あつ森 桟橋 魚 いない。 【あつまれどうぶつの森】よくある質問まとめ|Q&A【あつ森】

【あつ森】離島ツアーの種類一覧!レア島の行き方は?住民がいない時の対処法も【あつまれどうぶつの森】│デイリーローズ

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ここは両国広小路、隅田川に向いた 茜茶屋 ( あかねちゃや )、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話している。 「悪いことは云わぬ、 諾 ( うん )と云いな」 「さあね、どうも気が進まないよ」 「馬鹿な女だ、こんないい話を」 「あんまり話がうますぎるからさ」 「気味でも悪いと云うのかい」 「そうだねえ、その辺だよ」 「案外弱気なお前だな」 「恋にかかっちゃあこんなものさ」 「ふん、馬鹿な、おノロケか」 「悪かったら 止 ( よ )すがいいよ」 「いやいや一旦云い出したからには、俺はテコでも動かない」 「 妾 ( わたし )も 理由 ( わけ )を聞かなければ、やっぱりテコでも動かないよ」 「いやそいつは云われない」 「では妾も不承知さ」 「そう云わずと 諾 ( き )くがいい。 無理の頼みではない筈だ。 好きな男を取り持とう。 いわばこういう話じゃあないか」 「しかも金までくれるってね」 「うん、旅費として五十両、成功すれば礼をやる」 「だからさ本当におかしいじゃあないか、 真面目 ( まじめ )に聞いちゃあいられないよ」 「真面目に聞きな、嘘は云わぬ」 「そうさ嘘ではなさそうだね、だから一層気味が悪い。 ……ね、妾は思うのさ、これには底がありそうだね?」 「底もなけりゃあフタもないよ」 「馬鹿なことってありゃあしない」 「ではいよいよ厭なのだな」 「そうだねえ、まず 止 ( や )めよう」 「よし、それでは覚悟がある」 「ホ、ホ、ホ、ホ、どうしようってのさ」 「秘密の一端を明かせたからには、そのままには差し置けぬ!」 「おやおや今度は嚇すのかい」 「嚇しではない、本当に斬る」 「何を云うんだい、伊集院さん、そんな 強面 ( こわおも )に乗るような、お仙だと思っているのかい」 「いや本当に叩っ斬る!」 「 恐 ( こわ )いわねえ、オオ恐い、ブルブルこんなに顫えているよ」 「ブッ、 箆棒 ( べらぼう )、笑っているくせに」 「それはそうと、ねえお前さん、ほんとにあの人木曽へ行くの?」 「うんそうだ、しかも明日」 「で、いつ頃帰るのさ?」 「で、いつ頃帰るのさ?」 こう訊いた女の声の中には、危惧と不安とがこもっていた。 それを 迂濶 ( うっか )り見 遁 ( の )がすような、武士は不用意の人間ではない。 「さあいつ頃帰るかな」わざと 焦 ( じら )すような口調をもって、 「ふふん、どうやら心配らしいな、教えてやろうか、え、お仙」 「ええどうぞね、お願いします」 「一年の後か二年の後、場合によっては永久帰らぬ」 「アラ本当、困ったわねえ」 「だからよ、おっかけて行くがいい」 「ナーニ、みんな出鱈目だよ、そうさお前さんの云うことはね」 「それもよかろう。 そう思っていな、だがしかし明日から、 彼奴 ( きゃつ )の姿を見ることは出来まい」 「それじゃやっぱり本当なのね」 「クドい女だ、嘘は云わぬよ」 「それじゃあ妾考えよう」 「何も考えるにも及ぶまい、解った話だ、うんと云いな」 「そうだねえ、うんと云おう」 「おお承知か、それは偉い、それ五十両、旅用の金だ」 「薄っ気味の悪い旅用だねえ」 「何を馬鹿な蛇ではなし」 「およしなさいよ、蛇々と」 薩摩の藩士伊集院五郎と、両国広小路の蛇使い、お仙との奇怪な話から、この物語は開展する。 さてその翌日の 払暁 ( ふつぎょう )のこと、三人三様の人間が大江戸の地を発足し、甲州街道へ足を入れた。 一人は立派な旅姿、紛れのない若武士で、小石川は水戸屋敷、そのお長屋から旅立った。 もう一人は堅気の 商人風 ( あきゅうどふう )、年は三十前後であろう、 菅笠 ( すげがさ )で顔を隠しているので、ハッキリ正体は解らないが、薩摩屋敷から出たところを見ると、伊集院五郎の変装らしい。 ところでもう一人の旅人は、全く異様な風采であった。 紺の 脛巾 ( はばき )に紺の股引き、紺の腹掛けに紺の 半被 ( はっぴ )、紺の 手甲 ( てっこう )に紺の手拭い、一切合切紺ずくめ、腰に竹細工の 魚籃 ( びく )を下げ、手に手鉤を持っている。 草鞋 ( わらじ )の紐さえ紺である。 頬かむりをしたその上へ、編笠 まぶかに冠っているので、その容貌は解らないが、赤い締め緒にくくられた、クッキリと白い 頤 ( あご ) つきや、細々とした 頸足 ( えりあし )へ、バラリ もつれている 紛髪 ( もつれげ )や、手甲の先から洩れて見える、 節靨 ( ふしえくぼ )のある指先や、そういうものから考えて見れば、若い女でなければならない。 両国広小路の掛け小屋から、抜け出たところから想像すれば、蛇使いの女太夫、 組紐 ( くみひも )のお仙が商売がら、 蝮捕 ( まむしと )り姿に身を やつし、恋しい男を追っかけて木曽路へ行くに違いない。 「困ったわねえ、はぐれちゃった」 府中の宿まで来た時である、男の足には叶うべくもなく、後へ残された女蝮捕りは、がっかりしたように呟くと、五月初旬の初夏の 陽 ( ひ )に、汗ばんだ額を拭こうとしてか、締め緒を解いて笠を脱いだ、 剃 ( そ )り つけて細い一文字の眉、愛嬌こぼれる 円味 ( まるみ )はないが、 妖婦型 ( バンプがた )さながらの切れ長の眼、ちょっと 刺々 ( とげとげ )しく思われるものの、それがバンプに似つかわしい、スッと高く長い鼻、その左右に 靨 ( えくぼ )があって、キュッと結べば深くなり、 綻 ( ほころ )ばせれば浅くなる、そういう可愛い特徴を持った、小さい薄手の赤い唇、間違いはない、組紐のお仙。 甲州街道は日本一の難場、それを女の一人旅、これは困るのが当然である。 可愛いい可愛いい蝮の子 陽やけて赤い やまかがし 蝮捕りの歌をうたいながら、 小仏 ( こぼとけ )も越し、甲府も過ぎ、諏訪から木曽谷へ入り込んだ。 だがもちろんこの頃には、恋しい男も伊集院五郎も、とっくに木曽へはいったことであろう。 福島宿、駿河屋という 旅籠 ( はたご )。 そこへはいって来た一人の武士、 「許せ、今晩厄介になる」 「へいへいこれはお早いお着きで……おいおい 洗足 ( すすぎ )を差し上げな。 ……松の一番だよ。 ご案内……」帳場の番頭お世辞を云う。 部屋へ通った若侍、年の頃は二十四五、 背割羽織 ( せわりばおり )に 裾縁野袴 ( すそべりのばかま )、 柄袋 ( つかぶくろ )を かけた長目の大小、 贅肉 ( ぜいにく )のない ひきしまった体格、武道に勝れた証拠であろう、涼しいながらに鋭い眼、陽焼けして色こそ赭いけれど、高い鼻薄い唇、純な乙女にも鉄火な女にも、 うち込まれそうな風采である。 宿帳へ記した名を見れば、 江戸小石川、山影宗三郎。 水戸屋敷から出た武士である。 夕餉 ( ゆうげ )を済ますと宿を出た。 「宿の景気を眺めて来る」 「へえへえおいでなさいまし」 ここ木曽の福島宿は、山村甚兵衛の預かる所、福島関の存在地、いわゆる日本の裏門で、宵の口ではあったけれど、江戸とは 異 ( ちが )い人通りも少く、聞こえるものは水ばかり、すなわち木曽川の流れである。 今日停車場のある辺り、その時代は八沢と云う。 人家途絶えて木立ばかり、その 木下闇 ( このしたやみ )へかかった時、声も掛けずに 背後 ( うしろ )から、サッと切り込んだ者がある。 右肩から掛けて脇腹まで、大袈裟掛けのただ一刀! 斬られてしまっては話にならない。 前へ飛ばず横へ 逸 ( そ )れず、逆モーションという奴だ、アッという間に宗三郎、背後 ざまに飛び込んだ。 シュッと鞘走る刀の音、ズイと上段に振り冠る。 構えは正しく円明流! 「 莫迦 ( ばか )!」とまずもって罵った。 「声も掛けず背後から、闇討ちするとは卑怯な奴、これ名を 宣 ( なの )れ、身分を云え! 本来ならばこう云うところ、しかし俺はそうは云わぬ。 と云うのは見当が付いてるからよ。 ……江戸を 発 ( た )って甲州路、府中の宿へかかった頃から、後になったり先になったり、稀有の 奴 ( やっこ )が附いて来た。 やつした姿は 商人風 ( あきんどふう )、縞の衣裳に半合羽、千草の股引き甲斐甲斐しく、両掛け かついで草鞋ばき、ひどく堅気に見せながらも、争われぬは歩きぶり、足の爪先踏みしめ踏みしめ、 踵 ( かがと )で 耐 ( こら )える武者運び、こいつ怪しいと眼を付ければ、寸の詰まった道中差し、 鐺 ( こじり )に円味の加わったは、ははあ小野派一刀流で、好んで用いる三 叉 ( しゃ )作り! ふふんこいつ 贋物 ( にせもの )だな! ビーンと胸へ響いたものよ。 ……どうやら俺を 尾行 ( つけ )るらしい。 はてないったい何んのためだ? ちょっと不思議に思ったが、まず用心が肝心と、油断なくかかった小仏峠、コレ 贋物 ( いかもの )、峠の茶屋で、よくも雲助をかたらって、俺に喧嘩を売りおったな!」 宗三郎威勢よく畳みかける。 「斬って捨てるは易かったが、大事な用事を抱えた身、何より堪忍が大切と、酒手を出して詫びを入れ、胸を 擦 ( さす )って山を下り、甲府お城下へ入り込んだら、憎い奴だ、コレ 贋物 ( いかもの )、問屋場人足を けしかけて、二度目の喧嘩を売りおったな、それも遁がれて福島入り、もうよかろうと思ったら、三度目馬鹿というやつだ、人頼みでは、 埓 ( らち )が明かぬ、こう思ったか単身で、よくそれでも切り込んで来た、もうこうなったらこっちのもの、俺の方で勘弁しない、 人雑 ( ひとまぜ )なしだ、一騎討ち、出たとこ勝負、さあ参れ!」 サッと切り下ろした片手斬り、流名で云えば 払叉刀 ( ふっしゃとう )、これが決まれば梨割りだ。 不思議なことには手答えがない。 敵はどうやら逃げたらしい。 「はてな?」と呟いた宗三郎、考え込まざるを得なかった。 「浮世には素早い奴がある。 俺の切り手を ひっ外し、足音も立てずに逃げるとは? いやどうも驚いたなあ」 チャリンと鍔音高く立て、刀を納めたものである。 空を仰げば明日は天気、一点雲なき星月夜、と大きく 抛物線 ( ほうぶつせん )を描き、青く光って飛ぶ物がある。 人魂 ( ひとだま )ではない流星だ。 「流星しばしば流るるは」 宗三郎微吟する。 「天下乱るるの兇徴なり」 よい声だ。 澄き通る。 悠然宿の方へ引っ返した。 享保十年夏五月、青葉 薫 ( くん )ずる一夜の出来事、もって物語りの二段とする。 翌日宿を出た宗三郎、三 岳村 ( たけむら )の方へ足を入れた。 萩原の手前まで来た時である、ちょっと面白い事件が起った。 「 箆棒 ( べらぼう )な爺だ、何を云やあがる、村方の厄介になりながら、詰まらねえ事ばかり云やあがる。 不吉も 糸瓜 ( へちま )もあるものか、こんな結構な事はねえ。 第一人出入りが多くなり、村へ沢山金が落ちらあ」 「そうともそうともお前の言う通りだ。 薬草採りの連中が、一日に使う金額だけで、村の一月の生活は立つ、もうそれだけでも有難えじゃあねえか」 「風儀が悪くなるのお山が荒れるのと、そんな愚にもつかぬ旧弊は、今日では通用しねえってものさ。 金さえ落ちればよいじゃねえか」 「思っても見るがいい、俺らの村を、田もなけりゃあ畑もねえ、あるものと云えば、山ばかりだ。 米も出来なけりゃあ野菜も出来ねえ、そこで年中炭を焼き、 やっとこさ 生活 ( くらし )を立てていたのが、薬草採りが入り込んでからは、 黄金 ( こがね )の雨が降るようになった。 そこでにわかに活気づき、人間にも元気が出たってものさ。 それがいってえ何故悪い」 一人の 老人 ( としより )を取り巻いて、五六人の若者が怒鳴っていた。 「まあ待ってくれお前達、そうガミガミ云うものではない。 なるほど村方へ金は落ちる、こいつは決して悪くはない、悪いどころか有難いくらいだ。 だから俺にも不平はない。 ところがここに困ったことは、薬草採りという奴が、おおかた 都会 ( みやこ )の人間でな、お山の 霊験 ( あらたか )さを 弁 ( わきま )えていない。 そこでお山中を駈け巡り、木を仆したり、土を掘ったり、荒らして荒らして荒らし廻る。 そこでとうとう山の神様が、お憤りになったというものだ。 で 私 ( わし )におっしゃられた、薬草採りを追い払え! でないと災難を下すぞよ」 七十を越した年格好、躍起となって 爺 ( おやじ )は云った。 「山の神様が聞いて呆れらあ、お告げがあったもねえものだ。 もしまたお前の云う通り、本当にお告げがあったのなら、そんな神様にゃア用はねえ。 だって 爺 ( じい )さん、そうじゃあねえか、俺らは 御岳 ( みたけ )の氏子だよ。 それ神様というものは、氏子を 守護 ( まも )るがお 義務 ( つとめ )だ。 ところが話は 反対 ( ぎゃく )じゃあねえか。 干乾しにしようって云うのだからな」 「 都会 ( みやこ )から入り込んだ薬草採り、今山から行かれてみろ、村方一円火の消えたように、 ひっそり閑と 寂 ( さび )れてしまう。 こっちからペコペコお辞儀をしてでも、いて 貰 ( もれ )えてえと思っているのに、追っ払えとは途方もねえ」 「何んの神様のお告げなものか、 狂人爺 ( きちがいじじい )の寝言だあね」 「その寝言にも程がある、三岳の村方一統へ、迷惑を掛けようっていうんだからな。 こいつ 放置 ( うっちゃ )っちゃあ置かれねえ」 「 みせしめのためだ、川へ流せ」 「谷の中へ抛り込め」 向こうみずの若者ども、老人を宙へ吊るそうとした。 そこへ割り込んだのが宗三郎である。 「これこれ何んだ、乱暴な奴だ、やる事にも事を欠き、 老人虐 ( としよりいじ )めとは何事だ!」叱るようにたしなめた。 「いずれ仔細はあるだろうが、 屈竟 ( くっきょう )な若者が大勢で、一人の老人を手込めにしては、もうそれだけでいい訳は立たぬ。 悪いことは云わぬ、堪忍してやれ」 今度は優しく扱った。 侍に出られては仕方がない、何か口小言を云いながらも、若者どもは立ち去った。 「どうだ老人、怪我はなかったかな」 「これは有難う存じました。 へえへえ怪我はございません。 いやはやどうも 没分暁漢 ( わからずや )どもで、馬鹿な奴らでございますよ。 せっかく こちらが親切ずくに、いい事を教えてやったのに、恩を仇で返すんですからね。 どいつもこいつもそのうちに、 酷 ( ひど )い目に合うでございましょうよ」 「これこれ老人、お前も悪い」宗三郎は微笑した。 「年寄りのくせにそういう悪口、だから若い者に憎まれるのだ。 長い物には巻かれるがよく、年寄りは若者に縋るがいい。 それはそうとどこに住んでいるな」 「へいすぐ近所でございます」 「送ってやろう、行くがいい」 「ナーニ、大丈夫でございますよ」 「 先刻 ( いま )の奴らがやって来て、また虐めないものでもない。 遠慮をするな、送ってやろう」 「それはどうもご親切様に、奴らは恐くはございませんがせっかくのご親切を無にしては、かえってお前様にお気の毒、ではお言葉に従って、小屋まで送っていただきましょう」 「気の毒だから送って貰う? アッハハハ驚いた 爺 ( おやじ )だ。 まるでこっちから頼んでいるようだ。 いやしかし面白い。 俺はそういうお前のような、偏屈者が大好きだ」 「ドッコイショ……これはいけない。 ……相済みませんがちょっと手を」 「やれやれ腰が立たないのか」 「さっきの奴らに二つ三つ、腰の あたりを蹴られましたので」 「人を助けるのも考えものだ、薄穢いお前の手を、では引かなければならないのだな」 「きっとよいことがございましょうよ。 神様のお恵みだってございましょう。 さあさあ遠慮なくお引きなすって」 「恩に掛けて手を引かせる、 開闢 ( かいびゃく )以来ない図だな。 それもよかろう。 さあ立ったり」 グッと引くと顔をしかめ、 「お侍様、もっと手軟かにね」 山袴を穿き袖無しを着、頭巾を冠った老人を旅装派手やかな江戸の武士が、手を引いて行く格好は、全く珍らしい見物である。 「どうやら小屋へ参りました。 お急ぎでなくばお立ち寄り、休んでおいでなさいまし。 へえへえ 白湯 ( さゆ )ぐらいは差し上げます」 一方は谷、一方は曠野、名づけて 神代原 ( しんだいはら )という。 もうこの辺はプンプンと、薬草の香に馨っていたが、その一 所 ( ところ )に立っているのは、障子の代りに 蓆 ( むしろ )を垂らし、茅の代りに杉葉を葺いた、粗末な黒木の小屋であった。 「おい婆さんや今帰ったよ」 門口に立って声を掛け、蓆を開いて 内 ( なか )へはいったが、誰もいないか森閑としている。 大きな囲炉裏、自在鉤、 焚火 ( たきび )がドカドカ燃えていて、茶釜がシンシンと煮えている。 板敷きに円座が二三枚、奥にも部屋があると見えて、仕切りに 茣座 ( ござ )がつるしてある。 屋内は暗く煤ぶれ返り、四方の荒壁には ひびがはいっている。 円座へ坐った宗三郎、白湯で咽喉を うるおした。 と、その時どこからともなく、 祝詞 ( のりと )の声が聞こえて来た。 「はてな?」と思って耳を澄ますと、隣りの部屋から来るらしい。 「これは不思議」と立ち上り、仕切りの茣座を掲げて見た。 「むう」と唸ったものである。 思いもよらない光景が、展開されていたからである。 真正面に白木造りの神棚、 点 ( とも )し連らねた無数の燈明、煙りを上げている青銅の香炉、まずそれはよいとして、神号を見れば薬師如来、それと並んで掛けられた画像! 白髪 ( はくはつ ) 白髯 ( はくぜん ) 鳳眼 ( ほうがん ) 鷲鼻 ( しゅうび )、それでいてあくまで童顔であり、身には粗末な 襤褸 ( つづれ )を着、手に薬草を持っている。 一見すると支那の 神農 ( しんのう )、しかし仔細に見る時は、紛れもない日本人、それも穢い老乞食、だが全幅に漲る気品は、 奕々 ( えきえき )として神のようである。 ふと見るとその前にこの家の老人、端座して祝詞を上げている。 と、老人は振り返った。 「お武家、礼拝なさるがよい!」命ずるような威厳のある声! まるで人間が 異 ( ちが )って見える。 品位に打たれた宗三郎、思わずピタリと端座した。 この老人何者であろう? 素性は不明、名は彦兵衛。 神代原から半里の北に、萩原の部落が出来ていた。 すこし前まではこの萩原、戸数二十戸、人数八十人、問題にならない小部落であったが、薬草採りが入り込んでからは、にわかに家が増し人数が殖え、戸数百戸、人数四百人、堂々たる山間の都会となった。 部落の中央 札 ( ふだ )の辻に、一軒の酒場が立っていた。 その経営者の名を取って、 浜路 ( はまじ )の酒場と呼ばれていた。 由来 御岳 ( おんたけ )の山中には、いろいろの人間が入り込んでいた。 今日で云えばバラック建て、がんけんに作られた食卓や腰掛け、飾りらしい物は一つもない。 この日も酒場は賑わっていた。 「六文六文と馬鹿には出来ねえ、 昨夜 ( ゆうべ )買った六文なんか、そりゃあ 素的 ( すてき )な味だった」 「ははあさては もてやがったな」 「星一つねえ真っ暗の晩だ、顔や姿は解らなかったが、 すべっこい肌ったらなかったよ」 「ところが、そいつを昼間拝むと、鼻の欠けた化物だってね」 「うんにゃそれがそうでねえ、俺もそいつが心配だったので、真っ先に顔を撫でて見たやつよ。 するとどうだ、鼻はあった。 もっとも唇は とろけていたが」 「 俺 ( おい )らの買った六文はな、 比丘尼 ( びくに )あがりの女と見え、ツルツルに頭が禿げていたっけ」 「なんの婆さんを買ったんだろう」 「それも 瘡毒 ( そうどく )が頭へ来て、毛の脱けた奴かもしれねえぜ」 「そうは云っても六文の中にも、お吉のような女もある、そうそう安く扱えめえ」 「あっ、お吉か、ありゃあ別だ」 「 立兵庫 ( たてひょうご )にお 襴 ( かいどり )、島原へ出したってヒケは取るめえ」 「それに気象が面白いや」 「たとえ山巡りのお役人さんでも、厭だと一度首を振ったら、 金輪際 ( こんりんざい )諾かねえということだ」 「俺らの手には合わねえってものさ」 「そうかと思うと気に入ると、身銭を切って入れ上げるそうだ」 六文というのは私娼のことで、一回六文で春を ひさぐので、そういう 綽名 ( あだな )が付いたのである。 また一方の片隅では、山巡りの役人の武士達が、こんな話を取り換わせている。 「山窩には全く閉口でござる。 何んとかして根絶やしにしたいもので」 「どうも巣窟が解らないのでな」 「めっきり最近は横暴を極め、山を下って人里へ出、 放火 ( ひつけ )をしたり強盗をしたり、婦女子を掠めたり、旅人を殺したり、それがみんな我々どもの、責任になるのでやり切れませんて」 「山窩とは云っても武芸に達し、それに多数 屯 ( たむろ )していて、変幻出没自由自在、向こうへ追えばこっちへ逃げ、こっちを抑えれば向こうへ遁がれる、まるで武蔵野の逃げ水のような奴らで」 こっちの隅では薬草採り達が、採集の話に耽っている。 その間を酒場の女が、燗瓶を持って飛び廻る。 唄い出す奴、怒鳴る奴、笑い出す奴、口論する奴、女を捕えて 口説 ( くど )く奴、一群が出て行くと一群が入り込み、掴み合ったかと思うと和睦する。 「酒だ!」「肴だ!」「飯だ!」「茶だ!」 人 いきれと酒の香と、汗の匂いと髪の毛の匂い、ジャラジャラと音を立てるのは、 公然 ( おおっぴら )に 賭博 ( ばくち )をするらしい。 「殺すぞ!」「何を!」「止めろ止めろ!」 バタバタと五六人が取っ組み合う。 棚が仆れ 器物 ( うつわ )が 破壊 ( こわ )れる。 ともうすっかり仲よくなり、唄い出すは「ナカノリさん」だ。 山中へはいれば治外法権、自由で素朴で剛健で、殺伐で快活で明 けっぱなしで、そうして強い者勝ちである。 とその時門口から、一人の男がはいって来た。 扮装 ( みなり )は堅気の商人風、年の頃は三十前後、しかし商人ではなさそうだ。 赫黒い顔色、釣上がった 眦 ( まなじり )、巨大な段鼻、薄い唇、身長五尺七八寸、両方の鬢に面摺れがある。 変装した武士に相違ない。 薩摩の藩士伊集院五郎だ。 「 姐 ( ねえ )さん、ここへもお銚子をね」一つの空樽へ腰かけた。 この酒場と中庭を隔て、立派な屋敷が立っていた。 その一室で書見しているのは、この家の主人仁右衛門で、デップリと肥えたよい人相、いわゆる長者の風がある。 この土地での名門家、萩原部落の名主である。 「あのお客様でごぜえます」 下女がおずおずはいって来た。 「どなたかね、茂十さんかえ」 「 いんね、お武家様でごぜえます」 「ああ木場のお役人さんか」 「旅のお方でごぜえます」 「ふうん、旅のお侍さん……で、どんなご用だろう?」 「ご書面を持って参りました」 「何んということだ、 莫迦 ( ばか )だなあ。 早くいえばいいじゃアないか。 どれお見せ、その書面を」 取り上げて見て 吃驚 ( びっくり )した。 「中山備前より仁右衛門へ」こう書かれてあるからである。 「これは故主様ご家老よりの書面、これはこれは勿体ない」 こう云うと立ち上がって台所へ行き、 口洗 ( うがい ) 手水 ( ちょうず )をしたものである。 さて立ち帰ってピタリと端座、封を解いて読み下した。 中山備前とは何者であろう。 三家の家柄、天下の副将軍、従三位中納言水戸のお館、その附け家老で二万五千石、中山備前守信保である。 「水戸家の家臣 山影 ( やまかげ )宗三郎、主命を帯びて木曽に向かう、その方万端世話するよう」こういう簡単な文面であった。 「客間の方へ 叮嚀 ( ていねい )にな、すぐお通し申すがよい」 やがて仁右衛門は衣裳を着換え、客間の方へ出て行った。 「これはこれは山影様、ようこそおいでくだされました。 私 事 ( こと )は当家の主人、お尋ねにあずかりました萩原仁右衛門、壮年の頃中納言様に仕え、数々の 鴻恩 ( こうおん )にあずかりましたもの。 久しぶりにてご消息に接し、お懐しく存じました。 さて次ぎにあなた様には、今回ご用を承わり、当地へお出掛け遊ばしました趣き、ご苦労のことに存じます。 どのようなご用かは存じませぬが、なにとぞ決してお心置きなく、何事であれ私めに、ご用事仰せ付けくださいますよう。 私力で出来ます限り、お役に立ちとう存じます」 仁右衛門頼もし気に云ったものである。 「私事は山影宗三郎、初めてお目にかかります。 ご親切なるそのお言葉百万の味方を得たようでござる。 ところで」と宗三郎膝を進めた。 「今回受けました拙者への主命、重大でもあれば困難でもあり、尚また一方から云う時は、奇怪至極のものでもあり、さらに想像を巡らせば、 手強 ( てごわ )い競争相手もあって、 旁 ( かたがた )成功は容易な事でござらぬ。 と云って失敗する時は、拙者一人の名折れに止どまらず、水戸お館のお名折れとなりさらに広義に考えますれば、ご三家そのものの名誉に関し、さらにさらに徳川家の、譜代の大名一統の、恥辱ともなるのでございます。 どのような困難があろうとも、是が非にも成功させねば置かぬ! これが拙者の心組で。 ついては……」というと宗三郎、グイと 懐中 ( ふところ )へ手を入れた。 「まずもってこれをご覧くだされ」 取り出したのは一巻の巻物、スルスルと両手で押しひらいた。 現れたのは一面の画像、白髪白髯鳳眼鷲鼻、手に薬草を持っている。 すなわち彦兵衛の神棚にあった、神農じみた老人の画像! しかし画面は同じでも、巻物は両者別であることは、紙質墨色の異うのでも知れる。 「何んと萩原仁右衛門殿、ここに書かれた老人を貴殿お見知りはござらぬかな?」 すると仁右衛門は首を延ばし、じっと画面を眺めたが、 「存じております、薬草道人様で」 「おお、さてはご存知か?」 「私ばかりではございません、 御岳 ( おんたけ )山中に住むほどの者で、道人様を知らぬ者は、おそらく一人もございますまい」 「ははあそれほど有名で?」 「有名にも何んにも活き神様で、崇拝のマトでございますよ。 と申しますのはこのお方が、御岳山中に薬草あり、万病に効くとおっしゃったため、諸国から無数の薬草採りが、入り込んで来たのでございますからな」 「ははあなるほど、さようでござったか。 いやそれで安心致した。 しかと薬草道人には、この山中においででござるな?」宗三郎改めて念を押した。 「たしかにおいででございます」 「やれ有難い、大願の一歩、これで叶ったというものだ。 ううむさすがはお館様、ご明察に狂いがない。 全くもって恐れ入ったことで」こう云うと宗三郎誰にともなく、頭を下げたものである。 驚いたのは仁右衛門で、 「失礼ながら山影様、その薬草道人様に、何かご用でもございますので?」 「ご用もご用、これ一つだけ。 すなわち薬草道人様に、お目にかかってお話し致し、江戸までご同道願うのでござる」 「え、江戸まで? それは駄目です」 どうしたものか萩原仁右衛門、強く横首を振ったものである。 今度は宗三郎が 吃驚 ( びっくり )した。 「これは不思議、何故駄目で?」 「出来ない相談でございますよ」 「いよいよ不思議どうしてかな?」 「第一あなた、道人様を、どこでどうして見付けられます」 「山中におられるとおっしゃったが?」 「御岳は広うございますよ」 「いずれこの辺へも参られるであろうが?」 「はいはいおいででございます」 「訳はないこと、その時お逢いし……」 「それが駄目なのでございますよ。 まずまずお聞きなさいまし。 道人様は名聞嫌い、活き神様で世捨て人、いえ仙人でございます。 木曽の代官山村様。 八千石の威光を屈し、一度会いたいと礼を尽くし、お招きした時もお 拒絶 ( ことわり )、 にべもない返辞をなさいましたそうで。 第一俺は金持ちが嫌いだ、権勢家も虫が好かぬ、山を離れて人里へ行く、これが何より 億劫 ( おっくう )だ、こう云われたそうでございます。 俺の好きなは山の草木、それから鳥獣、それから貧民、そういうものの頼みなら、投薬もすれば療治もする。 これが主義だと申しますことで。 貧しい人間が病んでいると、レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、こういう音を響かせて、ご自身の作られた薬剤車、それを一人の片輪者に曳かせ、どこからともなくおいでになり、ご療治なさるのでございますね。 それが済むとどことも知れず、お立ち去りになるのでございます。 どこにお住居なさるやら、それさえ一向見当付かず、ある時木場のお役人様が、 こっそり後を 尾行 ( つけ )られた時、天に上ったか地に潜ったか、突然眼の前で消えられたそうで。 そういうお方でございます。 それをどうして江戸などへ、お出向きなさることがございましょう。 駄目な相談でございますよ」 「ほほう」と云ったが山影宗三郎、決して失望しなかった。 「いや事情よく解った。 そういう人物であればこそ、古今の名医と云われるのであろう。 古今の名医であればこそ、我らがご主君水府様、拙者をこの地へ派遣して、薬草道人の江戸入りを、お企てなされたに相違ない。 道人山中におられる以上、誓って拙者お目にかかる。 お目にかかったら懇願し、これまた誓って大江戸へ、お連れしなければ役目が立たぬ。 いや困難は覚悟の前、そんなことには驚かぬ」こう云ったが宗三郎、にわかに砕けた調子となった。 「ところで萩原仁右衛門殿、お連れ合いはどうなされた?」 これを聞くとどうしたものか、仁右衛門にわかに赤面した。 「はい愚妻は数年前に、世を去りましてございます」 「 なくなられたか、それはそれは。 ……家中の者の噂では、貴殿のお連れ合いお花殿は、貴殿お館にご仕官の頃、やはりお館の奥向きに、仕えておられたと申しますことで?」 「冬木と申して奥女中、はい仕えておりました」 「お美しい方であられたそうで」 仁右衛門 俯向 ( うつむ )いて返辞をしない。 と、宗三郎微笑した。 「お気にさわらば幾重にもお詫び、噂によれば貴殿とお花殿、ご一緒になられる経路には、 こみいった事情がございましたそうで」 しかし仁右衛門返辞をしない。 「古傷に触れるはよくないこと、拙者としても本意でござらぬ、しかしこれとて止むを得ぬ儀、構わず卒直に申し上げる。 ……館の 法度 ( はっと )を破られたそうで?」 「いかにも」と仁右衛門顔を上げた。 「お手討ちになるところでございました」 「それを不愍と覚し召し、お館様にはこっそりと、貴殿ご夫婦を逃がされたそうで」 「爾来故郷のこの地へ引っ込み、今日までくらしてございます」 「するとお館は貴殿にとっては、 普通 ( ひととおり )の故主ではござらぬ筈」 「命の恩人にございます」 「どうしてご恩を返されるな?」 「その儀については日夜肝胆……」 「ははあ、砕いておられるか?」 