織田 信 清 が 居城 とし 後に 信長 によって 攻略 され た の は 次 の うち どの 城 か。 松代松太郎著『東松浦群史』

滝川一益

織田 信 清 が 居城 とし 後に 信長 によって 攻略 され た の は 次 の うち どの 城 か

1 越前町と織田一族 越前町織田(おた)地区は、織田信長公をはじめとする「織田一族」発祥の地として有名であり、「織田」という名字は当町の地名に由来すると考えられる。 当町と織田一族とのつながりについて注目すると、越前二ノ宮・劔神社の存在が重要となる。 劔神社に伝わる「藤原信昌・将広置文」は、信昌・将広父子によって明徳4年(1393)に発給された。 この資料は、劔神社の神宮寺を復興するために奉納されたものであり、守護への奉公が忙しい中、父子が意志を同じくして、社僧・林泉坊実秀と力を合わせて復興に尽くす旨や、劔神社と神宮寺の領田への課税を控えることなどが明記されている。 おそらく、信昌・将広一族は劔神社社家のひとつであったと考えられ、劔大明神に対する崇敬の念と護持の心を古文書より読み解くことができる。 現在のところ、この資料中にみえる藤原将広は、応永年間(1394~1428)に尾張守護代として活躍した織田伊勢入道常松と同一人物と考えられている。 その根拠のひとつとして、将広の花押と常松の花押とが非常によく似ていることが挙げられる。 また、将広は越前守護・斯波義将の家臣であり、義将の子・義重が越前と尾張の守護を兼任するにあたり、尾張へ移住したとされる。 これらのことから、尾張へ移った将広は、故郷の地である「織田」の地名を名字とし、織田氏と名乗ったのではないだろうか。 すると、将広は越前を出国し、30年間ほどを尾張で過ごしたことになる。 また、劔神社と織田一族とのつながりを示す資料として、「柴田勝家諸役免許状」が有名である。 この資料は、柴田勝家が天正3年(1575)に劔神社・織田寺へ発給した古文書であり、書中に「当社之儀者殿様御氏神之儀」と認められる。 劔神社を織田信長の氏神として位置づけていることから、信長自身が当地を自己の祖先の出身地として認識していたことがわかる。 2 法楽寺五輪塔地輪の謎 昭和36年頃、法楽寺(織田地区)の造成工事にともない、丘陵斜面から石造物群が出土した。 石造物群中には正応3年 1290)の年号を有する五輪塔地輪が含まれており、側面に「喪親尊阿聖霊/正応三年庚刀二/月十九日未尅」と3行19字の銘文が見える。 これまで、銘文中の「親尊」は「親真」と誤読され、織田一族の系図に登場する「織田親真」の墓標ではないかと話題になったが、系図中の親真の亡くなった年代(1260年)と食い違いがあることから、親真の墓標とは考えにくい。 では、この「親尊」とは誰なのか。 親真との関係が気になるところである。 3 織田親真の登場とその背景 (1)織田氏出自の諸説 法楽寺五輪塔地輪については、織田氏の系図・系譜をもとに製作した贋作の疑惑がかねてからあった。 石塔資料のもつ危険性が従来評価されなかった理由かもしれない。 しかし今回の検討により、鎌倉時代後期の製作で、後世の追刻や捏造のたぐいでないことは証明できたように思う。 個人墓と特定できた点、誤認による親真の可能性を指摘できた点で成果のひとつとしたいが、さらに踏み込めば、織田氏の系図・系譜に登場する「親真」との関係が気になるところであろう。 親真はじつに謎めいた人物である。 『続群書類従』巻第142「織田系図」、『寛政重修諸家譜』巻488「平氏 清盛流 織田」などの官選系図集には、信長の17代前の祖先として登場し、織田氏の始祖に位置づけられている。 系図・系譜、縁起などの近世の文献にしか出てこないため、実在性の議論に発展することすらなく、これまで研究対象となることも少なかった。 石塔と系図・系譜との比較に戸惑いはあったが、織田氏の出自を解明する足がかりになると考え、あえて検討を試みることにした。 その前に、織田氏の出自に関する3説(平氏説・藤原氏説・忌部氏説)の研究史を整理しよう。 まずは、平氏説である。 一般的な系図・系譜によると、平重盛の子資盛の遺児である親真が、近江国津田(滋賀県近江八幡市)の郷長に母とともに養われ、のちに越前国織田社の神職の養子となり、その子孫が織田と名乗ったことに由来する。 織田氏の祖先は平氏につながることから、主に系図・系譜を根拠とする説である。 なお、大師堂(岐阜県郡上市白鳥町石徹白)所蔵の銅製鰐口(県指定文化財)には、表面「元亀二年辛未(1571)六月吉日」、裏面「信心大施主 平信長」の銘文がある(『越前大野郡石徹白村観音堂鰐口』)。 金石文ではあるが、信長が平氏を名乗ったことを裏付ける数少ない資料といえる。 世間一般の認識について、次のような見解がある。 信長が将軍義昭を追放した2ヶ月後の天正元年(1573)9月、兎庵の『美濃路紀行』という旅記録の中で、「源氏の権柄も漸々その勢のおとろへぬべき時もやめぐり来にけむ。 天が下信長公になびかぬ草木もなき有さまは、先代にもそのためしいまだきかざりし事なり。 その本系をたづぬれば、小松のおとど第二の後胤なれば、暑往寒来ことはりにて、今四百年のあと立かへり、平氏の再栄ゆべき世にやとおぼえて」とある。 小松のおとどは平重盛、第2の後胤は平資盛を指す。 信長の平氏後胤話が16世紀後半に囁かれており、織田氏が平氏の流れを汲む認識が広まっていたことがわかる。 信長は平氏を自称したとされるが、それを示す明らかな資料は数少ない。 信長が積極的に「自分は平氏である」とピーアールした形跡もなく、そもそも源平交代説思想が信長の時代にどれほど世間に受け入れられたのか自体よくわかっていないという。 いずれにしても、信長が生物学的に平氏の子孫であったと積極的に主張するのは難しいであろう。 次に、藤原氏説である。 田中義成氏は、信長の父信秀の主君にあたる清洲城主・織田大和守達勝が藤原を名乗り(『尾張円福寺文書』)、天文18年(1549)の信長の制礼(『加藤文書』)にも藤原信長の署名の実例などから、平氏ではなく藤原氏であるとの説を提唱し、信長の平氏への改名は源平交代思想を利用したものと論じた。 つまり、信長が天下を図るにあたり、源氏の子孫である室町幕府の足利将軍の打倒を正当化するために考え出したことになる。 最後に、忌部氏説である。 多賀谷健一氏は、織田氏が七条院領織田荘(越前町織田)の荘官だったとの田中説を進め、同荘内の織田劔神社の神官の出身で、本姓は忌部氏であろうと考証した。 福尾猛市郎氏は、次のような見解を提示した。 越前町織田を中心に形成された織田荘の年代は明らかでないが、本領主は京都の貴族、高階宗泰である。 宗泰は建保6年(1218)本家職を後鳥羽上皇の生母七条院に寄進する。 七条院は安貞2年(1228)これを上皇後宮の修明門院に譲り、皇室御領荘園であったが、のち妙法院領として同門跡に伝えられた。 織田荘の性格については詳細にできないが、荘の中心的存在が劔神社であり、その祀官が荘官として豪族的存在であったことは否定できないとする。 なお、越前町織田と忌部氏の関係については、吉田東伍氏の見解が知られる。 吉田は、劔神社の所在地を律令制下の敦賀郡伊部郷(『和名類従抄』郷里部)、現在の越前町織田地区(旧・織田町)あたりに比定し、伊部は忌部に同じ、織田の社司を忌部氏とする。 村田氏春の『越前藩拾遺』(寛保3年(1743)成立、天明2年(1782)までに完成)では、「織田神社(中略)老祝斎部氏神人ノ第一、惣髪白髭、劔之神社ヲ掌握ス。 権祝忌部氏気比ノ神社ヲ掌握ス」とあり、近世に至っても織田の祀官は「いんべ」姓であったことがわかる。 織田氏の出自には諸説あるが、その発祥が織田の地という認識はあった。 また、信長が越前を平定した直後の天正元年(1573)、家臣木下祐久の書状(『劔神社文書』)に「殿様御氏神」と記すことから、信長は自分の祖先が織田から出たという認識もあった。 そのため、織田氏の出自が越前町織田にあることに異論は少ないと思うが、要はその一族の出自が平氏なのか藤原氏なのか、それとも忌部氏なのかの違いなのである。 (2)系図・系譜の中の親真 系図・系譜の史料をもとに、「親真」について詳しく見てみよう。 『続群書類従』「織田系図」・『寛政重修諸家譜』「平氏 清盛流 織田」・『系図纂要』「平氏朝臣姓織田一流」を参考にすると、親真は通称・三郎、官位・権大夫。 別諱は「親実」。 忌部(斎部)親真・平親真・織田親真と称し、織田氏・津田氏の祖とされている。 生年は平氏滅亡前の寿永2~3年(1183~1184)頃で、没年は不明である。 平資盛(平清盛の孫で、平重盛の子)とその愛妾(三井寺一条坊の阿闍梨真海の姪)の間に生まれた子とする。 寿永4年(1185)の平家滅亡にさいして、愛妾(親真の母)と幼子(親真)は近江蒲生郡津田庄に隠れた。 愛妾は津田の土豪の妻となり、織田庄の神職の養子となった。 その後、神職を継ぐが、剃髪して覚盛と号した。 つまり、親真は平氏の子孫で、織田庄の神職に養子にはいることで、織田氏の祖先は平氏につながるわけである。 なお、『続群書類従』「織田系図」の末尾には、「右織田内匠長清本をもって写す。 元本備州法華寺所蔵也、/元禄九年(1696)丙子之春」という彰考館の識語がある。 その底本は、彰考館の史臣丸山可澄が編んだ『諸家系図纂』といい、同じ識語と元禄5年(1692)の序がある。 ここに紹介した親真の話は、少なくとも17世紀末以降の認識となる。 一方、『忌部氏系譜』・『越前織田明神社家忌部上坂系譜』・『織田氏系譜』(織田家子孫織田完之家所有系譜)の系図・系譜があり、親真の出自に違いが認められる。 母は富田二郎・平基度の娘で、神祇権大祐・忌部(斎部)親澄に嫁ぎ、親真を生む。 貞永2年(1233)織田明神の神主となり、正嘉2年(1258)に比叡山に登り、法名を覚盛(覚性)と称した。 その2年後、正元2年(1260)2月18日に亡くなる。 死亡年月日を記す点が特徴である。 特に、「平氏にあらず、忌部神主の正系なり」(『越前織田明神社家忌部上坂系譜』)とある。 系譜では、親真の母が平氏の娘というだけで、平氏後胤説を否定し、忌部氏の祀官の正系だと強調している。 この点に関しては、山田秋甫氏の指摘があった。 山田は、織田氏に関する史料を収集し、忌部氏説を展開する。 「親真を平氏の庶子と称するは親真の母が平基度の女なるに依りて誤られ 又資盛の妾某が津田郷に逃れたりと云へるは親真の男親基が正応三年(1290)五月津田に移住したるに據りて誤られ(中略)故に織田家の系譜と平氏の系譜とを混同せるは全然誤謬なり 今左に精究せる系譜を掲載して以て天下の疑團(胸につかえている疑いのこと)を氷釈(氷が溶けるように消え失せること)せしむ」とする。 そして、「此に由て之を観れば親真は親澄の実子にして資盛の庶子に非ざること明白なり」、「以て親真は平氏に非ずして純然たる忌部氏なりしを證するに足るべし」と言葉を強め、平氏説を完全に否定する。 このように、親真を忌部氏の正系とする系図・系譜が存在していた。 作成年代が特定できない問題点はあるが、越前町織田には平氏後胤説を認めない風潮があったようだ。 他に、忌部氏系図として、好古社編の『好古類纂』「織田系図」(明治33年(1900)〜明治42年(1909)刊行)がある。 平氏後胤説の系図に比べて数は少ないが、親真が忌部氏とつながる系図・系譜は確かに存在するのである。 (3)石塔銘文と忌部氏系譜の比較 それでは、親真の死亡年月日(正元2年庚申(1260)2月18日)を検討しよう。 まず前提として、平氏後胤説の織田氏系図・系譜には、死亡年月日が記載されていない。 その点で、『忌部氏系譜』・『越前織田明神社家忌部上坂系譜』は、越前町織田に伝わる独自の系譜と考えられる。 また、親真墓五輪塔の埋葬者は親尊(尊の異体字)という人物の可能性が高いとしたが、採拓しても親真と読めてしまうことから、やはり従来、親真の墓として認識されていたのだろう。 石塔の銘文を親真と読んでいたとすれば、石塔と系図・系譜、同名の死亡年月日が併存することになる。 そこで、死亡年月日を改めて比較しよう。 ・系譜 …… 正元2年庚申(1260)2月18日 ・石塔 …… 正応3年庚寅(1290)2月19日 正元と正応、庚申と庚寅、2月18日と2月19日。 庚寅と庚申は30年、日は1日違い。 ふたつの元号・干支と年月日が似ていることに気づく。 従来の見解では、系譜の死亡年月日を重視したため、石塔を30年後の1290年に子供の親基が、父親真の供養塔として建てたと考えられていた。 しかし、1290年没の個人墓であることはすでに検討した。 しかも、親真の父親澄の死亡年月日も貞永2年(1233)3月18日(『忌部氏系譜』・『越前織田明神社家忌部上坂系譜』)とあり、石塔の死亡年月日の数字とやはり似ているのである。 これは偶然の所産なのか。 石塔の人物の死亡年月日が、系譜作成のさいに利用されたばかりか、親真(親澄も含めて)の死亡年月日に何らかの影響を与えたように感じられる。 石塔の親真が1290年に亡くなったとすれば、生年とされる平氏滅亡前の頃から100年以上も離れるため、石塔の親真はかなりの長命になってしまう。 系譜には54歳で亡くなったとある。 かりに、その年齢をもとに、1290年から逆算しても1236年生まれで、鎌倉時代中期から後半にかけて活躍した人物となる。 すると、石塔と系譜では、相当の年代的な齟齬が生じてしまう。 しかも、系譜には親真の息子に親基という人物が存在するが、親基の基と親尊の尊も字体が似ているため、親基の存在も石塔の銘文をもとにつくられたことも考えられるだろう。 したがって、系譜作成のさいに、石塔の銘文をもとに親真・親基の親子が生み出されたばかりか、親尊の誤認により生まれた親真という人物(本当は親尊であるが)の死亡年月日を遡らせ、織田氏の祖先を平氏につなげたと考える方が自然であろう。 しかも、元号・干支・年月日の酷似がいかにも恣意的である。 平氏との接続により権威付けとしたのか、それとも、江戸時代に広まった源平交代思想の影響が強かったのか。 いずれにせよ、誰の行為かが問題となる。 越前町織田に残る系譜に記されたことから、織田神社の関係者だった可能性が高い。 現在、劔神社には平氏後胤話・津田遺児話・織田養子話に関する縁起がふたつ存在する。 わずかな記述しかないため、以下に全文を引用する。 一 小松の社と申すは、太政大臣平信長将軍の御造営なり、御先祖内大臣重盛公を勧請す、系図在り、氏神として崇敬し給う、重盛公の息、資盛の嫡子親真は織田神主の養子と成る、廿五人の子在り、皆社職の家を次がしむなり(『剣大明神略縁起(一)』) 重盛次男資盛一族と海に没す、孤児あり其母懐中に深く匿して江州津田郷に来る、越前織田神職忌部権正彼孤児請受て養子し織田村帰る 是津田権太夫親実と云」(『剣大明神略縁起(二)』) これらの縁起は、平氏後胤説を採用した小瀬甫庵の『信長記』(以下、『甫庵信長記』)・『続群書類従』・『寛政重修諸家譜』などの豊富な記述量と比べて極めて短く、要点を抽出した感がある。 