戸へ転属しています。 しかしながら車両の老朽化と、DMH17Cエンジンは火災対策改造の対象とはならず1991年度をもって使用停止となり後に廃車となりました。 なお、国鉄末期の特定地方交通線の転換にあたり、弘南鉄道と下北交通へは改造の上譲渡、阿武隈急行へは貸出となった車両もありました。 18 盛岡 1986年11月のダイヤ改正により盛岡鉄道管理局(当時)に在籍していたキハ22のうち基本番台車はすべて使用停止となり、盛岡駅の旧工場脇の留置線に留置されました。 キハ22 254(盛ハヘ) 1989. 6 八戸運転所 1986年に苫小牧から転属してきた車両でしたが、北海道向け車両の特徴である前面ナンバーは入りませんでした。 JR移行時に粘着テープによる白帯2本が入った暫定色となりましたが、このまま1988年3月改正で大湊線のワンマン化により保留車となり、1990年に廃車となりました。 キハ22 267(盛ハヘ) 725D 1988. 1野辺地 こちらも1986年の北海道からの転属車でした。 254と同様に大湊線で使用後、1988年3月改正で保留車となったあと廃車となりました。 19 山形 こちらも大湊線で使用されていた北海道からの転入車です。 暫定色となりましたが、1988年に山形へ転属しました。 白帯は転属時に除去されました。 1 八戸運転所 大湊線で使用されていた北海道からの転入組です。 1988年の大湊線ワンマン化で小牛田へ転属しましたが、転属後も暫定色のまま使用されました。 小牛田での活躍期間は短く、早期に保留車となったあと廃車となりました。 1 野辺地 この車両も北海道からの転入組です。 269と共に小牛田へ転属しましたが、その後の動きも269と同様でした。 6前谷地 (下)931D 1991. 31津軽二股 北海道からの転入組の1両ですが、1988年に一ノ関へ転属し、当時の一ノ関では唯一のキハ22となりました。 同年、盛岡色への変更を行いましたが、盛岡客車区で塗装変更を行ったため八戸の塗装変更車とは仕様が異なりました。 また、一ノ関転属と同時に「南三陸」運用に対応したヘッドマーク枠が取り付けられましたが、八戸へ転属後も廃車までそのまま残っていました。 キハ22 278(盛ハヘ) 929D 1991. 31蟹田 キハ22 280(盛ハヘ) 572D 1988. 1青森 1986年11月のダイヤ改正で登場した青森〜浅虫温泉の区間運転列車「お買い物列車うとう号」用としてセミクロス改造が行われました。 「うとう号」のトリコロールカラーは盛岡色よりも一足早く登場しています。 なお、青森〜浅虫温泉のほかにも津軽線の列車へ連結され蟹田まで運転されたりもしました。 キハ22 295(盛ハヘ 581D 1989. 8 青森 キハ22 297 盛ハヘ) 1992. 4 一戸 1991年に南秋田運転所から転属してきた車両ですが、塗装変更を受けることなく廃車となりました。 キハ22 325 盛ハヘ) 581D 1989. 8 青森 キハ22 343(盛ハヘ) 9523D 1989. 8 青森 回3721D 1990. 21 青森 キハ22ラストナンバーとなった343は新製配置時点から東北に在籍していました。 この車両も「うとう号」の改造を受けています。 キハ23 キハ20系の改良版で近郊型のカテゴリとして登場したキハ23・45系の両運転台基本型式ですが、盛岡エリアでは1986年に一ノ関へ配置されたのが最初です。 在籍していた3両のうち1両が小牛田所属車と振り替えられましたが、その車両を含めてすべてが1990年度に車両更新改造を受けました。 キハ100導入により小牛田へ転属したことから一ノ関在籍は5年間と短く、小牛田へ転属後は1998年まで使用されました。 28 小牛田運輸区 512は3両の中では最初に一ノ関に配置された車両でした。 1990年には小牛田の503(後に一ノ関へ転属)と同時にキハ23では最初の車両更新改造車となりました。 30 志津川 (下)332D 1991. 3 一ノ関 キハ45 キハ23・45系のうち片運転台の基本型式で、キハ25の改良版ともいえます。 盛岡エリアではやはり1986年に4両が配置されたのが最初で一ノ関のみの配置でした。 一ノ関に在籍していた他の1エンジン車(キハ28・48)と共通で使用されていましたが、こちらは火災対策改造の対象とはならず、1990年度からのキハ100導入により1991年度に順次廃車となりました。 29 陸中川尻 キハ45 505(盛イチ) 3920D「南三陸2号」 1991. 15 仙台 キハ45 506(盛イチ) 2923D 1990. 30 前谷地 506はキハ45の中で最初に盛岡色へ変更されました。 キハ45 516(盛イチ) 739D 1990. 7 和賀仙人.

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