「いかにもさようにございます」 「その大恩あるお館様、目下窮境に立っておられる」 仁右衛門 じっと眼を据えた。 「この際でござる、ご恩返しをなされ」 「私に出来ますことならば……」 「薬草道人を目付け出し、説いて江戸入りさせるのでござる」 「が、いったい何んのために、そうお館におかれては、道人様の江戸入りを、ご懇望なさるのでございましょう」 「よろしい、お話し致しましょう。 お聞きなされ」 と膝を進めた。 この時ドッと酒場の方から、拍手笑声が湧き起こった。 そこで作者はペンを改め、再び酒場の光景を書こう。 「ようよう女神のご来降だ」一人の 杣夫 ( そま )が喚き出した。 「いよう 浜路 ( はまじ )大明神!」こう云ったのは薬草採り。 「莫迦を云うな、大明神なものか、歌舞の菩薩のご 影向 ( えいこう )だ」こう云ったのは若い武士。 杣夫、薬草採り、役人までが、頓狂の声を上げたというのは、酒場の美しい女主人、浜路が出現したからであった。 しかも浜路の出現たるや、並ひととおりのものではなく、堂々と馬に乗って現れたのであった。 「おや皆さんいらっしゃい。 いつもご 贔屓 ( ひいき )に有難う。 妾 ( わたし )ね今日はいいことをしてよ、いつものように遠乗りをして、神代原の方へ行ったところ、あの乱暴な山窩どもが、旅の人を取り巻いて、 強請 ( ゆす )っているじゃあありませんか。 そこで妾怒鳴ってやったのよ。 「お止しよお止しよ悪いことはね、酒場の浜路が来たからには、黙って見遁がして置くことは出来ない! 放しておやりよ旅の人を、そうでなかったら弓の折れで、思う存 ぶん撲るよ!」ってね。 するとあいつらこう云うじゃあないの「お転婆娘が来やがった、それ部落へ しょびいて行け!」「頭領の 焦 ( こが )れている 阿婆擦 ( あばず )れだ、とっ捉まえて連れて行き、 うんとこさ褒美にあずかろうぜ!」……で妾を取り巻いたものさ。 そこで妾は馬を煽り、そいつらの中へ飛び込んで行き、いい気持ちに蹴散らしてやったわ。 山窩山窩って怖がるけれど、何が ちっとも怖いものか。 ……さあ皆さん飲んでくださいよ。 お酌しますわ、この浜路がね」 馬を門口へ繋いで置いて、酒場の中へはいるや否や、こんな 塩梅 ( あんばい )にまくし立てた。 草花を染め出した水色の小袖、 亀甲 ( きっこう )模様の山袴、あり余る髪を 項 ( うなじ )で束ね、無造作に肩へ垂らしている。 びっくりしているような大きな眼、むっくりと盛り上がっている真っ直ぐの鼻、締りのいい大型の口、 身長 ( せい )は高く肉附きがよく、十八歳とは思われない。 清らかで涼しくて あけっぱなしで、山霊が凝って出来たような女、どんなに気持ちが結ぼれていても、一度この娘と話したら、明かるくなるに相違ない。 「いよう姐ご、大成功!」 「山窩め ひでえ目に会やアがった」 酒場が陽気になったのは、まさに当然なことだろう。 「酒場の浜路さんにゃあ相違ないが、同時に 俺 ( おい )らの浜路さんだ。 うっかり手でも付けてみろ、村一統承知しねえ」 「おおおお大将何を云うんだ、何んの村ばかりの浜路さんなものか、御岳一円の浜路さんだ。 薬草道人と浜路さん、これが御岳の 守護 ( まもり )本尊さ。 それ本尊は あらたかのもの、汚してはいけない拝め拝め」 あちらでも讃美、こっちでも讃美、その中を軽快に駈け巡りながら、浜路は愛嬌を振り蒔いた。 この陽気で華やかな酒場に、一人一向 はしゃごうともせず、むしろ陰険な眼付きをして、じろじろ見廻している男がある。 他ならぬ伊集院五郎である。 「競争相手の山影宗三郎、たしかにこの家へはいって行ったが、どういう関係があるのだろう? こいつを探る必要がある。 それに少し気になるのは、薬草道人とかいう隠者の噂だ。 はてそれではそんな老人が、御岳に住んでいるのだろうか? はたしてそんな者がいるのなら、こいつも探る必要がある。 ふふん、どうやら俺の方が、今のところ少し歩が悪い」 尚様子を探ろうとしてか、チビチビ盃を嘗めながら、酒場の様子をネメ廻した。 「それはそうと耳寄りなのは、山窩の大軍がいるということだ。 こいつアいいぞ、一思案! 面白い 博奕 ( ばくち )を打ってやろう」 勘定を払うと伊集院五郎、フラリと酒場から外へ出た。 もう 四辺 ( あたり )は雀色、昼が夜に移ろうとしている。 これからが酒場の書き入れ時、浜路の腕の揮い時。 恋は不思議でも神秘でもない。 人生には二つの慾望しかない。 一つは食慾、一つは性慾、よき配偶を発見し、理想的に性慾をとげようとする。 この行為が恋である。 よき配偶というものは、オッチョコチョイには目付からない。 そのため人は煩悶する。 だが往々一瞬間に、配偶を目付けることがある。 これすなわち一目惚れである。 「父が若い頃お仕えした、水府お館中納言様、そのご家来の山影様、今度大事なご用を持って、当地へおいで遊ばされた、 むさくるしいにもお構いなく、当分ここへご滞在くださる。 お前も気を付けてご介抱するよう」 こう云って紹介された時、パッと浜路が顔を赫めたのは、恋が、一目惚れが、 掠 ( かす )めたのである。 女色に淡い宗三郎ではあったが、浜路だけはひどく気に入ったらしい。 「ふうん、こいつは驚いたな。 痩せて蒼白くてナヨナヨしている、 都会 ( みやこ )の女とは事変り、何んて素晴らしい体格なんだ。 巴御前や、山吹御前、勇婦を産んだ木曽だけに、いまだにこんな娘がいる。 悪くないな、俺は好きだ」 「ははあお娘ごの浜路殿で、拙者は山影宗三郎今後ご懇意にお願い致す」サックリとした竹を割ったような気象、言葉なぞもゾンザイで、時には皮肉も云い警句も云い、洒落さえ云いかねない宗三郎であったが、初対面ではあり相手は娘、しかも気に入った娘である、少しばかり固くなり、 ぎごちない調子で話しかけた。 「はい、妾こそ、どうぞよろしく……あの田舎者で…… 不束者 ( ふつつかもの )で……」浜路ロクロク物さえ云えない。 「そこでな、浜路」と父の仁右衛門、「お前に云って置く事がある、山影様のご用というのは、一口に云えば至極簡単、道人様を探し出し、江戸へお連れすることだ。 ところがここに困ったことは、道人様のお住居が知れぬ。 そこで何より真っ先に、そのお住居を突き止めなければならない。 幸いと云ってはおかしいが、お前はお転婆で馬が好き、よく山中を駈け廻るらしい。 で、 ひょっとして道人様を、目付け出さないものでもない。 よいか、そこだ、目付け出したら、早速知らせて来るようにな」 「ははあ馬が好きかな、それは何より、拙者も大好き、明日にも遠乗りを致しましょう」 「はい有難う存じます。 でも妾は馬と云っても、ほんの自己流でございまして」 「いや自己流、それこそ結構、習った馬術で関東の平野を、ダクダク歩かせても仕方ござらぬ。 山骨嶮しい御岳山中を、自在に乗り廻した自己流の馬術、それが ほんとの馬術でござる」 「ハッハハハ日頃のお転婆も、今日はどうやら風向きがいいの、山影様にご教授を受け、正式の馬術を習うがいい」仁右衛門嬉しそうにニコニコする。 「まあ厭なお父様、お転婆お転婆とおっしゃって」 「いや、お転婆も結構でござる、活気があってなかなかよろしい」 「あなたまでが、そんなことを」 浜路バタバタと店の方へ逃げたが、楽しい空想がムクムクと、胸一杯に突き上げて来た。 この日からして宗三郎、奥庭に建ててある離れ座敷を、仮りの住居に借り受けて、道人探しに取りかかった。 物語り少しく後へ戻る。 ここは萩原への峠道、一本の 道標 ( みちしるべ )が立っている。 その前に立った一人の女! 他ならぬ蝮捕りのお仙である。 「可愛い可愛い蝮の子」 「ソーレお仙、歌い出した」 「陽やけて赤い やまかがし」 蝮捕りの歌、好きな歌。 「恋しいお方はおりませぬ」 どうやらこいつは自作らしい。 ひょいと 畚 ( びく )へ手を突っ込み、一匹の蝮を引っ張り出した。 「随分来たねえ。 山の中へ、江戸を離れて幾百里、ナーニそんなにも来やしない。 だが 幾日 ( いくんち )になるだろう? どうでもいいや、そんな事は。 よくないのは山影さん、いったいどこにいるんだろう? 藪原で聞いてもいないというし、 宮越 ( みやのこし )で聞いてもいないというし、福島で聞いてもいやあしない。 もっとも訊き方が悪かったかもしれない、キリッとしたいい男、江戸前で苦み走り、木曽なんかにゃあいそうもない、そういう立派なお武家様、姓は山影、名は宗さん、そういうお方はおりませんかね? あい妾の いい人さ、でもね正直に打ち明ければ、妾ばっかりが想っていて、なんの先様じゃあチョッピリともね、想ってもいないというそういう人さ。 いませんかねそういう人は? なあんて訊くんだもの誰だって、教えてなんてくれるものか。 ……そうは云っても妾としては、他に訊きようがないじゃあないか。 ほんとに片恋の相手なんだもの。 ……この蝮ったら何んだろう、トボケた顔をしているじゃあないか。 同情のない 面 ( つら )ったらないよ。 眼ばかり開けて、舌ばかり出して、 やけに 滑 ( すべ )っこい体をして、トグロばかり巻きたがって、薄っ穢い獣だよ! 口惜しかったら物を云ってごらん、云えないだろう、 態 ( ざま )あ見やがれ。 物の云えそうな人足かい! もっとも蝮が物を云ったら、妾ア怖くなって逃げ出すがね。 ……邪魔だ邪魔だ、さあお眠り」 で、もう一匹引っ張り出す。 「オーヤ、オーヤお前もかい、 おんなじようなご面相だねえ、見たくもないよ、そんな面は、蝮って本当にどいつもこいつも、こんなにも 同 ( おんな )じ顔かしら? 初めて知ったよ、面白くもない、口惜しかったら物を云ってごらん。 山影様はどこそこにいます! ちゃんとハッキリ云ってごらん。 云えないだろう、態あ見やがれ、邪魔だ、邪魔だ、お休みお休み」 でまた 畚 ( びく )の中へ突っ込んでしまう。 お仙、どうやら 自棄 ( やけ )になり、蝮ばっかり虐めるらしい。 「考えて見りゃあ妾は馬鹿さ、伊集院なんて薩摩っぽに、 けしかけられて来たんだからねえ。 五十両の旅費だけふんだくり、隠れてしまやあよかったんだよ。 蝮ばかりがトンマじゃあない、お仙よお前もトンマだよ。 ……だが本当に妾としちゃあ、山影さんに逢えないのなら、江戸にいる気はなかったんだからねえ。 木曽の山奥へ行ってしまって、一年も二年も帰らないなんて、あの薩摩っぽに嚇かされてみりゃあ、ついフラフラと本気にもなり、後を追う気にもなるじゃあないか。 ……それはそうと一体全体、ここは何んという所だろう? 道標 ( みちしるべ )があるよ、見てやろう。 ……西、萩原、北、 大洞 ( おおぼら )。 さあ困った、どっちへ行こう? 蝮 占術 ( うらない )、今度こそ本芸」 蝮を一匹掴み出し、キューッと 扱 ( しご )いて真っ直ぐにし、道標の前へ置いたものだ。 「さあさあお歩き、いい子だことね。 お前の行く方へ妾も行くよ。 宗さんのいる方へおいでおいで。 その代り見やがれお前の行った方に、もしも宗さんがいなかろうものなら、皮を ひっぺがして蝮酒にするよ」 すると蝮は動き出した。 さあどっちへ行くだろう? 道標 ( みちしるべ )の前へ据えられた蝮、どっちへ行くかと思ったら、北、大洞の方へ 蠢 ( うごめ )き出した。 「おやマアそうかい、大洞なんだねえ、へえそっちにいらっしゃる。 嬉しいわねえ、マアよかった。 じゃあそっちへ行くとしよう、有難うよ、蝮さん」 蝮を 畚 ( びく )へ入れた組紐のお仙、大洞の方へ歩き出した。 陽は明るく、日本晴れ、昔を思い出させる草 いきれ、風は涼しく、小鳥は飛び、人気がないのでちょっと寂しい。 しかし行手に恋人がいる、こう思うと浮き浮きする。 だがいったいどうしたんだろう、行っても行っても草の斜面、道がだんだん細くなり、そうしていつの間にか消えてしまった。 「おかしいねえ、おかしいよ。 いつの間に道が消えたんだろう? 迷児 ( まいご )になっちゃった、困ったわねえ」考えたが追っ付かない。 「ではもう一度、蝮 占術 ( うらない )」一匹掴み出し草間へ置いたが、その蝮ひどく不親切と見え、草を分けて逃げてしまった。 「あっ、しまった!」と手を拍ったものの、大蛇使いのお仙としては、一世一代の失敗といえよう。 「仕方がないから帰ろうよ」道標の方へ引っ返した。 しかし一旦迷った道は、容易に目付かるものではない。 次第に日が暮れ、霧が起こり、峰には 夕陽 ( ゆうひ )が残っているが、 麓 ( ふもと )を見れば薄暗い。 「今夜は野宿だ、仕方がないよ」こう度胸を定めてみれば、大して恐ろしいこともない。 「野宮でもあればいいのにねえ」でズンズン歩いて行く。 ピッタリ日が暮れて夜となり、もう歩くにも歩かれず、無理にも歩けば谷へ落ちるか、川へはまって死ぬだろう。 もういけないと覚悟を決め、足を止めた時チラチラと、 燈火 ( ともしび )の火が見えて来た。 「おや有難い、里があるよ」 で、お仙、走り出した。 丘の上に森があり、その森の中に五軒ほどの、木小屋めいた建物が立っていた。 「おい、お半さん、嬉しかろう、三番の甚さんと あいもどり、昨夜はさんざん融けたってね。 それで帰って来ても口を拭いて、知らない顔とは気が強いよ、萩原の宿へ人をやり、十文がところ餅でも買おう。 奢 ( おご )ったっていいよ、お奢りよお奢りよ」 「何を云うんだよ、お山さん、そういうお前こそ山役人の、あのいい男の本田さんに、永らく 焦 ( こが )れた甲斐があって、首尾が出来たって云うじゃあないか。 馬鹿にしていらあ明しもしないで。 こっちが餅ならお前の方は、酒ぐらい振る舞ってもよかろうぜ」 「ねえねえ島さん、こうだとさ、あのお米さんの腕 だっしゃは、大洞の金持ちの息子を 溺 ( たら )し、今度足洗いをするそうだよ。 ふざけているね、 大莫連 ( おおばくれん )のくせに。 でもマアせいぜい三月だろう、ナーニこの里へ帰って来るよ、 情夫 ( いろおとこ )の太兵衛が糸をあやつり、させる 所業 ( しわざ )に相違ないよ」 「気の毒だねえ、その息子は、だがそういう馬鹿息子が、チョイチョイあるので助かるのさ。 それはそうとお万さんはね、もう駄目だということだよ。 せっかく助かった左の眼も、いよいよ潰れるということだよ」 「へえそうかい、可哀そうだね、でもあの人は因果応報さ、随分アクドク稼いだんだものね。 それでケチで出し惜しみをして、借金をしたら借りっぱなし、返した 例 ( ためし )がないんだからね」 こんな話が一軒の家から、大っぴらに戸外へ聞こえて来た。 そうかと思うと一軒の家からは、喧嘩の声が聞こえて来た。 「承知出来ねえ承知出来ねえ、盗むなら一足みんな盗め、草履片っぽ盗むなんて、 しみったれ阿魔だ、承知出来ねえ。 さあもう片っぽ盗んでくれ!」 「何を云うんだよ、このお波め! 手前この間 妾 ( あたい )の小袖の、左片袖だけ ( も )ぎ取って、 自分 ( うぬ )の小袖へくっつけたくせに! 知らねえと思うと大あて違い、手前の小袖は縞物だのに、妾の小袖は 飛白 ( かすり )なんだからね。 どこの世界に縞物の小袖へ、飛白の片袖を付ける奴があるかよ」 「おや偉そうに何を云うんだよ、小袖なんて聞いて呆れるよ、夏冬通して五年がところ、着通した小袖ってあるものか、小袖でなくてありゃあ 襤褸 ( ぼろ )さ」 「おやおや大きく出ましたね、ああ襤褸さ、襤褸でもいいよ、何んだいお前んのは雑巾じゃあないか! 襤褸をお返しよ、さあお返し!」 「草履片っぽ返しゃあがれ!」 「雑巾女め、襤褸を返せ!」 「襤褸女め、草履を返せ!」 「襤褸だよ!」「草履だよ!」 「襤褸だよ!」「草履だよ!」 そいつを止める声がする。 「何んだよ、お前達、みっともないじゃあないか、ボロだよ草履だよ、ボロだよ草履だよ、屑屋とデイデイ屋とが軒を並べたようだ」 すると喧嘩がそっちへ移る。 「黙っておいでよ、止める 柄 ( がら )かい! 妾 ( あたい )に八公を寝取られたくせに!」 「おやおや、それじゃあ、お前だね、大事な八さんを取ったのは、道理で八さんこの頃中、水臭くなったと思ったよ! ワーッ、ワーッ」と泣き出したらしい。 いったいここはどこなんだろう? 山稼ぎの私娼団、すなわち六文の巣窟である。 お仙、えらい所へ迷い込んでしまった。 「こんな所へ泊まるより、野宿の方がよさそうだ」 逃げ出した時小刻みに、近寄って来る足音がした。 「どなた? お釜さん? お菅さん?」それは品のある声であった。 「いいえ妾は旅の者、女蝮捕りでございます。 うっかり道に迷いまして」 「おやマアそれはお気の毒、野宿するより少しは まし、よろしくばお泊まりなさいまし」 束ね髪の 細面 ( ほそおもて )、痩せた 身長 ( せい )の高い女である。 茣座を小脇に抱えているので、六文であることには疑いはないが、板戸の割れ目から射す 燈火 ( ともしび )に、ぼんやり照らされて立った姿は、びっくりするほど 凄艶 ( せいえん )である。 「ご親切に有難う存じます。 でも、妾は、野宿の方が……」 「ホ、ホ、ホ、ホ、お前さんには、ここが怖いと見えますね。 いいえ大丈夫でございますよ。 女ばかりで男ッ気なし、取って食うとは申しません。 それに妾が付いております。 ここの 束 ( たば )ねをするお吉がね。 野宿も結構ではございますが、 狼谷 ( おおかみだに )から狼が、襲って来たらどうなさいます」 「まあ狼がおりますので?」 「狼どころかもっと怖い、山窩だっているのでございますよ。 放火 ( ひつけ )と泥棒と 殺人 ( ひとごろし )と、三つを兼ねた山窩がね」 「まあ恐ろしゅうございますこと」 と思わずお仙は顫えたものだ。 伊集院五郎が歩いている。 と向こうから小娘が、途方もない大きな声を立て、何か喚きながら走って来た。 神代原と萩原との、真ん中どころの山道である。 「山窩が出たよ、山窩の野郎が、オーイ、オーイ、誰かおいでヨー、旅のお方を虐めているヨー!」 「これこれ」と伊集院は両手を拡げ、娘の行手を遮ぎった。 「ちょっと聞きたい、待ってくれ、山窩が出たということだが、どの辺へ出たな、それが聞きたい」 「へえ」というとその小娘、 吃驚 ( びっく )りしたように立ち止まったが、「アイ、今日は、いいお天気、明日も晴れだよ、大丈夫。 ほんとに不思議ったらありゃあしない、天気がいいと谷の水までが、笑い声を高く上げるんだものな、こいつがお前さん曇るとなると、泣き声に変るから面白いよ。 西が晴れると虹が立ち、東が曇ると嵐が吹き、北に一旦雲が湧くと、大雨になるから恐ろしいよ」 「いやいや天気の話ではない、山窩のことだ、な、山窩の、どこかへ山窩が出たといったが、どの辺へ出たな、教えてくれ」 「アイ妾は一人娘さ、大事な子だということだよ、 父 ( とっ )ちゃんの名は彦兵衛さ、母ちゃんの名はお 榧 ( かや )てんだ、浜路姉さんはいい人で、そりゃあ本当に可愛がってくれるよ」 「いやいや違う、そうではない、山窩の話だ、解らないかな?」 「道人様は偉い方さ、只で薬をくれるんだからな、そこで父ちゃんは大信仰さ、画像があるよ、道人様の。 父ちゃんだけが知ってるのさ、道人様の居場所をな。 でもめったに云うことではない、叱られるからさ、道人様に」 「ふうん」と伊集院それを聞くと、眼を光らせたものである。 「うんそうか、お前の爺が、道人の居場所を知っているのだな。 いいことを聞いた、利用してやろう。 ……娘々、家はどこだ?」 「おお恥かしい、おお恥かしい、そりゃあね、時にはないこともないよ、妾のようなお多福でも、チョイチョイと物好きの男があって、袖を引くことだってあるんだよ。 でもね、妾は ことわるのさ、厭らしいねえよしゃあがれ! で、頬っぺたを撲るのさ」 「驚いたなあ、 色情狂 ( いろきちがい )だ。 よしよしそいつは解っている、何さ、お前は 別嬪 ( べっぴん )だよ、どうしてなかなか隅へは置けない、別嬪別嬪素晴しいものだ。 が、別嬪はよいとして、お前の家はどこなのかな?」 「狼谷には狼がいるし、盆の沢には 大蛇 ( おろち )がいるよ。 妾はついぞ見掛けないが、杉の峰には天狗様が、巣食っているという事だよ。 ええとそれから提灯窪には……」 「提灯ではない釣鐘でもない。 家を明すが厭だったら、決して無理に聞こうとは云わない。 山窩の出場所だ、教えてくれ。 ……それ、わずかだが、取ったり取ったり」小銭を懐中から取り出した。 「馬鹿にしているよ、六文じゃあないよ。 六文買いたけりゃあ螢ヶ丘へ行きな。 その代り鼻がおっこちるよ。 三つばかり鼻の掛け換えがあったら、大丈夫だよ、行くがいいや。 憚 ( はばか )りながら妾はね、まだ立派な 生娘 ( きむすめ )さ、 聾者 ( つんぼ )のお六って聞いてごらん、神代原から萩原かけ、知らない人はありゃあしないよ。 見ればお前は他国者だね、だから妾を知らないのさ、 つんぼのお六だよ、ああ つんぼのね」 萩原の方へ走り去った。 後を見送った伊集院。 「あッ、そうか、 つんぼだったのか?」 聾者 ( つんぼ )にひっかかった伊集院五郎、苦笑いをして歩き出した。 「早く気が付けばよかったのに、俺も随分智慧がないな。 聾者の上にお喋舌りと来ては、いかな俺にも苦手だよ。 他人 ( ひと )の云うことは耳に入らず、自分のことだけ喋舌りまくる。 なるほどなあ、いい方法だ、これで世間が暮らせたら、実際浮世は住みやすい。 ところが実世界は反対だ、自分の思っている本当のことなど、一言といえども口には出せない。 それでいて他人の悪い事なら、 のべつに耳へはいって来る。 収賄、 ごまかし、弱い者いじめ! 正直 ( まとも )に浮世を暮らそうとすれば、窒息しなければならないだろう。 俺も成りたいよ、聾者にな。 ところが俺は聾者にはなれない、そこでなるたけ耳をふさぎ、不言実行悪事をやるのさ。 ……それはそうと山窩の連中、いったいどの辺に出たのだろう?」 神代原を通り抜け、ズンズン先へ歩いていった。 やがて丘となり谷となった。 谷の底から青々と、一筋の煙りが上っていた。 荒くれ男が五六人、そこで焚火をして話している。 野太刀を横たえ弓矢を持ち、 脛当 ( すねあ )てを着けているだけで、部落の人達と大差がない。 兎が二三羽殺されている。 彼らが射て取った獲物らしい。 「さっきの旅人、 しみったれだったな、身ぐるみ剥いでわずか二両さ」 「世のセチ辛さがこれで解る、ちょっと 外見 ( よそみ )は立派でも、内へはいると文なしだ」 「何さ 内 ( なか )みが文なしだから、それで 外見 ( そとみ )を飾るのさ」 穿 ( うが )ったことを話している。 「萩原宿へ押しかけて行き、火を掛けたら面白かろう」 「近頃酒にもありつかねえ、女っ気など嗅いでも見ねえ」 「そこで六文にも縁なしか」 「お頭も近頃は不機嫌だ」 「いっそ福島まで乗り出して行き、陣屋を襲うと面白いんだがな」 「その位のことはしてもいい、近頃山巡りの二本差しども、 えこじに 俺 ( おい )らを狩り立てやがる」 「どんなにあいつらが狩り立てたところで、俺達の居場所が解るものか」 「さあ焼けた、食ったり食ったり」 兎の肉を食い出した。 満腹になるとまた雑談。 お頭があって小頭があって、規則があって制裁がある。 不足もあれば 生活難 ( くらしにく )くもある。 案外娑婆と 同 ( おんな )じだなあ」向こう傷のあるのがこんな事を云った。 「だが娑婆のように小 うるさくはないよ。 開けっぱなしで明るくて、智慧と 腕力 ( ちから )のある奴が、智慧と 腕力 ( ちから )のある うち 中 ( じゅう )、お頭になっていられるのだからなあ。 ところが裟婆はそうはいかねえ。 訳の解らねえ奴が大将になり、さて一旦大将になると、 遮 ( しゃ )二 無 ( む )二そいつに獅噛み付く。 子供から孫、孫から 曽孫 ( ひまご )、ずっと大将を譲り受けるんだからなあ。 武士だの大名だの金持ちだの、そういう奴がみんなそうだ。 そうしてそいつらはそいつらだけで、嫁取りをしたり婿取りをしたり、金を貸し合ったりお茶を飲んだり、悪いことをしては隠し合ったり、時々間違っていいことをすると、ソレ君子だ慈善家だ、ワーッと云って祭り上げたり、 酷 ( ひど )い奴になるとそいつを利用し、チョクチョク金を儲けたりする」 武士 ( さむらい )あがりらしい山窩が云う。 するともう一人の若い山窩、 「元亀、天正の戦国時代から見ると、浮世は進んだということだが、いったいどこが進んだんだろう?」 「手数をかけて金をかけて、時間をかけて 冗 ( むだ )なものを作る! それが『進んだ』ということなら、今の浮世は進んでいるよ」こう云ったのは銅兵衛という山窩、「食い物で云うと早解りがする、戦国時代の食い物は、 俺 ( おい )らの食い物と大差はない、 生 ( なま )の獣、生の鳥、生の野菜、生の魚、せいぜい焼いて食うぐらいのものだ。 ところが 今日日 ( きょうび )の連中ときては、ソレお醤油、ソレお味噌、ソレお砂糖、ソレお酒、などというもので料理する。 さて出来上がった食い物はというに、味はともかく滋養分がない。 つまりは 冗 ( むだ )の食い物なのさ」 「お前の理屈からいく時は、進むってことはよくねえんだな?」 「そうさ、手間をかけてムダな物を作る、どう考えたってよくねえなあ」 「では何故みんな進みたがるんだろう?」 「考えが間違っているからよ」 「一人ぐらいはあるだろう、考えの間違わない人間が?」 「そりゃあ時々あるらしい、だが大勢にゃあ 敵 ( かな )わねえ」 「へえ、どうしてだい? 教えてくんな!」 「みんなが 跛 ( びっこ )を引いているのに、一人だけ まともに歩いてみろ、ビッコの連中こういうだろう、『あいつの歩き方は間違っている。 遊んでやるな、仲間外れにしてやれ!』仲間っ外れは嬉しくねえ、そこでビッコを引き出すのよ」 「どうしてもビッコが引けねえ時は?」 「さあ、三つの 手段 ( ほう )がある、首を 括 ( くく )って くたばるか、山へはいって遁がれるか、仲間っ外れを覚悟の上で、世の建て直しにとりかかるか。 だが九分九厘は失敗ものだ、大概 磔刑 ( はりつけ )にされるだろう」 「浮世が進んで進み切ると?」 「大きな騒動が持ち上がり、コナコナに 破壊 ( こわ )れてしまうのよ」 「ワーッ、そいつあ有難くねえなあ」 「つまり何んだ、こう云った方がいい、今の浮世の連中は、コナコナになって 破壊 ( こわ )れるために、むやみに進んで行くのだとな」銅兵衛という山窩、哲学者らしい。 「破壊れたあげくはどうなるんだろう?」 「新しい奴らがやって来て、新しい浮世を作るのさ」 「どんな浮世を作るだろう?」 「今より住みいい浮世だろう」 「だが破壊れるなあ面白くねえ」 「まったくそうだ、面白くねえ、そこで俺らの仕事がある、浮世の進み過ぎた連中を、せいぜい あくどく引っ剥ごうぜ」 「何かの功徳になるのかい」 「 彼奴 ( きゃつ )らの眼から見る時は、俺らは『進まねえ連中』なのだ。 その連中に引っ剥がれてみろ、『あッ、こいつあ進み過ぎたかな』…… 彼奴 ( きゃつ )らだってきっと考えるだろう」 「それじゃあ俺らの追い剥ぎは、彼奴らにとっては親切な筈だが」 「あんまり大きな親切なので、それが彼奴らには解らねえのさ」銅兵衛ここで 頤 ( あご )を撫でた。 「だがそれにしてもこう 不漁 ( しけ )じゃあ、親切の 乾物 ( ひもの )が出来そうだ。 小判の五六枚も降らねえかな」 これはいったいどうしたことだ、そう云ったとたんヒラヒラと、五枚の小判が降って来た。 「あッ、そうか、こういうお天気には、やはり小判が降るものと見える」トボンと山窩達空を仰いだ時、一人の旅人が突っ立った。 山窩の前へ突っ立ったのは、他ならぬ伊集院五郎である。 「使える金だ、取っとけ取っとけ」焚火を隔てて坐り込んだ。 驚いたのは山窩である。 まず銅兵衛がお辞儀をした。 「へえ、旦那は旅の方で? それとも天の神様で?」 「そうさなあ」と伊集院、ヘラヘラ笑いをやり出したが、「五両で神様に成れるなら、成ってやった方がよさそうだ。 場合によっては もう五両出そう、そうしたら今度は何にしてくれるな?」 「 閻魔 ( えんま )様などは、いかがなもので?」 「気に入ったな、ひどく気に入った、地獄の頭は面白い、だが閻魔になったからには、赤鬼青鬼の 眷族 ( けんぞく )がなけりゃあ、ちょっとニラミが利かねえなあ」 「ようごす、 私 ( あっし )達が成りやしょう」 「ははあお前達が眷族になる? そいつあいい、してやろう、そこで早速ご命令だ、お前達の山塞へ案内しな!」 こいつを聞くと五人の山窩、チラリと顔を見合わせたが、にわかにドタドタと立ち上がった。 「解った解ったこの野郎、手前は役人の 間者 ( まわしもの )だな! その手に乗るか、途方もねえ、こう見えても裏切りはしねえ、五両ばかりのハシタ金で、山塞を明かしてたまるものか」 「プックリ 懐中 ( ふところ )が膨らんでいらあ、三十や五十は持ってるらしい。 ひん剥けひん剥け、ひん剥いてやれ!」 「ソーレ、親切を尽くしてやれ!」 ギラギラと野太刀を引き抜いた。 「ヤクザだなあ」と伊集院、足を上げると 蹴仆 ( けたお )してしまった。 「 洒落 ( しゃれ )た真似を!」と武士上がりの山窩、胴を目掛けて横なぐり! そうさ、こいつが定まったら、伊集院だって転がったろう。 ところが伊集院転がらない。 後へ退ると苦笑いをした。 「世辞にもうまいとは云えねえなあ。 力はある、 そいつは認める、太刀さばきは落第だぜ。 鍔際 ( つばぎわ )をしっかり、握った握った、それから浮かすのよ、 柄頭 ( つかがしら )をな。 解ったらもう一度切り込んで来い!」 「アレ、この野郎、詳しいなあ」 卑怯にも足を 薙 ( な )いで来た。 ポキンという変な音! 伊集院に刀を踏み折られたのである。 「野郎!」と云うと左右から、二人の山窩が切り込んで来た。 はじめて抜き合わせた伊集院、右手の野太刀を払い上げ、左手の山窩を睨み付けた。 大きな眼! 鋭い眼光! 「いけねえ」と山窩、飛び退いた。 遙か下がって腕を組み、じっと見ていた山窩の銅兵衛、 「おおおお 皆 ( みんな )止めろ止めろ! こりゃあとても問題にならねえ、普通の旅の人じゃあねえ、 怪我 ( けが )をするだけ損というものだ。 それに一体のご様子が、山役人とは 全然 ( まるで )違う、俺が保証する 間者 ( まわしもの )じゃあねえ。 何か理由がありそうだ、ねえ旦那、どういうご用で、私達の山塞が知りたいんで?」こう云って声を掛けたものである。 すると伊集院頷いたが、 「俺はな、薩州島津家の武士だ、是非ともお前達の頭に会い、折り入って頼みたいことがある、決して損のゆく話ではない。 損がいくどころか儲けさしてやる。 だから山塞へ案内してくれ」 「よろしゅうございます、案内しましょう、お頭もきっと喜びましょうよ……さあさあお前達刀を納め、一緒にこの方をご案内しよう」 そこで一行谷を横切り、どことも知れず立ち去ってしまった。 