内容は、平資盛の子親真が織田神主(神職)の忌部氏の養子となり、社職の家を継いだ点で共通する。 平氏後胤説が縁起で語られる一方、忌部氏を正系とする系譜が存在したことになる。 つまり、平氏説と忌部氏説が併存するわけである。 その理由については、織田神社関係者内部の葛藤にあるとみている。 ある一派が平氏とのつながりを権威づけに利用しながらも、それを快く思わない一派が別の系譜を残したとは考えられないだろうか。 平氏後胤話はのちほど触れるが、縁起の成立時期ともかかわる問題である。 系図・系譜を作成する際、越前町織田に古くから伝わっていた縁起をもとにしたのか、それとも信長の頃から急速に広まった平氏後胤説が一般化するなかで、織田氏の系図・系譜がつくられ始め、それらをもとに縁起の一部に加筆したかで、その解釈も変わってくるからである。 いずれにしても、石塔の銘文がもとになり、その誤読によって親真が登場したと考えている。 (4)親真の登場 それでは、親真がいつ史料に登場するようになったのだろうか。 親真の話を整理すると、平氏後胤話・津田遺児話・織田養子話は、『剣大明神略縁起(一)』(『劔神社文書』)が最も古い史料となる。 ただ、これには年代的な問題がある。 『剣大明神略縁起(一)』は、嘉暦3年(1328)に神主忌部正統が記述したものと、永禄6年(1563)に、斯波義将公御問訊に対し神主忌部正長が書き上げたものを、後世になって書き写した縁起だからである。 じっさいに縁起を観察すると、全体的にそろった丁寧な筆致であるが、肝心の書写時期が記されていなかった。 永禄6年(1563)の記述に親真は出てくるが、後世の書写という点で内容をそのまま信じることはできない。 『剣大明神略縁起(二)』(『劔神社文書』)にも同様の話が出てくるが、結局のところ書写の時期が不明である。 かりに近世末以降に一括書写したならば、幕府などが編纂した織田氏の系図・系譜をもとに追記した可能性も出てくるからである。 このように、縁起には様々な問題を含む。 ここでは除外して考えると、平氏後胤話・津田遺児話・織田養子話は『甫庵信長記』「信長公御先祖の事」が最初であろう。 慶長16年(1611)末〜17年(1612)5月までに成立したことから、江戸時代初頭における親真話の原型としてとらえられる。 「信長公御先祖の事」の一部を以下に引用する。 遠く先祖を尋ぬるに、平相国清盛公より信長公まで廿一代の後胤とかや。 其の由来は元暦年中に平家の一族、悉く亡びし時、平氏の貴族の中に、最愛せられし妾(おもいもの)一人、孤(みなしご)を抱へて近江国津田と云ふ所へ落ち給ひしに、津田郷の長、彼の端厳美麗なるに愛で、之を深く隠し、則ち旧妻を追打って、我が家の妻にかしづきければ、子供あまた出来けり。 髪に越前国織田庄の神主、毎年天下御祈祷の巻数を捧げて上りけるが、毎度彼の長が許にして宿しけるに、児童の多きを見て、子や持たざりけん、哀れ一人給はれかし。 養うて我が代せさせ、老を安んぜんと申しければ、元より子は多し、然るべき事とて、何れをといふ程に、幸継子ではあり、彼の孤をぞ与へける。 神主悦びて帰国し、其の子に吾跡を継がせけるとかや 簡単にまとめてみる。 具体的な内容にもかかわらず、親真の母を思わせる人物は「妾一人」、親真の父と思わせる人物は「平氏の貴族」、本人を思わせる人物は「孤」・「其の子」としか出てこない。 つまり、人名がまったく記されていない。 清盛21代の後胤とある「平氏の貴族」については、平資盛と比定できるかもしれないが、母子に関しては誰か特定できないのである。 はたして小瀬甫庵は、「信長公御先祖の事」を、どのように書き上げたのだろうか。 完全な創作だったのか、何かの史料にもとづいたのか、加筆にとどまるものだったのか。 執筆にあたり、『剣大明神略縁起』を参考にしたとも考えられるが、人名を特定しないことの説明が難しくなる。 むしろ、縁起自体が江戸幕府の官選系図集をもとに加筆したことを考えるべきである。 いずれにしても、一連の話については、内容の具体性から創作性の高さを示しているように思う。 この点は『甫庵信長記』の性格にも関係するだろう。 太田牛一の『信長公記』については資料的価値が高いが、『甫庵信長記』については、『信長公記』を底本に儒教的価値観にもとづき、創作や脚色を加えて書かれたもので、資料的価値は低いという。 しかも、『信長公記』には信長の出自話はないが、『甫庵信長記』には平氏から信長につながる津田遺児話と織田養子話が記されている。 そのため、小瀬甫庵が『信長公記』の記述の物足りなさから、そこに創作を加えたことも考えられるだろう。 なお、平氏後胤話については「小松のおとど第二の後胤」(『美濃路紀行』)とあり、1573年頃に流布していた。 「平信長」(『越前大野郡石徹白村観音堂鰐口』)の銘文も元亀2年(1571)のことである。 これらを勘案すると、小瀬甫庵が1571~1573年以降の平氏後胤話をもとに、独自に書き上げたことが推測できる。 『剣大明神略縁起』が底本となったことも考えられるが、縁起の書写時期の特定ができない点、縁起の文字数の少ない点で根拠としては弱い。 それらを参考にしたのであれば、親真という人名が登場してしかるべきである。 『甫庵信長記』の内容の具体的な点、人名がまったく書かれていない点が、創作性の高さを物語るからである。 それでは、そもそも津田とは何に由来するのか。 山田秋甫氏は、『忌部氏系譜』などをもとに、親真の息子親基が正応3年(1290)5月に津田へ移住した点を津田話の原型と考えた。 しかし、むしろ津田とのつながりを親真の母との関係に求めてみたい。 親真の母の記述に着目しよう。 『続群書類従』「織田系図」には、三井寺一条坊の阿闍梨真海の姪とあるが、この史料的な根拠はわからない。 一方、『忌部氏系譜』・『越前織田明神社家忌部上坂系譜』には、「富田二郎平基度の女、世に津田女と称す」とある。 しかも、津田女は伊勢国朝明郡富田(三重県四日市市富田)、富田進士三郎平基度の子にして、近江国津田、住士伴五家次に嫁すも家次死し後親澄に再嫁と一子を設けるとある(『越前織田明神社家忌部上坂系譜』)。 基度は『吾妻鏡』に登場する人物である。 進士三郎基度は、伊勢国朝明郡富田庄を本拠地とした伊勢平氏の一族で、三日平氏の乱において平賀朝雅に殺されている(『吾妻鏡』元久元年(1204)4月21日)。 また、近江国の住人盤(伴)五家次は、元久元年に追討された伊勢平氏の富田三郎基度の聟(むこ)だという(『吾妻鏡』承久元年(1207)9月24日)。 盤(伴)五家次については、囚人となっていた柏木五郎家次の子息の貞次とあること(『吾妻鏡』承元2年(1208)11月14日)から、その根拠地を柏木(滋賀県甲賀市水口町あたり)に求められている。 柏木と津田が何らかの形で関係するとしたら、『越前織田明神社家忌部上坂系譜』の津田女もここに由来するかもしれない。 『吾妻鏡』にもとづき忌部氏の系譜を作成したといえば、それまでであるが、何より親真の母は津田に一度嫁ぐが、夫の家次が亡くなり、織田明神の神主と再婚したため、津田女と称したという内容が興味深い。 推測の域は出ないが、津田とのつながりは何らかの事実が反映していた可能性が高い。 それが実際の親真の母かどうかはわからないが、織田明神の神主と津田に嫁いだ女との再婚話が、津田話の原型になったとは考えられないだろうか。 (5)親真話の展開 次に、平氏遺児話・津田遺児話・織田養子話はその後、どのような展開をみせるのか。 親真が織田氏の系図に登場した時期を検討する。 まずは、江戸時代前期の動向に注目しよう。 3代将軍徳川家光は儒官林道春(号、羅山)に命じて、『信長譜』1巻を撰述させた。 林羅山は寛永18年(1641)に11月上旬に筆を起こし、わずか1か月にして脱稿、12月7日これを家光のもとに進呈した。 明暦4年(1658)5月に刊行された『織田信長譜』である。 そこには系図が掲げられており、以下の説明文が続く。 重盛次男資盛、新三位中将と号す、赤間関に於て一族とともに同じく海に没す、孤児有り、其の母これを懐中に匿し、以て江州津田郷に流落す、郷長其の母の麗質あるを以ての故に、これを納れて妻と為して其の孤児を育なふ、世の人其の平族たるを知ること無きなり、越前織田庄の神職の者、甞て来りて津田郷長の宅に宿し、孤児を請ひて以て養子と為し、これを携へて越前に帰り、神職を継がしめ、織田権大夫親真と号す、其の子孫相継ぎて越前に住す、足利氏の天下を領するに及びて、斯波氏武衛と号す越前国主たり、織田神職の児の容貌端正なるを見てこれを召して小臣となし、織田を以て称号となす、乃ち越前より尾張に移る、斯波氏六家老有り、其の一人罪有りて放流せらるるや、織田氏を以てこれに代ふ、是より其の氏族繁栄して以て信長に至る、信長は親実十八代の後なり 平氏後胤話・津田遺児話・織田養子話が、親真(親実)という人物で結びつけられている。 同じく林羅山が関与した『寛永諸家系図伝』においても、平資盛の子として親真が出てくる。 寛永18年(1641)、将軍徳川家光によって編修の命が下され、同20年(1643)に完成した幕臣諸家の系図集である。 今回の検討では、これらより古い事例を探せなかったことから、親真話は1640年代に定着したのだろうか。 それ以降の系図・系譜を見てみよう。 諏訪忠晴の『本朝武林伝』を以下に引用する。 織田は其の先大師平清盛より出づ。 清盛は桓武天皇十二代の後胤(中略)重盛の次男資盛、新三位の中将、赤間関に於て一族とともに同じく没海す、孤児有り、其の母これを懐中に匿し、以て江州津田郷に流落す、郷長其の母の麗質あるを以ての故に、これを納れて妻と為して其の孤児を育つ、世の人其の平族たるを知るもの無きなり、越前の国織田の庄の神職の者来て津田郷長の第に宿る、孤児の秀朗あるを見てこれを請ひて以て猶子と為し、これを携へ越前の国織田に帰り、その職を嗣がしめ、織田権大夫親真と称す、其の子孫相継ぎて越前に住居す、足利氏の天下を取るに及び、斯波氏武衛と号す越前の国守たり、織田神職の児の容貌端正なるを見てこれを召して小臣となし、織田を以て称号となす、乃ち越前より尾州に移る、斯波氏六家老有り、其の一人罪有りて放逐せらるるや、織田氏を以てこれに代ふ、是より其の氏族繁栄して以て信秀備後守に至りて権勢益顕然たりなり これらの内容は『織田信長譜』と酷似している。 『織田信長譜』をもとに一部改変したのだろう。 他の史料を見てみよう。 遠山信春の『総見記』[貞享2年(1685)成立]には「信長より十八代の先祖権太夫平親真と云人初江州津田郷に住せられしが其後越前国織田庄に移り織田大明神の神職となる後に出家して覚盛と号す是即常氏織田の曩祖也」とある。 新井白石の『藩翰譜』[元禄15年(1702)成立]には「親真 津田権大夫 越前織田津田等の祖」とある。 寒川辰清の『近江輿地志略』[享保19年(1734)成立]には「織田親実 蒲生郡津田の人なり権大夫と号し津田先生といふ。 法名覚成法師織田氏元祖、桓武天皇十四世の孫也。 其家記にいふ、安徳天皇寿永二年秋八月小松三位資盛西海に赴く日、妾孕めるなり近江国津田郷に奔る。 然る後男子をうむ是親実也。 越前国織田明神祀官養うて親実を子とす。 是に於て織田氏を称すと。 織田信長は親実十四世の孫なり。 今織田氏の庶流津田氏を以て称するは之に因れり」とある。 村田氏春の『越前藩拾遺』[寛保3年(1743)成立、天明2年(1782)までに完成]には「伝ニ云、平ノ重盛公ノ二男資盛ノ嬰児ノ母懐ニシテ江州津田ノ庄ニ隠ル。 此頃当社之神職従五位左衛門尉忌部宿祢親澄子ナキヲ以テ彼ノ嬰児ヲ子トシ、織田権ノ太夫斎部宿祢親真ト号ス。 (中略)織田・津田両姓ノ祖ニシテ十八代メ信長公也」とある。 このように親真の話は、17世紀末から18世紀にかけて史料上に頻出する。 なかでも古い記録は、林羅山が編纂に関与した『織田信長譜』・『寛永諸家系図伝』で、いずれも1640年代の官選系図集である。 林羅山をはじめとした編者が、どの史料から親真を取り上げたのかはわからないが、『剣大明神略縁起』の成立年代の方が古ければ、その編纂時に越前町織田側の史料(縁起や系譜など)をもとに親真を登場させたと考えられる。 また逆に、幕府側が織田氏の系図・系譜を作成することがきっかけとなり、越前織田側の縁起や系譜の整備を進めたとも考えられる。 そして、そのさいに、法楽寺に祀られていた五輪塔が(その当時まで埋まらずに現存したことを前提とするが)一級資料として採用された可能性が高い。 いずれにしても、親真にまつわる一連の出生話は、『甫庵信長記』の平氏後胤話・津田遺児話・織田養子話をベースに、林羅山などの幕府編集のもとに完成し、それから世間一般に広まった公算が高いだろう。 4 尾張織田家と信長の誕生 (1)織田家の分立と大和守家の台頭 織田氏が守護代・又守護代を継承する体制が戦国期まで続く。 「広」を通字とし兵庫助・伊勢守の官途を名乗る系統=本家が当初守護代を継承し、大和守の官途を名乗る系統が又守護代を継承する。 またこれら以外にも庶家が成立する。 しかし、それぞれの具体的な系譜関係についてはよくわかっていない。 15世紀後半の織田氏で活躍が著名なのか織田敏定である。 敏定は又守護代・大和守久長の子である。 久長を常松の孫とする説がある。 これが正しいとすると、敏定は常松のひ孫になる。 ちなみに、酬恩庵(京田辺市)に伝わる織田宝岩祐居士像の像主を久長と見る説がある。 また敏定の母は、朝倉教景(孝景祖父)の女=為景(孝景父)の姉妹=孝景のおばにあたる。 よって、織田敏定と朝倉孝景とは従兄弟の関係になる。 応仁・文明の乱では本家・敏広は西軍に、大和守家・敏定は東軍につき、抗争を繰り広げた。 いったん尾張を退いた敏定であったが、足利義政の命により再び尾張に入り、斯波義廉・織田敏広と戦う。 文明10年(1478)年の清須城防戦で、籠城側の敏定は、戦いのさなか矢を右目に受けるが、抜きもせずそのまま戦い続けたという。 現在、実成寺(愛知県甚目寺町)に伝わる敏定の肖像画は目がつぶれた後の風貌を描いている。 文明11年(1479)に敏定と敏広は和睦し、敏定は尾張南部二郡守護代となる。 応仁・文明の乱の後も戦乱は続く。 長享・延徳年間の足利義尚・義材の近江六角攻撃にも敏定は従軍し、戦功を挙げる(義尚の近江攻撃のさいには朝倉貞景が、敦賀郡司・朝倉景冬を指揮官として派兵。 貞景自身は越前国内に留まる)。 ちなみに、長享・延徳年間の斯波義寛・朝倉貞景間の訴訟は、この時期に重なる。 このとき織田敏定は、斯波義寛を支援する態度をとる。 同じころ、貞景と美機守護代斎藤妙純の女との婚姻があった。 この連携強化に対し、敏定は牽制を試みたということだろうか。 