それから二日経った午後のこと、浜路とお六とが話しながら、神代原の方へ歩いていた。 話すと云っても耳の遠いお六、口と手真似とで話さなければならない。 「六や、お父さんはいるだろうかね?」 「ああいるよ、大概いるよ」 「どうだろう、お母さんもいるだろうか?」 「 金棒 ( かなぼう )引きのお 榧 ( かや ) 婆 ( ばばあ )、いるかどうだか解りゃしねえ」 「ひどいことを云うね、お母さんのことを」 「ううん、あんな者アおっ母じゃあねえよ。 慾が深くて口やかましくて、 妾 ( あたい )をちっとも可愛がらなくて、 父 ( ちゃん )とはいつも喧嘩ばかりしている」 「彦兵衛さんに比べると、ほんとにお榧さんは人が異うね」 「似ねえもの夫婦っていう奴だよ」お六、なかなかうまいことを云う。 お六の家を 訪 ( おとず )れるのは、浜路にとっては初めてであった。 恋人宗三郎の目的が、道人探しにあると聞くや、思い出したのは彦兵衛の事、道人の住居を知っているらしい。 そこで 訪 ( たず )ねて彦兵衛から、それを聞き出そうとするのであった。 萩原からは約半里、彦兵衛の家までは遠くない。 さて行って見て 吃驚 ( びっく )りした、夫婦喧嘩をしているのであった。 「毎日毎日 拍手 ( かしわで )を打って、神様を拝んで何んになるだよ、神様がご褒美をくれもしめえ、亭主のお前に遊んでいられて、どうして 生活 ( くらし )が立って行くかよ、道人様は偉かろうが、金をくだすった ためしはねえ、幸い一家は 健康 ( まめ )息災、薬を貰うにも及ばねえ、手を打ちたけりゃあ打つもいいが、百打つところを十にして、後は野へ出て薬草でも採り、都から入り込んだ薬草採りに、高い値で売りゃあいいじゃあないか。 聞けばどうやら道人様は、 とりわけよく効く薬草を 栽培 ( やしな )っているということだが、お前はお住居を知ってる筈だ、 分与 ( わけ )て貰うか盗んで来て、薬草採りに売るがいいや。 すぐ大金になるじゃあないか。 いったいお前道人様は、どこに住んでいるんだね? そいつを 俺 ( おれ )に聞かしておくれ、 俺 ( おら )が行って取ってくる」こう怒鳴っているのはお榧である。 「そうガミガミ云うものでない、食って行かれればいいじゃあないか。 なるほど 俺 ( おれ )は働かないが、その代りお前が働いてくれる、それでこれまでも暮らして来た、これからだって暮らせるだろう。 何の、俺はこう思うのだ、お前がセッセと働くところへ、俺が 出裟婆 ( でしゃば )って働くと、お前にかえって悪かろう、世間様にも変なものだ。 と云うのは世間様は、彦兵衛はなまけ者の神様 狂人 ( きちがい )、とても問題になりゃあしない、それに比べるとお榧さんの方は、働き者の稼ぎ上手、もっとも恐ろしく慾深だが、ナーニそれだって 狂人 ( きちがい )よりゃあいいと、こう相場を決めてるのだ。 そいつを俺が働き出すと、せっかくの相場が狂ってしまう、どうもね、相場を狂わせるのは、世間様に対して相済まない。 実際俺の働かないのは、世間様に気兼ねをしているからさ」これが彦兵衛の返事である。 とまたお榧喋舌り出した。 「なにを云やがる途方もねえ、世間に気兼ねして働かねえと? 饑 ( う )え死んだらどうするだア! ああ饑え死ぬとも饑え死ぬとも。 こんなに貧乏なら饑え死ぬよ! 世間へ気兼ねして饑え死ぬなんて、そんな理屈ってあるものじゃあねえ。 女房に働かせて遊んでいる、そんな亭主だってあるものでねえ。 俺 ( おら )ア厭だ、 俺 ( おら )も働かねえ、遊ぶ遊ぶ、遊んでしまう」 「よかろう」と彦兵衛おちついている。 「気に入ったな、遊ぶがいい。 ほんとに遊ぶっていいことだ、気がノンビリしてぼんやりして、浮世のことなんか忘れてしまう、腹が減ったら減ったまでさ、木の実木の根を食ったところで、めったに人間は死ぬものでない。 また死んだっていいじゃないか、何も彼も消えてなくなってよ、サバサバとしていいだろう。 だがな、 俺 ( おら )はこう思うのだ、働かぬ働かぬと怒鳴ったところで、ナーニお前は働くよ、何んの働かないでおられるものか、お前は働くのが好きらしい、好きなことならしたがいい。 そこでお前は働き出す、ところが俺は働かない。 と云うのは働くのが嫌いだからさ。 で 全然 ( すっかり )元通りになる。 だがしかしだ、そうは云っても、俺だってこれでも働いているよ。 そうともそうとも神様のことでな。 ……お前は 生活 ( くらし )にアクセクするし、俺は神様でアクセクする、うまく出来てる、それでいい。 浮世を見たってそうじゃあないか、生活にアクセクする奴と、神様にアクセクする奴と、二通りしかありゃあしない」 お榧猛然と立ち上がり、雑巾桶を ひっ抱えた。 「ああ云えばこう云い、こう云えばああ云う、水喰らわせるぞオ、勘弁出来ねえ!」 「ご免ください」とそのとたん、門を潜った者がある。 「誰だア!」と喚いて振り返ったお榧、「ヒャーッ、これは浜路お嬢様で!」ペタペタ板の間へ坐ってしまった。 名主で名望家で金持ちで、帯刀ご免の仁右衛門の娘、浜路とあっては歯が立たない。 自分の家が掃き溜なら、鶴が下りたというものである。 「毎々お六がお世話になり、有難いことでごぜえます。 今日はようこそお立ち寄り、 むさくるしい所でごぜえますが、マアどうぞちょっとお上がんなすって、オイお六や座布団を! と云ってもお前は 聾者 ( つんぼ )だったね。 アッ、それに座布団もない。 フッフッフッフッ貧乏でがしてな。 と云うのもここにいる馬鹿亭主が、イエなに、ほんの 好人物 ( おひとよし )で、随分働きもありますが、悪いことには神様を、ナニサ神様も結構でがすが、拝んでばかりおりましてな、 生活 ( くらし )の足しにはなりましねえ。 ……それはそうとようおいで、せめてお茶でも、オヤいけない、 生憎 ( あいにく )切れておりましてね、あのそれでは 白湯 ( さゆ )なりと。 と云って珍らしいものではなし。 ……それにしても今日はお暑いことで、よいお天気ではごぜえますが、何んだか降りそうでもごぜえますな。 ……あれ、こうしてはいられねえ。 妾は忙しゅうごぜえましてな、どうぞご 悠 ( ゆっく )り、ハイそれでは。 ……薬草を取らなければなりましねえ」何をいったい云うのだろう? 鼻の頭へ汗を掻き、ピョイと 外所 ( そと )へ飛び出した。 彦兵衛愉快そうに哄笑した。 「いや面白い婆さんだ、あいつと喧嘩をしていると、退屈しなくて結構だ、めったに浮世が厭にならない。 それになかなか働き者でしてな、あいつが働くので食って行けます、実は私も内心では、感謝しているのでございますよ。 もっとも少々口やかましく、世間の評判は悪いようで。 その代り私は大助かり、お蔭で悪口云われません。 いわば私の引っ立て役で」 彦兵衛ニコニコ機嫌がよい。 「だがどうも少しあの婆さん、神様が嫌いでございましてな、これとて一方から考えれば、また大変よろしいので、元来神様を信じるのは、信心しなければならないような、心に弱味があるからでしてな、まずその点から云う時は、信心深い人間は、悪人と云うことが出来ましょう。 ですから自然不信心家は、善人ということになりますなあ。 で信心家がこの世を去ると、本来悪人というところで、間違いなく地獄へ参ります。 したがって不信心家がこの世を去れば、元々善人というところで、 極楽 ( ごくらく )へ行くことが出来ますなあ。 これには疑いございませんよ。 ……それはそうとお嬢様、何かご用でもございますかな?」 「あのね」と 浜路 ( はまじ )微笑したが、「お願いがあるのでございますの。 小父さん 諾 ( き )いてくださるでしょうか」 「さあて私にお願いとは? いったいどんなことでございますな?」 「薬草道人様のお住居をね、妾お聞きに上がりましたの」 「ほほう」と云ったが彦兵衛老人、ちょっと厳粛の顔をした。 「あなたがお知りになりたいので? それともどなたかに頼まれて?」 「そうよ」と浜路、卒直に、「江戸のお侍様がおいでになり、道人様をお探しし、お願い申して江戸表まで、お連れしたいということでしてね、妾の家におりますの。 水戸様のご家中で山影様、よいお方でございます」 「ははあさようで、なるほどな。 だがそいつは駄目でがす」彦兵衛ニベもなく首を振った。 「おや小父さん、どうしてでしょう?」 「とてもとても道人様は、江戸表へなど参りますまい、また私にしてからが、江戸などへ行かせたくはございませんなあ」 「でもね、小父さん、大変なのよ、もしどうあっても道人様が、江戸へおいでにならなければ、山影様は云うまでもなく、水戸様はじめ 御 ( ご )三 家 ( け )まで、いえいえ徳川譜代大名、一統の恥辱になるそうで。 そうして日本が二派に別れ、譜代大名と外様大名、戦争するかもしれないそうで」 「やれやれ途方もない大袈裟な話だ」彦兵衛ニヤニヤ笑ったが、「そういう訳なら尚さらのこと、道人様はやれませんなあ。 と云うのは道人様は、仙人だからでございますよ。 それ仙人というものは、高い所に坐っていて、下界の者どもを見下ろして、一人で住んでいるところに、値打ちがあろうというもので、俗界へ下りて行ったが最後、光りが薄れてしまいます。 みすみす光りが薄れると知って、俗界行きを進めるのは、決してよいことではございません。 まことにお嬢様はよいお方、せっかくのお頼みでございますので、是非とも道人様のお住居を、お教えしたいとは存じますが、こればっかりは、いけませんなあ」気の毒そうに云ったものである。 しかし浜路も負けていない。 「そうはおっしゃっても道人様は、人助けが 目的 ( のぞみ )だと申しますこと、では 御岳 ( おんたけ )におられようと、江戸へおでかけになられようと、同じに人助けは出来ます筈、それに御岳には永らく住まれ、 功徳 ( くどく )をお果しなさいました、今はかえって江戸へ出て行かれ、一層沢山の人達へ、施療投薬なされた方が、よろしいように思われます。 それもこれも万事道人様に、お目にかかって申し上げたいと、こう思うのでございます。 お教えくださいまし、お住居をね」 愛する宗三郎のためである、浜路熱心に掻き口説く。 さあ彦兵衛何んと云うか? 「何んとおっしゃってもお嬢様、こればっかりはいけませんなあ」これが彦兵衛の返辞であった。 「と云うのはこの私は、いわばお弟子でございましてね、はいさようで、道人様のな、そうして止められておりますので。 コレ彦兵衛、 私 ( わし )の住居、誰に明してもいけないぞよ。 ……はい、このように道人様にな……弟子の身分で師匠の言葉を、裏切ることは出来ませんなあ」 こう云われて見れば浜路にしても、押して訊くことは出来なかった。 しかし愛人のためである、方面を変えてカマを掛けた。 「では小父さん、そういう訳なら、詳しく聞きたいとは申しません、それでは せめて方角でも。 ……ここのお家を中心にして、道人様のお住居は、東の方でございましょうか?」 「これはお上手、外交がな。 ……さあ西かも知れませんて」 「おやそれでは西なのね」 「さあ南かも知れませんて」 「ああそれでは南なのね」 「ひょっとかすると北かも知れない」 浜路なかなか 悄気 ( しょげ )ようとはしない。 「螢ヶ丘ではないかしら?」 「いかになんでも道人様が、六文と一緒には住みますまい」 「あのそれでは狼谷?」 「道人様が仙人でも、狼を家来にはなさるまい」 もうこうなっては駄目である。 浜路 俯向 ( うつむ )いて考え込んだ。 さすがに彦兵衛もそれを見ると、ちょっと気の毒になったらしく、 「それはそうとお嬢様、山影とかいうお武家様、ほんとによい方でございますかな? たとえば信頼出来るような?」 「それなら もうもう大丈夫!」浜路はじめて明るくなった。 「人品勝れた立派な方、そうして大変ご親切で、物柔かでもございますの。 キリッとしたご器量で、時々冗談もおっしゃいますが、厭らしいところはちょっともなく、あの、そうして……よいお方で」 どうしたものか彦兵衛老人、フッフッフッと含み笑いをした。 「お嬢様もお年頃、そういうお方をご覧になれば、みんなよいお方に見えましょうなあ」 浜路、頬でも染めたかしら? いやいや赧くはならなかったが、それこそ火のように 真 ( ま )っ 紅 ( か )になった。 「厭な小父さん」と云ったものの、大して厭でもなさそうである。 と、彦兵衛真面目になり、「お嬢様もよいお方、山影様もよいお方、そういうお方のお頼みを、 むげに退けるもお気の毒、と云って あからさまには明かされない、ほんの道順だけ申しましょう。 道人様のお住居はな、螢ヶ丘の北を 過 ( よ )ぎり、木場の屯所の南を過ぎ、七面岩の絶壁を上り、さてそれから……」 と云い出した時、今まで黙っていた 聾者 ( つんぼ )のお六が、突然大声で喚き出した。 「窓から、窓から、あの野郎が、 妾 ( あたい )を引っ張ったあの野郎が、ジロジロ 家内 ( なか )を覗いているよーッ」 驚いて二人が振り返ってみると、もう人影は見えなかったが、いずれ誰かが二人の話を、立ち聞きしていたに相違ない。 彦兵衛すっかり機嫌を損じ、堅く口を結んでしまった。 覗いていたのは伊集院五郎で、つんぼのお六に怒鳴られるや、横っ飛びに飛んで林へ隠れた。 「驚いたなあの娘め、耳は遠いが眼は早い、惜しいことをした、もう少しで、道人の居場所を聞き出せたものを」 伊集院五郎林の中で、腕を組んで考えた。 「螢ヶ丘の北を通り、木場の屯所の南を過ぎ、七面岩の絶壁を上り……さてそれからどう行くのだろう? 是非ともこの後を聞きたいものだ」 するとこの時林の前を、萩原の方へ行く者がある。 他でもない酒場の浜路。 と行手から婆さんが来た。 口やかましやのお榧である。 「おやおやこれはお嬢様、もうお帰りでごぜえますか、まあよろしいじゃごぜえませんか、あの萩原までめえりましてな、茶を一 つまみ買って来ました。 お茶を入れますだあ、お茶を入れますだあ」 「有難う」と云ったが酒場の浜路、微笑を含んだものである。 「いいえそれには及びません、この次ご馳走になりましょう、彦兵衛小父さんによろしくね。 さようなら」と行ってしまった。 「 ふんとに綺麗なお嬢様だねえ、それになかなか愛嬌があるよ」見送って呟くお榧の前へ、ヒョイと現れたのは伊集院である。 「ご新造さん、ご新造さん」猫 なで声で呼びかけた。 「ヒャッ」と云うと振り返ったが、「何かご用でごぜえますかな?」 胡散臭 ( うさんくさ )そうに伊集院を見る。 「失礼ながらお前さんは、彦兵衛さんのお神さんで?」 「へえ、さようでごぜえます。 それでは何か彦兵衛が、悪いことでも致しましたので? それならご勘弁願えますだ、根はいい人間でごぜえますが、神様 狂人 ( きちがい )でごぜえましてな、それに 俺 ( おら )とは反対に、どうもひどく口やかましくて……」 「いいえさ、何も彦兵衛さんが、悪いことなどしますものか、決してそうじゃあございませんよ。 ……これは ほんのわずかだが」 一枚の小判を取り出した。 「差し上げましょう、お取んなすって」 「ヒャッ」というとお榧婆さん、あぶなく尻 もちをつこうとした。 「アーレ まあこれは小判でねえか!」 「 贋金 ( にせがね )ではない、使える小判」 「フエーこいつをおくんなさる?」 「さようさよう差し上げます」 「ヒャッ、お 前様 ( めえさま )は福の神様かね?」 「都から来た薬草採りで」 「それで解った、こうでがしょう、 俺 ( おら )が家に取り貯めてある、薬草が欲しいとおっしゃるので?」 「さよう」といったが声をひそめ、「実はお願いがありますのでね、というのは他でもない、彦兵衛さんを口説き落とし、薬草道人様のおり場所を、聞き出して教えてはくださるまいかな。 うまくゆけば五両あげます」 「へえ、五両? ほんまかね?」 「何んで嘘を云いますものか」 お榧しばらく考えたが、「ちょうど 俺 ( おら )も道人様の居場所を、知りてえと思っていたところ、ようがす、聞いてお知らせしましょう」 「おおさようか、それはそれは、是非お願い、なるたけ早くな」 「 後金 ( あとがね )五両、 たしかずらな?」 「大丈夫」と云って胸を叩いた。 と、チャリンという小判の音。 「アッハッハッハッ、腐るほど持ってる」 「 ふんとにお前様、福の神様だあ」 二人左右に別れてしまった。 「こっちはこれでよいとして、いずれ酒場の浜路めが、彦兵衛の話を山影へ、きっと話すに相違ない。 と山影め明日か 明後日 ( あさって )、道人探しに行くだろう。 よし来たそこを討ち取ってやろう。 味方は大勢、山窩がある」 その翌日のことである、山影宗三郎は家を出て、道人探しに発足した。 「浜路殿の話による時は、薬草道人のおり場所は、螢ヶ丘の北を過ぎ、木場の屯所の南を通り、七面岩の絶壁へ上り、それからどっちかへ行くということだが、まずともかくも七面岩まで、足を延ばしてみることにしよう」 夕立ち 催 ( もよ )いの曇天ではあったが、そんなことには驚かない。 宗三郎スタスタ歩いて行く。 神代原を通り抜け、螢ヶ丘の裾の辺を、木場の屯所の方へ歩いて行った。 この辺は一面の大野原で、いわゆる 御岳 ( おんたけ )の大斜面、灌木の 叢 ( むら )、林や森、諸所に大岩が立っている。 慣れない山路で時間を潰し、午後の日も相当 蘭 ( だら )けてしまった。 と、行手の岩蔭から、一人の旅人が現われた。 「山影氏、しばらくでござった」 「どなたでござるな?」と宗三郎、 訝 ( いぶか )しそうに足を止めた。 笠を脱いだ旅の者、薩摩の藩士伊集院五郎。 「おっ、貴殿は伊集院氏」 「さよう」と伊集院冷やかに、「両国広小路の大蛇使い、お仙と申す美婦を中に、ちょっと鞘 あてをした伊集院でござる」 「いやいやそればかりではござるまい」山影宗三郎用心をした。 「小仏峠、さては甲府、または木曽の福島で、拙者に仇をしかけたは、貴殿を置いて他にはない」 「さよう、いずれも拙者でござる」伊集院五郎ニヤニヤし、「それと云うのも主君同志、柳営にての争いが、家来にまでも伝わって、怨みを重ねたというものさ」 「そうして今のところでは、拙者の方に勝ち目がある。 御岳山中に古今の名医、甲斐の 徳本 ( とくほん )が身を隠し、薬草道人と名を改め、居を定めているようだの」 「うむ」と伊集院詰まったが、「いやそいつはまだ解らぬ、もしも薬草道人が、事実甲斐の徳本なら、 住居 ( すまい )を突き止め叩っ切るばかりさ」 「 不埓 ( ふらち )!」と宗三郎眼を怒らせた。 「拙者御岳にいる限り、そういう殺生は断じてさせぬ」 「そういう貴殿のお命を、実はここで戴くつもりさ」 「まずまずそれはなりますまい」宗三郎笑ったが、「おおかたは逆に行きましょうよ、行手を邪魔する貴殿のお命こそ、拙者この場で頂戴いたす」 「ははあ、お取れになりますかな?」 「まず大概取れましょうな」 「参るぞ!」 というと伊集院、刀の鯉口を切ったものである。 と、ギラリと引き抜いた。 「参るぞ!」 とこれも宗三郎、サッと刀を引き抜いた。 とその時草むらの中から、五、六人の人影が現れた。 「伊集院さん、よろしいかね」 「ナニ俺らだけで片付けますよ」 「旦那はご見物なさるがいい」 それは山窩の群であった。 手に手に野太刀を持っている。 太刀を引くと飛び 退 ( しさ )り、伊集院ゲラゲラ笑い出した。 「うむ、上手に 料 ( りょう )ってくれ。 だがちょっと 手強 ( てごわ )いぞよ。 もっとも一人だ、恐れるには及ばぬ。 後には俺が控えている。 いよいよとなったら手を下す。 用心しながら掛かるがいい」ついに山影宗三郎、伊集院の詭計にひっかかってしまった。 「しまった!」と思ったが宗三郎、逃げ出すような人間ではない。 また逃げようとて逃げられもしない。 背後 ( うしろ )へ廻られぬ用心に、岩を背中に楯とした。 口を結び 呼吸 ( いき )をととのえ、構えた太刀は片手上段。 左手で袴の股立ちを、キリキリキリと取り上げた。 「野郎!」と叫ぶと命知らず、一人の山窩が飛び込んで来た。 ザックリ一太刀、出鼻を利用し、宗三郎右肩へ切り付けた。 「ワッ」というと突んのめり、虚空を掴んだが手の指が、見る見る紫の色となり、二度ばかり うねると動かなくなった。 「強いぞ強いぞ、要心要心!」 口々に叫んだ山窩ども、ジタジタと後へ退いた。 宗三郎動かない。 返り血一滴浴びていない。 と、宗三郎飛び込んだ。 「三つの先」のその一つ、「我より敵へ懸かるの手」だ、正面の山窩の右の腕を、肩の附け根から切り落とした。 「ガッ」という悲鳴、そのとたんに、飛び込んで来たもう一人の山窩、野太刀を揮うを払い上げ、片膝敷くと 掬 ( すく )い切り、五枚目の 肋 ( あばら )を三日月に、内臓深く切り込んだ。 迸 ( ほとばし )る血、ドッタリと、もんどり打って仆れたが、ムーと呻くとガリガリと、地面を引っ掻いたものである。 後に残った三人の山窩、ワーッと叫ぶと逃げかけたが、行手に廻った伊集院、「逃げれば切るぞ!」と一喝した。 盛り返して来た可哀そうな奴、左右同時に懸かるのを、まず右手の野太刀を抑え、 頭 ( こうべ )を返すと眼を怒らせ、左の一人を睨み付けた。 たじろぐところを太刀を返し、サッと浴びせて足踏みちがえ、右手の一人の胸先を、片手突きに突っ込んだ。 「ヒーッ」と呻くと野太刀を落とし、宗三郎の太刀を ひっ掴む。 グイと引けばバラバラと、十本の指が地へ落ちた。 「オーイ! オーイ! オーイ! オーイ!」 最後に残った一人の山窩、横っ飛びに逃げながら、声を 嗄 ( か )らして叫んだのは、仲間を呼びに行くのだろう。 「 草賊輩 ( そうぞくばら )をけしかけて、詭計をもって討とうとは、あくまで卑怯な伊集院。 薩摩隼人 ( さつまはやと )と云われるか! 尋常に来い、恥を知れ! さあ二人だ、もう遁がさぬ!」 山影宗三郎 詈 ( ののし )った。 「ふふん」とばかり伊集院、声を含ませて笑ったが、「卑怯ではない、兵法だ、勝ちさえすればそれでいい。 一の備え二の備え、備えを立てて戦うのは、これ軍陣の常ではないか。 山窩を指揮して戦うのも、いわば軍陣での備え立て! 一騎打ち勝負、何が偉い!」 「軍陣の講釈、結構結構。 だが気の毒にも備えは破れた。 もういけまい、可哀そうだなあ」 「そうさ、備えは破れたが、ここに大将が控えている」 「大将、首を取られるなよ」 「何を!」というと伊集院、身を沈めて引き足をしたが、小野派一刀流下段の構え、胸を突こうとするのである。 「いよいよ来るか!」と宗三郎、依然変らぬ片手上段、目差すは相手の真っ向である。 左手をダラリと遊ばせて、時々小刀の柄へ掛ける。 機に応じて抜くつもりだ。 山影宗三郎と伊集院、円明流と小野派一刀流、ピッタリ構えた太刀二本、 距離 ( あわい )は二間、動かない。 と、伊集院ジリジリと、足の爪先蝮をつくり、一分二分と迫り寄せて来た。 益 沈む肩の位置、柄頭を胸へ着け、左右の肘をワングリと張った。 が、宗三郎動かない。 居待って討ち取る心組み、 出入 ( いでい )る 呼吸 ( いき )を調えて、相手の変化を睨んでいる。 「オーイ、オーイ、オーイ、オーイ!」 仲間を集める山窩の声が、次第次第に遠退いて、丘の 背後 ( うしろ )へ消えかかった時、忽然一つの人影が、その丘の上へ現れた。 「大変だヨーッ」とまず叫んだ。 「浜路姉さんの大事な人が、 妾 ( あたい )の袖を引っぱった、 いやらしい野郎に殺されるヨーッ、誰か来ておくれヨー、大変だヨーッ」 野遊びに来た つんぼのお六、二人の切り合いを見付けたのである。 「さあこうしちゃあいられねえ、萩原へ行ってみんなに話し、加勢の衆を連れて来よう! 来ておくれヨーッ、来ておくれヨーッ」 丘を飛び下り駈け出した。 「オーイ、オーイ、オーイ、オーイ!」 仲間を集める山窩の声! 「来ておくれヨー、来ておくれヨー!」 非常を告げるお六の声! 左右にだんだん遠ざかる。 さあどっちが早く着くか? 山窩が来れば宗三郎が危うい、萩原住民が寄せて来たら、伊集院五郎は遁がれられまい。 この時気合が充ちたのであろう、沈めた肩を聳やかし、猛然と飛び込んだ伊集院、胸の真ん中、丹田の上、ガバとばかりに突っ込んだ。 これが決まれば 田楽 ( でんがく ) ざし! と、体形斜めに揺れ、開きを作った宗三郎、相手の太刀のセメルの位置、それを目掛けてサッと 下 ( くだ )した。 チャリンという太刀の音! すなわち一合、合ったのである。 サッと引き退く伊集院、宗三郎も立ち直る。 間 ( あわい )二間、上段と下段、わずかに位置が移ったばかり、変化はない、また構えた。 しかし充ち充ちたその殺気! それに驚いたか林から、一本 龍柱 ( たつばしら )が舞い上がった。 鳩だ鳩だ、山鳩の群だ! 中空に伸びると、バッと割れ、円を描いて飛び散ろうとする。 その真ん中に浮かんだは、生白い昼の月である。 ドッと 颪 ( おろ )して来た 御岳嵐 ( おんたけあらし )、なびくは雑草、波を 蜒 ( うね )らし、次第に拡がり、まるで海だ! 泡となって漂うのは、咲き乱れている草の花! 掻き立てられた薬草の香が、プーッと野っ原を吹き迷う。 分を盗むは尺を盗む、寸を盗むは丈を盗む、ガッシリ構えた敵に向かい、ジリジリ迫り寄せるという事は、容易なことでは出来難い。 それにも関らず伊集院、爪先で地面を刻みながら、ジリジリと宗三郎へ寄せて行く。 只者ではない、腕があるからだ。 敵の寄り身に驚かず、悠然立っていることは、それにも 勝 ( ま )して至難である。 それにも関らず宗三郎、進まず退かず居待ち懸け、生え抜いたように立っている。 と、伊集院飛び込んだ。 双手 ( もろて )突き! 全く同じだ。 振り下ろした宗三郎、チャリンと二合目の太刀の音、間髪を入れず飛び込んだが、南無三宝、木の根につまずき、ドッと仆れたと見て取るや、「しめた!」と叫んだ伊集院、真っ向から拝み打ち! あッ、やられた! と思ったとたん、倒れながらの早業である、小刀抜いて足を薙いだ。 足は薙がれたが伊集院、切られるようなヤクザではない。 「うむ」というと後ろざま、気合を抜いて飛び返った。 同時に起き上がった宗三郎、小刀は下段、大刀は上段、はじめて付けた天地の構え、 乾坤 ( けんこん )を 打 ( だ )して一丸とし、二刀の間に置くという、すなわち円明流必勝の手、グッと睨んだものである。 で、ふたたびジリジリと寄る。 命をまぬかれた一人の山窩、オーイ、オーイと喚きながら、谷の方へ走って行く。 と谷間から答える声! 「どうしたどうした、何か起こったのか?」二人の山窩が現れた。 「仲間がやられた、五人やられた、伊集院さんが大苦戦だ! 早くお 頭 ( かしら )へ知らせてくれ」 「ヨーシ」というと二人の山窩、 「オーイ、オーイ!」と叫びながら、谷を潜って走り出した。 と、バラバラと三人の山窩、岩の陰から現われた。 「どうしたどうした、何か起こったのか?」 「伊集院さんが大苦戦、五人仲間がやられたそうだ、早くお頭へ知らせてくれ」 「ヨーシ」というと三人の山窩、 「オーイ、オーイ」と叫びを上げ、木の間をくぐって駈け出した。 とまたもや四人の山窩、灌木の茂みから現われた。 「どうしたどうした、何か起こったのか?」 「五人の仲間がやられたそうだ、伊集院さんが苦戦だそうだ、早くお頭へ知らしてくれ」 「ヨーシ」というと四人の山窩、例によって叫びを上げながら、山の斜面を突っ走った。 これ山窩の伝令法、瞬く間に 山塞 ( さんさい )まで、非常の知らせが達するだろう。 この頃お六は野の道を、萩原の方へ走っていた。 「大変だヨー、来ておくれヨー、山影様が殺されるヨーッ」 ほこりを蹴立て、小鬼のように、途方もない速力で走って行く。 この日浜路は酒場にいた。 道人を探しに宗三郎と一緒に、七面岩へ行こうとしたところ、足手纒いでご迷惑であろうと、父に止められて果たさなかったのが、内心不平でならなかった。 で、酒場の客を相手に、自由な話術を試みていた。 そこへ 戸外 ( そと )から聞こえて来たのが、「大変だヨーッ」という声であった。 「六ちゃんじゃアないか、どうしたんだろう?」 ちょっと聞き耳を引き立てた。 「山影さんが殺されるヨーッ、みんなみんな来ておくれヨーッ」 「え!」と浜路立ち上がった。 飛び込んで来た つんぼのお六、やにわに浜路に飛び付くと、「 妾 ( あたい )の袖を引っ張った、 いやらしい野郎が螢ヶ丘の裾で、山影さんと切り合っているヨーッ、姉さん姉さん浜路姉さん、早く早く早くおいでヨーッ」 歓楽の酒場が一瞬にして、混乱の庭と変ったのは、まさに当然というべきだろう。 「さあ皆さん来てください! 浜路に続いて来てください! お父様! お父様! 大変です! ……六や、馬を 厩 ( うまや )からね! それから鞭を! 刀の方がいいよ!」 そこへ現れたのは仁右衛門である。 「槍を持って来い! それから馬!」 浜路と仁右衛門を先頭に立て、ドッと一同押し出した。 棍棒、竹槍、鍬、脇差し、手に手に得物をひっさげて、その数およそ五六十人、萩原街道を走る走る。 此方 ( こなた )伊集院と宗三郎、 黄昏 ( たそがれ )近い野に立って、十数合太刀を混えたが、互いに薄手を負ったばかり、まだどっちも斃れない。 だが伊集院大分弱った。 両腕の筋が釣ろうとする。 自然心が 焦 ( いら )って来る。 吐 ( つ )く 呼吸 ( いき )あらく「寄り身の手」膝を掻こうと飛び込んだ。 待ち構えていた宗三郎、円明流の「 剣 ( つるぎ ) 踏 ( ふ )み」わざと切らせに飛び向かい、左剣で払って右剣で肩、振り下ろそうとしたとたん、丘にあたって鬨の声、ハッと思った眼を掠め、一筋の 征矢 ( そや )が飛んで来た。 一足退いて眼をやれば、丘の頂きに三四十人、タラタラと並んだ人影がある。 と、進み出た一人の巨漢、 「伊集院さん、引きなせえ、助けに来やした、 矢襖 ( やぶすま )に掛け、水戸 っぽを討って取りやしょう!」 山窩の頭領 多羅尾将監 ( たらおしょうげん )、先祖は 蒲生氏郷 ( がもううじさと )の家臣、半弓にかけては手利きである。 「頼む」と叫ぶと伊集院、数間の後ろへ引き退いた。 「やっつけろ!」と喚く将監の声! ピューッと数条の征矢が飛んだ。 山窩め、手に手に弓を引き、宗三郎を討ち取ろうとする。 「あッ、しまった、飛び道具か!」驚きはしたものの恐れはしない、傍らの立ち木を楯にとると、宗三郎は身を隠した。 弦音 ( つるおと )高く射出す征矢、呻りをなして飛んで来るが、たかが山窩の手練である、身近に逼るものはない。 ただし将監が射出したなら、相当危険といわざるを得まい。 果然将監狙いをつけた。 竹林派の押し手弓、キリキリキリと引き絞り、満を持して放たない。 と活然たる弦返りの音、 弓籠手 ( ゆごて )に 中 ( あた )って響いたが、既に 発 ( はな )たれていたのであった。 掛け声もなく宗三郎、横に払って矢を切った。 間髪を入れずもう一本、面上をのぞんで飛んで来る奴を、小刀を上げて上へ刎ねた。 三本目が股へ来る。 キワドク飛んで辛く遁がれる。 