さてその後、敏定と岩倉方守護代家との抗争が再燃する。 美濃船田の石丸氏とその主家・守護代斎藤氏との抗争、すなわち船田合戦では、敏定は石丸方に与し、織田寛広(敏広の子)は斎藤方に与した(また朝倉貞景は、斎藤方に与して美濃へ派兵した)。 そのさなか、明応4年(1495)、敏定は陣中にて病没する。 翌5年(1496)、石丸は自殺して斎藤方の勝利に終わる。 この後も守護代は、寛広の系統と敏定の系統で継承される。 しかし、その具体的な系譜については、よくわかっていない。 (2)弾正忠家の台頭 信長の直系の先祖のうち、確実な史料でたどれるのは曾祖父までであり、それ以前の系譜はわかっていない。 信長の曾祖父良信以来この家は、代々弾正忠の官途を名乗る。 これに先行して、正長元年(1428)に織田常松の配下に「織田弾正」がいたとの記録がある(『満済准后日記』)。 しかし、良信以下の弾正忠家との関係は不詳である。 織田氏の中でも早い時期に分かれた系統であろうか。 良信は織田敏定に仕えた。 ただし「良」字は守護・斯波義良(のち義寛)から名の一字を与えられたことを示すと考えられる。 その点、敏定の家人というよりかは、守護被官としての性格が強いと考えられる。 良信が行ったことの中で著名なのが、文明14年(1482)の清須宗論である。 これは敏定が主催した法華宗の宗論であり、敏定自らが信仰する本圀寺方と身延山久遠寺方とを争わせた。 この宗論の判者・奉行の中に良信がいた。 ちなみにこの宗論は本圀寺方が勝利する。 信長の祖父・信定(信貞)の活動は、永正年間(1504〜21)に確認できる。 清須方守護代家に清須三奉行と呼ばれる有力家臣がいた。 その一人が信定であった。 守護被官というよりは清須方守護代家の被官としての性格を強めたということであろうか。 信定は勝幡を本拠とした(良信以下の系統を「勝幡系」とも称する)。 また港町・門前町である津島を領有したことが、弾正忠家の重要な経済基盤となったといわれている。 信長の父信秀の活動は、天文年間(1532〜55)に顕著となる。 主家たる清須方守護代家や三奉行家の残りの家との戦争が起こる。 信秀の戦争は尾張国内にとどまらなかった。 三河・美濃まで出兵し、松平氏・今川氏・斎藤氏と戦い、一時は三河から美濃にまで領域を広げる。 居城を那古屋へ移したのは、三河方面への進出指向と関連する。 とはいえ尾張国内自体がまだ織田諸家が分立した状態であり、安定した支配を確立することはできなかった。 信秀の没年は天文21年(1552)ともいわれるが、諸説がある。 (3)信長の登場 信秀の死により信長が家督を継承する。 信長は尾張一国を統一すべく、国内の反信長勢力を各個撃破していく。 弘治元年(1555)(天文23年(1554)とも)、主家・清須方守護代織田信友を滅ぼし、これ以後清須を本拠とする。 永禄2年(1559)、織田の本家・岩倉方守護代織田信賢を滅ぼし、尾張一国をほぼ制圧する。 かの桶狭間の戦いは永禄3年(1560)のことである。 尾張統一から間もない時期だった。 その後、美濃制圧が信長にとって重要な政策課題となる。 永禄10年(1567)、信長は美濃稲葉山城を攻略し、岐阜と改称し、本拠とする。 上洛が近づく。

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東京の地名の由来 東京23区辞典

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[0]• 村上水軍(海賊)について• 投稿者: 屋代源三• 投稿日:2012年 7月21日 土 08時04分43秒 屋代島の海賊と言えば、村上水軍(海賊)が有名ですが、今、子孫たちはどうなって いるのでしょうね? 来島村上家は秀吉に走り、後に森藩久留島家となり、明治を迎えます。 大島にやってきたのは、能島村上と因島村上ですが、今、子孫たちの消息がわかりません。 能島村上宗家の図書家の人たちは屋代島からいなくなりました。 能島村上分家の一学家の人たちはわづかに和田に残っていると聞きますが、健在なのでしょうか? 因島村上家の末裔たちも在島と思われますが、こちらもよくわかりません。 なにか情報がありますでしょうか?• Re: 能島水軍の青木理兵衛• 投稿者: 屋代源三• 投稿日:2014年 7月11日 金 04時01分31秒• ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大変ですね。 昭和13年福岡県発行の「福岡県資料」に万延年中の福岡藩分限帳があります。 青木理兵衛が慶長年中藩士でいるので、この万延年中分限帳は幕末の青木家の子孫たちかもしれません。 見覚えの人はいませんか? 貴家が本家の「改正原戸籍」を本籍地の市町村役場で採っていれば幕末の先祖の名があるはずです。 上記の人名はありませんか?.

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比叡山

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[ペンネーム登録待ち板6] 俳優の岡江久美子さんが、新型コロナに感染した ! 俳優の岡江久美子さんが、新型コロナに感染した ! 俳優の岡江久美子さんが肺炎で死去 ! 63歳 新型コロナに感染 ! (www3. nhk. jp:2020年4月23日 18時41分) 俳優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎のため、23日朝、東京都内の病院で亡くなりました。 63歳でした。 所属事務所によりますと、岡江さんは今月3日に発熱したあと6日朝に病状が急変して緊急入院し、その後のPCR検査で新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。 その後も集中治療を受けていましたが、23日午前5時20分、肺炎のため亡くなったということです。 63歳でした。 岡江さんは去年の末に初期の乳がんの手術を受け、ことし1月末から2月半ばにかけて放射線治療を行っていたということで、事務所は免疫力が低下していたことが重症化した原因ではないかとしています。 夫は俳優の大和田獏さん、娘も俳優の大和田美帆さんで、それぞれ外出を自粛し、現在症状は出ていないということです。 岡江さんは東京出身で昭和50年にテレビドラマでデビューし、その後、ドラマやバラエティーなど多くの番組に出演していました。 NHKの「連想ゲーム」への出演をきっかけに大和田獏さんと結婚しています。 平成8年から26年にかけてTBSの「はなまるマーケット」の司会を務め、気さくな人柄で幅広い世代から人気を集めていました。 事務所によりますと、葬儀の日取りは未定で、後日、「お別れの会」を開く予定だということです。 夫の大和田獏さんと娘の大和田美帆さん コメント 岡江さんの死去を受けて、夫の大和田獏さんと娘の大和田美帆さんは連名でコメントを発表しました。 コメントは、「岡江久美子が4月23日5時20分に新型コロナによる肺炎の為、永眠いたしました事をご報告いたします。 今はただ残念で信じがたく、悔しくて悔しくて他は何も考えられない状態です。 どうかそっと送って頂きたいと願っています。 仕事関係者の方々、ファンの皆様、ご友人の皆様、長いお付き合いを感謝致します。 また、全力を尽くして治療にあたって頂いた医療関係者の皆様に心から感謝いたします。 ありがとうございました。 皆様、コロナウイルスは大変恐ろしいです。 どうかくれぐれもお気をつけください」と記されています。 弊社所属 岡江久美子(本名:大和田久美子)が、令和2年4月23日午前5時20分、新型コロナウイルス肺炎のため、永眠いたしました。 (享年63歳) ここに生前のご厚誼を深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。 4月3日に発熱し、4〜5日様子を見る様に言われておりましたが、4月6日朝に急変し、某大学病院に救急入院いたしました。 すぐにICUにて人工呼吸器を装着し、その後PCR検査で陽性と判明。 懸命な治療を続けましたが、完治に至りませんでした。 昨年末に初期の乳がん手術をし、1月末から2月半ばまで放射線治療を行い免疫力が低下していたのが重症化した原因かと思われます。 ご尽力いただきました医療関係者の皆様には、心より感謝申し上げます。 岡江の入院以来、夫、大和田獏と娘、大和田美帆はそれぞれの家で外出を自粛しております。 現在症状は出ておりません。 ただ、ショックが大きく、皆様に対応出来ない状態です。 しばらくはご静観ください。 尚、通夜及び葬儀は未定、後日『お別れの会』を実施する予定です。 誠に勝手ながら、ご香典、ご供花、ご供物の儀は固くご辞退申し上げます。 関係各社の皆さまにはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。 放射線治療を受けた患者で、まれに肺が部分的に炎症を起こすことや、免疫をつかさどる白血球が減少することもあるが、新型コロナウイルスによって重症化する原因になるほど、免疫力が下がるとは考えにくい。 同様の治療を受ける患者さんについては感染予防を徹底する必要はあるが、過剰な不安は抱かないでほしい」と話しています。 そのうえで、新型コロナウイルスの感染が拡大する中での治療の在り方について、井本教授は「救命に必要な場合は、予定どおりの手術が行われるべきだが、ごく早期の場合など、ある程度延期をしてもよいと考えられるケースもある。 患者の病状や治療、それに地域の感染拡大の状況によって対応も異なってくるので、患者は専門の医師と治療方針について、よく相談してほしい」と話していて、学会では近く治療についての指針を示すことにしています。 朝の番組のMCや女優業など、視聴者として親近感を覚えるところも多々あっただけに、新型コロナウイルスで亡くなるというニュースは衝撃だった。 多くの同世代の女性もショックを受けたのではないか」と述べました。 そのうえで、「ついこのあいだまで『知人の知人の知人』の話だったのが、だんだん『知人の知人』になり、いまは『知人』になって、どんどん近づいてきている。 ひと事ではなく、『その状況をつくっているのは私であり、あなただ』ということで、ぜひ自分事として、自分の家族のこととして考えていただきたい」と呼びかけました。 「獏と2人は、自慢のすばらしい夫婦でした。 私にとりましても、久美ちゃんは最高にかわいい、いい義妹でした。 獏から入院していると聞いた時、まさかこんな日が来るとは思ってもいませんでした。 残念です。 悔しいです。 若い頃からの思い出は尽きません」とつづっています。 伝統工芸の会津木綿をつくる工場や製品を販売する店を訪れ、店の人と気さくに話しながら、気に入ったワンピースやストールを試着したり、着こなしを学んだりしていました。 また、会津特産の米粉の料理を地元の人から教わり、味わったり、みずからも購入して家族に料理をふるまったりして、会津の食や文化を満喫していました。 岡江さんが亡くなったことについて、一緒に出演した会津木綿製品を販売する「美工堂」の店主、関千尋さんは「速報で知りました。 全く信じられませんし、受け入れられません。 福島に来て元気な姿を見せてくださったのがきのうのことのようで、身近な存在だと思っていました。 岡江さんが撮影の中で試着した会津木綿のワンピースは、視聴者から『ほしい』という連絡もありました。 きれいで輝いていた岡江さんの命を持って行ってしまう新型コロナウイルスがこわいです」と話していました。 ドラマでご一緒したが、撮影現場はいつも岡江さんの明るさや人柄のよさに包まれていて、10年ほども続けられたのは彼女のおかげだと思っています。 数年前にお会いしたときは元気でしたが、体調を崩しているとは知らず、まだ若いのに亡くなったのは非常に残念でことばになりません。 本当にありがとうございました」と話していました。 山田邦子さん「…絶句です」 岡江さんが亡くなったことについて、岡江さんと同じく乳がんの治療経験があるタレントの山田邦子さんは、自身の公式ブログで「岡江久美子さんが…絶句です。 おそらく乳がん手術は成功したから放射線治療に進んだはずだから、残念すぎます。 最後までがんばったんだと思います。 つらい、つらすぎます」とつづっています。 いつも元気いっぱいで、僕が正解出来ずに落ち込んでると、笑顔で背中を叩いて元気づけてくれるような女性でした。 悔しさと驚きで、頭の中が混乱していますが、大和田獏さんやお嬢さんの心労を思うと、心が痛いです。 本当に良いご夫婦でした。 悔しいです。 心から御冥福をお祈り致します」と記しています。 (参考資料) 岡江久美子さんのプロフィールとは ? (ウィキペディアより抜粋・転載) 岡江 久美子(おかえ・くみこ、本名:大和田久美子、1956年(昭和31年)8月23日[1]生まれ、63歳。 2020年(令和2年)4月23日[2])は、日本の女優、タレント、司会者。 スタッフ・アップ所属。 東京都世田谷区出身。 東京学芸大学附属世田谷中学、 鴎友学園女子高校卒業。 夫は大和田獏、娘は大和田美帆。 義兄は大和田伸也。 1978年からは『連想ゲーム』に紅組レギュラー解答者として5年間出演。 1983年、当時同番組の白組レギュラー解答者だった大和田と結婚。 1991年から1999年まで、『天までとどけ』で大家族の母親 定子役を演じた。 1996年から2014年までの17年半もの間、『はなまるマーケット』の総合司会を薬丸裕英と共に務めた(その活躍によって2006年度の放送ウーマン賞を受賞した[3])。 『探偵レミントン・スティール』のヒロイン(ステファニー・ジンバリスト)の、初期シーズンの吹き替えを演じていた。 2020年4月3日に発熱(微熱)があり自宅で療養していたが、6日の朝に容態が急変し、東京都内の大学病院に緊急搬送された[4][5]。 すぐにICUで人工呼吸器を装着し、PCR検査の結果、翌7日に新型コロナウイルスに感染していることが判明した[4][5]。 治療を続けていたが、23日午前5時20分頃、新型コロナウイルス感染症による肺炎のため死去[4][5]。 63歳没。 所属事務所のスタッフ・アップは、2019年末に初期の乳がん手術を受け、1月末から2月半ばまで放射線治療を受けていたため、免疫力が低下していたことで重症化した可能性があるとのコメントを出した[6]。 ただし、これに関して日本乳癌学会理事長で杏林大学の井本滋教授は、「放射線治療を受けた患者で、まれに肺が部分的に炎症を起こすことや、免疫をつかさどる白血球が減少することもあるが、新型コロナウイルスによって重症化する原因になるほど、免疫力が下がるとは考えにくい。 