いつか宗三郎立ち木を離れ、全身を敵にさらしてしまった。 見て取った将監合図をした。 と降りかかる十数本の征矢! 山窩の群が放したのである。 「もういけない!」と宗三郎、観念の眼をつむったが、天祐天祐 中 ( あた )らない。 サッと飛び返り宗三郎、立ち木を楯にまた構えた。 「これ、水戸 っぽ!」と多羅尾将監、大音声に呼ばわったが、丘をスルスルと中腹まで下り、 「今度こそ許さぬ、四本目の征矢! 受けたが最後、往生だ!」 キリキリキリと引き絞った。 間は近い、将監も必死、放された矢は外れても、宗三郎の全身は、またも立ち木を離れるだろう、そこを目掛けて射かけようと、山窩の群は射手を揃え、鳴りをしずめて待っていた。 が、その時 蹄 ( ひづめ )の音! つづいて上った鬨の声! 馬上の浜路を真っ先に、五六十人の萩原住民、サーッと丘へ のっ立てて来た。 「山窩だ山窩だ! 追っ払ってしまえ!」 「何を百姓! 料理 ( りょう )ってしまえ!」 両軍ドッとぶつかった。 元が侍の萩原仁右衛門、槍を揮って突き伏せる。 「山影様、山影様!」血走った声を上げながら、浜路は馬を縦横にあおる。 もう弓は役立たない。 野太刀を抜いた山窩の群、人殺しには慣れている、敏捷に飛び廻って切り立てる。 なだれ落ちる両軍勢! ムラムラと野原へ散開した。 武士ではないが萩原住民、気象は武士に劣らない。 「一人も遁がすな! 一人も遁がすな!」飛び込んでは叩き伏せる。 だが宗三郎はどうしたのだろう? どこにも姿が見えないではないか。 山影宗三郎はどうしたかというに、伊集院と山窩を相手にして、大岩の蔭で戦っていた。 グルリを 囲繞 ( とりま )いた数人の山窩、その中には将監もいた。 敢 ( あえ )て半弓ばかりでなく、多羅尾将監は 鍾巻 ( かなまき )流の使い手、どうしてどうして馬鹿には出来ない。 左剣で払った宗三郎、右剣を飛ばせたがそこを狙い、横から飛び込んだ伊集院に、邪魔をされてきまらない。 「さあ野郎ども一度にかかれ!」将監の声に山窩ども、いわゆる乱刃に切り込んで来た。 次第次第に宗三郎、受け太刀となって後へ退る。 二人の強敵、他に山窩、いかに宗三郎が達人でも、 以前 ( まえ )に五人を切っている、その上 矢襖 ( やぶすま )に引っかけられ、充分に精根を 疲労 ( つか )らせている、あぶないあぶない命があぶない! 大岩に隠されているために、仁右衛門にも浜路にも解らない。 夕陽がすっかり山に落ち、宵闇が次第に逼って来た。 ワッワッという叫喚の声! 悲鳴、怒号、仆れる音! 萩原住民と山窩とは、切り合い攻め合っているらしい。 宗三郎は切り立てられ、呼吸も逼り、筋も釣り、眼の前がチラチラ踊るようになった。 「右を打て! 左へ切り込め! 足を払え! 足を払え!」多羅尾将監が声を掛ける。 背後 ( うしろ )へ廻った伊集院、狙いすまして双手突き、宗三郎の腰の つがい、そこを目掛けて突っ込もうとした時、ドド、ドド、ドッと鉄砲の音、山谷に響いて鳴り渡った。 俄然形勢は一変した。 「山役人だア! 山役人だア!」山窩達は 周章 ( あわ )て出した。 文字通り 蜘蛛 ( くも )の子を散らすように、八方に向かって逃げ出した。 多羅尾将監も伊集院も、もちろん逃げたに相違ない。 萩原住民も引き上げたらしい。 修羅場が一時に ひっそりとなった。 ころがっているのは死骸である。 呻いているのは手負いである。 と、また響き渡る鉄砲の音、丘の 彼方 ( あなた )から聞こえて来た。 数十人の山役人が山窩出現と聞き知って、山窩狩りに来たのに相違ない。 「ワーッ」という鬨の声! それも 漸次 ( だんだん )遠ざかる。 山窩を追って行くのであろう。 またも響き渡る鉄砲の音! だが遙かに隔たっている。 雲切れがして星が出た。 と、唄い声が聞こえて来た。 「恋しいお方はおりませぬ」 組紐のお仙だ、お仙の声だ。 人影がポッツリ現れた。 戦争でもあったんじゃアないのかしら? アラ何んだろう? 人が寝ているよ! アッ、死骸だ! まあ気味が悪い! おやここにも! おやここにも! 厭だねえ、恐ろしいわ! 逃げよう逃げよう早く逃げよう!」 大岩の方へ走って来た。 と死骸へつまずいた。 「いやだねえ、また死骸だよ」 雲切れがして月が出た。 「アラ!」と叫ぶと組紐のお仙、死骸の 傍 ( そば )へベッタリと坐った。 「山影さんだヨーッ、宗さんだヨーッ」 確 ( しっか )り抱きかかえたものである。 「山影さんだヨ……、宗さんだヨ……」こう叫んだ組紐のお仙、 ひしと宗三郎を抱きかかえた。 これは悲しいに相違ない。 江戸から 遙々 ( はるばる )追って来て、 邂逅 ( めぐりあ )ってみれば死骸である。 病気ではない切り死にだ。 こういう憂き目に会うほどなら、江戸にいた方がよかったろう。 「ああ 妾 ( わたし )はどうしよう?」洩らした言葉はこれである。 「諦められないヨ……、諦められないヨー」誰にともなく叫んだが、驚きが余りに大きかったためか、涙というものが出て来ない。 お仙、ボーッとしてしまった。 少し心が静まるに連れ、はじめて涙が こみ上げて来た。 クッ、クッ、クッ、クッと 咽喉 ( のど )が鳴る。 咽び泣きの声が洩れたのである。 「……ああやっぱり 前兆 ( まえしらせ )だった。 螢ヶ丘のお吉さんの所で、昨日まで遊んで暮らしていたが、今朝から何んとなく胸が躍り、どうしてもじっとしていられないので、萩原の方へでも行ってみよう、何んだか宗さんに逢えそうだ、こう思って出て来たんだが、逢いは逢ったが死んじまったヨー」またもお仙 むせび上げた。 「でもうっちゃっては置かれない、鳶や烏の 餌食 ( えじき )になる。 …… 葬 ( ほうむ )ってあげなければならないんだが、厭だ厭だ葬るなんて! ……妾も死のう、死んだ方がいい! ……」お仙ヒョロヒョロと立ち上がったが、またベッタリと坐ってしまった。 「宗さんと一緒に死ぬのなら、死ぬ張り合いだってあるけれど、一緒に死のうと約束もせず、妾に黙って死んでしまった後で、一人死ぬなんて寂しいねえ。 ……せっかく死んであげた後で、冥土で宗さんに 邂逅 ( いきあ )って、コレ、馬鹿者、なぜ死んだ、などと叱られたら詰まらないねえ。 ……でも宗さんがいないのなら、生きていたって仕方がない。 江戸へ帰って両国へ出て、蛇を使ってお鳥目を貰い、派手な 肩衣 ( かたぎぬ )でよそおって、暮らしたところでどうなるんだろう。 厭だわねえ、死んだ方がいいよ」 お仙 じいいっと考え込んだ。 「生き返らないものかしら? ほんのちょっとでいいのにねえ。 ポッカリ眼をあけてニッと笑って、おおお仙かよく来てくれた、こんな浮世は面白くねえ、オイ機嫌よく一緒に死のう。 ……宗さん! 宗さん! 宗さん」と、お仙狂わしく呼び立てた。 戦いの後の野の 静寂 ( しずけさ )! びょうびょうと吹くは風である。 「どう思ったって仕方がない、葬ってあげよう、土を掘って。 ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。 ……お仙はこんなに泣いています、成仏なすってくださいまし、妾の涙がお顔へかかって……おお冷たいと覚しめしたら、どうぞね、ちょっと眼をあけて、……駄目だ駄目だ、死んでいらっしゃる」 また じいいっと考え込む。 「もろいわねえ、人の命は。 ……まるで何も彼も夢のようだよ。 ……去年の夏だよ、忘れもしない、女太夫を呼んでみよう、ほんの 猪牙 ( ちょき )がかりに妾を呼ばれ、涼みの船で逢ったのが、二人の縁のつながりで、妾の方で血道を上げ、追っかけ廻すと恐いかのように、宗さんの方では逃げ廻ったが、あの頃はピンピン たっしゃだったのに、今じゃア身動きさえなさらない。 ……やっぱり生きていて逃げ廻られた方が、こんなに死んで身動きもせず、妾の自由になっているより、どんなにどんなにいいかしれない。 ……生きてくださいよ! 逃げ廻ってくださいよ!」 またしっかり抱きかかえた。 「生きてくださいよ! 逃げ廻ってくださいよ!」 しっかり抱えてゆすぶった時、肌の ぬくみが感ぜられ、胸の動悸が感ぜられた。 死んだのではない、気絶しているのだ。 お仙、手を拍って飛び上がった。 「アラ、アラ、アラ、アラ、生きてるヨーッ」 さあさあお仙夢中である。 「はいはい有難う存じます! 神様、お礼を申します。 おお嬉しい、おお嬉しい、嬉しくて妾は気が違いそうだ!」ベッタリ坐ると闇に向かい、誰にともなくお辞儀をした。 「さあこうしてはいられない! 担 ( かつ )いで行こう担いで行こう、螢ヶ丘へ、お吉さんの所へ」 で、宗三郎を抱き上げた。 重い重い随分重い。 で、グタグタと くず折れた。 そこでまたもやしっかりと抱き、顔へ見入ったものである。 「おやおやおや、笑っていらっしゃるよ。 お仙お前は親切だねえ、何だかこう云っているようだよ。 ……どこかに水はないかしら? 谷へ行こう、谷川へ。 そうして水を汲んで来よう。 あッ、しまった、汲むものがない! あったあった手拭いが! これへ たっぷり湿して来て、キューッと口へ注ぎ込んであげよう。 ……そうすると宗さん眼をあけて、お仙、命の恩人だぞよ、江戸へ帰って夫婦になろう! きっとおっしゃるに相違ない! ……水! 水! 水! 谷川谷川……! でも何だか心配だわねえ。 妾の行ったその留守に、誰かさらって行くかもしれない! あッ山窩! あッ狼! 食われてしまう、食われてしまう! 駄目駄目駄目、駄目だわよ。 ……やっぱりそうだ背負って行こう。 ……」そこでお仙宗三郎を背負った。 「おお重いおお重い、恋の重荷を肩にかけ、嬉しいわねえ、重い方がいいわ」 二三間歩いたその時であった、丘の方からカバカバと、蹄の音が聞こえて来た。 つづいて血走った女の声、 「山影様! 山影様! 浜路でございます!」 浜路、探しに来たらしい。 驚いたのはお仙である。 丈 ( たけ )のびた草間へ身を隠し、じっと様子をうかがった。 「誰だろう? いったい、浜路って? あんなに宗さんを探しているよ! 女の声だよ、馬鹿にしているよ! 山影様、山影様、甘ったるい声をしやがって。 ……ははあ解った。 この辺の、薄穢い浮気な女だろう? きっと宗さんに惚れてるんだろう! 畜生畜生、どうしてくれよう! 黙っていよう黙っていよう。 勝手にいくらでも探すがいい! 取られてたまるか、 ばか女め」 で、かたくなって隠れている。 馬上の浜路は夢中であった。 馬を縦横に走らせて、新戦場を探し廻る。 「浜路でございます、山影様! ああ本当にどうしよう、山窩を追って丘を越して、思わず遠くまで行ってしまったが、気が附いてみると山影様がいない! それで探しに来たんだが、ああどこにもいらっしゃらない。 ……山影様! 山影様! ……切り死になすったのではあるまいが……あんな山窩の奴ばらに、 とりこにされたのではあるまいが……ああ心配だ心配だ! あッここに死骸がある」 馬から下りると調べ出す。 「違う違う、おお安心! 山窩の死骸だ! ……いい気味だ! ……あッ、ここにも死骸がある。 あっちにもこっちにも、あっちにもこっちにも。 死骸だらけだ、厭らしいねえ。 ……これも違う、これも違う! まあよかった、山影様ではない」 いちいち死骸を検査した。 だんだん大岩の方へ寄って行く。 それらしい山影の死骸はない。 ふたたび馬に乗った酒場の浜路、 「山影様! 山影様!」恋と恐怖、それから悲哀、声を絞って呼び立てた。 空が曇って月が隠れ、大野っ原は闇である。 闇を一層黒くして、前後左右へ駈け巡る。 「山影様! 山影様」 お仙のいる方へ走って来た。 呼吸 ( いき )を殺した組紐のお仙、 畚 ( びく )から蝮を掴み出し、目付けられたら用捨はしない、投げ付けてやろうと ひっ構えた。 蝮を ひっ構えた組紐のお仙。 「目付けて声でも掛けてみろ、蝮を投げて食い付かせてやる!」 幸か不幸か酒場の浜路、目付け出すことが出来なかった。 馬をあおって 遠退 ( とおの )いて行く。 「山影様! どこにおられます」馬の蹄も呼び声も次第次第に遠ざかった。 丘の 背後 ( うしろ )へ行ったらしい、全く声が聞こえなくなった。 ホッと安心した組紐のお仙、 「 態 ( ざま )ア見やがれ、いい気味だ! 御岳 ( おんたけ )あたりの山女に横取りされてたまるものか、お仙が附いてるよ、お仙がね。 山川越えて大江戸から、追っかけて来たのを知らないのか! ……ああよかった、大丈夫! もう宗さんは妾のものだ。 ……さあさあ宗さん、お起きなさいまし。 ……オヤオヤやっぱり おねんねネ、……でもいいわ、その方が。 ……何んて自由になるんだろう? 穏 ( おとな )しいわねえ、おお可愛い。 ……だんだん動悸が高くなり、肌の ぬくみも増して来た。 死にっこはない、大丈夫。 ……さあさあ背負って行きましょう」 女ながらも一生懸命、重い宗三郎を背中に負い、よろめきよろめき組紐のお仙、螢ヶ丘の方へ 辿 ( たど )って行く。 一間行っては息を入れ、一町歩いては一休み、だんだん目的地へ辿って行く。 間もなく姿が消えてしまった。 またも駈け来る蹄の音! 浜路が引っ返して来たらしい。 馬上姿が現れた。 「どうでもこの辺にいなければならない、もう一度死骸を探してみよう」 ヒラリ馬から飛び下りた。 「これも違う、これも違う」 またもや死骸を調べ出した。 宗三郎のおる筈がない。 浜路とうとう泣きくずれた。 「妾は死にたい、死んでしまいたい! 山影様! 山影様! ……ああああどこにおられるのだろう? でも死骸がないからには、討ち取られたとは思われない。 きっとどこかに怪我をされて、 仆 ( たお )れていなさるに相違ない。 それとも山窩の山塞へ? いやいやいやいやそんな筈はない。 ……ではどこかの人家にでも?」 ここで じいいっと考え込んだ。 「御岳は愚か、木曽一円、日本の国中探しても……目付けて見せる! 目付けてみせる!」 可哀そうな可哀そうな浜路である。 恋人山影宗三郎を、横取りされたとは気が付かない。 と、立ち上がったが元気なく、馬に乗るさえ力がない。 「山影様!」とまたも未練、呼んだものの答えはない。 神山を穢した人間の血を、洗い清めようとするらしい。 「降るがいいよ、 うんと降れ、体も心も濡れるといいよ、冷しておくれよ、胸の火をね」 馬上にうなだれ足を運ぶ。 と、行手から数人の人影、忍びやかに歩いて来る。 「山影さん?」と酒場の浜路、思わず声を掛けてみた。 「や、 阿魔 ( あま )だ! お転婆娘だ!」 味方の死骸を収めようと、山窩の一群が来たのである。 「それ遁がすな、からめとれ!」 「しまった!」と叫んだが酒場の浜路、 鐙 ( あぶみ )を蹴ると大駈けに、敵の只中へ飛び込んだ。 鐙 ( あぶみ )を蹴ると大駈けに、敵中へ飛び込んだ酒場の浜路、 御岳 ( おんたけ )の山骨で慣らした馬術、手綱さばきは荒々しいが、 自 ( おのず )から叶う渦紋駈け! 正面の山窩を駈け仆し、悲鳴を後に数間飛び、グルリ手綱を右手絞り、右へ廻るとまた大駈け、サッとふたたび駈け入った。 バラバラと散る山窩の群、 「払え、払え、脚を払え!」馬足を目掛けて太刀を揮う。 「見やがれ!」と叫ぶと一躍し、浜路左手へ駈け抜ける。 「遁がすな、遁がすな!」とムラムラ寄る。 そこを目掛けて引っ返し、馬の 平首 ( ひらくび )に頬をあて、右手で揮う小脇差し、一文字に駈け抜ける。 またも悲鳴、バタバタと、山窩が一、二人仆れたらしい。 五間あまり駈け抜けたが、左手で手綱をグーッと絞る。 連れてグルリと馬が廻る。 「ソレ、叩き落とせ、叩き落とせ!」 野太刀を揮う山窩の胸もと、鐙で蹴って仆れた上を、馬足に掛けるとまたも悲鳴、 背後 ( うしろ )に聞いて十間飛ぶ、ここで初めて一休み、背伸びをすると長目の 呼吸 ( いき )、さすがに流れる 膏汗 ( あぶらあせ )、眼へ入れまいと首を振るとたんに切れた 髻 ( もとどり )に、 丈 ( たけ )なす髪が顔へかかる。 「ソレ、引っ包め、引っ包め!」 執念深い山窩の群、円陣を描いて押し寄せる。 「まだ来る気か!」と叫んだが、浜路またもや馬を 煽 ( あお )り、 誘 ( おび )き寄せようと円陣の中を、ダクを踏むように歩ませた。 それとも知らず四方から、追い逼まって来たのを充分逼まらせ、 両鐙 ( もろあぶみ )の大煽り、馬の前脚宙に上げ、カッパと下ろすとまたまた悲鳴! 山窩一人を駈け仆し、余勢で駈け出す馬をさばかず、トッ 駛 ( ぱし )って円陣を突破した。 あくまでも執念深い山窩である。 またも四方から寄せて来た。 しかし浜路の馬術には、 怯 ( おび )え切っている彼らである、追い逼まろうとはしなかった。 「追っかけるなら追っかけるがいいよ」浜路、悠々と打たせて行く。 灌木の茂みまで来た時である。 突然ヤッという声がして、黒い人影が飛び出した。 棒で馬の脚を払ったらしい。 嘶 ( いなな )くと共に棹に立ち、続いて前のめりに ぶっ仆れた。 不意の伏勢、意外の襲撃、馬上の浜路モンドリを打ち、ドッとばかりに転がったのは、また止むを得ないことであった。 「しめた!」「捕えろ!」「お転婆め!」山窩バラバラと走り寄った。 「畜生、畜生!」と酒場の浜路、立ち上がって刀を振り廻したが、馬から放れては 敵 ( かな )うべくもない、押さえられて 担 ( かつ )がれた。 「それ 山塞 ( さんさい )へ連れて行け!」「素的な獲物だ、素晴らしい土産だ!」 ヨイショヨイショと走り出した。 「誰か来てくださいヨー、助けてくださいヨー」 浜路、助けを呼んだけれど、萩原までは道が遠い。 野は広く人気がない。 木精 ( こだま )が返って来るばかりだ。 と、その時、森の中から、レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、 轍 ( わだち )の音が聞こえて来た。 ポッツリ火光の浮かんだのは、 松火 ( たいまつ )の火に相違ない。 「お渡りでござる! お渡りでござる!」 清らかに澄み切った童子の声、銀鈴のように響き渡った。 薬草道人現われたのである。 森から現れた道人の一行、真っ先に立ったは一人の童子、磨いた珠のような美男である。 手に持ったは一本の松火、闇を開いて燃え上がる。 後に続いたは四十年輩、片眼片耳しかも 跛者 ( はしゃ )。 この上もない 醜男 ( ぶおとこ )で、薬剤車を曳いている。 車の形は長方形、箱車で無数の引き出しが箱の左右についている。 箱の頂きには土が盛られ、そこに植えられた十本の薬草、花開いて 黄金色 ( こがねいろ )、 向日葵 ( ひまわり )のような形であったが、ユラユラと風に靡いている。 側 ( かたわ )らに引き添った一老人、すなわち薬草道人で腰ノビノビと 身長 ( せい )高く、鳳眼鷲鼻白髯白髪、身には 襤褸 ( つづれ )を纒っているが、火光に映じて錦のようだ、 白檀 ( びゃくだん )の杖を片手に突き、土を踏む足は 跣足 ( はだし )である。 さてその後に引き添ったは、他ならぬ彦兵衛老人で、頭巾、袖無し、 平素 ( いつも )のままだ。 尚タラタラと続くものは、狼に猿に兎の群。 頭上に円を描きながら、低く翔けるは 梟 ( ふくろう )である。 道人の肩に停まったは、眼を病んでいる 白烏 ( しろがらす )。 ……人畜鳥類の一行列、粛として進んで来る。 気を奪われた山窩の群、無智の者だけに迷信深く、且つは薬草道人の、 あらたかの噂も聞いていた、浜路を地上へ 舁 ( か )き下ろすと、額を地に付け土下座をした。 と、差しかかった道人の一行、ピタリと止まったものである。 「小父様!」と叫ぶと酒場の浜路、彦兵衛の袖へ縋りついた。 「おお、浜路様……どうなされた?」 「ハイ、悪者の山窩達が……」 「うむ」というて彦兵衛の眼が、威厳をもって輝いた。 「 誘拐 ( かどわか )そうとしましたかな」 「どうぞお助けくださいまし」 「ご安心なされ、大丈夫!」彦兵衛小腰をかがめたが、「道人様へ申し上げます、萩原部落の仁右衛門の娘、浜路と申してよい娘ご、お目をおかけくださいますよう」 すると道人微笑したが、「ああさようか、浜路さんで、よいご器量、 健康 ( たっしゃ )そうでもある。 私 ( わし )はなこの山の乞食坊主、決して恐れるには及ばぬ。 それはそうと浜路さん、どうやらお怪我をしたらしいの」まことに 飄乎 ( ひょうこ )たる物腰である。 「はい、アノ、あちこち 擦傷 ( かすりきず )を……」 「それはいけない、大いにいけない、 擦傷 ( かすりきず )から大事になる、 膏薬 ( こうやく )、膏薬、膏薬をお張り。 ……彦兵衛さんや、出しておあげ」 「かしこまりましてございます」彦兵衛手早く箱車から、 幾個 ( いくつ )かの膏薬を取り出した。 「浜路様戴きなされ」 「はい」と浜路、押し戴く。 「なんのなんの、それには及ばぬ、安物だからの大変に安い。 それだけで実費一文かな。 只の薬草を摘んで来て、 でっち上げた膏薬でな。 ハイハイ戴くには及びません。 が浮世のお医者さんは、大変高いお鳥目で、薬を売るということだの、サーテネ、いったい何故だろう? ……もっとも噂による時は、高くお鳥目を取らないと、名医に見えないということだが、あるいはそれはそうかもしれない。 だがどうやら名医に限り、むやみと人を殺すようだなあ。 研究のため、研究のため、さようさようこう云ってな。 ……まあまあ殺す方はよかろうが、殺される方はよくあるまい。 人間みんな生きたいからなあ」道人すこぶる能弁である。 「それはそうと彦兵衛さんや、そこに大変お行儀よく、土下座をしている男衆は、どういう身分のお方かな? みんな立派な体をして、強そうなご様子をしているが?」 道人、山窩達へ眼をやった。 道人に見られて山窩達、ブルブル肩を顫わせた。 進み出たのは彦兵衛老人。 「道人様へ申し上げます。 これこそ 御岳 ( おんたけ )の山中に巣食い、放火強盗殺人をする、憎むべき山窩達にございます」 すると道人首を傾げたが、「ははあ名高い山窩さん達で。 大変善人だということだが」 「これはどうもとんでもないことで。 悪人ばらでございます」 「何んの何んの彦兵衛さん、この人達は善人ですよ。 ……と云うのは弱い人達だからで」 「いや、いずれも剛健で」 「体ではない、心のことだ」 「心が弱いとおっしゃいますと?」 彦兵衛トホンと眼を見張った。 「境遇に負ける人間は、つまり心が弱いからで、どうもね、浮世は暮らしにくいらしい。 まともに暮らすと損をするらしい。 そこで止むを得ず悪いことをして、面白い暮らしをしようとする。 つまり境遇に負けたんだね。 ほんとに強い人間は、境遇の方を押し負かしてしまう。 ……ああこれこれ、山窩さん達よ、何も怖がるには及ばない、頭をお上げ、頭をお上げ。 だが!」という道人の声、俄然 厳 ( いかめ )しい調子となった。 「だがこれ 汝 ( なんじ )ら覚えて置けよ、いつも善事ばかりをするものではない! いや不断に悪事をしい! 歯を食いしばって世に向かえ! 強くなれ、強くなれ、世に負けるな!」急に機嫌よく笑い出した。 「と云うと何んだかこの私が、大変偉らそうな人間に見えるが、いやいやひどいヤクザ者でな 大隠 ( だいいん )市に隠れずに、小隠山林に隠れている者で、もっともソロソロ宗旨を変え、ボツボツ賑やかな町の方へ出かけて行くかもしれないがな。 ……それはそうと善人さんや、可愛い可愛い娘さんなどに、手向かいしてはなりませんぞ。 ここにおられる浜路さんを、萩原のお家まで送っておあげ、善人さんだもの、送るともさ。 私は信じる。 送る送る。 それとも……」とまたも叱 するように、「私の命令に 背 ( そむ )いたが最後、 雷霆 ( らいてい )汝らを打ち殺すぞよ!」 グッと睨むと背を伸ばした。 その一瞬間道人の姿、無限に高く思われて、空を貫くかと感じられた。 篠つく雨もいつか止み、満天に懸かったは星である。 星天上にあって以来、幾億年を経ただろう? しかしこのような光景を、照らしたことはないだろう! 兇悪の山窩、可愛い娘、美玉の童子、無数の鳥獣、信心深い老人と、車を曳いている片輪者、その真ん中に突っ立ったは、人にして神、すなわち神人! 乞食にして哲学者、名医にして社会改良家! 「個人に罪なし、浮世が悪い」ふと道人は呟いた。 「おおそうそう」と憂わしそうに、「切り合いがあったという事だの。 死んだ者は仕方がない。 怪我人だけは助けずばなるまい。 膏薬膏薬、彦兵衛さんや、山窩さん達に膏薬をおやり。 まだ何んだか喋舌りたいが、夜も深い、止めだ止めだ。 そうして何んだ、実際のところ、喋舌る奴に限って実行しない。 で、あんまり喋舌らぬがいい。 ……もうよかろう、さあさあ出発」 「お渡り!」 という童子の声! レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク! 薬剤車が軋り出し、人間鳥獣の一行列、粛々として動き出した。 「ハイハイ、おさらば、ハイおさらば」 道人気軽に歩を運ぶ。 次第に遠退く 松火 ( たいまつ )の火。 「お渡り!」とまたも童子の声! レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク! 轍 ( わだち )の軋りも遠のいてゆく。 レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、轍の音は尚きこえる。 後を見送った浜路と山窩、眼に涙を宿している。 丘を巡ったか松火が消えて轍の音も消えた時、はじめて山窩達は立ち上がった。 「さあさあ酒場の浜路さん、馬にお乗りなさいまし。 萩原までお送りいたしましょう」山窩、 叮嚀 ( ていねい )に云ったものである。 「はい有難う存じます。 それでは送っていただきましょう」浜路も素直にこういうと、ユラリと馬に 跨 ( またが )った。 今までの敵が味方となり、星空の下、雨に濡れた野を、萩原の方へ歩ませた。 と、行手から無数の提灯、大勢の者が走って来た。 萩原部落の連中が、浜路を探しに来たらしい。 もう送って貰う必要はない、そこで浜路は山窩達と別れ、馬をそっちへ走らせた。 後へ引っ返した山窩の群、にわかに相談をやり出した。 「この商売がイヤになった。 俺 ( おい )らは裟婆へ行こうと思う」「そうだなア、それがいい。 では俺らも行くとしよう」「もう悪いことは止めようぜ」「お互いマトモに働こうよ」「では山塞へは帰らずに、このまま里へ出て行こう」「それがいいそれがいい、一緒に行こう」 で山窩達は山を下った。 薬草道人の感化である。 偉人の片言というものは、 くだらねえ奴らの百万言より、どんなに身に沁むか解らない。 山を下った山窩達、いずれ人の世で善いことをして、立身出世をしただろう。 さてその時から五日経つ。 ここは螢ヶ丘六文の 巣窟 ( そうくつ )、そこの束ねをするお吉の部屋。 蒼褪めてはいるが元気である。 幾ヵ所か薄手は負っていたが、面倒な深手は一ヵ所もない。 しかしまだまだ歩かれない。 で、止むを得ず寝ているのである。 組紐のお仙が枕もとにいる。 「今日はいかが? ご気分は?」お仙、顔を覗き込んだ。 「有難う、大分いい。 今度は厄介になったなあ」宗三郎、微笑した。 「少しは有難いとお思いになって?」お仙、ニヤニヤ笑いながら云う。 「有難いような有難くないような、何んだかちょっと変なものだよ」宗三郎冷淡である。 「驚いたわね、どうしてでしょう?」 「助けてくれたのがお前でなければ、俺はお礼を云うのだがな」 「変な云い廻しね、どういう意味でしょう?」 「うっかり俺が礼を云うと、そこへお前は付け込んで、 口説 ( くど )くだろうと思うからさ」 「お手の筋よ」と組紐のお仙、面白そうに笑ったが、「相変らずの宗さんね。 そういうところが大好きさ。 ズバズバ云うところが千両よ。

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魚の一覧と出現条件|【あつ森】あつまれどうぶつの森 攻略ガイド

あつ森 桟橋 魚 いない