」と述べている[2]。 夫は俳優の大和田獏。 長女は大和田美帆。 義兄は大和田伸也。 義姉は五大路子。 義甥(伸也・路子夫妻の長男、次男)は俳優の大和田悠太、大和田健介。 大和田伸也とは『暴れん坊ママ』で共演。 大和田健介は、自身がMCのはなまるマーケットで共演した。 家族みんな、「ちゃん」付けで呼び合う。 先述の通り夫・大和田獏との出会いは、当時揃ってレギュラー解答者で出演していたNHKの『連想ゲーム』だった。 かつて同番組においての2人は、お互いに同じく5枠の席で直接対決する関係でもあった[注釈 2]。 [ペンネーム登録待ち板6] 4月の月例経済報告:内外需とも壊滅的打撃 !/客足途絶え、貿易激減 ! 4 月の月例経済報告:内外需とも壊滅的打撃 !/客足途絶え、貿易激減 ! 自民党政権・自公政権の政治の深層・真相は ? (www. toonippo. jp :2020年4月24日) 政府が4月の月例経済報告で急激な景気悪化を認めた。 新型コロナウイルスの感染拡大で夜の街や多くの百貨店から客足が途絶え、日本の製造業を支える貿易も激減、内外需とも壊滅的な打撃を受けている。 買い物や出勤など日常生活もままならない中、景気好転の糸口は見いだせない。 街角の景気実感を映し出す内閣府の景気ウオッチャー調査は、既にリーマン・ショック時以上の激しい落ち込みを示している。 記者会見した西村康稔経済再生担当相は「過去に例を見ない極めて厳しい状況」と語るほかなかった。 休業や大幅な営業縮小に追い込まれた百貨店の状況は深刻だ。 4月前半の売上高は三越伊勢丹ホールディングス、高島屋、大丸松坂屋の大手3社がそろって6割以上減少した。 政府が緊急事態宣言を全国に広げた16日以降は地方店も多くが休業し、影響拡大が避けられない。 小売りではスーパーが食料品需要で踏みとどまっているが、コンビニは3月の主要7社の既存店売上高が前年同月比5・8%減と9年5カ月ぶりの下落率を記録した。 消費全体が冷え込んで「営業を再開できても、すぐに客足が戻るとは思えない」(百貨店関係者)。 ファーストリテイリングの柳井正(やない・ただし)会長兼社長は「戦後最大の人類の危機だ」と厳しい現状認識を示した。 3月の日本の輸出額は前年同月比で11・7%も落ち込んだ。 「販売活動が制約され、コロナの終息時期も見えない」。 自動車大手の関係者は事業環境の厳しさをこう語る。 米国での販売が大幅に減り、トヨタ自動車を含めた各社は軒並み生産調整を迫られた。 内閣府の試算では4月の自動車生産は29・1%減少する見通しだ。 業界内には「先行きが見通せない中で安易な回復シナリオには乗れない」と、生産増強への工場建設や研究開発投資に尻込みする声もある。 自動車の生産停滞は鋼板を納入する鉄鋼業を直撃。 日本製鉄が高炉の一時休止を決め、従業員の一時帰休に踏み込むなど地域経済にも影響が広がった。 野村証券は2020年4〜6月期の実質国内総生産(GDP)は前期比で年率23・9%減少すると予測。 個人消費や企業の設備投資、輸出が軒並み急減するとの想定だ。 桑原真樹(くわはら・まさき):シニアエコノミストは今夏以降、経済活動を緩やかに正常化できたとしても「再び感染が拡大し、規制をするという繰り返しになるかもしれない」と不安視する。 持ち直しの動きは鈍く、20年度全体でも前年度比5・8%減になると見込んだ。 政府は事業規模117兆円の緊急経済対策を決め、日銀も27日の会合で追加金融緩和を行う方向で検討に入った。 ソニーFHの渡辺氏は「企業の資金繰りを支援し、信用不安が高まらないよう、日銀が社債などを買って立ち向かう姿勢を見せることが市場を安心させる」と語った。 これに対して、法人三税減収累計額が、298 兆円であり、所得税・住民税減収=大減税 が275 兆円であった。 消費税収累計額397兆円に対して、法人三税および所得税・住民税減収累計額合計値が、573兆円なのだ。 消費税増税の真相=深層が、この数値から明らかになる。 消費税の巨大な税負担は、大企業・高額所得者の法人税減税と所得税等の大減税を実現するために実行されてきたものなのだ。 自衛隊装備費 割高ムダ分:1. 輸出戻し税・輸出企業の消費税還付:3. 43(世界189位 :40年前は、2. 2だった。 )、フランス:2. 00 、 イギリス:1. 92 、 スゥエーデン:1. 93、米国:1. 88、 ニジェール:7. 57(世界一位) 成人数:1970年は約247万人、2016年は、約123万人で半減した。 生産年齢人口:1997年は、約8699万人、2016年は、約7665万人で、1034万人減少した。 この40年間に渡って、毎年、30兆円奪われている。 これらは、財務省の子分の、「7つの政府系金融機関」が、密かに、米国債や、カリフォルニア州債や、NY市債などを、もの凄い量(金額)で、買わされ続けたからだ。 9兆ドル、 英国:6491億ポンド、 仏国:10971億ユーロ。 中国:22120億人民元。 3兆円。 4940兆ドル。 主導者は、加藤勝信厚労相である。 検査拡大を妨害してきた、加藤厚労相を更迭すべきである。 安倍内閣が、検査拡大を抑制してきた目的は、三つである。 2)安倍内閣が選んだ、専門家会議は、 検査抑制とクラスター追跡だけを追求した ! 安倍内閣が選んだ、専門家会議は、クラスター撲滅論に固執する人物が主導して、検査抑制とクラスター追跡だけを追求した。 利権を独占するニーズと、持論の実践とが組み合わさり、日本のコロナ対策が、崩壊した。 日本のコロナ対策が、混迷しているのは、感染の実態を、掴めないことに主因がある。 本来は、PCR検査を最高に拡大して、新型コロナウイルスの感染者を正確に把握し、感染者を適正に隔離することが、合理的な対応である。 3)感染者を特定し、感染者の行動を 管理すれば、感染の拡大を防げた ! PCR検査を最高に拡大して、感染者を特定し、感染者の行動を追跡、管理すれば、感染の拡大を防ぐことができる。 安倍内閣が、「戦いに勝つまでは、一致団結」、「各個人の自制が、何より大事」、の精神論で対応するのは、愚かなことである。 本来、政府は、科学的、合理的対応を取るべきである。 加藤勝信厚労相が、PCR検査拡大の妨害の首謀者である。 当初から検査拡大の重要性が、唱えられていた。 4)検査拡大を妨害した出発点は、ダイヤモンド・プリンセス号だ ! そもそもの出発点は、ダイヤモンド・プリンセス号である。 乗員乗客3711人に対して、273人(約7%の人)にしか検査を実施しなかった。 その上で、全員を、ダイヤモンド・プリンセス号の狭い船内に監禁した。 そのために、ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇が生み出された。 この事案は、いずれ刑事と民事での訴訟事案に、発展するだろう。 5)一貫して、加藤厚労相は、検査拡大を妨害する姿勢を貫いてきた ! 当初から検査拡充の方針が、取られるべきだったが、一貫して、加藤厚労相は、検査拡大を妨害する姿勢を貫いてきた。 「感染者と非感染者が、待合室で同室になる」、というのが、検査窓口を広げない理由とされた。 しかし、異変のある患者は、街の診療機関を訪問する。 臨床的にコロナ感染者と、風邪の患者の区別はつかない。 検査窓口を閉ざしても、待合室で、感染者と非感染者は、同室になる。 6)感染者を早期に発見して、隔離しないから、院内感染が多発する ! 感染者を早期に発見して、隔離しないで放置するから、院内感染が多発するのである。 現実に院内感染が多発しているのは、検査を妨害してきたこと、が原因なのである。 批判の強まりに対して、厚労省は、PCR検査を拡充する素振りを示しているが、これも見せかけのものである。 かかりつけ医の判断で、民間の検査機関に、PCR検査を委託することが、許されていない。 必ず帰国者・接触者外来を、通さねばならないのである。 covid19-yamanaka. comより抜粋・転載) 3月20日の人数:韓国:316664人。 イタリア:206886人。 ロシア:143519人。 オーストリア:113615人。 米国:103945人。 日本:14901人(韓国並みなら772660人の検査をすべきであり、韓国と比べれば、約2%の検査である)。 jiji. PCR検査はリスクの低い人に対し大量に実施しても、誤って陽性となる数が多くなるので検査の意味がなくなります。 必要な検査数を保つことが重要で、陽性率はその指標になります。 日本の陽性率は4月10日現在7. そこで、本研究グループでは入手可能な世界の情報を科学的に解析することで、感染症終息のための新たな戦略が見いだせると期待し研究にとりくみました。 研究成果 1:感染の広がり方には100倍程度の地域差 一般に世界の感染拡大は、国ごとのPCR検査陽性者数の増加で報告されていますが、新型コロナ感染症では無症状の感染者が多くいることから、この数字は各国の検査の徹底度に影響されており、感染者数を正確には表していないと考えられます。 そこで、図1に示す1日の死亡者数をその国の人口で補正したデータを、その変化のパターンから地域ごとの予測を可能とする機械学習で解析しました。 人口1億人あたりの1日の死亡者数は、世界の多くの国で感染拡大30日後にほぼ一定となり、その推定値(中央値)は西洋諸国(欧州、北米、オセアニアを含む)では1180人であるのに対し、中東では128人、ラテンアメリカでは97人、アジア(中東を除く)では7人でした。 このように死亡者数から解析すると新型コロナ感染症の広がり方には、西洋とアジア地域では100倍程度の著しい地域差があります。 地域差の原因は、国の政策、高齢化の程度、BCGワクチン接種を含む厚生制度、医療環境、そして国民性などによる影響が考えられますが、民族の遺伝的要因(遺伝子配列の違い)による可能性もあります。 遺伝的要因の候補としては、ウイルスの細胞への侵入に関わる蛋白質や、ウイルスから体を守る蛋白質の遺伝子の民族による違いなどが考えられています。 新型コロナとの関連について、この分野の今後の研究が必要です。 研究成果 2:十分なPCR検査を実施する国の1日あたりの死亡者数は少ない 感染による死亡者数には地域差が大きいため、条件のよく揃っている西洋諸国について、感染による死亡者数とPCR検査の状況を比較しました。 人口で補正した死亡者数とPCR検査数の間に関係はありませんでしたが、その陽性率との間には明確な相関が見られました。 陽性率が7. 0〜16. 0〜28. この2つの増加の間の期間は国によって1〜25日間の違いがあります。 すなわち、陽性者が見出されて直ちに死亡者が増加した(この期間の短い)国は、PCR検査が不十分で症状がでる前の早期感染者を見落としていた、あるいは重症者の入院が手遅れになった可能性が高いと考えられます。 この結果からも、PCR検査の陽性率は死亡者数変動の指標となることが明らかになりました。 以上の結果から、新型コロナ感染症で死亡者数を減らすためには、PCR検査の陽性率を低下させることが必要であり、そのためにはPCR検査数を濃厚接触者などで症状が見られていない者にまで、「幅広く拡充させることが急務である」と結論します。 経済対策では、国民に直接届く現金が、何よりも重要である。 インパール作戦では、兵站(へいたん:物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などが含まれる)が決定的に不足して、前線の兵士が、野垂れ死に追い込まれた。 安倍内閣は、国民に財政資金を投下しない。 以下はその続きです。 7)最大のボトルネックは、帰国者 ・接触者外来という関門を、残したままだ ! 帰国者・接触者外来が、保健所だけでなく、民間検査機関にも、PCR検査を委託できるが、最大のボトルネックである、帰国者・接触者外来という関門を、残したままなのである。 この「帰国者・接触者外来」が認めなければ、PCR検査が行われない。 PCR検査を受けさせる基準は、2月25日に安倍内閣が示した「基本方針」が示す、:「入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査」である。 クラスター撲滅論に固執する、感染症学会、環境感染学会も、「PCR検査の原則適応は、「入院治療の必要な肺炎患者で、ウイルス性肺炎を強く疑う症例」とする。 8)巨大な財政補助金を獲得する事が優先 されて、国民の生命と健康が、軽視されている ! 軽症例には、基本的に、PCR検査を推奨しない」としている。 「新型コロナウイルス感染症に対する、臨床対応の考え方」: すでに破綻している持論に固執し、検体データを独占し、巨大な財政補助金を獲得することが優先されて、国民の生命と健康が、ないがしろにされている。 東京都の医師会が、PCR検査センターを創設して、かかりつけ医の判断で、PCR検査を実施できるように、運用を変える方針を示しているが、厚労省のサイトには、掲載されていない。 9)「帰国者・接触者外来」という関門を、外すのか否はが焦点だ ! 「帰国者・接触者外来」という関門を、外すのかどうかが、焦点になる。 加藤厚労相は、対応の最高責任者であるのだから、国の方針として、PCR検査の開放を決めれば、直ちにこれを指揮できる。 民間医療機関から、民間検査機関への検査委託を認めれば、検査は一気に拡充される。 しかし、その方針は、現時点で明確には示されていない。 10 )国費で賄う事を盾にして、 検査拡大を阻止する可能性が高い ! 保険適用で検査を行う場合、本人負担分を、国費で賄うとしているが、これを盾にして、検査拡大を阻止する可能性が高い。 その場合、かかりつけ医の判断で、検査を行うケースでは、保険適用後の本人負担分は、本人が負担すればよいだけである。 もちろん、検査を実施するに際しての、安全の確保が、必要であることは、言うまでもない。 この点を踏まえれば、PCR検査センターを創設して、検査を実施するのが、効率の面からは優れている。 11 )利権優先で、検査キットの一般販売を、日本医師会が批判している ! 他方、検査キットの一般販売を、日本医師会が批判しているが、これも利権優先の対応である。 感染者を確認したいと考える、企業や個人が、個人用の検査キットを入手したい、と考えるのは当然のことである。 販売価格が高いとの批判があるが、競争が促されれば、価格は下がる。 国は、検査キットの品質を審査して、迅速に認可するべきである。 こうした許認可において、厚労省は、国民の利益ではなく、省の利益、省の権益を優先するのである。 PCR検査が、妨害=抑制されてきたのも、利権優先のスタンスが、取られているからなのである。 12 )感染研・地方衛生研・保健所が、検査 データと検査利権を、独占しようとしてきた ! 感染研と地方衛生研、保健所が、厚労省の指揮の下で、検査データと検査利権を、独占しようとしてきた。 そのために、検査が広範に行われない、という事態が生じたのである。 クラスター撲滅論では、感染拡大を阻止できない。 感染経路不明の感染が、大宗を占めており、クラスター論は、すでに破綻している。 本来、検査を拡充することは、物理的に十分可能である。 民営化や国家戦略特区に、醜悪なコバンザメが群がり、国民資産を食いものにしている。 これらを放逐するべきときが来ている。 本日、12月13日、内閣府は、景気動向指数研究会を開催し、景気回復が、2012年12月から2017年9月時点まで続き、高度成長期に、57カ月続いた「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目の長さとなったと判断した。 しかし、これは、ペテン師・安倍政権下、政府の勝手な判断で、事実に反している。 しかも、2014 年1月ころから2016 年5月ころまで、日本経済は、景気後退局面を経過している。 ペテン師・安倍政権下、真っ赤な嘘が政府から発表されているだけだ。 今回の景気を命名するなら「いかさま景気」ということになる。 詳しくは、植草一秀著、『国家はいつも嘘をつく--日本国民を欺く9のペテン』(祥伝社新書):をご高覧賜りたい。 国家はいつも嘘をつく。 安倍首相は「息をはくように嘘をつく」と言われている。 私が言っているのではない。 多くの識者がそう言っているのだ。 安倍首相は、2014 年11月18日の総理大臣記者会見で、消費税増税延期を発表した。 「来年(2015 年)10 月の引き上げを、18カ月延期し、そして、18カ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。 ふたたび延期することはない。 ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします」さらにこう付け加えた。 3年間、(アベノミクスの)三本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。 私はそう決意しています」 ところが、2016年6月1日、安倍首相は、2017年4月の消費税増税について次のように述べた。 「そうした中で、内需を腰折れさせかねない、消費税率の引上げは、延期すべきである。 そう判断いたしました」 「今回、『再延期する』という私の判断は、これまでのお約束とは異なる『新しい判断』であります」 こう述べた上で安倍首相は、こう言い放った。 国民の信頼と協力なくして、政治は成り立ちません。 」立派と言うほかない。 ここまで厚顔無恥になれる人は、広い日本といえども数えるほどしかいないだろう。 もっとも、「信なくば立たず」の意味を知らないで発言したのだとは思われる。 2017年2月17日の衆院予算委員会で、安倍首相は、森友学園への国有地不正払い下げ疑惑について、こう述べた。 「私や妻が関係していたということになれば、それはもう、まさに私は、それはもう、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということははっきりと申し上げておきたい」 その1年半後の本年9月14日の自民党総裁選公開討論会で、安倍首相はこう述べた。 」 完全にアウトだ。 安倍首相は、「それはもう、間違いなく総理大臣も国会議員も辞め」なければならなかった。 しかし、安倍首相は、10月24日の国会所信表明演説で、「私もまた、次の3年、国民の皆様とともに新しい国創りに挑戦する」と言い放った。 やはり安倍首相はすごい。 日本経済は、2014年1月から2016年5月まで、2年半も景気後退局面を経過した。 2014年初から2015年央の景気後退は、消費税増税が主因だった。 2015年央から2016年央の景気後退は、中国株価急落と日本円の急激な上昇が主因だった。 1996年6月に橋本内閣が、消費税増税方針を閣議決定したとき、政府は、景気拡大が、1993年10月から2年半も続いていることを根拠にしたが、これも嘘だった。 日本経済は、1994年央から1995年央にかけて、急激な円高等を背景に、景気後退局面を迎えていた。 以下はその続きです。 13 )韓国の文在寅政権は、 検査拡充の明確な方針を示した ! 安倍内閣が敵視してきた、韓国の文在寅政権は、検査拡充の明確な方針を示した。 韓国は、同時に感染者の行動追跡を、徹底して実行した。 この結果、韓国は、日本よりもはるかに迅速な、問題対応に成功している。 この成功が、文政権与党の総選挙大勝をもたらしたのである。 2月29日付本メルマガ記事、「学校を閉鎖して通勤を放置する矛盾」に、「韓国での感染者数が急増したのは韓国で検査体制が拡充されたからだ。 恐らく事態の収束は、韓国の方が早くなるだろう。 」と記述した。 14 )マスク466 億円配布が、強行された事を追及するべきだ ! その通りの現実が生じている。 安倍内閣による、マスク466 億円配布が、強行された事を追及するべきである。 カビや髪の毛、汚れのついたマスクを提供したのは、一体誰か。 マスクが、安倍首相の疑惑の「森友問題・加計問題・桜を見る会問題」に続く、新たな不祥事に発展する可能性がある。 15 )マスク配布よりPCR検査の最高の拡大を実行すべきだ ! マスク配布よりPCR検査の最高の拡大を実行すべきであった。 安倍内閣は、本来、PCR検査を拡充することを、基本方針に据えるべきである。 PCR検査を一貫して妨害し続けてきた、加藤勝信厚労相の更迭を、主権者が求めるべきである。 466億円のお金があれば、350万件のPCR検査を実施できるのである。 補正予算に、PCR検査予算が盛り込まれていない。 16 )官庁の利権予算が、てんこ盛りである ! 官庁の利権予算が、てんこ盛りであるのに、本当に必要な、PCR検査を最高に拡大する、最優先課題への予算が、計上されていないのである。 野党は、予算審議では、徹底してPCR検査拡大の問題を追及する必要がある。 重要なことは、全国一律に、かかりつけ医の判断で、民間検査機関へのPCR検査委託が、可能になるよう、運用を変えることである。 17 )新型コロナウイルスの感染の実態の全体を、把握すべきだ ! 新型コロナウイルスの感染の実態の全体を、把握することが、コロナ対策の基本になるのである。 新型コロナウイルスの感染の実態把握とPCR検査の最高の拡大の基本を否定する、安倍内閣なら、野党と国民は、即時退場を求めるほかないのである。 goo. jp:2018-05-02 20:25:22 より抜粋・転載) 安倍晋三、子どものころから、嘘つきだった ! 安倍晋三の父親・安倍晋太郎(1924年4月29日生まれ。 元外務大臣。 (ameblo. asahi. infoseek. jp:2017年3月19日より抜粋・転載) 日刊ゲンダイ:浜矩子(はまのりこ、1952年8月3日 - )教授:日本の経済学者。 同志社大学大学院ビジネス研究科専門職学位課程教授。 専門は「国際経済学」「国際金融論」「欧州経済論」[1]。 安倍首相が「私は公人だけど、妻は私人」と発言したことで、首相夫人の立場についての問題に火がついた。 「私の妻を犯罪者扱いするとは不愉快」という発言もありましたが、誰もそんなことしていない。 どこかで「犯罪者だと思われかねない」と不安になっているから、素知らぬふりができずに、逆上して言わなくてもいいことを口走ってしまうのです。 非常に幼児的凶暴性の強い人ですよね。 自衛隊の文書も隠ぺい・虚偽答弁があった。 安倍政権・自公維新は、強行採決を何十回も行ってきた。 不正選挙疑惑も多数指摘されている。 excite. jp:2015年4月18日より抜粋・転載) 1)良心欠如、2)他人に冷淡、3)平気でウソをつく、4)口が達者、 5)自分の行動に責任をとらない、6)罪悪感なし、7)自己中心的 安倍氏が、首相になって以来、多くの人は、安倍氏が上記の7つの特徴を兼ね備えていると感じているのではないでしょうか。 jiji. com:2020年04月24日19時38分) 新型コロナウイルス対策に関する政府・与野党連絡協議会が、4月24日、国会内で開かれた。 主要野党、2020年度補正予算案を組み替え、家賃の支払いが困難になった飲食店などへの支援を盛り込むことや、臨時交付金の積み増しを求めた。 これに対し、政府側は、予算の組み替えは、困難との認識を示した。 野党の組み替え案は、政府系金融機関が家賃を立て替え、飲食店など事業者の支払いを猶予するため5兆円を盛り込んだ。 休業補償の充実を目指す、自治体への支援などのため、1兆円の臨時交付金を、5兆円に増額することも求めた。 家賃支援をめぐり、立憲民主党の逢坂誠二政調会長は、与党に対し、「さらに良い提案があるなら共にやっていこう」と提案した。 しかし、与党側は、「まだ調整が付いていない」として、具体策に言及しなかったため、逢坂氏は、「来週、(野党のみの)法案提出も場合によってはあるかもしれない」と述べた。 野党の要求に対し、西村明宏官房副長官は、「(補正予算案の)組み替えはなかなか難しい」と説明した。 与党側も同様の認識を示した。 jp:立憲民主党・2020年4月24日) 立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会保障を立て直す国民会議(衆院会派)、社会民主党の野党5党派の党首らは24日午前、来週27日から始まる補正予算案の審議について対応を協議し、以下の点について一致しました。 (1)各党首が先頭に立ち論戦に臨み、今政府が受けきれていない現場の厳しい状況、国民・有権者の声を届け、実現に繋げていく (2)実効性のある組み替え案を提出する。 政府提出の補正予算は、残念ながら現場や自治体からの声をまったく受け止めておらず、質的・量的に足りない (3)医療の現場に対する財政的な支援を抜本的に強化をすべき。 特に医療崩壊の危機にある自治体に対しての支援が決定的に欠けている (4)中小企業者に対する家賃支援は、与野党を超えてその必要性を認めている。 与党に対し1日も早く考えをまとめ、与野党協議のもとで結論を得て実施するよう求める (5)雇用調整助成金について、1日当たりの上限が実態に合っていないので、1日当たりの上限を大幅拡充するとともに、手続きを簡素化して迅速に対応すべき (6)一律給付の10万円について差し押さえ禁止の対象とし、またさまざまな給付を非課税にするなど、それぞれの支援策の趣旨を踏まえ拡大する必要がある。 この10万円を非課税とすることは当然として各政策責任者間で詳細を詰め求めていく また、衆院静岡4区補選について、各党派それぞれ持ち味を生かして最大限頑張り勝利を得ていくことで一致。 さらに、緊急事態宣言の最終日の5月6日が近づいていることから、いずれの結論でも準備が行えて国民生活への影響が少なくできるよう、早い段階で客観的事実に基づき方針を示すとともに、国会報告を行うよう求めることを確認。 野党各党派一致をして国民生活の危機にあたることで一致しました。 dpfp. jp:国民民主党:2020年04月24日) 会議終了後、泉政調会長らは記者団の取材に応じ、「前回、共同会派から提案した家賃支払い猶予法案について、与党から具体的な発言がなく、与党内の調整が進んでいないという印象を受けた。 補正予算の組み替え案を提案したが、内容について思いを共有するところはあるものの、組み替えは時間的に難しいという話があった」と報告した。 泉政調会長は、家賃支払い猶予法案について、「こちらから提案して1週間たって、我々は法案を準備したが、与党側は持ち帰ったまま具体的な返答がなく、補正予算のどこで家賃支払い支援を読むのか分からないのは極めて残念だ。 まずは私たちの法案を出そうと思うが、これで決め打ちということではなく、あくまで議論のたたき台であり、与党からの提案には柔軟に対応したい。 テーブルが設けられれば我々は応じる用意がある」と述べた。 また、予備費について「我々の予算組み替え案の中で力点を入れた、医療支援、地方支援等に積極的に使ってほしい」と要請したことを明かした。 jcp. jp:共産党:2020年4月25日) 日本共産党の志位和夫委員長は、4月24日、全日本民主医療機関連合会を訪れ、新型コロナウイルス感染症の対応に奮闘する全国各地の加盟事業所の医師らから、Web(ウェブ)懇談で、感染爆発や医療崩壊を食い止めるため現場の要望を聞きました。 大幅減収を強いられている医療機関に対する損失補てんやPCR検査体制の拡充を急ぐ必要性が次々と語られ、志位氏は「国会に現場のみなさんの声をしっかり届けていきます」とのべました。 各地の医療関係者からは、行政の要請で新型コロナ陽性患者を受け入れ、治療にあたっているが、そのために医師や看護師の特別の体制をとらなければならず、一般病床を縮小することが求められていること、外来や健康診断も制限されるなど、重い財政負担が強いられていることが報告され、国が財政補償を緊急に強めることを求める声が次々に出されました。 志位氏はPCR検査の拡大に向け安倍晋三首相が17日に検査センターを設置していくと表明したことにふれ、現場の受け止めを質問しました。 各地の医療関係者からは、これまで陽性患者の対応のほか検査も担ってきたことで、医療従事者の疲労が蓄積していること、治療に専念するうえでも、コロナ患者の重症化を防ぐうえでも、医療機関を感染のリスクから守るうえでも、PCR検査センターを全国につくることが切実に求められているとの声が寄せられました。 志位氏は「政府の責任で、PCR検査センターを急いで拡充し、医療機関に対する補償を行うことを、国会で強く求め、安倍首相の姿勢をただしていきます」と約束しました。 sdp. jp:社民党:2020年4月17日) 社会民主党幹事長・吉田忠智: 1.本日夕刻、安倍首相は記者会見を行い、緊急事態宣言の対象地域を全国へ拡大したことや所得制限を設けない全国民一律10万円給付について説明した。 「コロナとのたたかいははじまったばかりで、自粛疲れはまだ早い」とするが、「ここ1〜2週間が感染拡大か収束化の瀬戸際」が、「感染爆発(オーバーシュート)となるかどうかの重大局面」となり、「長期戦を覚悟」となったことへの説明はなかった。 残念ながら国民の不安や疑問には答えるものとはいえなかった。 2.緊急事態宣言を全国展開するのは初めてのことであり、極めて重たい決断のはずであるのに、昨日の衆参議院運営委員会で、首相が自ら説明しなかったのは遺憾である。 本日の会見が、国民向けのリーダーシップと決断をアピールするための会見という「やっている感」を示すものではないかとの疑問も残る。 3.