ここは両国広小路、隅田川に向いた 茜茶屋 ( あかねちゃや )、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話している。 「悪いことは云わぬ、 諾 ( うん )と云いな」 「さあね、どうも気が進まないよ」 「馬鹿な女だ、こんないい話を」 「あんまり話がうますぎるからさ」 「気味でも悪いと云うのかい」 「そうだねえ、その辺だよ」 「案外弱気なお前だな」 「恋にかかっちゃあこんなものさ」 「ふん、馬鹿な、おノロケか」 「悪かったら 止 ( よ )すがいいよ」 「いやいや一旦云い出したからには、俺はテコでも動かない」 「 妾 ( わたし )も 理由 ( わけ )を聞かなければ、やっぱりテコでも動かないよ」 「いやそいつは云われない」 「では妾も不承知さ」 「そう云わずと 諾 ( き )くがいい。 無理の頼みではない筈だ。 好きな男を取り持とう。 いわばこういう話じゃあないか」 「しかも金までくれるってね」 「うん、旅費として五十両、成功すれば礼をやる」 「だからさ本当におかしいじゃあないか、 真面目 ( まじめ )に聞いちゃあいられないよ」 「真面目に聞きな、嘘は云わぬ」 「そうさ嘘ではなさそうだね、だから一層気味が悪い。 ……ね、妾は思うのさ、これには底がありそうだね?」 「底もなけりゃあフタもないよ」 「馬鹿なことってありゃあしない」 「ではいよいよ厭なのだな」 「そうだねえ、まず 止 ( や )めよう」 「よし、それでは覚悟がある」 「ホ、ホ、ホ、ホ、どうしようってのさ」 「秘密の一端を明かせたからには、そのままには差し置けぬ!」 「おやおや今度は嚇すのかい」 「嚇しではない、本当に斬る」 「何を云うんだい、伊集院さん、そんな 強面 ( こわおも )に乗るような、お仙だと思っているのかい」 「いや本当に叩っ斬る!」 「 恐 ( こわ )いわねえ、オオ恐い、ブルブルこんなに顫えているよ」 「ブッ、 箆棒 ( べらぼう )、笑っているくせに」 「それはそうと、ねえお前さん、ほんとにあの人木曽へ行くの?」 「うんそうだ、しかも明日」 「で、いつ頃帰るのさ?」 「で、いつ頃帰るのさ?」 こう訊いた女の声の中には、危惧と不安とがこもっていた。 それを 迂濶 ( うっか )り見 遁 ( の )がすような、武士は不用意の人間ではない。 「さあいつ頃帰るかな」わざと 焦 ( じら )すような口調をもって、 「ふふん、どうやら心配らしいな、教えてやろうか、え、お仙」 「ええどうぞね、お願いします」 「一年の後か二年の後、場合によっては永久帰らぬ」 「アラ本当、困ったわねえ」 「だからよ、おっかけて行くがいい」 「ナーニ、みんな出鱈目だよ、そうさお前さんの云うことはね」 「それもよかろう。 そう思っていな、だがしかし明日から、 彼奴 ( きゃつ )の姿を見ることは出来まい」 「それじゃやっぱり本当なのね」 「クドい女だ、嘘は云わぬよ」 「それじゃあ妾考えよう」 「何も考えるにも及ぶまい、解った話だ、うんと云いな」 「そうだねえ、うんと云おう」 「おお承知か、それは偉い、それ五十両、旅用の金だ」 「薄っ気味の悪い旅用だねえ」 「何を馬鹿な蛇ではなし」 「およしなさいよ、蛇々と」 薩摩の藩士伊集院五郎と、両国広小路の蛇使い、お仙との奇怪な話から、この物語は開展する。 さてその翌日の 払暁 ( ふつぎょう )のこと、三人三様の人間が大江戸の地を発足し、甲州街道へ足を入れた。 一人は立派な旅姿、紛れのない若武士で、小石川は水戸屋敷、そのお長屋から旅立った。 もう一人は堅気の 商人風 ( あきゅうどふう )、年は三十前後であろう、 菅笠 ( すげがさ )で顔を隠しているので、ハッキリ正体は解らないが、薩摩屋敷から出たところを見ると、伊集院五郎の変装らしい。 ところでもう一人の旅人は、全く異様な風采であった。 紺の 脛巾 ( はばき )に紺の股引き、紺の腹掛けに紺の 半被 ( はっぴ )、紺の 手甲 ( てっこう )に紺の手拭い、一切合切紺ずくめ、腰に竹細工の 魚籃 ( びく )を下げ、手に手鉤を持っている。 草鞋 ( わらじ )の紐さえ紺である。 頬かむりをしたその上へ、編笠 まぶかに冠っているので、その容貌は解らないが、赤い締め緒にくくられた、クッキリと白い 頤 ( あご ) つきや、細々とした 頸足 ( えりあし )へ、バラリ もつれている 紛髪 ( もつれげ )や、手甲の先から洩れて見える、 節靨 ( ふしえくぼ )のある指先や、そういうものから考えて見れば、若い女でなければならない。 両国広小路の掛け小屋から、抜け出たところから想像すれば、蛇使いの女太夫、 組紐 ( くみひも )のお仙が商売がら、 蝮捕 ( まむしと )り姿に身を やつし、恋しい男を追っかけて木曽路へ行くに違いない。 「困ったわねえ、はぐれちゃった」 府中の宿まで来た時である、男の足には叶うべくもなく、後へ残された女蝮捕りは、がっかりしたように呟くと、五月初旬の初夏の 陽 ( ひ )に、汗ばんだ額を拭こうとしてか、締め緒を解いて笠を脱いだ、 剃 ( そ )り つけて細い一文字の眉、愛嬌こぼれる 円味 ( まるみ )はないが、 妖婦型 ( バンプがた )さながらの切れ長の眼、ちょっと 刺々 ( とげとげ )しく思われるものの、それがバンプに似つかわしい、スッと高く長い鼻、その左右に 靨 ( えくぼ )があって、キュッと結べば深くなり、 綻 ( ほころ )ばせれば浅くなる、そういう可愛い特徴を持った、小さい薄手の赤い唇、間違いはない、組紐のお仙。 甲州街道は日本一の難場、それを女の一人旅、これは困るのが当然である。 可愛いい可愛いい蝮の子 陽やけて赤い やまかがし 蝮捕りの歌をうたいながら、 小仏 ( こぼとけ )も越し、甲府も過ぎ、諏訪から木曽谷へ入り込んだ。 だがもちろんこの頃には、恋しい男も伊集院五郎も、とっくに木曽へはいったことであろう。 福島宿、駿河屋という 旅籠 ( はたご )。 そこへはいって来た一人の武士、 「許せ、今晩厄介になる」 「へいへいこれはお早いお着きで……おいおい 洗足 ( すすぎ )を差し上げな。 ……松の一番だよ。 ご案内……」帳場の番頭お世辞を云う。 部屋へ通った若侍、年の頃は二十四五、 背割羽織 ( せわりばおり )に 裾縁野袴 ( すそべりのばかま )、 柄袋 ( つかぶくろ )を かけた長目の大小、 贅肉 ( ぜいにく )のない ひきしまった体格、武道に勝れた証拠であろう、涼しいながらに鋭い眼、陽焼けして色こそ赭いけれど、高い鼻薄い唇、純な乙女にも鉄火な女にも、 うち込まれそうな風采である。 宿帳へ記した名を見れば、 江戸小石川、山影宗三郎。 水戸屋敷から出た武士である。 夕餉 ( ゆうげ )を済ますと宿を出た。 「宿の景気を眺めて来る」 「へえへえおいでなさいまし」 ここ木曽の福島宿は、山村甚兵衛の預かる所、福島関の存在地、いわゆる日本の裏門で、宵の口ではあったけれど、江戸とは 異 ( ちが )い人通りも少く、聞こえるものは水ばかり、すなわち木曽川の流れである。 今日停車場のある辺り、その時代は八沢と云う。 人家途絶えて木立ばかり、その 木下闇 ( このしたやみ )へかかった時、声も掛けずに 背後 ( うしろ )から、サッと切り込んだ者がある。 右肩から掛けて脇腹まで、大袈裟掛けのただ一刀! 斬られてしまっては話にならない。 前へ飛ばず横へ 逸 ( そ )れず、逆モーションという奴だ、アッという間に宗三郎、背後 ざまに飛び込んだ。 シュッと鞘走る刀の音、ズイと上段に振り冠る。 構えは正しく円明流! 「 莫迦 ( ばか )!」とまずもって罵った。 「声も掛けず背後から、闇討ちするとは卑怯な奴、これ名を 宣 ( なの )れ、身分を云え! 本来ならばこう云うところ、しかし俺はそうは云わぬ。 と云うのは見当が付いてるからよ。 ……江戸を 発 ( た )って甲州路、府中の宿へかかった頃から、後になったり先になったり、稀有の 奴 ( やっこ )が附いて来た。 やつした姿は 商人風 ( あきんどふう )、縞の衣裳に半合羽、千草の股引き甲斐甲斐しく、両掛け かついで草鞋ばき、ひどく堅気に見せながらも、争われぬは歩きぶり、足の爪先踏みしめ踏みしめ、 踵 ( かがと )で 耐 ( こら )える武者運び、こいつ怪しいと眼を付ければ、寸の詰まった道中差し、 鐺 ( こじり )に円味の加わったは、ははあ小野派一刀流で、好んで用いる三 叉 ( しゃ )作り! ふふんこいつ 贋物 ( にせもの )だな! ビーンと胸へ響いたものよ。 ……どうやら俺を 尾行 ( つけ )るらしい。 はてないったい何んのためだ? ちょっと不思議に思ったが、まず用心が肝心と、油断なくかかった小仏峠、コレ 贋物 ( いかもの )、峠の茶屋で、よくも雲助をかたらって、俺に喧嘩を売りおったな!」 宗三郎威勢よく畳みかける。 「斬って捨てるは易かったが、大事な用事を抱えた身、何より堪忍が大切と、酒手を出して詫びを入れ、胸を 擦 ( さす )って山を下り、甲府お城下へ入り込んだら、憎い奴だ、コレ 贋物 ( いかもの )、問屋場人足を けしかけて、二度目の喧嘩を売りおったな、それも遁がれて福島入り、もうよかろうと思ったら、三度目馬鹿というやつだ、人頼みでは、 埓 ( らち )が明かぬ、こう思ったか単身で、よくそれでも切り込んで来た、もうこうなったらこっちのもの、俺の方で勘弁しない、 人雑 ( ひとまぜ )なしだ、一騎討ち、出たとこ勝負、さあ参れ!」 サッと切り下ろした片手斬り、流名で云えば 払叉刀 ( ふっしゃとう )、これが決まれば梨割りだ。 不思議なことには手答えがない。 敵はどうやら逃げたらしい。 「はてな?」と呟いた宗三郎、考え込まざるを得なかった。 「浮世には素早い奴がある。 俺の切り手を ひっ外し、足音も立てずに逃げるとは? いやどうも驚いたなあ」 チャリンと鍔音高く立て、刀を納めたものである。 空を仰げば明日は天気、一点雲なき星月夜、と大きく 抛物線 ( ほうぶつせん )を描き、青く光って飛ぶ物がある。 人魂 ( ひとだま )ではない流星だ。 「流星しばしば流るるは」 宗三郎微吟する。 「天下乱るるの兇徴なり」 よい声だ。 澄き通る。 悠然宿の方へ引っ返した。 享保十年夏五月、青葉 薫 ( くん )ずる一夜の出来事、もって物語りの二段とする。 翌日宿を出た宗三郎、三 岳村 ( たけむら )の方へ足を入れた。 萩原の手前まで来た時である、ちょっと面白い事件が起った。 「 箆棒 ( べらぼう )な爺だ、何を云やあがる、村方の厄介になりながら、詰まらねえ事ばかり云やあがる。 不吉も 糸瓜 ( へちま )もあるものか、こんな結構な事はねえ。 第一人出入りが多くなり、村へ沢山金が落ちらあ」 「そうともそうともお前の言う通りだ。 薬草採りの連中が、一日に使う金額だけで、村の一月の生活は立つ、もうそれだけでも有難えじゃあねえか」 「風儀が悪くなるのお山が荒れるのと、そんな愚にもつかぬ旧弊は、今日では通用しねえってものさ。 金さえ落ちればよいじゃねえか」 「思っても見るがいい、俺らの村を、田もなけりゃあ畑もねえ、あるものと云えば、山ばかりだ。 米も出来なけりゃあ野菜も出来ねえ、そこで年中炭を焼き、 やっとこさ 生活 ( くらし )を立てていたのが、薬草採りが入り込んでからは、 黄金 ( こがね )の雨が降るようになった。 そこでにわかに活気づき、人間にも元気が出たってものさ。 それがいってえ何故悪い」 一人の 老人 ( としより )を取り巻いて、五六人の若者が怒鳴っていた。 「まあ待ってくれお前達、そうガミガミ云うものではない。 なるほど村方へ金は落ちる、こいつは決して悪くはない、悪いどころか有難いくらいだ。 だから俺にも不平はない。 ところがここに困ったことは、薬草採りという奴が、おおかた 都会 ( みやこ )の人間でな、お山の 霊験 ( あらたか )さを 弁 ( わきま )えていない。 そこでお山中を駈け巡り、木を仆したり、土を掘ったり、荒らして荒らして荒らし廻る。 そこでとうとう山の神様が、お憤りになったというものだ。 で 私 ( わし )におっしゃられた、薬草採りを追い払え! でないと災難を下すぞよ」 七十を越した年格好、躍起となって 爺 ( おやじ )は云った。 「山の神様が聞いて呆れらあ、お告げがあったもねえものだ。 もしまたお前の云う通り、本当にお告げがあったのなら、そんな神様にゃア用はねえ。 だって 爺 ( じい )さん、そうじゃあねえか、俺らは 御岳 ( みたけ )の氏子だよ。 それ神様というものは、氏子を 守護 ( まも )るがお 義務 ( つとめ )だ。 ところが話は 反対 ( ぎゃく )じゃあねえか。 干乾しにしようって云うのだからな」 「 都会 ( みやこ )から入り込んだ薬草採り、今山から行かれてみろ、村方一円火の消えたように、 ひっそり閑と 寂 ( さび )れてしまう。 こっちからペコペコお辞儀をしてでも、いて 貰 ( もれ )えてえと思っているのに、追っ払えとは途方もねえ」 「何んの神様のお告げなものか、 狂人爺 ( きちがいじじい )の寝言だあね」 「その寝言にも程がある、三岳の村方一統へ、迷惑を掛けようっていうんだからな。 こいつ 放置 ( うっちゃ )っちゃあ置かれねえ」 「 みせしめのためだ、川へ流せ」 「谷の中へ抛り込め」 向こうみずの若者ども、老人を宙へ吊るそうとした。 そこへ割り込んだのが宗三郎である。 「これこれ何んだ、乱暴な奴だ、やる事にも事を欠き、 老人虐 ( としよりいじ )めとは何事だ!」叱るようにたしなめた。 「いずれ仔細はあるだろうが、 屈竟 ( くっきょう )な若者が大勢で、一人の老人を手込めにしては、もうそれだけでいい訳は立たぬ。 悪いことは云わぬ、堪忍してやれ」 今度は優しく扱った。 侍に出られては仕方がない、何か口小言を云いながらも、若者どもは立ち去った。 「どうだ老人、怪我はなかったかな」 「これは有難う存じました。 へえへえ怪我はございません。 いやはやどうも 没分暁漢 ( わからずや )どもで、馬鹿な奴らでございますよ。 せっかく こちらが親切ずくに、いい事を教えてやったのに、恩を仇で返すんですからね。 どいつもこいつもそのうちに、 酷 ( ひど )い目に合うでございましょうよ」 「これこれ老人、お前も悪い」宗三郎は微笑した。 「年寄りのくせにそういう悪口、だから若い者に憎まれるのだ。 長い物には巻かれるがよく、年寄りは若者に縋るがいい。 それはそうとどこに住んでいるな」 「へいすぐ近所でございます」 「送ってやろう、行くがいい」 「ナーニ、大丈夫でございますよ」 「 先刻 ( いま )の奴らがやって来て、また虐めないものでもない。 遠慮をするな、送ってやろう」 「それはどうもご親切様に、奴らは恐くはございませんがせっかくのご親切を無にしては、かえってお前様にお気の毒、ではお言葉に従って、小屋まで送っていただきましょう」 「気の毒だから送って貰う? アッハハハ驚いた 爺 ( おやじ )だ。 まるでこっちから頼んでいるようだ。 いやしかし面白い。 俺はそういうお前のような、偏屈者が大好きだ」 「ドッコイショ……これはいけない。 ……相済みませんがちょっと手を」 「やれやれ腰が立たないのか」 「さっきの奴らに二つ三つ、腰の あたりを蹴られましたので」 「人を助けるのも考えものだ、薄穢いお前の手を、では引かなければならないのだな」 「きっとよいことがございましょうよ。 神様のお恵みだってございましょう。 さあさあ遠慮なくお引きなすって」 「恩に掛けて手を引かせる、 開闢 ( かいびゃく )以来ない図だな。 それもよかろう。 さあ立ったり」 グッと引くと顔をしかめ、 「お侍様、もっと手軟かにね」 山袴を穿き袖無しを着、頭巾を冠った老人を旅装派手やかな江戸の武士が、手を引いて行く格好は、全く珍らしい見物である。 「どうやら小屋へ参りました。 お急ぎでなくばお立ち寄り、休んでおいでなさいまし。 へえへえ 白湯 ( さゆ )ぐらいは差し上げます」 一方は谷、一方は曠野、名づけて 神代原 ( しんだいはら )という。 もうこの辺はプンプンと、薬草の香に馨っていたが、その一 所 ( ところ )に立っているのは、障子の代りに 蓆 ( むしろ )を垂らし、茅の代りに杉葉を葺いた、粗末な黒木の小屋であった。 「おい婆さんや今帰ったよ」 門口に立って声を掛け、蓆を開いて 内 ( なか )へはいったが、誰もいないか森閑としている。 大きな囲炉裏、自在鉤、 焚火 ( たきび )がドカドカ燃えていて、茶釜がシンシンと煮えている。 板敷きに円座が二三枚、奥にも部屋があると見えて、仕切りに 茣座 ( ござ )がつるしてある。 屋内は暗く煤ぶれ返り、四方の荒壁には ひびがはいっている。 円座へ坐った宗三郎、白湯で咽喉を うるおした。 と、その時どこからともなく、 祝詞 ( のりと )の声が聞こえて来た。 「はてな?」と思って耳を澄ますと、隣りの部屋から来るらしい。 「これは不思議」と立ち上り、仕切りの茣座を掲げて見た。 「むう」と唸ったものである。 思いもよらない光景が、展開されていたからである。 真正面に白木造りの神棚、 点 ( とも )し連らねた無数の燈明、煙りを上げている青銅の香炉、まずそれはよいとして、神号を見れば薬師如来、それと並んで掛けられた画像! 白髪 ( はくはつ ) 白髯 ( はくぜん ) 鳳眼 ( ほうがん ) 鷲鼻 ( しゅうび )、それでいてあくまで童顔であり、身には粗末な 襤褸 ( つづれ )を着、手に薬草を持っている。 一見すると支那の 神農 ( しんのう )、しかし仔細に見る時は、紛れもない日本人、それも穢い老乞食、だが全幅に漲る気品は、 奕々 ( えきえき )として神のようである。 ふと見るとその前にこの家の老人、端座して祝詞を上げている。 と、老人は振り返った。 「お武家、礼拝なさるがよい!」命ずるような威厳のある声! まるで人間が 異 ( ちが )って見える。 品位に打たれた宗三郎、思わずピタリと端座した。 この老人何者であろう? 素性は不明、名は彦兵衛。 神代原から半里の北に、萩原の部落が出来ていた。 すこし前まではこの萩原、戸数二十戸、人数八十人、問題にならない小部落であったが、薬草採りが入り込んでからは、にわかに家が増し人数が殖え、戸数百戸、人数四百人、堂々たる山間の都会となった。 部落の中央 札 ( ふだ )の辻に、一軒の酒場が立っていた。 その経営者の名を取って、 浜路 ( はまじ )の酒場と呼ばれていた。 由来 御岳 ( おんたけ )の山中には、いろいろの人間が入り込んでいた。 今日で云えばバラック建て、がんけんに作られた食卓や腰掛け、飾りらしい物は一つもない。 この日も酒場は賑わっていた。 「六文六文と馬鹿には出来ねえ、 昨夜 ( ゆうべ )買った六文なんか、そりゃあ 素的 ( すてき )な味だった」 「ははあさては もてやがったな」 「星一つねえ真っ暗の晩だ、顔や姿は解らなかったが、 すべっこい肌ったらなかったよ」 「ところが、そいつを昼間拝むと、鼻の欠けた化物だってね」 「うんにゃそれがそうでねえ、俺もそいつが心配だったので、真っ先に顔を撫でて見たやつよ。 するとどうだ、鼻はあった。 もっとも唇は とろけていたが」 「 俺 ( おい )らの買った六文はな、 比丘尼 ( びくに )あがりの女と見え、ツルツルに頭が禿げていたっけ」 「なんの婆さんを買ったんだろう」 「それも 瘡毒 ( そうどく )が頭へ来て、毛の脱けた奴かもしれねえぜ」 「そうは云っても六文の中にも、お吉のような女もある、そうそう安く扱えめえ」 「あっ、お吉か、ありゃあ別だ」 「 立兵庫 ( たてひょうご )にお 襴 ( かいどり )、島原へ出したってヒケは取るめえ」 「それに気象が面白いや」 「たとえ山巡りのお役人さんでも、厭だと一度首を振ったら、 金輪際 ( こんりんざい )諾かねえということだ」 「俺らの手には合わねえってものさ」 「そうかと思うと気に入ると、身銭を切って入れ上げるそうだ」 六文というのは私娼のことで、一回六文で春を ひさぐので、そういう 綽名 ( あだな )が付いたのである。 また一方の片隅では、山巡りの役人の武士達が、こんな話を取り換わせている。 「山窩には全く閉口でござる。 何んとかして根絶やしにしたいもので」 「どうも巣窟が解らないのでな」 「めっきり最近は横暴を極め、山を下って人里へ出、 放火 ( ひつけ )をしたり強盗をしたり、婦女子を掠めたり、旅人を殺したり、それがみんな我々どもの、責任になるのでやり切れませんて」 「山窩とは云っても武芸に達し、それに多数 屯 ( たむろ )していて、変幻出没自由自在、向こうへ追えばこっちへ逃げ、こっちを抑えれば向こうへ遁がれる、まるで武蔵野の逃げ水のような奴らで」 こっちの隅では薬草採り達が、採集の話に耽っている。 その間を酒場の女が、燗瓶を持って飛び廻る。 唄い出す奴、怒鳴る奴、笑い出す奴、口論する奴、女を捕えて 口説 ( くど )く奴、一群が出て行くと一群が入り込み、掴み合ったかと思うと和睦する。 「酒だ!」「肴だ!」「飯だ!」「茶だ!」 人 いきれと酒の香と、汗の匂いと髪の毛の匂い、ジャラジャラと音を立てるのは、 公然 ( おおっぴら )に 賭博 ( ばくち )をするらしい。 「殺すぞ!」「何を!」「止めろ止めろ!」 バタバタと五六人が取っ組み合う。 棚が仆れ 器物 ( うつわ )が 破壊 ( こわ )れる。 ともうすっかり仲よくなり、唄い出すは「ナカノリさん」だ。 山中へはいれば治外法権、自由で素朴で剛健で、殺伐で快活で明 けっぱなしで、そうして強い者勝ちである。 とその時門口から、一人の男がはいって来た。 扮装 ( みなり )は堅気の商人風、年の頃は三十前後、しかし商人ではなさそうだ。 赫黒い顔色、釣上がった 眦 ( まなじり )、巨大な段鼻、薄い唇、身長五尺七八寸、両方の鬢に面摺れがある。 変装した武士に相違ない。 薩摩の藩士伊集院五郎だ。 「 姐 ( ねえ )さん、ここへもお銚子をね」一つの空樽へ腰かけた。 この酒場と中庭を隔て、立派な屋敷が立っていた。 その一室で書見しているのは、この家の主人仁右衛門で、デップリと肥えたよい人相、いわゆる長者の風がある。 この土地での名門家、萩原部落の名主である。 「あのお客様でごぜえます」 下女がおずおずはいって来た。 「どなたかね、茂十さんかえ」 「 いんね、お武家様でごぜえます」 「ああ木場のお役人さんか」 「旅のお方でごぜえます」 「ふうん、旅のお侍さん……で、どんなご用だろう?」 「ご書面を持って参りました」 「何んということだ、 莫迦 ( ばか )だなあ。 早くいえばいいじゃアないか。 どれお見せ、その書面を」 取り上げて見て 吃驚 ( びっくり )した。 「中山備前より仁右衛門へ」こう書かれてあるからである。 「これは故主様ご家老よりの書面、これはこれは勿体ない」 こう云うと立ち上がって台所へ行き、 口洗 ( うがい ) 手水 ( ちょうず )をしたものである。 さて立ち帰ってピタリと端座、封を解いて読み下した。 中山備前とは何者であろう。 三家の家柄、天下の副将軍、従三位中納言水戸のお館、その附け家老で二万五千石、中山備前守信保である。 「水戸家の家臣 山影 ( やまかげ )宗三郎、主命を帯びて木曽に向かう、その方万端世話するよう」こういう簡単な文面であった。 「客間の方へ 叮嚀 ( ていねい )にな、すぐお通し申すがよい」 やがて仁右衛門は衣裳を着換え、客間の方へ出て行った。 「これはこれは山影様、ようこそおいでくだされました。 私 事 ( こと )は当家の主人、お尋ねにあずかりました萩原仁右衛門、壮年の頃中納言様に仕え、数々の 鴻恩 ( こうおん )にあずかりましたもの。 久しぶりにてご消息に接し、お懐しく存じました。 さて次ぎにあなた様には、今回ご用を承わり、当地へお出掛け遊ばしました趣き、ご苦労のことに存じます。 どのようなご用かは存じませぬが、なにとぞ決してお心置きなく、何事であれ私めに、ご用事仰せ付けくださいますよう。 私力で出来ます限り、お役に立ちとう存じます」 仁右衛門頼もし気に云ったものである。 「私事は山影宗三郎、初めてお目にかかります。 ご親切なるそのお言葉百万の味方を得たようでござる。 ところで」と宗三郎膝を進めた。 「今回受けました拙者への主命、重大でもあれば困難でもあり、尚また一方から云う時は、奇怪至極のものでもあり、さらに想像を巡らせば、 手強 ( てごわ )い競争相手もあって、 旁 ( かたがた )成功は容易な事でござらぬ。 と云って失敗する時は、拙者一人の名折れに止どまらず、水戸お館のお名折れとなりさらに広義に考えますれば、ご三家そのものの名誉に関し、さらにさらに徳川家の、譜代の大名一統の、恥辱ともなるのでございます。 どのような困難があろうとも、是が非にも成功させねば置かぬ! これが拙者の心組で。 ついては……」というと宗三郎、グイと 懐中 ( ふところ )へ手を入れた。 「まずもってこれをご覧くだされ」 取り出したのは一巻の巻物、スルスルと両手で押しひらいた。 現れたのは一面の画像、白髪白髯鳳眼鷲鼻、手に薬草を持っている。 すなわち彦兵衛の神棚にあった、神農じみた老人の画像! しかし画面は同じでも、巻物は両者別であることは、紙質墨色の異うのでも知れる。 「何んと萩原仁右衛門殿、ここに書かれた老人を貴殿お見知りはござらぬかな?」 すると仁右衛門は首を延ばし、じっと画面を眺めたが、 「存じております、薬草道人様で」 「おお、さてはご存知か?」 「私ばかりではございません、 御岳 ( おんたけ )山中に住むほどの者で、道人様を知らぬ者は、おそらく一人もございますまい」 「ははあそれほど有名で?」 「有名にも何んにも活き神様で、崇拝のマトでございますよ。 と申しますのはこのお方が、御岳山中に薬草あり、万病に効くとおっしゃったため、諸国から無数の薬草採りが、入り込んで来たのでございますからな」 「ははあなるほど、さようでござったか。 いやそれで安心致した。 しかと薬草道人には、この山中においででござるな?」宗三郎改めて念を押した。 「たしかにおいででございます」 「やれ有難い、大願の一歩、これで叶ったというものだ。 ううむさすがはお館様、ご明察に狂いがない。 全くもって恐れ入ったことで」こう云うと宗三郎誰にともなく、頭を下げたものである。 驚いたのは仁右衛門で、 「失礼ながら山影様、その薬草道人様に、何かご用でもございますので?」 「ご用もご用、これ一つだけ。 すなわち薬草道人様に、お目にかかってお話し致し、江戸までご同道願うのでござる」 「え、江戸まで? それは駄目です」 どうしたものか萩原仁右衛門、強く横首を振ったものである。 今度は宗三郎が 吃驚 ( びっくり )した。 「これは不思議、何故駄目で?」 「出来ない相談でございますよ」 「いよいよ不思議どうしてかな?」 「第一あなた、道人様を、どこでどうして見付けられます」 「山中におられるとおっしゃったが?」 「御岳は広うございますよ」 「いずれこの辺へも参られるであろうが?」 「はいはいおいででございます」 「訳はないこと、その時お逢いし……」 「それが駄目なのでございますよ。 まずまずお聞きなさいまし。 道人様は名聞嫌い、活き神様で世捨て人、いえ仙人でございます。 木曽の代官山村様。 八千石の威光を屈し、一度会いたいと礼を尽くし、お招きした時もお 拒絶 ( ことわり )、 にべもない返辞をなさいましたそうで。 第一俺は金持ちが嫌いだ、権勢家も虫が好かぬ、山を離れて人里へ行く、これが何より 億劫 ( おっくう )だ、こう云われたそうでございます。 俺の好きなは山の草木、それから鳥獣、それから貧民、そういうものの頼みなら、投薬もすれば療治もする。 これが主義だと申しますことで。 貧しい人間が病んでいると、レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、こういう音を響かせて、ご自身の作られた薬剤車、それを一人の片輪者に曳かせ、どこからともなくおいでになり、ご療治なさるのでございますね。 それが済むとどことも知れず、お立ち去りになるのでございます。 どこにお住居なさるやら、それさえ一向見当付かず、ある時木場のお役人様が、 こっそり後を 尾行 ( つけ )られた時、天に上ったか地に潜ったか、突然眼の前で消えられたそうで。 そういうお方でございます。 それをどうして江戸などへ、お出向きなさることがございましょう。 駄目な相談でございますよ」 「ほほう」と云ったが山影宗三郎、決して失望しなかった。 「いや事情よく解った。 そういう人物であればこそ、古今の名医と云われるのであろう。 古今の名医であればこそ、我らがご主君水府様、拙者をこの地へ派遣して、薬草道人の江戸入りを、お企てなされたに相違ない。 道人山中におられる以上、誓って拙者お目にかかる。 お目にかかったら懇願し、これまた誓って大江戸へ、お連れしなければ役目が立たぬ。 いや困難は覚悟の前、そんなことには驚かぬ」こう云ったが宗三郎、にわかに砕けた調子となった。 「ところで萩原仁右衛門殿、お連れ合いはどうなされた?」 これを聞くとどうしたものか、仁右衛門にわかに赤面した。 「はい愚妻は数年前に、世を去りましてございます」 「 なくなられたか、それはそれは。 ……家中の者の噂では、貴殿のお連れ合いお花殿は、貴殿お館にご仕官の頃、やはりお館の奥向きに、仕えておられたと申しますことで?」 「冬木と申して奥女中、はい仕えておりました」 「お美しい方であられたそうで」 仁右衛門 俯向 ( うつむ )いて返辞をしない。 と、宗三郎微笑した。 「お気にさわらば幾重にもお詫び、噂によれば貴殿とお花殿、ご一緒になられる経路には、 こみいった事情がございましたそうで」 しかし仁右衛門返辞をしない。 「古傷に触れるはよくないこと、拙者としても本意でござらぬ、しかしこれとて止むを得ぬ儀、構わず卒直に申し上げる。 ……館の 法度 ( はっと )を破られたそうで?」 「いかにも」と仁右衛門顔を上げた。 「お手討ちになるところでございました」 「それを不愍と覚し召し、お館様にはこっそりと、貴殿ご夫婦を逃がされたそうで」 「爾来故郷のこの地へ引っ込み、今日までくらしてございます」 「するとお館は貴殿にとっては、 普通 ( ひととおり )の故主ではござらぬ筈」 「命の恩人にございます」 「どうしてご恩を返されるな?」 「その儀については日夜肝胆……」 「ははあ、砕いておられるか?」 「いかにもさようにございます」 「その大恩あるお館様、目下窮境に立っておられる」 仁右衛門 じっと眼を据えた。 「この際でござる、ご恩返しをなされ」 「私に出来ますことならば……」 「薬草道人を目付け出し、説いて江戸入りさせるのでござる」 「が、いったい何んのために、そうお館におかれては、道人様の江戸入りを、ご懇望なさるのでございましょう」 「よろしい、お話し致しましょう。 お聞きなされ」 と膝を進めた。 この時ドッと酒場の方から、拍手笑声が湧き起こった。 そこで作者はペンを改め、再び酒場の光景を書こう。 「ようよう女神のご来降だ」一人の 杣夫 ( そま )が喚き出した。 「いよう 浜路 ( はまじ )大明神!」こう云ったのは薬草採り。 「莫迦を云うな、大明神なものか、歌舞の菩薩のご 影向 ( えいこう )だ」こう云ったのは若い武士。 杣夫、薬草採り、役人までが、頓狂の声を上げたというのは、酒場の美しい女主人、浜路が出現したからであった。 しかも浜路の出現たるや、並ひととおりのものではなく、堂々と馬に乗って現れたのであった。 「おや皆さんいらっしゃい。 いつもご 贔屓 ( ひいき )に有難う。 妾 ( わたし )ね今日はいいことをしてよ、いつものように遠乗りをして、神代原の方へ行ったところ、あの乱暴な山窩どもが、旅の人を取り巻いて、 強請 ( ゆす )っているじゃあありませんか。 そこで妾怒鳴ってやったのよ。 「お止しよお止しよ悪いことはね、酒場の浜路が来たからには、黙って見遁がして置くことは出来ない! 放しておやりよ旅の人を、そうでなかったら弓の折れで、思う存 ぶん撲るよ!」ってね。 するとあいつらこう云うじゃあないの「お転婆娘が来やがった、それ部落へ しょびいて行け!」「頭領の 焦 ( こが )れている 阿婆擦 ( あばず )れだ、とっ捉まえて連れて行き、 うんとこさ褒美にあずかろうぜ!」……で妾を取り巻いたものさ。 そこで妾は馬を煽り、そいつらの中へ飛び込んで行き、いい気持ちに蹴散らしてやったわ。 山窩山窩って怖がるけれど、何が ちっとも怖いものか。 ……さあ皆さん飲んでくださいよ。 お酌しますわ、この浜路がね」 馬を門口へ繋いで置いて、酒場の中へはいるや否や、こんな 塩梅 ( あんばい )にまくし立てた。 草花を染め出した水色の小袖、 亀甲 ( きっこう )模様の山袴、あり余る髪を 項 ( うなじ )で束ね、無造作に肩へ垂らしている。 びっくりしているような大きな眼、むっくりと盛り上がっている真っ直ぐの鼻、締りのいい大型の口、 身長 ( せい )は高く肉附きがよく、十八歳とは思われない。 清らかで涼しくて あけっぱなしで、山霊が凝って出来たような女、どんなに気持ちが結ぼれていても、一度この娘と話したら、明かるくなるに相違ない。 「いよう姐ご、大成功!」 「山窩め ひでえ目に会やアがった」 酒場が陽気になったのは、まさに当然なことだろう。 「酒場の浜路さんにゃあ相違ないが、同時に 俺 ( おい )らの浜路さんだ。 うっかり手でも付けてみろ、村一統承知しねえ」 「おおおお大将何を云うんだ、何んの村ばかりの浜路さんなものか、御岳一円の浜路さんだ。 薬草道人と浜路さん、これが御岳の 守護 ( まもり )本尊さ。 それ本尊は あらたかのもの、汚してはいけない拝め拝め」 あちらでも讃美、こっちでも讃美、その中を軽快に駈け巡りながら、浜路は愛嬌を振り蒔いた。 