首相は、ウイルスの拡散防止のため、人との接触を減らし、外出を控え、移動も自粛するよう呼び掛けた。 緊急事態宣言の全国展開について、3月の3連休の「緩み」を感染を拡大した可能性をあげ、大型連休前の移動自粛の必要性を理由にあげた。 3連休中に移動が増えたのは事実だが、国民の「緩み」のせいにするのは許されない。 首相が一斉休校を解除しようとしたことが誤ったメッセージを与えたのではないか。 4.緊急事態宣言を全国展開する一方、すでに緊急事態宣言を発出していた対象の7都府県に加え、北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都の6道府県を新たに「特定警戒都道府県」に指定した。 しかしそれぞれがどう違うのかについて、明確な説明がなかった。 5.この間、社民党は、他の野党とともに、国会審議や「新型コロナウイルス対策 政府・与野党連絡協議会」において、「外出自粛や休業要請と補償はセットである」として、10万円の一律給付をはじめ、雇用・休業補償を軸とした支援策、医療機関や自治体への支援強化などを求めてきた。 「わが国の支援は世界で最も手厚い」として、10万円一律支給を拒否してきた安倍首相が今回、10万円一律給付の実施に転換したのは、社民党はじめとする野党の国民の切実な要求にもとづく提案を受け入れたものであり、大きな役割を果たすことができた。 社民党は、これからも厳しい状況に置かれているすべての皆さんの声をしっかりと受け止め、意見反映に全力をあげる。 6.安倍政権の対応が二転三転し、10万円一律給付が遅くなったのは、きわめて残念である。 もっと早く10万円一律給付の政治決断ができていれば、外出自粛につながり、感染防止の効果をあげることになったのではないか。 負担を強いられる国民のもとに、いかに早く届けられるかが問われる。 安倍首相は、7日夜の会見では、「全員給付だと約3か月かかる」としていたが、「スピード感を持ってやるのが一番大事だ」という言葉をしっかりかみしめるべきだ。 7.中小企業やフリーランスを含む個人事業主への支援についても、緊急事態宣言の全国展開に伴って対象事業者が増え、総枠を増やさなければならないはずだが、従来通りの説明に終始し、安心感にはほど遠いものだった。 8.感染拡大を完全に封じ込めるには、国民一人一人の協力が欠かせないし、政治の側の強い信念と覚悟が必要である。 国民と政府との間に強い信頼関係が無ければ、最善の策でさえ実行されず、「最低7割・極力8割」の削減も極めて難しくならざるをえない。 社民党は、安倍政権に対し、社会の緊急事態だという意識を強く持って、真剣に新型コロナウイルスの感染拡大の防止と収束、国民生活支援、医療崩壊阻止に全力で対応するよう求める。 以上 [ペンネーム登録待ち板6] 厚労相の会見:「軽症はホテル療養」急ぐ !厚労省、自宅死亡例で転換 厚労相の会見:「軽症はホテル療養」急ぐ ! 厚労省、自宅死亡例で転換 安倍政治・加藤厚労相への識者の見解・詳報は ? (www. chunichi. jp:中日新聞・朝刊:2020年4月25日) 新型コロナウイルスに感染した埼玉県内の五十代と七十代の男性が、自宅待機中に容体が悪化して死亡したことを受け、加藤勝信厚生労働相は二十四日の記者会見で、自宅療養中の軽症者や無症状患者の人数を把握する考えを示した。 自治体が用意し、看護師らが常駐するホテルや宿泊施設での療養に速やかに切り替える。 加藤氏は「自宅療養と宿泊療養の内訳について都道府県から情報を得るよう努力したい」と強調。 子育ての関係で自宅療養を選択せざるを得ない人もいるとして「患者や家族へのフォローアップをしっかりするよう自治体にお願いしている」と述べた。 施設の準備が整わなければ引き続き自宅を容認する。 一方、埼玉県の大野元裕知事は同日「このような事態に至ったわれわれの責任は重い」と記者団に述べた。 厚労省は今月二日、病床の逼迫(ひっぱく)による医療崩壊を避けるため、軽症や無症状の感染者は宿泊施設やホテル、自宅での療養を検討するよう都道府県に通知。 埼玉の死亡事例を受け、二十三日にホテルや宿泊施設での療養を基本とすると方針転換した。 同省によると、三十九都道府県が取り組みを始めたり準備したりしており、これまでに全国で計九千室程度を確保したとしている。 都道府県を支援するため、観光庁と連携し全国チェーンのホテルなどに空室状況や協力の意思があるかどうかを確認し、情報提供する。 宿泊施設での療養に関し、厚労省はマニュアルを作成。 保健師か看護師が日中は常駐し、医師も電話で対応することや、症状悪化時に適切に対応できるよう、搬送手段などを受け入れ先の医療機関と事前に調整するよう求めている。 高齢者や妊婦、糖尿病などの基礎疾患がある人などは重症化のリスクが高いため、原則入院となる。 県内では、自宅待機していた別の男性も死亡したことが既に判明している。 安倍内閣が、これを組み替えることを、決定した。 新型コロナウィルスの対策を実行するには、補正予算の成立が必要である。 4月20日の週に、補正予算を成立させることが、できるのか。 30万円の給付金は、筋悪の政策だった。 2)30万円の給付施策は、見かけを 大きく見せる、筋悪の政策だった ! この施策は、財政支出を小さくするとともに、見かけを大きく見せるものだった。 1300万世帯対象の4兆円施策だが、実際に申請するのは、1000万世帯に減少することを、見越した3兆円施策だった。 無条件で、1人10万円給付すると約13兆円かかる。 30万円の給付の政策は、1人10万円給付の施策を3分の1あるいは、4分の1に切り詰める、ドケチ財政を象徴する施策だった。 3)30万円の給付の政策は、受けられ ない者が発生する、粗悪品政策だ ! 30万円の給付の政策は、収入減少で、生活不安に直面するのに、給付を受けられる者と、受けられない者が発生する、粗悪品政策である。 申請手続きも煩雑で、無能な者が、政策を立案するとこうなるという、見本市のような施策だった。 30万円の給付の政策は、「緊急」と銘打ちながら、まったく「緊急」にならない施策である。 「瀬戸際の1、2週間」と言いながら、1ヵ月半経ってもまだ、「瀬戸際」と言い続けているのも、先を読めない象徴である。 4)最良のコロナ対策は、 安倍内閣の総辞職だ ! 最良のコロナ対策は、安倍内閣総辞職である。 安倍首相は、政策対応の失敗を、素直に認めて、内閣総辞職を決断するべきである。 これを決断すれば、この施策だけは、主権者が支持するだろう。 安倍内閣のコロナ対策の基本は、「五輪ファースト・検査妨害・ドケチ財政」である。 この安倍内閣の政策対応で、日本が危機に直面することになった。 日本で、コロナウイルス感染者が確認されたのは、1月16日のことである。 5)中国の武漢での感染拡大が、重大ニュースになった ! 中国の武漢での感染拡大が、重大ニュースになった。 ところが、安倍首相は、1月24日、在中国日本大使館公式HPに、「安倍晋三内閣総理大臣春節(旧正月)祝辞」を公表し、このなかで、「春節に際して、そしてまた、オリンピック・パラリンピック等の機会を通じて、更に多くの中国の皆様が、訪日されることを楽しみにしています。 」と記述した。 中国で、コロナウイルス感染拡大が、猛威を奮うなか、安倍首相は、中国の国民に対して、訪日を期待するメッセージを送ったのである。 本ブログでは、1月25日付記事、「常に後手に回る政策対応が、日本崩壊の主因」に :「安倍内閣は、利権まみれの東京汚リンピックを推進しているが、新型肺炎の感染拡大によって、東京汚リンピックが、開催中止に追い込まれる可能性も、否定し切れない。 6)危機意識の乏しいトップの対応が、多くの問題を引き起こす ! 危機意識の乏しいトップの対応が、多くの問題を引き起こす。 日本国内で、感染が拡大するリスクを否定できない。 内外の経済活動にも、重大な影響が広がるだろう。 」と記述した。 安倍内閣は、新型コロナウィルスの対策に無策であったばかりでなく、中国からの訪日を、強く要請していた。 中国の習近平主席訪日が、予定されていたこと、安倍内閣には、東京五輪開催が予定されていたことから、コロナウィルス問題を、隠蔽しようとのスタンスが、存在した。 7)ダイヤモンド・プリンセス号に対する 対応で、安倍内閣は、根本的な誤りを犯した ! 2月3日に、横浜港に帰港(寄港ではない)した、ダイヤモンド・プリンセス号に対する対応で、安倍内閣は、根本的な誤りを犯した。 乗員・乗客3711人に対して、273人(約7%の人)にしか、PCR検査を実施せずに、全員を船内に監禁した。 この結果、ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇が引き起こされた。 これの拡大版が、オールジャパンの悲劇である。 8)加藤厚労相は、PCR検査拡大の妨害を継続してきた ! 加藤勝信厚労相は、PCR検査拡大の妨害のスタンスを示し、現在まで、これに固執している。 日本では、検査拡大をしないから、多数の感染者を特定できない。 この未確認感染者が、感染爆発の主因になる。 安倍内閣の悪政によって、感染者数を少なく見せることが優先された。 安倍内閣は、東京五輪ファーストによって、日本全体を危機に陥れたのである。 9)緊急経済対策の正体は、 上げ底満載の詐欺施策である ! 4月7日に決定した、緊急経済対策の正体は、上げ底満載の詐欺施策である。 補正予算規模は、17兆円であった。 しかも、真水の3分の2は、利権予算である。 条件なし1人10万円給付を決断するまでの時間が、長すぎた。 組み替え予算への、賛成を得る代わりに、安倍内閣総辞職決断を提示するべきである。 10 )安倍内閣は、ダイヤモンド・プリンセス号を洋上培養皿にしてしまった ! ダイヤモンド・プリンセス号を洋上培養皿にしてしまい、安倍内閣は、コロナ対策を打ち出さざるを得なくなった。 北海道知事が、学校休校とマスク配布で、支持を得たことを見て、安倍内閣は、これをパクった。 安倍首相は、「こぶとり爺さん」で、こぶを取ってもらった、正直で温厚な爺さんを見て、まねをした乱暴で、意地悪なじじいと同じである。 しかし、すべてが迷走している、安倍内閣だから、突然変異のような、施策提示は、不興を買うばかりだった。 11 )コラボ3連荘で、安倍内閣の支持率も急落した ! 錯乱学校閉鎖に、30万円、マスク、コラボ3連荘で、安倍内閣の支持率も急落した。 後手後手の安倍内閣は、遅ればせながら、2月25日に、「基本方針」を提示したが、ここでは、イベントの開催、学校の運営を、それぞれの判断に委ねることが、明示された。 ところが、北海道知事が、学校休校を宣言して、評価されたのを見て、安倍内閣は、突然2月27日になって、一斉休校を宣言した。 安倍内閣は、休校に伴う保護者の影響など、まったく考慮していなかった。 「基本方針」では、PCR検査について、肺炎を発症して、入院が必要な患者の、確定診断のためにだけ、実施する方針が示された。 謹んで哀悼の意を表したい。 発熱があったが、待機を命じられたという。 岡江久美子さんは、その間に容態が急変して、急逝された。 安倍内閣のPCR検査拡大の妨害が、重大な惨禍を招いている。 この事実を指摘すると、安倍内閣の家来・御用人が大挙して、批判を浴びせる。 2)御用人が、安倍内閣の悪政・失政をインペイする事は、悪事である ! 安倍内閣の悪政・失政をインペイする事は、愚かなことである。 安倍内閣の最大の誤りは、PCR検査拡大の妨害を実行し続けていることである。 専門家会議は、「クラスター対策」という、破綻が明白な対応に、固執している。 安倍内閣や専門家会議等が、失敗が明らかであるのに、方向転換しないことが、悲劇を拡大する。 能力のないリーダーに率いられて、被害を蒙るのは、罪なき市民である。 3)「専門家会議」の正体は「利権漁りと愚策立案の専門家」会議だ ! 「専門家会議」の正体とは「利権漁り(あさり:むさぼりとる事)と愚策立案の専門家」会議なのだろう。 何の専門であるかを明記するべきである。 PCR検査を、徹底強化することの目的は二つある。 第一は、感染者を特定・隔離することによって、感染拡大を防ぐ事である 第二は、高齢者や基礎疾患等を有する者が、感染すると、重篤化リスクが高いことを踏まえ、こうした人々の感染を、早期発見することである。 4)PCR検査拡大し、国民の命と健康を守る事を優先すべきだ ! 国民の命と健康を守ることを優先するなら、PCR検査拡大を抑制するという判断が生まれるわけがない。 私は、2月24日付ブログ記事、「安倍内閣が、人の命より重視しているもの」 :に次のように記述した。 「新型コロナウイルスの、日本国内での感染が拡大している。 国内での感染者数発表値が、抑制されている最大の原因は、安倍内閣がPCR検査の拡大実施を抑制しているからと考えられる。 感染の疑いがある人が、医療機関で、PCR検査を求めても、検査を拒絶するケースが、多数存在する。 5)検査拡大を実施して、実際の感染者数をカウントすべきだ ! 検査拡大を実施して、陽性反応を確認しない限り、感染者数に、カウントされない。 安倍内閣は、感染者数の発表値を抑制するために、PCR検査拡大を実施しない方針が採られている可能性がある。 国民の生命と健康を重視しない事は、本末転倒である。 検査が実施され、感染が確認されなければ、感染者の行動を制限できない。 検査を受けられず、感染が確認されなかった感染者が、各地を旅行すれば、、感染が拡大する。 検査を広範に実施して、感染を早期に特定できれば、感染者の行動を、制限できる。 」 6)中国は、新型コロナウイルスへの感染が確認 された、4万4672人についてデータを発表した ! 「中国の疾病予防センターで、対策に当たっているチームは、2月11日までに、新型コロナウイルスへの感染が確認された、4万4672人について、分析したデータを発表した。 発表によると、感染者のうち軽症が、80. 9%、重い肺炎や呼吸困難など重症が、13. 8%、呼吸器の不全や敗血症、多臓器不全など、命に関わる重篤な症状だったのが、4. 7%だった。 」 「全体の致死率は、2. 3%だが、80代以上では、14. 8%であったほか、心臓など循環器に持病がある人の致死率は、10. 5%だった。 民営化や国家戦略特区に、醜悪なコバンザメが群がり、国民資産を食いものにしている。 これらを放逐するべきときが来ている。 本日、12月13日、内閣府は、景気動向指数研究会を開催し、景気回復が、2012年12月から2017年9月時点まで続き、高度成長期に、57カ月続いた「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目の長さとなったと判断した。 しかし、これは、ペテン師・安倍政権下、政府の勝手な判断で、事実に反している。 しかも、2014 年1月ころから2016 年5月ころまで、日本経済は、景気後退局面を経過している。 ペテン師・安倍政権下、真っ赤な嘘が政府から発表されているだけだ。 今回の景気を命名するなら「いかさま景気」ということになる。 詳しくは、植草一秀著、『国家はいつも嘘をつく--日本国民を欺く9のペテン』(祥伝社新書):をご高覧賜りたい。 国家はいつも嘘をつく。 安倍首相は「息をはくように嘘をつく」と言われている。 私が言っているのではない。 多くの識者がそう言っているのだ。 安倍首相は、2014 年11月18日の総理大臣記者会見で、消費税増税延期を発表した。 「来年(2015 年)10 月の引き上げを、18カ月延期し、そして、18カ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。 ふたたび延期することはない。 ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします」さらにこう付け加えた。 3年間、(アベノミクスの)三本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。 私はそう決意しています」 ところが、2016年6月1日、安倍首相は、2017年4月の消費税増税について次のように述べた。 「そうした中で、内需を腰折れさせかねない、消費税率の引上げは、延期すべきである。 そう判断いたしました」 「今回、『再延期する』という私の判断は、これまでのお約束とは異なる『新しい判断』であります」 こう述べた上で安倍首相は、こう言い放った。 国民の信頼と協力なくして、政治は成り立ちません。 」立派と言うほかない。 ここまで厚顔無恥になれる人は、広い日本といえども数えるほどしかいないだろう。 もっとも、「信なくば立たず」の意味を知らないで発言したのだとは思われる。 2017年2月17日の衆院予算委員会で、安倍首相は、森友学園への国有地不正払い下げ疑惑について、こう述べた。 「私や妻が関係していたということになれば、それはもう、まさに私は、それはもう、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということははっきりと申し上げておきたい」 その1年半後の本年9月14日の自民党総裁選公開討論会で、安倍首相はこう述べた。 」 完全にアウトだ。 安倍首相は、「それはもう、間違いなく総理大臣も国会議員も辞め」なければならなかった。 しかし、安倍首相は、10月24日の国会所信表明演説で、「私もまた、次の3年、国民の皆様とともに新しい国創りに挑戦する」と言い放った。 やはり安倍首相はすごい。 日本経済は、2014年1月から2016年5月まで、2年半も景気後退局面を経過した。 2014年初から2015年央の景気後退は、消費税増税が主因だった。 2015年央から2016年央の景気後退は、中国株価急落と日本円の急激な上昇が主因だった。 1996年6月に橋本内閣が、消費税増税方針を閣議決定したとき、政府は、景気拡大が、1993年10月から2年半も続いていることを根拠にしたが、これも嘘だった。 日本経済は、1994年央から1995年央にかけて、急激な円高等を背景に、景気後退局面を迎えていた。 以下はその続きです。 7)高齢者と、心臓などに疾患のある人の致死率は、高い ! 軽症の比率が、8割ではあるが、重症、重篤な状況に陥る確率が、2割もある。 とりわけ、高齢者と、心臓などに疾患のある人の致死率は、高いのである。 国内でも20代女性が、重篤な状態にあることが報じられており、軽く見ることは、許されない。 」 「高齢者や心臓疾患などを有する者、乳幼児への感染を防止するための、最大の努力が払われなければならない。 8)新型コロナウイルスの感染者について、いま必要な対応が、三つある ! 新型コロナウイルスの感染者について、いま必要な対応が、三つある。 第一は、検査態勢の拡充だ。 第二は、徹底的な情報開示だ。 第三は、高齢者、各種既往症のある人、乳幼児、低年齢者へのケアである。 医療機関において、感染が拡大する恐れも高い。 院内における、消毒対応の徹底も、強く求められる。 」 9)日本の民間検査機関を活用すれば、PCR検査を一気に拡大できる ! 本来、民間検査機関を活用すれば、PCR検査を一気に拡大できる。 同時に検査抑制は、安倍内閣が、感染者数を少なく見せるための、方策でもあった。 厚労省、厚労相、利権と愚策の専門家会議は、まさに「国民の命よりも、自分たちの利益」を優先している。 10 )安倍内閣の悪政によって、多くの罪なき市民が、犠牲にされている ! 安倍内閣の悪政のために、多くの罪なき市民が、犠牲にされている。 2 月18 日付メルマガ記事、「安倍内閣が、感染爆発拡大を目指している?」 :に次のように記述した。 「新型コロナウイルスの感染が、疑われる者に対する、医療機関での受診の目安が、厚労省から公表された。 これによると、症状が続く人は、すぐに医療機関を受診するのではなく、まずは、帰国者・接触者相談センターに電話で相談する。 帰国者・接触者相談センターに相談する目安としては、・かぜの症状や37度5分以上の発熱が4日以上続いている人や、解熱剤を飲み続けなければならない人・強いだるさや息苦しさがある人とした。 11 )かぜの症状等の症状が現れている人が、 新型ウイルスに感染している可能性は、極めて高い ! 上記の症状が現れている人が、新型ウイルスに感染している可能性は、極めて高いだろう。 厚労省の示した目安は、その感染者を、高熱を発してから、4日間は放置するというものだ。 」 「この間に、この患者は、多数の非感染者と接触することになる。 船内感染の事例を踏まえても、新型ウイルスの感染力は、極めて強い。 新型コロナウイルスに感染した可能性が、自覚された場合に、「直ちにPCR検査を受ける」ことを、基本とすべきことは、言うまでもない。 これに対して、法人三税減収累計額が、298兆円であり、所得税・住民税減収=大減税 が275兆円であった。 消費税収累計額397兆円に対して、法人三税および所得税・住民税減収累計額合計値が、573兆円なのだ。 消費税増税の真相=深層が、この数値から明らかになる。 消費税の巨大な税負担は、大企業・高額所得者の法人税減税と所得税等の大減税を実現するために実行されてきたものなのだ。 自衛隊装備費 割高ムダ分:1. 輸出戻し税・輸出企業の消費税還付:3. 43(世界189位 :40年前は、2. 2だった。 )、フランス:2. 00 、 イギリス:1. 92 、 スゥエーデン:1. 93、米国:1. 88、 ニジェール:7. 57(世界一位) 成人数:1970年は約247万人、2016年は、約123万人で半減した。 生産年齢人口:1997年は、約8699万人、2016年は、約7665万人で、1034万人減少した。 この40年間に渡って、毎年、30兆円奪われている。 これらは、財務省の子分の、「7つの政府系金融機関」が、密かに、米国債や、カリフォルニア州債や、NY市債などを、もの凄い量(金額)で、買わされ続けたからだ。 9兆ドル、 英国:6491億ポンド、 仏国:10971億ユーロ。 中国:22120億人民元。 3兆円。 4940兆ドル。 以下はその続きです。 12 )高熱が出て4日を経過するまで、 検査も受けないとの対応は、間違いである ! 高熱が出て4日を経過するまで、検査も受けないとの対応を、堂々と公表するところに、安倍内閣の危機対応力欠落が、鮮明に示されている。 ダイヤモンド・プリンセス号の乗客・乗員、3711名を、狭い船内に閉じ込めて、爆発的な感染を誘導した、安倍内閣の対応に、世界があきれている。 その上に、安倍内閣は、今度は国内において、感染者が高熱を発してから、4日間は放置する、との方針を示したのである。 13 )新型ウイルスの感染を、爆発的に拡大 させるのは、安倍内閣の悪政である ! 安倍内閣の悪政対応は、日本国内において、新型ウイルスの感染を、爆発的に拡大させるためのものとしか理解しようがない。 」 PCR検査を拡充するべき、との主張に対して、安倍内閣の家来・御用人と付和雷同人が、一斉に同じ反論を示した。 1.検査の精度が高くない、2.医療崩壊が生じる、3.検査にリスクが伴う 4.感染が確認されても治療方法がない、ものごとの判断は総合的に行うもの。 14 )メリットとデメリットを、比較衡量する事が、重要である ! 国民の生命と健康を大事にするために、メリットとデメリットを、比較衡量することが、重要なのである。 1.検査は絶対ではないが、信頼性の高い検査方法が、確立されている。 2.症状に応じた医療を、提供する体制を整えることが重要である。 一律入院隔離としている、指定感染症取り扱いに問題があり、法改正あるいは、指定変更を迅速に行えば問題を解消できる。 3.検査に際しての、二次感染を防ぐ方策を、確立するべきである。 4.重篤化する患者に対しては、早期の医療提供が、命を救う重要な方策になる。 15 )問題点を列挙して、不作為を正当化するのは、堕落の極致である ! 安倍内閣の家来・御用人と付和雷同人が、問題に対する対処法があるのに、問題点を列挙して、不作為を正当化するのは、堕落の極致である。 合理的な根拠を示さずに、安倍内閣の方針を、懸命に擁護してきた者の、心の次元の低さが推し量られる。 本来は、PCR検査を拡充して、感染者を特定し、感染者の行動を抑止するべきである。 重篤化しやすい人の感染を、一刻も早く確認して、一人でも多くの命を救うべきである。 これが世界の常識である。 世界の常識を理路整然と述べる、上昌弘氏や渋谷健司氏が攻撃されて、合理性を持ち合わせぬ、御用人が跋扈する、日本の構造=安倍政治が、日本の市民を不幸にしている。 16 )検査利権ムラの利益だけを追求してきた、加藤厚労相を罷免すべきだ ! 検査利権ムラの利益だけを追求してきた、加藤勝信厚労相の罷免が求められる。 自分の利益、自分たちの利権ではなく、国民の命と暮らしを守ることに、命をかける者こそ、政治を担うにふさわしいのである。 そのような人材が払底(ふってい:すっかりなくなる)しているところに、安倍内閣の深刻な罪深さがある。 wordpress. yahoo. news-postseven. com:2015. nikkei. tbs. nikkan-gendai. shinchosha. nikkan-gendai. com:2014年12月30日より抜粋・転載) 「政治とカネ」「SMバー」……。 疑惑とスキャンダルにまみれた問題閣僚を再任した安倍首相。 国民をバカにしている証拠だ。 しかし、所詮は「極右」のお友達内閣である。 マトモに機能しないだろう。 安倍内閣の8割は、極右・「日本会議議連」に所属だ ! 何しろ、安倍首相を筆頭に19人の閣僚中、15人が「日本会議議連」に所属しているのだ。 tokyo-np. jp:2020年4月26日 07時00分) 共同通信社は、4月25日、郵送方式で実施した、皇室に関する世論調査の結果をまとめた。 5月1日で即位から1年となられる、天皇陛下に対し「親しみを感じる」と回答した人は、58%だった。 男系男子に限るとした、皇位継承を巡り、女性天皇を認めることに関し、「賛成」「どちらかといえば賛成」のいずれかを選んだのは、計85%に上った。 母方に血筋がある、女系天皇も計79%が、賛成の意向を示した。 天皇陛下に、「親しみを感じる」を世代別で見ると、年代に比例して、増加した。 親しみに「すてきだと思う」(17%)を合わせると、計75%で、好感を持つ人が大半を占めた。 一方、若年層では、「何とも観じない」との答えが目立った。 調査は、3〜4月、18歳以上の男女3千人を対象に実施した。 有効回答は、1899人(約63%)。 この長崎に来た武器商人トーマス・グラバーは、日本を支配するためには、武家政権が最大の障害であり、武士の支配の総元は、徳川幕府だと認識します。 徳川幕府の統治を完全に転覆しないと日本は自分たち英国・巨大財閥のものにならない。 そこに、嘉永6、7年(1853〜54)、アメリカの「ペリー艦隊」が来て、無理に日本を開国させ、欧米列強が日本に入り込みます。 グラバーは、日本の武家の政治を転覆するためにいろいろな「策謀」を巡らします。 ところが、孝明天皇は、朝廷と武家と一体になり、日本全国民が一致して西洋の不当な侵略、日本支配に対抗して、日本を守らなければならないという「公武合体策」を唱えます。 そして、孝明天皇の妹宮である和宮が、14代徳川家茂(1846〜66)将軍に嫁ぎます。 これでは埒が明かないというので、グラバーは、薩摩と長州に内訌して、薩長の軍隊と徳川の軍隊を全面的な内戦に持ち込んで、日本を中国のようにバラバラに解体する「植民地支配」を目論んだのです。 その最大の障害が、尊皇攘夷主義者・孝明天皇だったわけです。 そして、慶応2年12月25日(西暦では1867年1月)に「孝明天皇弑逆事件」が起こりました(「弑逆(しいぎゃく)」とは、臣下が主君を殺す大悪のこと)。 翌、慶応3年(1867年)1月9日には、睦仁親王が践祚(天皇の位を受け継ぐこと)し、さらに、慶応4年(1868)8月27日に即位式をあげ「明治」と改元されました。 ところが、この睦仁天皇も16歳くらいでしたが、言うことを聞かなかったのです。 英国の手先・薩長になびかず、徳川幕府と朝廷が一致して、日本を守るという、孝明天皇の政策を改めなかったのです。 そこで、睦仁天皇も邪魔だということで「弑逆」されて、行方がまったくわからなくなったのです。 ・・・・ 大室寅之祐((おおむろとらのすけ:南朝系子孫と勤皇派は主張)という名前の人物を「睦仁にすり替えて」詐称しているからです。 日本国民が、「孝明天皇弑逆事件」の真相を明らかにして、それ以降の日本には、歴史的正統性が存在しないということを、明確に日本人が認識する・・・ということが必要ではないかと思うわけです。 著者(鹿島 昇)は、私と同職の弁護土なので職業柄、論理と論証を尊ぶ。 といってもそれは決して三百代言的な詭弁ではない。 著者は、かつて早大研究室で、刑法の研鑽を積み、研究者として未来を嘱望されただけあって、およそ歴史学に、聖域もタブーも認めず、ただひたすら真実のみを追及する。 それだけならば、どうということもないのだが、さらに著者は、稀に見る独創的な洞察力の人である。 この著者の特性は、かつて、檀君朝鮮北倭論を展開するにあたって、見事に結実し、私の目の鱗がストンと落ちたものであったが、本書を一読して、著者のそのような資質が、本書においても、遺憾なく発揮されていることを知った。 そして、睦仁の身代わりになった明治天皇は実は南朝の末孫という長州力上隊の大室寅之祐であり、孝明天皇の子ではなかったというのである。 