この陽気で華やかな酒場に、一人一向 はしゃごうともせず、むしろ陰険な眼付きをして、じろじろ見廻している男がある。 他ならぬ伊集院五郎である。 「競争相手の山影宗三郎、たしかにこの家へはいって行ったが、どういう関係があるのだろう? こいつを探る必要がある。 それに少し気になるのは、薬草道人とかいう隠者の噂だ。 はてそれではそんな老人が、御岳に住んでいるのだろうか? はたしてそんな者がいるのなら、こいつも探る必要がある。 ふふん、どうやら俺の方が、今のところ少し歩が悪い」 尚様子を探ろうとしてか、チビチビ盃を嘗めながら、酒場の様子をネメ廻した。 「それはそうと耳寄りなのは、山窩の大軍がいるということだ。 こいつアいいぞ、一思案! 面白い 博奕 ( ばくち )を打ってやろう」 勘定を払うと伊集院五郎、フラリと酒場から外へ出た。 もう 四辺 ( あたり )は雀色、昼が夜に移ろうとしている。 これからが酒場の書き入れ時、浜路の腕の揮い時。 恋は不思議でも神秘でもない。 人生には二つの慾望しかない。 一つは食慾、一つは性慾、よき配偶を発見し、理想的に性慾をとげようとする。 この行為が恋である。 よき配偶というものは、オッチョコチョイには目付からない。 そのため人は煩悶する。 だが往々一瞬間に、配偶を目付けることがある。 これすなわち一目惚れである。 「父が若い頃お仕えした、水府お館中納言様、そのご家来の山影様、今度大事なご用を持って、当地へおいで遊ばされた、 むさくるしいにもお構いなく、当分ここへご滞在くださる。 お前も気を付けてご介抱するよう」 こう云って紹介された時、パッと浜路が顔を赫めたのは、恋が、一目惚れが、 掠 ( かす )めたのである。 女色に淡い宗三郎ではあったが、浜路だけはひどく気に入ったらしい。 「ふうん、こいつは驚いたな。 痩せて蒼白くてナヨナヨしている、 都会 ( みやこ )の女とは事変り、何んて素晴らしい体格なんだ。 巴御前や、山吹御前、勇婦を産んだ木曽だけに、いまだにこんな娘がいる。 悪くないな、俺は好きだ」 「ははあお娘ごの浜路殿で、拙者は山影宗三郎今後ご懇意にお願い致す」サックリとした竹を割ったような気象、言葉なぞもゾンザイで、時には皮肉も云い警句も云い、洒落さえ云いかねない宗三郎であったが、初対面ではあり相手は娘、しかも気に入った娘である、少しばかり固くなり、 ぎごちない調子で話しかけた。 「はい、妾こそ、どうぞよろしく……あの田舎者で…… 不束者 ( ふつつかもの )で……」浜路ロクロク物さえ云えない。 「そこでな、浜路」と父の仁右衛門、「お前に云って置く事がある、山影様のご用というのは、一口に云えば至極簡単、道人様を探し出し、江戸へお連れすることだ。 ところがここに困ったことは、道人様のお住居が知れぬ。 そこで何より真っ先に、そのお住居を突き止めなければならない。 幸いと云ってはおかしいが、お前はお転婆で馬が好き、よく山中を駈け廻るらしい。 で、 ひょっとして道人様を、目付け出さないものでもない。 よいか、そこだ、目付け出したら、早速知らせて来るようにな」 「ははあ馬が好きかな、それは何より、拙者も大好き、明日にも遠乗りを致しましょう」 「はい有難う存じます。 でも妾は馬と云っても、ほんの自己流でございまして」 「いや自己流、それこそ結構、習った馬術で関東の平野を、ダクダク歩かせても仕方ござらぬ。 山骨嶮しい御岳山中を、自在に乗り廻した自己流の馬術、それが ほんとの馬術でござる」 「ハッハハハ日頃のお転婆も、今日はどうやら風向きがいいの、山影様にご教授を受け、正式の馬術を習うがいい」仁右衛門嬉しそうにニコニコする。 「まあ厭なお父様、お転婆お転婆とおっしゃって」 「いや、お転婆も結構でござる、活気があってなかなかよろしい」 「あなたまでが、そんなことを」 浜路バタバタと店の方へ逃げたが、楽しい空想がムクムクと、胸一杯に突き上げて来た。 この日からして宗三郎、奥庭に建ててある離れ座敷を、仮りの住居に借り受けて、道人探しに取りかかった。 物語り少しく後へ戻る。 ここは萩原への峠道、一本の 道標 ( みちしるべ )が立っている。 その前に立った一人の女! 他ならぬ蝮捕りのお仙である。 「可愛い可愛い蝮の子」 「ソーレお仙、歌い出した」 「陽やけて赤い やまかがし」 蝮捕りの歌、好きな歌。 「恋しいお方はおりませぬ」 どうやらこいつは自作らしい。 ひょいと 畚 ( びく )へ手を突っ込み、一匹の蝮を引っ張り出した。 「随分来たねえ。 山の中へ、江戸を離れて幾百里、ナーニそんなにも来やしない。 だが 幾日 ( いくんち )になるだろう? どうでもいいや、そんな事は。 よくないのは山影さん、いったいどこにいるんだろう? 藪原で聞いてもいないというし、 宮越 ( みやのこし )で聞いてもいないというし、福島で聞いてもいやあしない。 もっとも訊き方が悪かったかもしれない、キリッとしたいい男、江戸前で苦み走り、木曽なんかにゃあいそうもない、そういう立派なお武家様、姓は山影、名は宗さん、そういうお方はおりませんかね? あい妾の いい人さ、でもね正直に打ち明ければ、妾ばっかりが想っていて、なんの先様じゃあチョッピリともね、想ってもいないというそういう人さ。 いませんかねそういう人は? なあんて訊くんだもの誰だって、教えてなんてくれるものか。 ……そうは云っても妾としては、他に訊きようがないじゃあないか。 ほんとに片恋の相手なんだもの。 ……この蝮ったら何んだろう、トボケた顔をしているじゃあないか。 同情のない 面 ( つら )ったらないよ。 眼ばかり開けて、舌ばかり出して、 やけに 滑 ( すべ )っこい体をして、トグロばかり巻きたがって、薄っ穢い獣だよ! 口惜しかったら物を云ってごらん、云えないだろう、 態 ( ざま )あ見やがれ。 物の云えそうな人足かい! もっとも蝮が物を云ったら、妾ア怖くなって逃げ出すがね。 ……邪魔だ邪魔だ、さあお眠り」 で、もう一匹引っ張り出す。 「オーヤ、オーヤお前もかい、 おんなじようなご面相だねえ、見たくもないよ、そんな面は、蝮って本当にどいつもこいつも、こんなにも 同 ( おんな )じ顔かしら? 初めて知ったよ、面白くもない、口惜しかったら物を云ってごらん。 山影様はどこそこにいます! ちゃんとハッキリ云ってごらん。 云えないだろう、態あ見やがれ、邪魔だ、邪魔だ、お休みお休み」 でまた 畚 ( びく )の中へ突っ込んでしまう。 お仙、どうやら 自棄 ( やけ )になり、蝮ばっかり虐めるらしい。 「考えて見りゃあ妾は馬鹿さ、伊集院なんて薩摩っぽに、 けしかけられて来たんだからねえ。 五十両の旅費だけふんだくり、隠れてしまやあよかったんだよ。 蝮ばかりがトンマじゃあない、お仙よお前もトンマだよ。 ……だが本当に妾としちゃあ、山影さんに逢えないのなら、江戸にいる気はなかったんだからねえ。 木曽の山奥へ行ってしまって、一年も二年も帰らないなんて、あの薩摩っぽに嚇かされてみりゃあ、ついフラフラと本気にもなり、後を追う気にもなるじゃあないか。 ……それはそうと一体全体、ここは何んという所だろう? 道標 ( みちしるべ )があるよ、見てやろう。 ……西、萩原、北、 大洞 ( おおぼら )。 さあ困った、どっちへ行こう? 蝮 占術 ( うらない )、今度こそ本芸」 蝮を一匹掴み出し、キューッと 扱 ( しご )いて真っ直ぐにし、道標の前へ置いたものだ。 「さあさあお歩き、いい子だことね。 お前の行く方へ妾も行くよ。 宗さんのいる方へおいでおいで。 その代り見やがれお前の行った方に、もしも宗さんがいなかろうものなら、皮を ひっぺがして蝮酒にするよ」 すると蝮は動き出した。 さあどっちへ行くだろう? 道標 ( みちしるべ )の前へ据えられた蝮、どっちへ行くかと思ったら、北、大洞の方へ 蠢 ( うごめ )き出した。 「おやマアそうかい、大洞なんだねえ、へえそっちにいらっしゃる。 嬉しいわねえ、マアよかった。 じゃあそっちへ行くとしよう、有難うよ、蝮さん」 蝮を 畚 ( びく )へ入れた組紐のお仙、大洞の方へ歩き出した。 陽は明るく、日本晴れ、昔を思い出させる草 いきれ、風は涼しく、小鳥は飛び、人気がないのでちょっと寂しい。 しかし行手に恋人がいる、こう思うと浮き浮きする。 だがいったいどうしたんだろう、行っても行っても草の斜面、道がだんだん細くなり、そうしていつの間にか消えてしまった。 「おかしいねえ、おかしいよ。 いつの間に道が消えたんだろう? 迷児 ( まいご )になっちゃった、困ったわねえ」考えたが追っ付かない。 「ではもう一度、蝮 占術 ( うらない )」一匹掴み出し草間へ置いたが、その蝮ひどく不親切と見え、草を分けて逃げてしまった。 「あっ、しまった!」と手を拍ったものの、大蛇使いのお仙としては、一世一代の失敗といえよう。 「仕方がないから帰ろうよ」道標の方へ引っ返した。 しかし一旦迷った道は、容易に目付かるものではない。 次第に日が暮れ、霧が起こり、峰には 夕陽 ( ゆうひ )が残っているが、 麓 ( ふもと )を見れば薄暗い。 「今夜は野宿だ、仕方がないよ」こう度胸を定めてみれば、大して恐ろしいこともない。 「野宮でもあればいいのにねえ」でズンズン歩いて行く。 ピッタリ日が暮れて夜となり、もう歩くにも歩かれず、無理にも歩けば谷へ落ちるか、川へはまって死ぬだろう。 もういけないと覚悟を決め、足を止めた時チラチラと、 燈火 ( ともしび )の火が見えて来た。 「おや有難い、里があるよ」 で、お仙、走り出した。 丘の上に森があり、その森の中に五軒ほどの、木小屋めいた建物が立っていた。 「おい、お半さん、嬉しかろう、三番の甚さんと あいもどり、昨夜はさんざん融けたってね。 それで帰って来ても口を拭いて、知らない顔とは気が強いよ、萩原の宿へ人をやり、十文がところ餅でも買おう。 奢 ( おご )ったっていいよ、お奢りよお奢りよ」 「何を云うんだよ、お山さん、そういうお前こそ山役人の、あのいい男の本田さんに、永らく 焦 ( こが )れた甲斐があって、首尾が出来たって云うじゃあないか。 馬鹿にしていらあ明しもしないで。 こっちが餅ならお前の方は、酒ぐらい振る舞ってもよかろうぜ」 「ねえねえ島さん、こうだとさ、あのお米さんの腕 だっしゃは、大洞の金持ちの息子を 溺 ( たら )し、今度足洗いをするそうだよ。 ふざけているね、 大莫連 ( おおばくれん )のくせに。 でもマアせいぜい三月だろう、ナーニこの里へ帰って来るよ、 情夫 ( いろおとこ )の太兵衛が糸をあやつり、させる 所業 ( しわざ )に相違ないよ」 「気の毒だねえ、その息子は、だがそういう馬鹿息子が、チョイチョイあるので助かるのさ。 それはそうとお万さんはね、もう駄目だということだよ。 せっかく助かった左の眼も、いよいよ潰れるということだよ」 「へえそうかい、可哀そうだね、でもあの人は因果応報さ、随分アクドク稼いだんだものね。 それでケチで出し惜しみをして、借金をしたら借りっぱなし、返した 例 ( ためし )がないんだからね」 こんな話が一軒の家から、大っぴらに戸外へ聞こえて来た。 そうかと思うと一軒の家からは、喧嘩の声が聞こえて来た。 「承知出来ねえ承知出来ねえ、盗むなら一足みんな盗め、草履片っぽ盗むなんて、 しみったれ阿魔だ、承知出来ねえ。 さあもう片っぽ盗んでくれ!」 「何を云うんだよ、このお波め! 手前この間 妾 ( あたい )の小袖の、左片袖だけ ( も )ぎ取って、 自分 ( うぬ )の小袖へくっつけたくせに! 知らねえと思うと大あて違い、手前の小袖は縞物だのに、妾の小袖は 飛白 ( かすり )なんだからね。 どこの世界に縞物の小袖へ、飛白の片袖を付ける奴があるかよ」 「おや偉そうに何を云うんだよ、小袖なんて聞いて呆れるよ、夏冬通して五年がところ、着通した小袖ってあるものか、小袖でなくてありゃあ 襤褸 ( ぼろ )さ」 「おやおや大きく出ましたね、ああ襤褸さ、襤褸でもいいよ、何んだいお前んのは雑巾じゃあないか! 襤褸をお返しよ、さあお返し!」 「草履片っぽ返しゃあがれ!」 「雑巾女め、襤褸を返せ!」 「襤褸女め、草履を返せ!」 「襤褸だよ!」「草履だよ!」 「襤褸だよ!」「草履だよ!」 そいつを止める声がする。 「何んだよ、お前達、みっともないじゃあないか、ボロだよ草履だよ、ボロだよ草履だよ、屑屋とデイデイ屋とが軒を並べたようだ」 すると喧嘩がそっちへ移る。 「黙っておいでよ、止める 柄 ( がら )かい! 妾 ( あたい )に八公を寝取られたくせに!」 「おやおや、それじゃあ、お前だね、大事な八さんを取ったのは、道理で八さんこの頃中、水臭くなったと思ったよ! ワーッ、ワーッ」と泣き出したらしい。 いったいここはどこなんだろう? 山稼ぎの私娼団、すなわち六文の巣窟である。 お仙、えらい所へ迷い込んでしまった。 「こんな所へ泊まるより、野宿の方がよさそうだ」 逃げ出した時小刻みに、近寄って来る足音がした。 「どなた? お釜さん? お菅さん?」それは品のある声であった。 「いいえ妾は旅の者、女蝮捕りでございます。 うっかり道に迷いまして」 「おやマアそれはお気の毒、野宿するより少しは まし、よろしくばお泊まりなさいまし」 束ね髪の 細面 ( ほそおもて )、痩せた 身長 ( せい )の高い女である。 茣座を小脇に抱えているので、六文であることには疑いはないが、板戸の割れ目から射す 燈火 ( ともしび )に、ぼんやり照らされて立った姿は、びっくりするほど 凄艶 ( せいえん )である。 「ご親切に有難う存じます。 でも、妾は、野宿の方が……」 「ホ、ホ、ホ、ホ、お前さんには、ここが怖いと見えますね。 いいえ大丈夫でございますよ。 女ばかりで男ッ気なし、取って食うとは申しません。 それに妾が付いております。 ここの 束 ( たば )ねをするお吉がね。 野宿も結構ではございますが、 狼谷 ( おおかみだに )から狼が、襲って来たらどうなさいます」 「まあ狼がおりますので?」 「狼どころかもっと怖い、山窩だっているのでございますよ。 放火 ( ひつけ )と泥棒と 殺人 ( ひとごろし )と、三つを兼ねた山窩がね」 「まあ恐ろしゅうございますこと」 と思わずお仙は顫えたものだ。 伊集院五郎が歩いている。 と向こうから小娘が、途方もない大きな声を立て、何か喚きながら走って来た。 神代原と萩原との、真ん中どころの山道である。 「山窩が出たよ、山窩の野郎が、オーイ、オーイ、誰かおいでヨー、旅のお方を虐めているヨー!」 「これこれ」と伊集院は両手を拡げ、娘の行手を遮ぎった。 「ちょっと聞きたい、待ってくれ、山窩が出たということだが、どの辺へ出たな、それが聞きたい」 「へえ」というとその小娘、 吃驚 ( びっく )りしたように立ち止まったが、「アイ、今日は、いいお天気、明日も晴れだよ、大丈夫。 ほんとに不思議ったらありゃあしない、天気がいいと谷の水までが、笑い声を高く上げるんだものな、こいつがお前さん曇るとなると、泣き声に変るから面白いよ。 西が晴れると虹が立ち、東が曇ると嵐が吹き、北に一旦雲が湧くと、大雨になるから恐ろしいよ」 「いやいや天気の話ではない、山窩のことだ、な、山窩の、どこかへ山窩が出たといったが、どの辺へ出たな、教えてくれ」 「アイ妾は一人娘さ、大事な子だということだよ、 父 ( とっ )ちゃんの名は彦兵衛さ、母ちゃんの名はお 榧 ( かや )てんだ、浜路姉さんはいい人で、そりゃあ本当に可愛がってくれるよ」 「いやいや違う、そうではない、山窩の話だ、解らないかな?」 「道人様は偉い方さ、只で薬をくれるんだからな、そこで父ちゃんは大信仰さ、画像があるよ、道人様の。 父ちゃんだけが知ってるのさ、道人様の居場所をな。 でもめったに云うことではない、叱られるからさ、道人様に」 「ふうん」と伊集院それを聞くと、眼を光らせたものである。 「うんそうか、お前の爺が、道人の居場所を知っているのだな。 いいことを聞いた、利用してやろう。 ……娘々、家はどこだ?」 「おお恥かしい、おお恥かしい、そりゃあね、時にはないこともないよ、妾のようなお多福でも、チョイチョイと物好きの男があって、袖を引くことだってあるんだよ。 でもね、妾は ことわるのさ、厭らしいねえよしゃあがれ! で、頬っぺたを撲るのさ」 「驚いたなあ、 色情狂 ( いろきちがい )だ。 よしよしそいつは解っている、何さ、お前は 別嬪 ( べっぴん )だよ、どうしてなかなか隅へは置けない、別嬪別嬪素晴しいものだ。 が、別嬪はよいとして、お前の家はどこなのかな?」 「狼谷には狼がいるし、盆の沢には 大蛇 ( おろち )がいるよ。 妾はついぞ見掛けないが、杉の峰には天狗様が、巣食っているという事だよ。 ええとそれから提灯窪には……」 「提灯ではない釣鐘でもない。 家を明すが厭だったら、決して無理に聞こうとは云わない。 山窩の出場所だ、教えてくれ。 ……それ、わずかだが、取ったり取ったり」小銭を懐中から取り出した。 「馬鹿にしているよ、六文じゃあないよ。 六文買いたけりゃあ螢ヶ丘へ行きな。 その代り鼻がおっこちるよ。 三つばかり鼻の掛け換えがあったら、大丈夫だよ、行くがいいや。 憚 ( はばか )りながら妾はね、まだ立派な 生娘 ( きむすめ )さ、 聾者 ( つんぼ )のお六って聞いてごらん、神代原から萩原かけ、知らない人はありゃあしないよ。 見ればお前は他国者だね、だから妾を知らないのさ、 つんぼのお六だよ、ああ つんぼのね」 萩原の方へ走り去った。 後を見送った伊集院。 「あッ、そうか、 つんぼだったのか?」 聾者 ( つんぼ )にひっかかった伊集院五郎、苦笑いをして歩き出した。 「早く気が付けばよかったのに、俺も随分智慧がないな。 聾者の上にお喋舌りと来ては、いかな俺にも苦手だよ。 他人 ( ひと )の云うことは耳に入らず、自分のことだけ喋舌りまくる。 なるほどなあ、いい方法だ、これで世間が暮らせたら、実際浮世は住みやすい。 ところが実世界は反対だ、自分の思っている本当のことなど、一言といえども口には出せない。 それでいて他人の悪い事なら、 のべつに耳へはいって来る。 収賄、 ごまかし、弱い者いじめ! 正直 ( まとも )に浮世を暮らそうとすれば、窒息しなければならないだろう。 俺も成りたいよ、聾者にな。 ところが俺は聾者にはなれない、そこでなるたけ耳をふさぎ、不言実行悪事をやるのさ。 ……それはそうと山窩の連中、いったいどの辺に出たのだろう?」 神代原を通り抜け、ズンズン先へ歩いていった。 やがて丘となり谷となった。 谷の底から青々と、一筋の煙りが上っていた。 荒くれ男が五六人、そこで焚火をして話している。 野太刀を横たえ弓矢を持ち、 脛当 ( すねあ )てを着けているだけで、部落の人達と大差がない。 兎が二三羽殺されている。 彼らが射て取った獲物らしい。 「さっきの旅人、 しみったれだったな、身ぐるみ剥いでわずか二両さ」 「世のセチ辛さがこれで解る、ちょっと 外見 ( よそみ )は立派でも、内へはいると文なしだ」 「何さ 内 ( なか )みが文なしだから、それで 外見 ( そとみ )を飾るのさ」 穿 ( うが )ったことを話している。 「萩原宿へ押しかけて行き、火を掛けたら面白かろう」 「近頃酒にもありつかねえ、女っ気など嗅いでも見ねえ」 「そこで六文にも縁なしか」 「お頭も近頃は不機嫌だ」 「いっそ福島まで乗り出して行き、陣屋を襲うと面白いんだがな」 「その位のことはしてもいい、近頃山巡りの二本差しども、 えこじに 俺 ( おい )らを狩り立てやがる」 「どんなにあいつらが狩り立てたところで、俺達の居場所が解るものか」 「さあ焼けた、食ったり食ったり」 兎の肉を食い出した。 満腹になるとまた雑談。 お頭があって小頭があって、規則があって制裁がある。 不足もあれば 生活難 ( くらしにく )くもある。 案外娑婆と 同 ( おんな )じだなあ」向こう傷のあるのがこんな事を云った。 「だが娑婆のように小 うるさくはないよ。 開けっぱなしで明るくて、智慧と 腕力 ( ちから )のある奴が、智慧と 腕力 ( ちから )のある うち 中 ( じゅう )、お頭になっていられるのだからなあ。 ところが裟婆はそうはいかねえ。 訳の解らねえ奴が大将になり、さて一旦大将になると、 遮 ( しゃ )二 無 ( む )二そいつに獅噛み付く。 子供から孫、孫から 曽孫 ( ひまご )、ずっと大将を譲り受けるんだからなあ。 武士だの大名だの金持ちだの、そういう奴がみんなそうだ。 そうしてそいつらはそいつらだけで、嫁取りをしたり婿取りをしたり、金を貸し合ったりお茶を飲んだり、悪いことをしては隠し合ったり、時々間違っていいことをすると、ソレ君子だ慈善家だ、ワーッと云って祭り上げたり、 酷 ( ひど )い奴になるとそいつを利用し、チョクチョク金を儲けたりする」 武士 ( さむらい )あがりらしい山窩が云う。 するともう一人の若い山窩、 「元亀、天正の戦国時代から見ると、浮世は進んだということだが、いったいどこが進んだんだろう?」 「手数をかけて金をかけて、時間をかけて 冗 ( むだ )なものを作る! それが『進んだ』ということなら、今の浮世は進んでいるよ」こう云ったのは銅兵衛という山窩、「食い物で云うと早解りがする、戦国時代の食い物は、 俺 ( おい )らの食い物と大差はない、 生 ( なま )の獣、生の鳥、生の野菜、生の魚、せいぜい焼いて食うぐらいのものだ。 ところが 今日日 ( きょうび )の連中ときては、ソレお醤油、ソレお味噌、ソレお砂糖、ソレお酒、などというもので料理する。 さて出来上がった食い物はというに、味はともかく滋養分がない。 つまりは 冗 ( むだ )の食い物なのさ」 「お前の理屈からいく時は、進むってことはよくねえんだな?」 「そうさ、手間をかけてムダな物を作る、どう考えたってよくねえなあ」 「では何故みんな進みたがるんだろう?」 「考えが間違っているからよ」 「一人ぐらいはあるだろう、考えの間違わない人間が?」 「そりゃあ時々あるらしい、だが大勢にゃあ 敵 ( かな )わねえ」 「へえ、どうしてだい? 教えてくんな!」 「みんなが 跛 ( びっこ )を引いているのに、一人だけ まともに歩いてみろ、ビッコの連中こういうだろう、『あいつの歩き方は間違っている。 遊んでやるな、仲間外れにしてやれ!』仲間っ外れは嬉しくねえ、そこでビッコを引き出すのよ」 「どうしてもビッコが引けねえ時は?」 「さあ、三つの 手段 ( ほう )がある、首を 括 ( くく )って くたばるか、山へはいって遁がれるか、仲間っ外れを覚悟の上で、世の建て直しにとりかかるか。 だが九分九厘は失敗ものだ、大概 磔刑 ( はりつけ )にされるだろう」 「浮世が進んで進み切ると?」 「大きな騒動が持ち上がり、コナコナに 破壊 ( こわ )れてしまうのよ」 「ワーッ、そいつあ有難くねえなあ」 「つまり何んだ、こう云った方がいい、今の浮世の連中は、コナコナになって 破壊 ( こわ )れるために、むやみに進んで行くのだとな」銅兵衛という山窩、哲学者らしい。 「破壊れたあげくはどうなるんだろう?」 「新しい奴らがやって来て、新しい浮世を作るのさ」 「どんな浮世を作るだろう?」 「今より住みいい浮世だろう」 「だが破壊れるなあ面白くねえ」 「まったくそうだ、面白くねえ、そこで俺らの仕事がある、浮世の進み過ぎた連中を、せいぜい あくどく引っ剥ごうぜ」 「何かの功徳になるのかい」 「 彼奴 ( きゃつ )らの眼から見る時は、俺らは『進まねえ連中』なのだ。 その連中に引っ剥がれてみろ、『あッ、こいつあ進み過ぎたかな』…… 彼奴 ( きゃつ )らだってきっと考えるだろう」 「それじゃあ俺らの追い剥ぎは、彼奴らにとっては親切な筈だが」 「あんまり大きな親切なので、それが彼奴らには解らねえのさ」銅兵衛ここで 頤 ( あご )を撫でた。 「だがそれにしてもこう 不漁 ( しけ )じゃあ、親切の 乾物 ( ひもの )が出来そうだ。 小判の五六枚も降らねえかな」 これはいったいどうしたことだ、そう云ったとたんヒラヒラと、五枚の小判が降って来た。 「あッ、そうか、こういうお天気には、やはり小判が降るものと見える」トボンと山窩達空を仰いだ時、一人の旅人が突っ立った。 山窩の前へ突っ立ったのは、他ならぬ伊集院五郎である。 「使える金だ、取っとけ取っとけ」焚火を隔てて坐り込んだ。 驚いたのは山窩である。 まず銅兵衛がお辞儀をした。 「へえ、旦那は旅の方で? それとも天の神様で?」 「そうさなあ」と伊集院、ヘラヘラ笑いをやり出したが、「五両で神様に成れるなら、成ってやった方がよさそうだ。 場合によっては もう五両出そう、そうしたら今度は何にしてくれるな?」 「 閻魔 ( えんま )様などは、いかがなもので?」 「気に入ったな、ひどく気に入った、地獄の頭は面白い、だが閻魔になったからには、赤鬼青鬼の 眷族 ( けんぞく )がなけりゃあ、ちょっとニラミが利かねえなあ」 「ようごす、 私 ( あっし )達が成りやしょう」 「ははあお前達が眷族になる? そいつあいい、してやろう、そこで早速ご命令だ、お前達の山塞へ案内しな!」 こいつを聞くと五人の山窩、チラリと顔を見合わせたが、にわかにドタドタと立ち上がった。 「解った解ったこの野郎、手前は役人の 間者 ( まわしもの )だな! その手に乗るか、途方もねえ、こう見えても裏切りはしねえ、五両ばかりのハシタ金で、山塞を明かしてたまるものか」 「プックリ 懐中 ( ふところ )が膨らんでいらあ、三十や五十は持ってるらしい。 ひん剥けひん剥け、ひん剥いてやれ!」 「ソーレ、親切を尽くしてやれ!」 ギラギラと野太刀を引き抜いた。 「ヤクザだなあ」と伊集院、足を上げると 蹴仆 ( けたお )してしまった。 「 洒落 ( しゃれ )た真似を!」と武士上がりの山窩、胴を目掛けて横なぐり! そうさ、こいつが定まったら、伊集院だって転がったろう。 ところが伊集院転がらない。 後へ退ると苦笑いをした。 「世辞にもうまいとは云えねえなあ。 力はある、 そいつは認める、太刀さばきは落第だぜ。 鍔際 ( つばぎわ )をしっかり、握った握った、それから浮かすのよ、 柄頭 ( つかがしら )をな。 解ったらもう一度切り込んで来い!」 「アレ、この野郎、詳しいなあ」 卑怯にも足を 薙 ( な )いで来た。 ポキンという変な音! 伊集院に刀を踏み折られたのである。 「野郎!」と云うと左右から、二人の山窩が切り込んで来た。 はじめて抜き合わせた伊集院、右手の野太刀を払い上げ、左手の山窩を睨み付けた。 大きな眼! 鋭い眼光! 「いけねえ」と山窩、飛び退いた。 遙か下がって腕を組み、じっと見ていた山窩の銅兵衛、 「おおおお 皆 ( みんな )止めろ止めろ! こりゃあとても問題にならねえ、普通の旅の人じゃあねえ、 怪我 ( けが )をするだけ損というものだ。 それに一体のご様子が、山役人とは 全然 ( まるで )違う、俺が保証する 間者 ( まわしもの )じゃあねえ。 何か理由がありそうだ、ねえ旦那、どういうご用で、私達の山塞が知りたいんで?」こう云って声を掛けたものである。 すると伊集院頷いたが、 「俺はな、薩州島津家の武士だ、是非ともお前達の頭に会い、折り入って頼みたいことがある、決して損のゆく話ではない。 損がいくどころか儲けさしてやる。 だから山塞へ案内してくれ」 「よろしゅうございます、案内しましょう、お頭もきっと喜びましょうよ……さあさあお前達刀を納め、一緒にこの方をご案内しよう」 そこで一行谷を横切り、どことも知れず立ち去ってしまった。 それから二日経った午後のこと、浜路とお六とが話しながら、神代原の方へ歩いていた。 話すと云っても耳の遠いお六、口と手真似とで話さなければならない。 「六や、お父さんはいるだろうかね?」 「ああいるよ、大概いるよ」 「どうだろう、お母さんもいるだろうか?」 「 金棒 ( かなぼう )引きのお 榧 ( かや ) 婆 ( ばばあ )、いるかどうだか解りゃしねえ」 「ひどいことを云うね、お母さんのことを」 「ううん、あんな者アおっ母じゃあねえよ。 慾が深くて口やかましくて、 妾 ( あたい )をちっとも可愛がらなくて、 父 ( ちゃん )とはいつも喧嘩ばかりしている」 「彦兵衛さんに比べると、ほんとにお榧さんは人が異うね」 「似ねえもの夫婦っていう奴だよ」お六、なかなかうまいことを云う。 お六の家を 訪 ( おとず )れるのは、浜路にとっては初めてであった。 恋人宗三郎の目的が、道人探しにあると聞くや、思い出したのは彦兵衛の事、道人の住居を知っているらしい。 そこで 訪 ( たず )ねて彦兵衛から、それを聞き出そうとするのであった。 萩原からは約半里、彦兵衛の家までは遠くない。 さて行って見て 吃驚 ( びっく )りした、夫婦喧嘩をしているのであった。 「毎日毎日 拍手 ( かしわで )を打って、神様を拝んで何んになるだよ、神様がご褒美をくれもしめえ、亭主のお前に遊んでいられて、どうして 生活 ( くらし )が立って行くかよ、道人様は偉かろうが、金をくだすった ためしはねえ、幸い一家は 健康 ( まめ )息災、薬を貰うにも及ばねえ、手を打ちたけりゃあ打つもいいが、百打つところを十にして、後は野へ出て薬草でも採り、都から入り込んだ薬草採りに、高い値で売りゃあいいじゃあないか。 聞けばどうやら道人様は、 とりわけよく効く薬草を 栽培 ( やしな )っているということだが、お前はお住居を知ってる筈だ、 分与 ( わけ )て貰うか盗んで来て、薬草採りに売るがいいや。 すぐ大金になるじゃあないか。 いったいお前道人様は、どこに住んでいるんだね? そいつを 俺 ( おれ )に聞かしておくれ、 俺 ( おら )が行って取ってくる」こう怒鳴っているのはお榧である。 「そうガミガミ云うものでない、食って行かれればいいじゃあないか。 なるほど 俺 ( おれ )は働かないが、その代りお前が働いてくれる、それでこれまでも暮らして来た、これからだって暮らせるだろう。 何の、俺はこう思うのだ、お前がセッセと働くところへ、俺が 出裟婆 ( でしゃば )って働くと、お前にかえって悪かろう、世間様にも変なものだ。 と云うのは世間様は、彦兵衛はなまけ者の神様 狂人 ( きちがい )、とても問題になりゃあしない、それに比べるとお榧さんの方は、働き者の稼ぎ上手、もっとも恐ろしく慾深だが、ナーニそれだって 狂人 ( きちがい )よりゃあいいと、こう相場を決めてるのだ。 そいつを俺が働き出すと、せっかくの相場が狂ってしまう、どうもね、相場を狂わせるのは、世間様に対して相済まない。 実際俺の働かないのは、世間様に気兼ねをしているからさ」これが彦兵衛の返事である。 とまたお榧喋舌り出した。 「なにを云やがる途方もねえ、世間に気兼ねして働かねえと? 饑 ( う )え死んだらどうするだア! ああ饑え死ぬとも饑え死ぬとも。 こんなに貧乏なら饑え死ぬよ! 世間へ気兼ねして饑え死ぬなんて、そんな理屈ってあるものじゃあねえ。 女房に働かせて遊んでいる、そんな亭主だってあるものでねえ。 俺 ( おら )ア厭だ、 俺 ( おら )も働かねえ、遊ぶ遊ぶ、遊んでしまう」 「よかろう」と彦兵衛おちついている。 「気に入ったな、遊ぶがいい。 ほんとに遊ぶっていいことだ、気がノンビリしてぼんやりして、浮世のことなんか忘れてしまう、腹が減ったら減ったまでさ、木の実木の根を食ったところで、めったに人間は死ぬものでない。 また死んだっていいじゃないか、何も彼も消えてなくなってよ、サバサバとしていいだろう。 だがな、 俺 ( おら )はこう思うのだ、働かぬ働かぬと怒鳴ったところで、ナーニお前は働くよ、何んの働かないでおられるものか、お前は働くのが好きらしい、好きなことならしたがいい。 そこでお前は働き出す、ところが俺は働かない。 と云うのは働くのが嫌いだからさ。 で 全然 ( すっかり )元通りになる。 だがしかしだ、そうは云っても、俺だってこれでも働いているよ。 そうともそうとも神様のことでな。 ……お前は 生活 ( くらし )にアクセクするし、俺は神様でアクセクする、うまく出来てる、それでいい。 浮世を見たってそうじゃあないか、生活にアクセクする奴と、神様にアクセクする奴と、二通りしかありゃあしない」 お榧猛然と立ち上がり、雑巾桶を ひっ抱えた。 「ああ云えばこう云い、こう云えばああ云う、水喰らわせるぞオ、勘弁出来ねえ!」 「ご免ください」とそのとたん、門を潜った者がある。 「誰だア!」と喚いて振り返ったお榧、「ヒャーッ、これは浜路お嬢様で!」ペタペタ板の間へ坐ってしまった。 名主で名望家で金持ちで、帯刀ご免の仁右衛門の娘、浜路とあっては歯が立たない。 自分の家が掃き溜なら、鶴が下りたというものである。 「毎々お六がお世話になり、有難いことでごぜえます。 今日はようこそお立ち寄り、 むさくるしい所でごぜえますが、マアどうぞちょっとお上がんなすって、オイお六や座布団を! と云ってもお前は 聾者 ( つんぼ )だったね。 アッ、それに座布団もない。 フッフッフッフッ貧乏でがしてな。 と云うのもここにいる馬鹿亭主が、イエなに、ほんの 好人物 ( おひとよし )で、随分働きもありますが、悪いことには神様を、ナニサ神様も結構でがすが、拝んでばかりおりましてな、 生活 ( くらし )の足しにはなりましねえ。 ……それはそうとようおいで、せめてお茶でも、オヤいけない、 生憎 ( あいにく )切れておりましてね、あのそれでは 白湯 ( さゆ )なりと。 と云って珍らしいものではなし。 ……それにしても今日はお暑いことで、よいお天気ではごぜえますが、何んだか降りそうでもごぜえますな。 ……あれ、こうしてはいられねえ。 妾は忙しゅうごぜえましてな、どうぞご 悠 ( ゆっく )り、ハイそれでは。 ……薬草を取らなければなりましねえ」何をいったい云うのだろう? 鼻の頭へ汗を掻き、ピョイと 外所 ( そと )へ飛び出した。 彦兵衛愉快そうに哄笑した。 「いや面白い婆さんだ、あいつと喧嘩をしていると、退屈しなくて結構だ、めったに浮世が厭にならない。 それになかなか働き者でしてな、あいつが働くので食って行けます、実は私も内心では、感謝しているのでございますよ。 もっとも少々口やかましく、世間の評判は悪いようで。 その代り私は大助かり、お蔭で悪口云われません。 いわば私の引っ立て役で」 彦兵衛ニコニコ機嫌がよい。 「だがどうも少しあの婆さん、神様が嫌いでございましてな、これとて一方から考えれば、また大変よろしいので、元来神様を信じるのは、信心しなければならないような、心に弱味があるからでしてな、まずその点から云う時は、信心深い人間は、悪人と云うことが出来ましょう。 ですから自然不信心家は、善人ということになりますなあ。 で信心家がこの世を去ると、本来悪人というところで、間違いなく地獄へ参ります。 したがって不信心家がこの世を去れば、元々善人というところで、 極楽 ( ごくらく )へ行くことが出来ますなあ。 これには疑いございませんよ。 ……それはそうとお嬢様、何かご用でもございますかな?」 「あのね」と 浜路 ( はまじ )微笑したが、「お願いがあるのでございますの。 小父さん 諾 ( き )いてくださるでしょうか」 「さあて私にお願いとは? いったいどんなことでございますな?」 「薬草道人様のお住居をね、妾お聞きに上がりましたの」 「ほほう」と云ったが彦兵衛老人、ちょっと厳粛の顔をした。 「あなたがお知りになりたいので? それともどなたかに頼まれて?」 「そうよ」と浜路、卒直に、「江戸のお侍様がおいでになり、道人様をお探しし、お願い申して江戸表まで、お連れしたいということでしてね、妾の家におりますの。 水戸様のご家中で山影様、よいお方でございます」 「ははあさようで、なるほどな。 だがそいつは駄目でがす」彦兵衛ニベもなく首を振った。 「おや小父さん、どうしてでしょう?」 「とてもとても道人様は、江戸表へなど参りますまい、また私にしてからが、江戸などへ行かせたくはございませんなあ」 「でもね、小父さん、大変なのよ、もしどうあっても道人様が、江戸へおいでにならなければ、山影様は云うまでもなく、水戸様はじめ 御 ( ご )三 家 ( け )まで、いえいえ徳川譜代大名、一統の恥辱になるそうで。 そうして日本が二派に別れ、譜代大名と外様大名、戦争するかもしれないそうで」 「やれやれ途方もない大袈裟な話だ」彦兵衛ニヤニヤ笑ったが、「そういう訳なら尚さらのこと、道人様はやれませんなあ。 と云うのは道人様は、仙人だからでございますよ。 それ仙人というものは、高い所に坐っていて、下界の者どもを見下ろして、一人で住んでいるところに、値打ちがあろうというもので、俗界へ下りて行ったが最後、光りが薄れてしまいます。 みすみす光りが薄れると知って、俗界行きを進めるのは、決してよいことではございません。 まことにお嬢様はよいお方、せっかくのお頼みでございますので、是非とも道人様のお住居を、お教えしたいとは存じますが、こればっかりは、いけませんなあ」気の毒そうに云ったものである。 しかし浜路も負けていない。 「そうはおっしゃっても道人様は、人助けが 目的 ( のぞみ )だと申しますこと、では 御岳 ( おんたけ )におられようと、江戸へおでかけになられようと、同じに人助けは出来ます筈、それに御岳には永らく住まれ、 功徳 ( くどく )をお果しなさいました、今はかえって江戸へ出て行かれ、一層沢山の人達へ、施療投薬なされた方が、よろしいように思われます。 それもこれも万事道人様に、お目にかかって申し上げたいと、こう思うのでございます。 お教えくださいまし、お住居をね」 愛する宗三郎のためである、浜路熱心に掻き口説く。 さあ彦兵衛何んと云うか? 「何んとおっしゃってもお嬢様、こればっかりはいけませんなあ」これが彦兵衛の返辞であった。 「と云うのはこの私は、いわばお弟子でございましてね、はいさようで、道人様のな、そうして止められておりますので。 コレ彦兵衛、 私 ( わし )の住居、誰に明してもいけないぞよ。 ……はい、このように道人様にな……弟子の身分で師匠の言葉を、裏切ることは出来ませんなあ」 こう云われて見れば浜路にしても、押して訊くことは出来なかった。 しかし愛人のためである、方面を変えてカマを掛けた。 「では小父さん、そういう訳なら、詳しく聞きたいとは申しません、それでは せめて方角でも。 ……ここのお家を中心にして、道人様のお住居は、東の方でございましょうか?」 「これはお上手、外交がな。 ……さあ西かも知れませんて」 「おやそれでは西なのね」 「さあ南かも知れませんて」 「ああそれでは南なのね」 「ひょっとかすると北かも知れない」 浜路なかなか 悄気 ( しょげ )ようとはしない。 「螢ヶ丘ではないかしら?」 「いかになんでも道人様が、六文と一緒には住みますまい」 「あのそれでは狼谷?」 「道人様が仙人でも、狼を家来にはなさるまい」 もうこうなっては駄目である。 浜路 俯向 ( うつむ )いて考え込んだ。 さすがに彦兵衛もそれを見ると、ちょっと気の毒になったらしく、 「それはそうとお嬢様、山影とかいうお武家様、ほんとによい方でございますかな? たとえば信頼出来るような?」 「それなら もうもう大丈夫!」浜路はじめて明るくなった。 「人品勝れた立派な方、そうして大変ご親切で、物柔かでもございますの。 キリッとしたご器量で、時々冗談もおっしゃいますが、厭らしいところはちょっともなく、あの、そうして……よいお方で」 どうしたものか彦兵衛老人、フッフッフッと含み笑いをした。 「お嬢様もお年頃、そういうお方をご覧になれば、みんなよいお方に見えましょうなあ」 浜路、頬でも染めたかしら? いやいや赧くはならなかったが、それこそ火のように 真 ( ま )っ 紅 ( か )になった。 「厭な小父さん」と云ったものの、大して厭でもなさそうである。 と、彦兵衛真面目になり、「お嬢様もよいお方、山影様もよいお方、そういうお方のお頼みを、 むげに退けるもお気の毒、と云って あからさまには明かされない、ほんの道順だけ申しましょう。 道人様のお住居はな、螢ヶ丘の北を 過 ( よ )ぎり、木場の屯所の南を過ぎ、七面岩の絶壁を上り、さてそれから……」 と云い出した時、今まで黙っていた 聾者 ( つんぼ )のお六が、突然大声で喚き出した。 「窓から、窓から、あの野郎が、 妾 ( あたい )を引っ張ったあの野郎が、ジロジロ 家内 ( なか )を覗いているよーッ」 驚いて二人が振り返ってみると、もう人影は見えなかったが、いずれ誰かが二人の話を、立ち聞きしていたに相違ない。 彦兵衛すっかり機嫌を損じ、堅く口を結んでしまった。 覗いていたのは伊集院五郎で、つんぼのお六に怒鳴られるや、横っ飛びに飛んで林へ隠れた。 「驚いたなあの娘め、耳は遠いが眼は早い、惜しいことをした、もう少しで、道人の居場所を聞き出せたものを」 伊集院五郎林の中で、腕を組んで考えた。 「螢ヶ丘の北を通り、木場の屯所の南を過ぎ、七面岩の絶壁を上り……さてそれからどう行くのだろう? 是非ともこの後を聞きたいものだ」 するとこの時林の前を、萩原の方へ行く者がある。 他でもない酒場の浜路。 と行手から婆さんが来た。 口やかましやのお榧である。 「おやおやこれはお嬢様、もうお帰りでごぜえますか、まあよろしいじゃごぜえませんか、あの萩原までめえりましてな、茶を一 つまみ買って来ました。 お茶を入れますだあ、お茶を入れますだあ」 「有難う」と云ったが酒場の浜路、微笑を含んだものである。 「いいえそれには及びません、この次ご馳走になりましょう、彦兵衛小父さんによろしくね。 さようなら」と行ってしまった。 「 ふんとに綺麗なお嬢様だねえ、それになかなか愛嬌があるよ」見送って呟くお榧の前へ、ヒョイと現れたのは伊集院である。 「ご新造さん、ご新造さん」猫 なで声で呼びかけた。 「ヒャッ」と云うと振り返ったが、「何かご用でごぜえますかな?」 胡散臭 ( うさんくさ )そうに伊集院を見る。 「失礼ながらお前さんは、彦兵衛さんのお神さんで?」 「へえ、さようでごぜえます。 それでは何か彦兵衛が、悪いことでも致しましたので? それならご勘弁願えますだ、根はいい人間でごぜえますが、神様 狂人 ( きちがい )でごぜえましてな、それに 俺 ( おら )とは反対に、どうもひどく口やかましくて……」 「いいえさ、何も彦兵衛さんが、悪いことなどしますものか、決してそうじゃあございませんよ。 ……これは ほんのわずかだが」 一枚の小判を取り出した。 「差し上げましょう、お取んなすって」 「ヒャッ」というとお榧婆さん、あぶなく尻 もちをつこうとした。 「アーレ まあこれは小判でねえか!」 「 贋金 ( にせがね )ではない、使える小判」 「フエーこいつをおくんなさる?」 「さようさよう差し上げます」 「ヒャッ、お 前様 ( めえさま )は福の神様かね?」 「都から来た薬草採りで」 「それで解った、こうでがしょう、 俺 ( おら )が家に取り貯めてある、薬草が欲しいとおっしゃるので?」 「さよう」といったが声をひそめ、「実はお願いがありますのでね、というのは他でもない、彦兵衛さんを口説き落とし、薬草道人様のおり場所を、聞き出して教えてはくださるまいかな。 うまくゆけば五両あげます」 「へえ、五両? ほんまかね?」 「何んで嘘を云いますものか」 お榧しばらく考えたが、「ちょうど 俺 ( おら )も道人様の居場所を、知りてえと思っていたところ、ようがす、聞いてお知らせしましょう」 「おおさようか、それはそれは、是非お願い、なるたけ早くな」 「 後金 ( あとがね )五両、 たしかずらな?」 「大丈夫」と云って胸を叩いた。 と、チャリンという小判の音。 「アッハッハッハッ、腐るほど持ってる」 「 ふんとにお前様、福の神様だあ」 二人左右に別れてしまった。 「こっちはこれでよいとして、いずれ酒場の浜路めが、彦兵衛の話を山影へ、きっと話すに相違ない。 と山影め明日か 明後日 ( あさって )、道人探しに行くだろう。 よし来たそこを討ち取ってやろう。 味方は大勢、山窩がある」 その翌日のことである、山影宗三郎は家を出て、道人探しに発足した。 「浜路殿の話による時は、薬草道人のおり場所は、螢ヶ丘の北を過ぎ、木場の屯所の南を通り、七面岩の絶壁へ上り、それからどっちかへ行くということだが、まずともかくも七面岩まで、足を延ばしてみることにしよう」 夕立ち 催 ( もよ )いの曇天ではあったが、そんなことには驚かない。 宗三郎スタスタ歩いて行く。 神代原を通り抜け、螢ヶ丘の裾の辺を、木場の屯所の方へ歩いて行った。 この辺は一面の大野原で、いわゆる 御岳 ( おんたけ )の大斜面、灌木の 叢 ( むら )、林や森、諸所に大岩が立っている。 慣れない山路で時間を潰し、午後の日も相当 蘭 ( だら )けてしまった。 と、行手の岩蔭から、一人の旅人が現われた。 「山影氏、しばらくでござった」 「どなたでござるな?」と宗三郎、 訝 ( いぶか )しそうに足を止めた。 笠を脱いだ旅の者、薩摩の藩士伊集院五郎。 「おっ、貴殿は伊集院氏」 「さよう」と伊集院冷やかに、「両国広小路の大蛇使い、お仙と申す美婦を中に、ちょっと鞘 あてをした伊集院でござる」 「いやいやそればかりではござるまい」山影宗三郎用心をした。 「小仏峠、さては甲府、または木曽の福島で、拙者に仇をしかけたは、貴殿を置いて他にはない」 「さよう、いずれも拙者でござる」伊集院五郎ニヤニヤし、「それと云うのも主君同志、柳営にての争いが、家来にまでも伝わって、怨みを重ねたというものさ」 「そうして今のところでは、拙者の方に勝ち目がある。 御岳山中に古今の名医、甲斐の 徳本 ( とくほん )が身を隠し、薬草道人と名を改め、居を定めているようだの」 「うむ」と伊集院詰まったが、「いやそいつはまだ解らぬ、もしも薬草道人が、事実甲斐の徳本なら、 住居 ( すまい )を突き止め叩っ切るばかりさ」 「 不埓 ( ふらち )!」と宗三郎眼を怒らせた。 「拙者御岳にいる限り、そういう殺生は断じてさせぬ」 「そういう貴殿のお命を、実はここで戴くつもりさ」 「まずまずそれはなりますまい」宗三郎笑ったが、「おおかたは逆に行きましょうよ、行手を邪魔する貴殿のお命こそ、拙者この場で頂戴いたす」 「ははあ、お取れになりますかな?」 「まず大概取れましょうな」 「参るぞ!」 というと伊集院、刀の鯉口を切ったものである。 と、ギラリと引き抜いた。 「参るぞ!」 とこれも宗三郎、サッと刀を引き抜いた。 とその時草むらの中から、五、六人の人影が現れた。 「伊集院さん、よろしいかね」 「ナニ俺らだけで片付けますよ」 「旦那はご見物なさるがいい」 それは山窩の群であった。 手に手に野太刀を持っている。 太刀を引くと飛び 退 ( しさ )り、伊集院ゲラゲラ笑い出した。 「うむ、上手に 料 ( りょう )ってくれ。 だがちょっと 手強 ( てごわ )いぞよ。 もっとも一人だ、恐れるには及ばぬ。 後には俺が控えている。 いよいよとなったら手を下す。 用心しながら掛かるがいい」ついに山影宗三郎、伊集院の詭計にひっかかってしまった。 「しまった!」と思ったが宗三郎、逃げ出すような人間ではない。 また逃げようとて逃げられもしない。 背後 ( うしろ )へ廻られぬ用心に、岩を背中に楯とした。 口を結び 呼吸 ( いき )をととのえ、構えた太刀は片手上段。 左手で袴の股立ちを、キリキリキリと取り上げた。 「野郎!」と叫ぶと命知らず、一人の山窩が飛び込んで来た。 ザックリ一太刀、出鼻を利用し、宗三郎右肩へ切り付けた。 「ワッ」というと突んのめり、虚空を掴んだが手の指が、見る見る紫の色となり、二度ばかり うねると動かなくなった。 「強いぞ強いぞ、要心要心!」 口々に叫んだ山窩ども、ジタジタと後へ退いた。 宗三郎動かない。 返り血一滴浴びていない。 と、宗三郎飛び込んだ。 「三つの先」のその一つ、「我より敵へ懸かるの手」だ、正面の山窩の右の腕を、肩の附け根から切り落とした。 「ガッ」という悲鳴、そのとたんに、飛び込んで来たもう一人の山窩、野太刀を揮うを払い上げ、片膝敷くと 掬 ( すく )い切り、五枚目の 肋 ( あばら )を三日月に、内臓深く切り込んだ。 迸 ( ほとばし )る血、ドッタリと、もんどり打って仆れたが、ムーと呻くとガリガリと、地面を引っ掻いたものである。 後に残った三人の山窩、ワーッと叫ぶと逃げかけたが、行手に廻った伊集院、「逃げれば切るぞ!」と一喝した。 盛り返して来た可哀そうな奴、左右同時に懸かるのを、まず右手の野太刀を抑え、 頭 ( こうべ )を返すと眼を怒らせ、左の一人を睨み付けた。 たじろぐところを太刀を返し、サッと浴びせて足踏みちがえ、右手の一人の胸先を、片手突きに突っ込んだ。 「ヒーッ」と呻くと野太刀を落とし、宗三郎の太刀を ひっ掴む。 グイと引けばバラバラと、十本の指が地へ落ちた。 「オーイ! オーイ! オーイ! オーイ!」 最後に残った一人の山窩、横っ飛びに逃げながら、声を 嗄 ( か )らして叫んだのは、仲間を呼びに行くのだろう。 「 草賊輩 ( そうぞくばら )をけしかけて、詭計をもって討とうとは、あくまで卑怯な伊集院。 薩摩隼人 ( さつまはやと )と云われるか! 尋常に来い、恥を知れ! さあ二人だ、もう遁がさぬ!」 山影宗三郎 詈 ( ののし )った。 「ふふん」とばかり伊集院、声を含ませて笑ったが、「卑怯ではない、兵法だ、勝ちさえすればそれでいい。 一の備え二の備え、備えを立てて戦うのは、これ軍陣の常ではないか。 山窩を指揮して戦うのも、いわば軍陣での備え立て! 一騎打ち勝負、何が偉い!」 「軍陣の講釈、結構結構。 だが気の毒にも備えは破れた。 もういけまい、可哀そうだなあ」 「そうさ、備えは破れたが、ここに大将が控えている」 「大将、首を取られるなよ」 「何を!」というと伊集院、身を沈めて引き足をしたが、小野派一刀流下段の構え、胸を突こうとするのである。 「いよいよ来るか!」と宗三郎、依然変らぬ片手上段、目差すは相手の真っ向である。 左手をダラリと遊ばせて、時々小刀の柄へ掛ける。 機に応じて抜くつもりだ。 山影宗三郎と伊集院、円明流と小野派一刀流、ピッタリ構えた太刀二本、 距離 ( あわい )は二間、動かない。 と、伊集院ジリジリと、足の爪先蝮をつくり、一分二分と迫り寄せて来た。 益 沈む肩の位置、柄頭を胸へ着け、左右の肘をワングリと張った。 が、宗三郎動かない。 居待って討ち取る心組み、 出入 ( いでい )る 呼吸 ( いき )を調えて、相手の変化を睨んでいる。 「オーイ、オーイ、オーイ、オーイ!」 仲間を集める山窩の声が、次第次第に遠退いて、丘の 背後 ( うしろ )へ消えかかった時、忽然一つの人影が、その丘の上へ現れた。 「大変だヨーッ」とまず叫んだ。 「浜路姉さんの大事な人が、 妾 ( あたい )の袖を引っぱった、 いやらしい野郎に殺されるヨーッ、誰か来ておくれヨー、大変だヨーッ」 野遊びに来た つんぼのお六、二人の切り合いを見付けたのである。 「さあこうしちゃあいられねえ、萩原へ行ってみんなに話し、加勢の衆を連れて来よう! 来ておくれヨーッ、来ておくれヨーッ」 丘を飛び下り駈け出した。 「オーイ、オーイ、オーイ、オーイ!」 仲間を集める山窩の声! 「来ておくれヨー、来ておくれヨー!」 非常を告げるお六の声! 左右にだんだん遠ざかる。 さあどっちが早く着くか? 山窩が来れば宗三郎が危うい、萩原住民が寄せて来たら、伊集院五郎は遁がれられまい。 この時気合が充ちたのであろう、沈めた肩を聳やかし、猛然と飛び込んだ伊集院、胸の真ん中、丹田の上、ガバとばかりに突っ込んだ。 これが決まれば 田楽 ( でんがく ) ざし! と、体形斜めに揺れ、開きを作った宗三郎、相手の太刀のセメルの位置、それを目掛けてサッと 下 ( くだ )した。 チャリンという太刀の音! すなわち一合、合ったのである。 サッと引き退く伊集院、宗三郎も立ち直る。 間 ( あわい )二間、上段と下段、わずかに位置が移ったばかり、変化はない、また構えた。 しかし充ち充ちたその殺気! それに驚いたか林から、一本 龍柱 ( たつばしら )が舞い上がった。 鳩だ鳩だ、山鳩の群だ! 中空に伸びると、バッと割れ、円を描いて飛び散ろうとする。 その真ん中に浮かんだは、生白い昼の月である。 ドッと 颪 ( おろ )して来た 御岳嵐 ( おんたけあらし )、なびくは雑草、波を 蜒 ( うね )らし、次第に拡がり、まるで海だ! 泡となって漂うのは、咲き乱れている草の花! 掻き立てられた薬草の香が、プーッと野っ原を吹き迷う。 分を盗むは尺を盗む、寸を盗むは丈を盗む、ガッシリ構えた敵に向かい、ジリジリ迫り寄せるという事は、容易なことでは出来難い。 それにも関らず伊集院、爪先で地面を刻みながら、ジリジリと宗三郎へ寄せて行く。 只者ではない、腕があるからだ。 敵の寄り身に驚かず、悠然立っていることは、それにも 勝 ( ま )して至難である。 それにも関らず宗三郎、進まず退かず居待ち懸け、生え抜いたように立っている。 と、伊集院飛び込んだ。 双手 ( もろて )突き! 全く同じだ。 振り下ろした宗三郎、チャリンと二合目の太刀の音、間髪を入れず飛び込んだが、南無三宝、木の根につまずき、ドッと仆れたと見て取るや、「しめた!」と叫んだ伊集院、真っ向から拝み打ち! あッ、やられた! と思ったとたん、倒れながらの早業である、小刀抜いて足を薙いだ。 足は薙がれたが伊集院、切られるようなヤクザではない。 「うむ」というと後ろざま、気合を抜いて飛び返った。 同時に起き上がった宗三郎、小刀は下段、大刀は上段、はじめて付けた天地の構え、 乾坤 ( けんこん )を 打 ( だ )して一丸とし、二刀の間に置くという、すなわち円明流必勝の手、グッと睨んだものである。 で、ふたたびジリジリと寄る。 命をまぬかれた一人の山窩、オーイ、オーイと喚きながら、谷の方へ走って行く。 と谷間から答える声! 「どうしたどうした、何か起こったのか?」二人の山窩が現れた。 「仲間がやられた、五人やられた、伊集院さんが大苦戦だ! 早くお 頭 ( かしら )へ知らせてくれ」 「ヨーシ」というと二人の山窩、 「オーイ、オーイ!」と叫びながら、谷を潜って走り出した。 と、バラバラと三人の山窩、岩の陰から現われた。 「どうしたどうした、何か起こったのか?」 「伊集院さんが大苦戦、五人仲間がやられたそうだ、早くお頭へ知らせてくれ」 「ヨーシ」というと三人の山窩、 「オーイ、オーイ」と叫びを上げ、木の間をくぐって駈け出した。 とまたもや四人の山窩、灌木の茂みから現われた。 「どうしたどうした、何か起こったのか?」 「五人の仲間がやられたそうだ、伊集院さんが苦戦だそうだ、早くお頭へ知らしてくれ」 「ヨーシ」というと四人の山窩、例によって叫びを上げながら、山の斜面を突っ走った。 これ山窩の伝令法、瞬く間に 山塞 ( さんさい )まで、非常の知らせが達するだろう。 この頃お六は野の道を、萩原の方へ走っていた。 「大変だヨー、来ておくれヨー、山影様が殺されるヨーッ」 ほこりを蹴立て、小鬼のように、途方もない速力で走って行く。 この日浜路は酒場にいた。 道人を探しに宗三郎と一緒に、七面岩へ行こうとしたところ、足手纒いでご迷惑であろうと、父に止められて果たさなかったのが、内心不平でならなかった。 で、酒場の客を相手に、自由な話術を試みていた。 そこへ 戸外 ( そと )から聞こえて来たのが、「大変だヨーッ」という声であった。 「六ちゃんじゃアないか、どうしたんだろう?」 ちょっと聞き耳を引き立てた。 「山影さんが殺されるヨーッ、みんなみんな来ておくれヨーッ」 「え!」と浜路立ち上がった。 飛び込んで来た つんぼのお六、やにわに浜路に飛び付くと、「 妾 ( あたい )の袖を引っ張った、 いやらしい野郎が螢ヶ丘の裾で、山影さんと切り合っているヨーッ、姉さん姉さん浜路姉さん、早く早く早くおいでヨーッ」 歓楽の酒場が一瞬にして、混乱の庭と変ったのは、まさに当然というべきだろう。 「さあ皆さん来てください! 浜路に続いて来てください! お父様! お父様! 大変です! ……六や、馬を 厩 ( うまや )からね! それから鞭を! 刀の方がいいよ!」 そこへ現れたのは仁右衛門である。 「槍を持って来い! それから馬!」 浜路と仁右衛門を先頭に立て、ドッと一同押し出した。 棍棒、竹槍、鍬、脇差し、手に手に得物をひっさげて、その数およそ五六十人、萩原街道を走る走る。 此方 ( こなた )伊集院と宗三郎、 黄昏 ( たそがれ )近い野に立って、十数合太刀を混えたが、互いに薄手を負ったばかり、まだどっちも斃れない。 だが伊集院大分弱った。 両腕の筋が釣ろうとする。 自然心が 焦 ( いら )って来る。 吐 ( つ )く 呼吸 ( いき )あらく「寄り身の手」膝を掻こうと飛び込んだ。 待ち構えていた宗三郎、円明流の「 剣 ( つるぎ ) 踏 ( ふ )み」わざと切らせに飛び向かい、左剣で払って右剣で肩、振り下ろそうとしたとたん、丘にあたって鬨の声、ハッと思った眼を掠め、一筋の 征矢 ( そや )が飛んで来た。 一足退いて眼をやれば、丘の頂きに三四十人、タラタラと並んだ人影がある。 と、進み出た一人の巨漢、 「伊集院さん、引きなせえ、助けに来やした、 矢襖 ( やぶすま )に掛け、水戸 っぽを討って取りやしょう!」 山窩の頭領 多羅尾将監 ( たらおしょうげん )、先祖は 蒲生氏郷 ( がもううじさと )の家臣、半弓にかけては手利きである。 「頼む」と叫ぶと伊集院、数間の後ろへ引き退いた。 「やっつけろ!」と喚く将監の声! ピューッと数条の征矢が飛んだ。 山窩め、手に手に弓を引き、宗三郎を討ち取ろうとする。 「あッ、しまった、飛び道具か!」驚きはしたものの恐れはしない、傍らの立ち木を楯にとると、宗三郎は身を隠した。 弦音 ( つるおと )高く射出す征矢、呻りをなして飛んで来るが、たかが山窩の手練である、身近に逼るものはない。 ただし将監が射出したなら、相当危険といわざるを得まい。 果然将監狙いをつけた。 竹林派の押し手弓、キリキリキリと引き絞り、満を持して放たない。 と活然たる弦返りの音、 弓籠手 ( ゆごて )に 中 ( あた )って響いたが、既に 発 ( はな )たれていたのであった。 掛け声もなく宗三郎、横に払って矢を切った。 間髪を入れずもう一本、面上をのぞんで飛んで来る奴を、小刀を上げて上へ刎ねた。 三本目が股へ来る。 キワドク飛んで辛く遁がれる。 いつか宗三郎立ち木を離れ、全身を敵にさらしてしまった。 見て取った将監合図をした。 と降りかかる十数本の征矢! 山窩の群が放したのである。 「もういけない!」と宗三郎、観念の眼をつむったが、天祐天祐 中 ( あた )らない。 サッと飛び返り宗三郎、立ち木を楯にまた構えた。 「これ、水戸 っぽ!」と多羅尾将監、大音声に呼ばわったが、丘をスルスルと中腹まで下り、 「今度こそ許さぬ、四本目の征矢! 受けたが最後、往生だ!」 キリキリキリと引き絞った。 間は近い、将監も必死、放された矢は外れても、宗三郎の全身は、またも立ち木を離れるだろう、そこを目掛けて射かけようと、山窩の群は射手を揃え、鳴りをしずめて待っていた。 が、その時 蹄 ( ひづめ )の音! つづいて上った鬨の声! 馬上の浜路を真っ先に、五六十人の萩原住民、サーッと丘へ のっ立てて来た。 「山窩だ山窩だ! 追っ払ってしまえ!」 「何を百姓! 料理 ( りょう )ってしまえ!」 両軍ドッとぶつかった。 元が侍の萩原仁右衛門、槍を揮って突き伏せる。 「山影様、山影様!」血走った声を上げながら、浜路は馬を縦横にあおる。 もう弓は役立たない。 野太刀を抜いた山窩の群、人殺しには慣れている、敏捷に飛び廻って切り立てる。 なだれ落ちる両軍勢! ムラムラと野原へ散開した。 武士ではないが萩原住民、気象は武士に劣らない。 「一人も遁がすな! 一人も遁がすな!」飛び込んでは叩き伏せる。 だが宗三郎はどうしたのだろう? どこにも姿が見えないではないか。 山影宗三郎はどうしたかというに、伊集院と山窩を相手にして、大岩の蔭で戦っていた。 グルリを 囲繞 ( とりま )いた数人の山窩、その中には将監もいた。 敢 ( あえ )て半弓ばかりでなく、多羅尾将監は 鍾巻 ( かなまき )流の使い手、どうしてどうして馬鹿には出来ない。 左剣で払った宗三郎、右剣を飛ばせたがそこを狙い、横から飛び込んだ伊集院に、邪魔をされてきまらない。 「さあ野郎ども一度にかかれ!」将監の声に山窩ども、いわゆる乱刃に切り込んで来た。 次第次第に宗三郎、受け太刀となって後へ退る。 二人の強敵、他に山窩、いかに宗三郎が達人でも、 以前 ( まえ )に五人を切っている、その上 矢襖 ( やぶすま )に引っかけられ、充分に精根を 疲労 ( つか )らせている、あぶないあぶない命があぶない! 大岩に隠されているために、仁右衛門にも浜路にも解らない。 夕陽がすっかり山に落ち、宵闇が次第に逼って来た。 ワッワッという叫喚の声! 悲鳴、怒号、仆れる音! 萩原住民と山窩とは、切り合い攻め合っているらしい。 宗三郎は切り立てられ、呼吸も逼り、筋も釣り、眼の前がチラチラ踊るようになった。 「右を打て! 左へ切り込め! 足を払え! 足を払え!」多羅尾将監が声を掛ける。 背後 ( うしろ )へ廻った伊集院、狙いすまして双手突き、宗三郎の腰の つがい、そこを目掛けて突っ込もうとした時、ドド、ドド、ドッと鉄砲の音、山谷に響いて鳴り渡った。 俄然形勢は一変した。 「山役人だア! 山役人だア!」山窩達は 周章 ( あわ )て出した。 文字通り 蜘蛛 ( くも )の子を散らすように、八方に向かって逃げ出した。 多羅尾将監も伊集院も、もちろん逃げたに相違ない。 萩原住民も引き上げたらしい。 修羅場が一時に ひっそりとなった。 ころがっているのは死骸である。 呻いているのは手負いである。 と、また響き渡る鉄砲の音、丘の 彼方 ( あなた )から聞こえて来た。 数十人の山役人が山窩出現と聞き知って、山窩狩りに来たのに相違ない。 「ワーッ」という鬨の声! それも 漸次 ( だんだん )遠ざかる。 山窩を追って行くのであろう。 またも響き渡る鉄砲の音! だが遙かに隔たっている。 雲切れがして星が出た。 と、唄い声が聞こえて来た。 「恋しいお方はおりませぬ」 組紐のお仙だ、お仙の声だ。 人影がポッツリ現れた。 戦争でもあったんじゃアないのかしら? アラ何んだろう? 人が寝ているよ! アッ、死骸だ! まあ気味が悪い! おやここにも! おやここにも! 厭だねえ、恐ろしいわ! 逃げよう逃げよう早く逃げよう!」 大岩の方へ走って来た。 と死骸へつまずいた。 「いやだねえ、また死骸だよ」 雲切れがして月が出た。 「アラ!」と叫ぶと組紐のお仙、死骸の 傍 ( そば )へベッタリと坐った。 「山影さんだヨーッ、宗さんだヨーッ」 確 ( しっか )り抱きかかえたものである。 「山影さんだヨ……、宗さんだヨ……」こう叫んだ組紐のお仙、 ひしと宗三郎を抱きかかえた。 これは悲しいに相違ない。 江戸から 遙々 ( はるばる )追って来て、 邂逅 ( めぐりあ )ってみれば死骸である。 病気ではない切り死にだ。 こういう憂き目に会うほどなら、江戸にいた方がよかったろう。 「ああ 妾 ( わたし )はどうしよう?」洩らした言葉はこれである。 「諦められないヨ……、諦められないヨー」誰にともなく叫んだが、驚きが余りに大きかったためか、涙というものが出て来ない。 お仙、ボーッとしてしまった。 少し心が静まるに連れ、はじめて涙が こみ上げて来た。 クッ、クッ、クッ、クッと 咽喉 ( のど )が鳴る。 咽び泣きの声が洩れたのである。 「……ああやっぱり 前兆 ( まえしらせ )だった。 螢ヶ丘のお吉さんの所で、昨日まで遊んで暮らしていたが、今朝から何んとなく胸が躍り、どうしてもじっとしていられないので、萩原の方へでも行ってみよう、何んだか宗さんに逢えそうだ、こう思って出て来たんだが、逢いは逢ったが死んじまったヨー」またもお仙 むせび上げた。 「でもうっちゃっては置かれない、鳶や烏の 餌食 ( えじき )になる。 …… 葬 ( ほうむ )ってあげなければならないんだが、厭だ厭だ葬るなんて! ……妾も死のう、死んだ方がいい! ……」お仙ヒョロヒョロと立ち上がったが、またベッタリと坐ってしまった。 「宗さんと一緒に死ぬのなら、死ぬ張り合いだってあるけれど、一緒に死のうと約束もせず、妾に黙って死んでしまった後で、一人死ぬなんて寂しいねえ。 ……せっかく死んであげた後で、冥土で宗さんに 邂逅 ( いきあ )って、コレ、馬鹿者、なぜ死んだ、などと叱られたら詰まらないねえ。 ……でも宗さんがいないのなら、生きていたって仕方がない。 江戸へ帰って両国へ出て、蛇を使ってお鳥目を貰い、派手な 肩衣 ( かたぎぬ )でよそおって、暮らしたところでどうなるんだろう。 厭だわねえ、死んだ方がいいよ」 お仙 じいいっと考え込んだ。 「生き返らないものかしら? ほんのちょっとでいいのにねえ。 ポッカリ眼をあけてニッと笑って、おおお仙かよく来てくれた、こんな浮世は面白くねえ、オイ機嫌よく一緒に死のう。 ……宗さん! 宗さん! 宗さん」と、お仙狂わしく呼び立てた。 戦いの後の野の 静寂 ( しずけさ )! びょうびょうと吹くは風である。 「どう思ったって仕方がない、葬ってあげよう、土を掘って。 ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。 ……お仙はこんなに泣いています、成仏なすってくださいまし、妾の涙がお顔へかかって……おお冷たいと覚しめしたら、どうぞね、ちょっと眼をあけて、……駄目だ駄目だ、死んでいらっしゃる」 また じいいっと考え込む。 「もろいわねえ、人の命は。 ……まるで何も彼も夢のようだよ。 ……去年の夏だよ、忘れもしない、女太夫を呼んでみよう、ほんの 猪牙 ( ちょき )がかりに妾を呼ばれ、涼みの船で逢ったのが、二人の縁のつながりで、妾の方で血道を上げ、追っかけ廻すと恐いかのように、宗さんの方では逃げ廻ったが、あの頃はピンピン たっしゃだったのに、今じゃア身動きさえなさらない。 ……やっぱり生きていて逃げ廻られた方が、こんなに死んで身動きもせず、妾の自由になっているより、どんなにどんなにいいかしれない。 ……生きてくださいよ! 逃げ廻ってくださいよ!」 またしっかり抱きかかえた。 「生きてくださいよ! 逃げ廻ってくださいよ!」 しっかり抱えてゆすぶった時、肌の ぬくみが感ぜられ、胸の動悸が感ぜられた。 死んだのではない、気絶しているのだ。 お仙、手を拍って飛び上がった。 「アラ、アラ、アラ、アラ、生きてるヨーッ」 さあさあお仙夢中である。 「はいはい有難う存じます! 神様、お礼を申します。 おお嬉しい、おお嬉しい、嬉しくて妾は気が違いそうだ!」ベッタリ坐ると闇に向かい、誰にともなくお辞儀をした。 「さあこうしてはいられない! 担 ( かつ )いで行こう担いで行こう、螢ヶ丘へ、お吉さんの所へ」 で、宗三郎を抱き上げた。 重い重い随分重い。 で、グタグタと くず折れた。 そこでまたもやしっかりと抱き、顔へ見入ったものである。 「おやおやおや、笑っていらっしゃるよ。 お仙お前は親切だねえ、何だかこう云っているようだよ。 ……どこかに水はないかしら? 谷へ行こう、谷川へ。 そうして水を汲んで来よう。 あッ、しまった、汲むものがない! あったあった手拭いが! これへ たっぷり湿して来て、キューッと口へ注ぎ込んであげよう。 ……そうすると宗さん眼をあけて、お仙、命の恩人だぞよ、江戸へ帰って夫婦になろう! きっとおっしゃるに相違ない! ……水! 水! 水! 谷川谷川……! でも何だか心配だわねえ。 妾の行ったその留守に、誰かさらって行くかもしれない! あッ山窩! あッ狼! 食われてしまう、食われてしまう! 駄目駄目駄目、駄目だわよ。 ……やっぱりそうだ背負って行こう。 ……」そこでお仙宗三郎を背負った。 「おお重いおお重い、恋の重荷を肩にかけ、嬉しいわねえ、重い方がいいわ」 二三間歩いたその時であった、丘の方からカバカバと、蹄の音が聞こえて来た。 つづいて血走った女の声、 「山影様! 山影様! 浜路でございます!」 浜路、探しに来たらしい。 驚いたのはお仙である。 丈 ( たけ )のびた草間へ身を隠し、じっと様子をうかがった。 「誰だろう? いったい、浜路って? あんなに宗さんを探しているよ! 女の声だよ、馬鹿にしているよ! 山影様、山影様、甘ったるい声をしやがって。 ……ははあ解った。 この辺の、薄穢い浮気な女だろう? きっと宗さんに惚れてるんだろう! 畜生畜生、どうしてくれよう! 黙っていよう黙っていよう。 勝手にいくらでも探すがいい! 取られてたまるか、 ばか女め」 で、かたくなって隠れている。 馬上の浜路は夢中であった。 馬を縦横に走らせて、新戦場を探し廻る。 「浜路でございます、山影様! ああ本当にどうしよう、山窩を追って丘を越して、思わず遠くまで行ってしまったが、気が附いてみると山影様がいない! それで探しに来たんだが、ああどこにもいらっしゃらない。 ……山影様! 山影様! ……切り死になすったのではあるまいが……あんな山窩の奴ばらに、 とりこにされたのではあるまいが……ああ心配だ心配だ! あッここに死骸がある」 馬から下りると調べ出す。 「違う違う、おお安心! 山窩の死骸だ! ……いい気味だ! ……あッ、ここにも死骸がある。 あっちにもこっちにも、あっちにもこっちにも。 死骸だらけだ、厭らしいねえ。 ……これも違う、これも違う! まあよかった、山影様ではない」 いちいち死骸を検査した。 だんだん大岩の方へ寄って行く。 それらしい山影の死骸はない。 ふたたび馬に乗った酒場の浜路、 「山影様! 山影様!」恋と恐怖、それから悲哀、声を絞って呼び立てた。 空が曇って月が隠れ、大野っ原は闇である。 闇を一層黒くして、前後左右へ駈け巡る。 「山影様! 山影様」 お仙のいる方へ走って来た。 呼吸 ( いき )を殺した組紐のお仙、 畚 ( びく )から蝮を掴み出し、目付けられたら用捨はしない、投げ付けてやろうと ひっ構えた。 蝮を ひっ構えた組紐のお仙。 「目付けて声でも掛けてみろ、蝮を投げて食い付かせてやる!」 幸か不幸か酒場の浜路、目付け出すことが出来なかった。 馬をあおって 遠退 ( とおの )いて行く。 「山影様! どこにおられます」馬の蹄も呼び声も次第次第に遠ざかった。 丘の 背後 ( うしろ )へ行ったらしい、全く声が聞こえなくなった。 ホッと安心した組紐のお仙、 「 態 ( ざま )ア見やがれ、いい気味だ! 御岳 ( おんたけ )あたりの山女に横取りされてたまるものか、お仙が附いてるよ、お仙がね。 山川越えて大江戸から、追っかけて来たのを知らないのか! ……ああよかった、大丈夫! もう宗さんは妾のものだ。 ……さあさあ宗さん、お起きなさいまし。 ……オヤオヤやっぱり おねんねネ、……でもいいわ、その方が。 ……何んて自由になるんだろう? 穏 ( おとな )しいわねえ、おお可愛い。 ……だんだん動悸が高くなり、肌の ぬくみも増して来た。 死にっこはない、大丈夫。 ……さあさあ背負って行きましょう」 女ながらも一生懸命、重い宗三郎を背中に負い、よろめきよろめき組紐のお仙、螢ヶ丘の方へ 辿 ( たど )って行く。 一間行っては息を入れ、一町歩いては一休み、だんだん目的地へ辿って行く。 間もなく姿が消えてしまった。 またも駈け来る蹄の音! 浜路が引っ返して来たらしい。 馬上姿が現れた。 「どうでもこの辺にいなければならない、もう一度死骸を探してみよう」 ヒラリ馬から飛び下りた。 「これも違う、これも違う」 またもや死骸を調べ出した。 宗三郎のおる筈がない。 浜路とうとう泣きくずれた。 「妾は死にたい、死んでしまいたい! 山影様! 山影様! ……ああああどこにおられるのだろう? でも死骸がないからには、討ち取られたとは思われない。 きっとどこかに怪我をされて、 仆 ( たお )れていなさるに相違ない。 それとも山窩の山塞へ? いやいやいやいやそんな筈はない。 ……ではどこかの人家にでも?」 ここで じいいっと考え込んだ。 「御岳は愚か、木曽一円、日本の国中探しても……目付けて見せる! 目付けてみせる!」 可哀そうな可哀そうな浜路である。 恋人山影宗三郎を、横取りされたとは気が付かない。 と、立ち上がったが元気なく、馬に乗るさえ力がない。 「山影様!」とまたも未練、呼んだものの答えはない。 神山を穢した人間の血を、洗い清めようとするらしい。 「降るがいいよ、 うんと降れ、体も心も濡れるといいよ、冷しておくれよ、胸の火をね」 馬上にうなだれ足を運ぶ。 と、行手から数人の人影、忍びやかに歩いて来る。 「山影さん?」と酒場の浜路、思わず声を掛けてみた。 「や、 阿魔 ( あま )だ! お転婆娘だ!」 味方の死骸を収めようと、山窩の一群が来たのである。 「それ遁がすな、からめとれ!」 「しまった!」と叫んだが酒場の浜路、 鐙 ( あぶみ )を蹴ると大駈けに、敵の只中へ飛び込んだ。 鐙 ( あぶみ )を蹴ると大駈けに、敵中へ飛び込んだ酒場の浜路、 御岳 ( おんたけ )の山骨で慣らした馬術、手綱さばきは荒々しいが、 自 ( おのず )から叶う渦紋駈け! 正面の山窩を駈け仆し、悲鳴を後に数間飛び、グルリ手綱を右手絞り、右へ廻るとまた大駈け、サッとふたたび駈け入った。 バラバラと散る山窩の群、 「払え、払え、脚を払え!」馬足を目掛けて太刀を揮う。 「見やがれ!」と叫ぶと一躍し、浜路左手へ駈け抜ける。 「遁がすな、遁がすな!」とムラムラ寄る。 そこを目掛けて引っ返し、馬の 平首 ( ひらくび )に頬をあて、右手で揮う小脇差し、一文字に駈け抜ける。 またも悲鳴、バタバタと、山窩が一、二人仆れたらしい。 五間あまり駈け抜けたが、左手で手綱をグーッと絞る。 連れてグルリと馬が廻る。 「ソレ、叩き落とせ、叩き落とせ!」 野太刀を揮う山窩の胸もと、鐙で蹴って仆れた上を、馬足に掛けるとまたも悲鳴、 背後 ( うしろ )に聞いて十間飛ぶ、ここで初めて一休み、背伸びをすると長目の 呼吸 ( いき )、さすがに流れる 膏汗 ( あぶらあせ )、眼へ入れまいと首を振るとたんに切れた 髻 ( もとどり )に、 丈 ( たけ )なす髪が顔へかかる。 「ソレ、引っ包め、引っ包め!」 執念深い山窩の群、円陣を描いて押し寄せる。 「まだ来る気か!」と叫んだが、浜路またもや馬を 煽 ( あお )り、 誘 ( おび )き寄せようと円陣の中を、ダクを踏むように歩ませた。 それとも知らず四方から、追い逼まって来たのを充分逼まらせ、 両鐙 ( もろあぶみ )の大煽り、馬の前脚宙に上げ、カッパと下ろすとまたまた悲鳴! 山窩一人を駈け仆し、余勢で駈け出す馬をさばかず、トッ 駛 ( ぱし )って円陣を突破した。 あくまでも執念深い山窩である。 またも四方から寄せて来た。 しかし浜路の馬術には、 怯 ( おび )え切っている彼らである、追い逼まろうとはしなかった。 「追っかけるなら追っかけるがいいよ」浜路、悠々と打たせて行く。 灌木の茂みまで来た時である。 突然ヤッという声がして、黒い人影が飛び出した。 棒で馬の脚を払ったらしい。 嘶 ( いなな )くと共に棹に立ち、続いて前のめりに ぶっ仆れた。 不意の伏勢、意外の襲撃、馬上の浜路モンドリを打ち、ドッとばかりに転がったのは、また止むを得ないことであった。 「しめた!」「捕えろ!」「お転婆め!」山窩バラバラと走り寄った。 「畜生、畜生!」と酒場の浜路、立ち上がって刀を振り廻したが、馬から放れては 敵 ( かな )うべくもない、押さえられて 担 ( かつ )がれた。 「それ 山塞 ( さんさい )へ連れて行け!」「素的な獲物だ、素晴らしい土産だ!」 ヨイショヨイショと走り出した。 「誰か来てくださいヨー、助けてくださいヨー」 浜路、助けを呼んだけれど、萩原までは道が遠い。 野は広く人気がない。 木精 ( こだま )が返って来るばかりだ。 と、その時、森の中から、レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、 轍 ( わだち )の音が聞こえて来た。 ポッツリ火光の浮かんだのは、 松火 ( たいまつ )の火に相違ない。 「お渡りでござる! お渡りでござる!」 清らかに澄み切った童子の声、銀鈴のように響き渡った。 薬草道人現われたのである。 森から現れた道人の一行、真っ先に立ったは一人の童子、磨いた珠のような美男である。 手に持ったは一本の松火、闇を開いて燃え上がる。 後に続いたは四十年輩、片眼片耳しかも 跛者 ( はしゃ )。 この上もない 醜男 ( ぶおとこ )で、薬剤車を曳いている。 車の形は長方形、箱車で無数の引き出しが箱の左右についている。 箱の頂きには土が盛られ、そこに植えられた十本の薬草、花開いて 黄金色 ( こがねいろ )、 向日葵 ( ひまわり )のような形であったが、ユラユラと風に靡いている。 側 ( かたわ )らに引き添った一老人、すなわち薬草道人で腰ノビノビと 身長 ( せい )高く、鳳眼鷲鼻白髯白髪、身には 襤褸 ( つづれ )を纒っているが、火光に映じて錦のようだ、 白檀 ( びゃくだん )の杖を片手に突き、土を踏む足は 跣足 ( はだし )である。 さてその後に引き添ったは、他ならぬ彦兵衛老人で、頭巾、袖無し、 平素 ( いつも )のままだ。 尚タラタラと続くものは、狼に猿に兎の群。 頭上に円を描きながら、低く翔けるは 梟 ( ふくろう )である。 道人の肩に停まったは、眼を病んでいる 白烏 ( しろがらす )。 ……人畜鳥類の一行列、粛として進んで来る。 気を奪われた山窩の群、無智の者だけに迷信深く、且つは薬草道人の、 あらたかの噂も聞いていた、浜路を地上へ 舁 ( か )き下ろすと、額を地に付け土下座をした。 と、差しかかった道人の一行、ピタリと止まったものである。 「小父様!」と叫ぶと酒場の浜路、彦兵衛の袖へ縋りついた。 「おお、浜路様……どうなされた?」 「ハイ、悪者の山窩達が……」 「うむ」というて彦兵衛の眼が、威厳をもって輝いた。 「 誘拐 ( かどわか )そうとしましたかな」 「どうぞお助けくださいまし」 「ご安心なされ、大丈夫!」彦兵衛小腰をかがめたが、「道人様へ申し上げます、萩原部落の仁右衛門の娘、浜路と申してよい娘ご、お目をおかけくださいますよう」 すると道人微笑したが、「ああさようか、浜路さんで、よいご器量、 健康 ( たっしゃ )そうでもある。 私 ( わし )はなこの山の乞食坊主、決して恐れるには及ばぬ。 それはそうと浜路さん、どうやらお怪我をしたらしいの」まことに 飄乎 ( ひょうこ )たる物腰である。 「はい、アノ、あちこち 擦傷 ( かすりきず )を……」 「それはいけない、大いにいけない、 擦傷 ( かすりきず )から大事になる、 膏薬 ( こうやく )、膏薬、膏薬をお張り。 ……彦兵衛さんや、出しておあげ」 「かしこまりましてございます」彦兵衛手早く箱車から、 幾個 ( いくつ )かの膏薬を取り出した。 「浜路様戴きなされ」 「はい」と浜路、押し戴く。 「なんのなんの、それには及ばぬ、安物だからの大変に安い。 それだけで実費一文かな。 只の薬草を摘んで来て、 でっち上げた膏薬でな。 ハイハイ戴くには及びません。 が浮世のお医者さんは、大変高いお鳥目で、薬を売るということだの、サーテネ、いったい何故だろう? ……もっとも噂による時は、高くお鳥目を取らないと、名医に見えないということだが、あるいはそれはそうかもしれない。 だがどうやら名医に限り、むやみと人を殺すようだなあ。 研究のため、研究のため、さようさようこう云ってな。 ……まあまあ殺す方はよかろうが、殺される方はよくあるまい。 人間みんな生きたいからなあ」道人すこぶる能弁である。 「それはそうと彦兵衛さんや、そこに大変お行儀よく、土下座をしている男衆は、どういう身分のお方かな? みんな立派な体をして、強そうなご様子をしているが?」 道人、山窩達へ眼をやった。 道人に見られて山窩達、ブルブル肩を顫わせた。 進み出たのは彦兵衛老人。 「道人様へ申し上げます。 これこそ 御岳 ( おんたけ )の山中に巣食い、放火強盗殺人をする、憎むべき山窩達にございます」 すると道人首を傾げたが、「ははあ名高い山窩さん達で。 大変善人だということだが」 「これはどうもとんでもないことで。 悪人ばらでございます」 「何んの何んの彦兵衛さん、この人達は善人ですよ。 ……と云うのは弱い人達だからで」 「いや、いずれも剛健で」 「体ではない、心のことだ」 「心が弱いとおっしゃいますと?」 彦兵衛トホンと眼を見張った。 「境遇に負ける人間は、つまり心が弱いからで、どうもね、浮世は暮らしにくいらしい。 まともに暮らすと損をするらしい。 そこで止むを得ず悪いことをして、面白い暮らしをしようとする。 つまり境遇に負けたんだね。 ほんとに強い人間は、境遇の方を押し負かしてしまう。 ……ああこれこれ、山窩さん達よ、何も怖がるには及ばない、頭をお上げ、頭をお上げ。 だが!」という道人の声、俄然 厳 ( いかめ )しい調子となった。 「だがこれ 汝 ( なんじ )ら覚えて置けよ、いつも善事ばかりをするものではない! いや不断に悪事をしい! 歯を食いしばって世に向かえ! 強くなれ、強くなれ、世に負けるな!」急に機嫌よく笑い出した。 「と云うと何んだかこの私が、大変偉らそうな人間に見えるが、いやいやひどいヤクザ者でな 大隠 ( だいいん )市に隠れずに、小隠山林に隠れている者で、もっともソロソロ宗旨を変え、ボツボツ賑やかな町の方へ出かけて行くかもしれないがな。 ……それはそうと善人さんや、可愛い可愛い娘さんなどに、手向かいしてはなりませんぞ。 ここにおられる浜路さんを、萩原のお家まで送っておあげ、善人さんだもの、送るともさ。 私は信じる。 送る送る。 それとも……」とまたも叱 するように、「私の命令に 背 ( そむ )いたが最後、 雷霆 ( らいてい )汝らを打ち殺すぞよ!」 グッと睨むと背を伸ばした。 その一瞬間道人の姿、無限に高く思われて、空を貫くかと感じられた。 篠つく雨もいつか止み、満天に懸かったは星である。 星天上にあって以来、幾億年を経ただろう? しかしこのような光景を、照らしたことはないだろう! 兇悪の山窩、可愛い娘、美玉の童子、無数の鳥獣、信心深い老人と、車を曳いている片輪者、その真ん中に突っ立ったは、人にして神、すなわち神人! 乞食にして哲学者、名医にして社会改良家! 「個人に罪なし、浮世が悪い」ふと道人は呟いた。 「おおそうそう」と憂わしそうに、「切り合いがあったという事だの。 死んだ者は仕方がない。 怪我人だけは助けずばなるまい。 膏薬膏薬、彦兵衛さんや、山窩さん達に膏薬をおやり。 まだ何んだか喋舌りたいが、夜も深い、止めだ止めだ。 そうして何んだ、実際のところ、喋舌る奴に限って実行しない。 で、あんまり喋舌らぬがいい。 ……もうよかろう、さあさあ出発」 「お渡り!」 という童子の声! レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク! 薬剤車が軋り出し、人間鳥獣の一行列、粛々として動き出した。 「ハイハイ、おさらば、ハイおさらば」 道人気軽に歩を運ぶ。 次第に遠退く 松火 ( たいまつ )の火。 「お渡り!」とまたも童子の声! レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク! 轍 ( わだち )の軋りも遠のいてゆく。 レキ、レキ、レキ、ロク、ロク、ロク、轍の音は尚きこえる。 後を見送った浜路と山窩、眼に涙を宿している。 丘を巡ったか松火が消えて轍の音も消えた時、はじめて山窩達は立ち上がった。 「さあさあ酒場の浜路さん、馬にお乗りなさいまし。 萩原までお送りいたしましょう」山窩、 叮嚀 ( ていねい )に云ったものである。 「はい有難う存じます。 それでは送っていただきましょう」浜路も素直にこういうと、ユラリと馬に 跨 ( またが )った。 今までの敵が味方となり、星空の下、雨に濡れた野を、萩原の方へ歩ませた。 と、行手から無数の提灯、大勢の者が走って来た。 萩原部落の連中が、浜路を探しに来たらしい。 もう送って貰う必要はない、そこで浜路は山窩達と別れ、馬をそっちへ走らせた。 後へ引っ返した山窩の群、にわかに相談をやり出した。 「この商売がイヤになった。 俺 ( おい )らは裟婆へ行こうと思う」「そうだなア、それがいい。 では俺らも行くとしよう」「もう悪いことは止めようぜ」「お互いマトモに働こうよ」「では山塞へは帰らずに、このまま里へ出て行こう」「それがいいそれがいい、一緒に行こう」 で山窩達は山を下った。 薬草道人の感化である。 偉人の片言というものは、 くだらねえ奴らの百万言より、どんなに身に沁むか解らない。 山を下った山窩達、いずれ人の世で善いことをして、立身出世をしただろう。 さてその時から五日経つ。 ここは螢ヶ丘六文の 巣窟 ( そうくつ )、そこの束ねをするお吉の部屋。 蒼褪めてはいるが元気である。 幾ヵ所か薄手は負っていたが、面倒な深手は一ヵ所もない。 しかしまだまだ歩かれない。 で、止むを得ず寝ているのである。 組紐のお仙が枕もとにいる。 「今日はいかが? ご気分は?」お仙、顔を覗き込んだ。 「有難う、大分いい。 今度は厄介になったなあ」宗三郎、微笑した。 「少しは有難いとお思いになって?」お仙、ニヤニヤ笑いながら云う。 「有難いような有難くないような、何んだかちょっと変なものだよ」宗三郎冷淡である。 「驚いたわね、どうしてでしょう?」 「助けてくれたのがお前でなければ、俺はお礼を云うのだがな」 「変な云い廻しね、どういう意味でしょう?」 「うっかり俺が礼を云うと、そこへお前は付け込んで、 口説 ( くど )くだろうと思うからさ」 「お手の筋よ」と組紐のお仙、面白そうに笑ったが、「相変らずの宗さんね。 そういうところが大好きさ。 ズバズバ云うところが千両よ。

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青空てにをは辞典 「辺~」

あつ森 桟橋 魚 いない

投稿順 再生順 ユーザ コメント NG共有 コメント日時 132 25. 31 49KT54MSbzBWK3GKw7BnsYBGNZw 明日も楽しみ! 38 X9gKgZFfBisrLqEhSgFSlEIYA68 ここすこみゃを嫌うのは、単にここすこみゃを嫌う己が好きなだけなのかもしれない。 05 DczoheyxgXZ7Kbw6YMZG4EI9fZE うぽつ! 02 1fO1csNKZ9F78XCDBeGbk1l6yPU 当日住民みんなきるよ! 06 Qk3pPsl6KPUsclMwp5FXNsI8exg 魔法少女! 08 37piUtmngopfBM6B4BRiOW1JWA4 うぽつです! 56 JmirnFcczGmlt7miNuo2FF7KTYI コーデ1じゃなく「へんしーん」って付けるべき。 40 Xu14PAOzz3jE7iwKlMa48DyxAwI そんなのあるんだ... 31 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk かわいい! 10 OYcgXjOSrCFF40gg8sKF2FDR1Ko うぽつ! 43 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk ?! 14 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk カリメロになれるじゃん! 39 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk よいしょいw! カワイイ! 59 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk うめえ! 13 tAm77SMSuMD2U1SUVrV1J1GusMc 実際のニモはクラウンアネモネフィッシュという種。 13 tAm77SMSuMD2U1SUVrV1J1GusMc なお、日本で見ることのできるクマノミは六種類。 クマノミ、ハマクマノミ、ハナビラクマノミ、セジロクマノミ、トウアカクマノミ、カクレクマノミである。 19 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk ?! 42 tAm77SMSuMD2U1SUVrV1J1GusMc チョウチョウウオの仲間は観賞魚としてよく知られるが、本種はあまり人気がないのか流通はあまりしていない。 33 jfQEw1-TiQId0uu9NlXyTPV-yPk おやすっみ! 39 dmpyE06K5xQaXGUIQ5hi5UhtfrE ここが好きなんだあ。 家具作って売ってぼろ儲けできるから。 21 RxADtBaSPAvJJCaJg7sFBB6d-tI ソーナンス! 40 ZXvQJ3jNk00oLc2bm4BBtEwrvEI ウッディ! 34 A3hbg4D2xmE8JG44ldhhhIDiLHU おつでした! 06 v6YTreA6IXUP4hQane3t7d56DiQ イルカが攻めてきたぞ! 22 TNOgPTvywBYptpJBPz6Hu1c8ob8! (エビデュビダッジヘーンシーン)俺! 41 SaOX6BdI0El19JVJiGOS-xq-15k ここスコココココココココココココ…コケーーーーッ! 25 itZS2EaIoxeev0BHV6j608k3vgo ウッディ! 40 u6-S8cPYi93oAFMB-XNbjRTWWJc ナイスバルク! 01 OwmQc2WUpjwqt1upgzmnJNOmnm8 ここは与那国島だった? 31 -4hCOwtt6D-lDbc3oGiI8KHpME4 おつー! 48 nKjlOwqqOr9vm9XO-7xAYueBrxs したっけ! 46 2RPCFjiIPaqfYToZY8vnB6dhwD4 ゆっくりじゃなくていいけど距離は木から1. 23 JJpZ11A3BSaLabr0tb0qHtKIdr8 アバッキオよりF• 18 fPRkq9O7Ge27Kz5naD0xUaYF2ek 楽しみよー! 16 c0aRMhsiWI0tQ2ehkbCyaopxW08 じゃぱりまんだ! 38 pQuVBz56g2GIFP7E2VHwXL1QjBQ ナイスバルク! 31 t8TKA65UaIlJD0MGsViMckmRL7o Re:ゼロ。 51 5qZmgGbcQB-OY9a6gObWTnOMvZ8 これ何回見ても面白いね! 08 mKAWJPQXi8-VJdThkXNz5sovdK0 レリーーーーーーーズ! 12 JknYBd1DuLsG6EwzZ7u59gp4ZSM うぽつ! 50 DNNRMAmnmWehJtxjaAbz2c5bYlc そんなイベントあるのか! 00 4Lj8xJvxOEsyihmwAwHHBhG7IaQ うぽレオ! 33 4Lj8xJvxOEsyihmwAwHHBhG7IaQ おつレオ! 52 jntVeyXCBZux1iJs8kNz3tQLE8Y さいちょう13cmにもなるガです。 28 UpOGp4geZJb-b09iUY13OW-vVqY バタスコッ! ?ロボロンゴしかいっちゃダメだぞ! 46 s6jRrho83idneHqS7Lv19Asja2M あーー! でたけど逃げられたやつ! レア虫! 03 irbAxyVDccglhmKH2po7FpKUHNo 今裸かと思った! 30 irbAxyVDccglhmKH2po7FpKUHNo ここでY2かい! 21 hoY-siOoNfmlrMLwETi46mdOUG4 ドーモ、ヨナグニ=サン。 55 Iae8H1dt7pBtIDoZNNJ4XVO1tcA なにッ! ?by. 28 Iae8H1dt7pBtIDoZNNJ4XVO1tcA 俺のスタンドで謎を解くッ! 29 inM-VaV6BkFuHHoYRrv17tuXek8 いつから鯉飾ってる! 51 inM-VaV6BkFuHHoYRrv17tuXek8 角度! 18 pgMdOPhJovcnlQQCRkIxtZyRQuw 筋肉鍛えてるよ。 31 Ry0GvTQWtMNX9e7oQ7D8NJ3HPkk ここ、ナンヨウハギとクマノミが追いかけっこしてるみたいで可愛い。 02 p-rEtgd8oHPrsf19L4sIyjXQzU4 筋トレ。 とぉっ!

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