exblog. jp:2018年11月10日 より抜粋・転載) 日本人諸君、NHKの「西郷隆盛」のドラマを見ているかね。 西郷隆盛が明治天皇と相撲を取る場面があるだろ。 この時の西郷隆盛の心境を私なりに解釈すると、西郷隆盛は、大室寅之祐が明治天皇にすり替わっているのを、確かめるために相撲を取ったんだぜ。 大室寅之祐は長州の力士隊にいたから、相撲が好きなはずだぜ。 だから相撲を取ろうと言えば、必ず乗ってくると思ったんだぜ。 いいかね、日本人諸君、よ〜く考えてみるんだぜ。 明治天皇が孝明天皇の息子の睦仁親王だとするだろ、睦仁親王が自ら相撲をするのを好むと思うかね?そんな記録がどこかにあるかね? 乗馬もできない睦仁親王が相撲を取ったりするかね? もと力士隊にいたから、西郷隆盛と相撲を取ったんだぜ。 明治天皇は61歳で糖尿病の悪化で亡くなっただろ。 相撲取りがよく罹る病気じゃないか。 この時の明治政府で、大室寅之祐が明治天皇にすり替わっているのを、知っているのは、 西郷隆盛と岩倉具視と伊藤博文の三人だと思う。 この後、幕末、明治維新で大した活躍もしていない伊藤博文が大日本帝国の初代の総理大臣に なれたのは、大室寅之祐がもと伊藤博文が率いる力士隊にいたことと、この大室寅之祐を明治天皇に仕立てた立役者が伊藤博文だからなんだぜ。 すなわち、伊藤博文と明治天皇は「あ・うん」の仲なんだぜ。 言い方を変えると、日本国を変えたのが西郷隆盛であり、その後、明治日本の支柱となったのが 伊藤博文と明治天皇(大室寅之祐)なんだぜ。 767(左:幕末長州奇兵隊士時代の大室寅之祐、右:明治天皇)  [ペンネーム登録待ち板6] 新型コロナ問題:大相撲界、新たに6人感染確認 !高田川親方や白鷹山ら、新型コロナ感染 ! 新型コロナ問題:大相撲界、新たに6人感染確認 ! 高田川親方や白鷹山ら、新型コロナ感染 ! 安倍政治・加藤厚労相への識者の見解・詳報は ? (www3. nhk. jp: 2020年4月25日 14時46分) 日本相撲協会は、大相撲の高田川親方や十両の白鷹山など新たに6人が新たに新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表しました。 大相撲で、親方や十両以上の関取の感染が明らかになったのは初めてです。 日本相撲協会によりますと元関脇・安芸乃島の高田川親方は今週に入って発熱の症状があり、23日に新型コロナウイルスの検査を受けたところ、24日に陽性と判明したということです。 同じ高田川部屋に所属する十両の白鷹山は発熱などの症状はないものの、24日に検査を受け陽性と判明したということです。 このほか、幕下以下の力士4人が25日までに陽性が確認されたということです。 相撲協会は新たに感染が判明した6人について、いずれも病院に入院し療養しているとしています。 大相撲では今月10日に幕下以下の力士1人の感染が明らかになっていますが、親方や十両以上の関取の感染が明らかになったのは初めてです。 相撲協会は、幕下以下の力士が感染したいきさつや所属する部屋について明らかにしていません。 相撲協会は、高田川部屋を含めた感染した力士が所属する部屋について、保健所などの指導に基づき今後2週間は稽古や外出を一切行わず、部屋の消毒や体調管理を徹底し感染拡大防止に努めるとしています。 日本相撲協会は今月10日、幕下以下の力士1人が新型コロナウイルスに感染したことを発表し、ほかに体調不良を訴えている力士などの協会員はおらず、感染した力士は入院し容体は安定しているなどと説明しました。 そのうえで感染した力士の所属する部屋では稽古を中止として外出なども禁止としたほか、ほかの部屋も含め土俵の上で力士が体をぶつけあう稽古は控えるよう指示し、感染拡大の防止策を徹底していました。 日本相撲協会の芝田山広報部長は連日、報道陣の代表による電話取材に応じていて、23日まで「ほかに体調不良を訴えている力士がいるという情報はない」という説明を続け、感染した力士の部屋での外出禁止措置も解除するとしていました。 ところが24日になって状況は一変し「新たに体調不良を訴えている協会員がいる」と発表したうえで、25日に高田川親方など新たに6人の感染確認が一度に発表されました。 日本相撲協会は、高田川親方は23日、白鷹山は24日になってPCR検査を受けた結果、陽性と判明したとしています。 ただ残りの幕下以下の力士4人が所属する部屋や感染の経緯は明らかにしていません。 芝田山広報部長は、「親方は入院していて全く連絡がとれないので状況がわからない。 白鷹山の稽古の状況もよくわからない。 なるべく情報収集をしてお伝えしたい」と説明しています。 東京・江東区にある高田川部屋は、師匠の高田川親方と幕内2人と十両1人の関取3人のほか、幕下以下の力士がおよそ20人。 それに行司、若手を指導する若者頭、力士の大いちょうなどを結う床山が合わせて4人所属しています。 角界では幕下以下の力士と親方は部屋で集団生活をするのが基本です。 力士たちは毎朝、稽古場で体をぶつけ合って稽古を行うだけでなく食事も一緒にとり幕下以下の力士は通常、大部屋で寝ています。 部屋の中で感染者が出れば、ほかの力士などにも感染が広がるリスクがあります。 日本相撲協会は、これまでに感染が判明している幕下以下の5人の力士のしこ名などを明らかにしていませんが、この5人が所属する部屋では2週間、稽古や外出を一切行わないよう指示しています。 「夏場所は慎重に検討」芝田山広報部長 日本相撲協会の芝田山広報部長は、「幕下以下の力士については個人情報保護の観点で部屋名、力士名は公表しない。 各部屋には接触を伴う稽古を自粛するように要請し、買い出しなども最少人数で回数を減らして行くように通達した」と説明しました。 2週間延期した来月の夏場所について「開催については何も決定していないが、こういう状況なので専門家の意見を踏まえつつ慎重に検討したい」と話していました。 安倍首相は、政策対応の失敗を、素直に認めて、内閣総辞職を決断するべきである。 これを決断すれば、この施策だけは、主権者が支持するだろう。 安倍内閣のコロナ対策の基本は、「五輪ファースト・検査妨害・ドケチ財政」である。 この安倍内閣の政策対応で、日本が危機に直面することになった。 日本で、コロナウイルス感染者が確認されたのは、1月16日のことである。 ところが、安倍首相は、1月24日、在中国日本大使館公式HPに、「安倍晋三内閣総理大臣春節(旧正月)祝辞」を公表し、このなかで、「春節に際して、そしてまた、オリンピック・パラリンピック等の機会を通じて、更に多くの中国の皆様が、訪日されることを楽しみにしています。 」と記述した。 中国で、コロナウイルス感染拡大が、猛威を奮うなか、安倍首相は、中国の国民に対して、訪日を期待するメッセージを送ったのである。 本ブログでは、1月25日付記事、「常に後手に回る政策対応が、日本崩壊の主因」に :「安倍内閣は、利権まみれの東京汚リンピックを推進しているが、新型肺炎の感染拡大によって、東京汚リンピックが、開催中止に追い込まれる可能性も、否定し切れない。 日本国内で、感染が拡大するリスクを否定できない。 内外の経済活動にも、重大な影響が広がるだろう。 」と記述した。 安倍内閣は、新型コロナウィルスの対策に無策であったばかりでなく、中国からの訪日を、強く要請していた。 中国の習近平主席訪日が、予定されていたこと、安倍内閣には、東京五輪開催が予定されていたことから、コロナウィルス問題を、隠蔽しようとのスタンスが、存在した。 乗員・乗客3711人に対して、273人(約7%の人)にしか、PCR検査を実施せずに、全員を船内に監禁した。 この結果、ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇が引き起こされた。 これの拡大版が、オールジャパンの悲劇である。 日本では、検査拡大をしないから、多数の感染者を特定できない。 この未確認感染者が、感染爆発の主因になる。 安倍内閣の悪政によって、感染者数を少なく見せることが優先された。 安倍内閣は、東京五輪ファーストによって、日本全体を危機に陥れたのである。 補正予算規模は、17兆円であった。 しかも、真水の3分の2は、利権予算である。 条件なし1人10万円給付を決断するまでの時間が、長すぎた。 組み替え予算への、賛成を得る代わりに、安倍内閣総辞職決断を提示するべきである。 北海道知事が、学校休校とマスク配布で、支持を得たことを見て、安倍内閣は、これをパクった。 安倍首相は、「こぶとり爺さん」で、こぶを取ってもらった、正直で温厚な爺さんを見て、まねをした乱暴で、意地悪なじじいと同じである。 しかし、すべてが迷走している、安倍内閣だから、突然変異のような、施策提示は、不興を買うばかりだった。 後手後手の安倍内閣は、遅ればせながら、2月25日に、「基本方針」を提示したが、ここでは、イベントの開催、学校の運営を、それぞれの判断に委ねることが、明示された。 ところが、北海道知事が、学校休校を宣言して、評価されたのを見て、安倍内閣は、突然2月27日になって、一斉休校を宣言した。 安倍内閣は、休校に伴う保護者の影響など、まったく考慮していなかった。 「基本方針」では、PCR検査について、肺炎を発症して、入院が必要な患者の、確定診断のためにだけ、実施する方針が示された。 6%であり、極めて高い ! 新型コロナウイルス感染者の致死率は、6. 欧米で感染が広がっているのが、L型であると見られている。 また変異のスピードが速いことも特徴とされる。 感染して体内に抗体が得られれば免疫を持つことになるが、感染者が陰性になった後で再び陽性になる事例も報告されている。 ジョンズ・ホプキンス大集計によると4月25日時点で、感染者数:2,765,139人 2)新型コロナウイルス感染者の致死率は、6. 6%であり、極めて高い ! 死者:182,690人、になっている。 世界の、新型コロナウイルス感染者の致死率は、6. 6%であり、極めて高い。 感染拡大を容認して、集団免疫を獲得するという、対応方法がある。 社会の構成員の一定比率が、感染者となり、免疫を獲得する場合、ウイルスの感染拡大が、収束に向かう。 社会全体として、感染拡大が生じない状況が、生まれる。 3)新型コロナウイルスの感染者の比率は、ウイルスの感染力に左右される ! 社会全体に占める、新型コロナウイルスの感染者の比率が、どの水準になれば、感染収束を期待できるのかは、ウイルスの感染力に左右される。 ウイルスの感染力の強さは、基本再生産数=アールノートで表現される。 アールノートとは、感染者が、その感染症の免疫を、まったく持たない集団に入ったときに、直接感染させる、平均の人数で表わされる。 アールノートが2であれば、感染者の比率が、5割になれば、感染拡大が止まる。 感染者合計数が、減少に転じることになる。 4)5 割の人が感染することにより、社会は、集団免疫を獲得する ! 5割の人が感染することにより、社会は、集団免疫を獲得することになる。 アールノートが、3の場合には、感染者の比率が、67%にならないと、感染が拡大する。 ウイルスの感染力の強弱によって、集団免疫を獲得するための、感染者比率が、変化する。 コロナウイルスの場合、アールノートが、3であると仮定すると、人口の67%が感染者になれば、感染拡大は止まる。 日本の人口、1億2700万人の67%は、8509万人である。 5)日本で8509人が感染すれば、致死率が、 6. 6%であると、約562万人が死亡する。 日本で公表されている、4月25日時点の感染者数は、1万2863人であり、死者は、345人であり、致死率は、約2. 7%である。 この致死率2. 7%で計算すると、8509万人感染者が生じると、約230万人が死亡することになる。 つまり、集団免疫を獲得することは、膨大な死亡者を発生させるという、大きな代償を伴うのである。 6)死亡しない感染者でも、重大な後遺障害が、残る可能性がある ! また、死亡しない感染者でも、重大な後遺障害が、残る可能性があることも指摘されている。 「大げさに騒がずに、普通に暮らせばよい」と主張する者がいるが、こうした現実を、冷静に考察していない、あるいは考察できないことが、背景であると思われる。 したがって、現実の選択としては、新型コロナウイルスの感染を、抑止することを、基本に置かざるを得ない。 covid19-yamanaka. comより抜粋・転載) 3月20日の人数:韓国:316664人。 イタリア:206886人。 ロシア:143519人。 オーストリア:113615人。 米国:103945人。 日本:14901人(韓国並みなら772660人の検査をすべきであり、韓国と比べれば、約2%の検査である)。 jiji. PCR検査はリスクの低い人に対し大量に実施しても、誤って陽性となる数が多くなるので検査の意味がなくなります。 必要な検査数を保つことが重要で、陽性率はその指標になります。 日本の陽性率は4月10日現在7. そこで、本研究グループでは入手可能な世界の情報を科学的に解析することで、感染症終息のための新たな戦略が見いだせると期待し研究にとりくみました。 研究成果 1:感染の広がり方には100倍程度の地域差 一般に世界の感染拡大は、国ごとのPCR検査陽性者数の増加で報告されていますが、新型コロナ感染症では無症状の感染者が多くいることから、この数字は各国の検査の徹底度に影響されており、感染者数を正確には表していないと考えられます。 そこで、図1に示す1日の死亡者数をその国の人口で補正したデータを、その変化のパターンから地域ごとの予測を可能とする機械学習で解析しました。 人口1億人あたりの1日の死亡者数は、世界の多くの国で感染拡大30日後にほぼ一定となり、その推定値(中央値)は西洋諸国(欧州、北米、オセアニアを含む)では1180人であるのに対し、中東では128人、ラテンアメリカでは97人、アジア(中東を除く)では7人でした。 このように死亡者数から解析すると新型コロナ感染症の広がり方には、西洋とアジア地域では100倍程度の著しい地域差があります。 地域差の原因は、国の政策、高齢化の程度、BCGワクチン接種を含む厚生制度、医療環境、そして国民性などによる影響が考えられますが、民族の遺伝的要因(遺伝子配列の違い)による可能性もあります。 遺伝的要因の候補としては、ウイルスの細胞への侵入に関わる蛋白質や、ウイルスから体を守る蛋白質の遺伝子の民族による違いなどが考えられています。 新型コロナとの関連について、この分野の今後の研究が必要です。 研究成果 2:十分なPCR検査を実施する国の1日あたりの死亡者数は少ない 感染による死亡者数には地域差が大きいため、条件のよく揃っている西洋諸国について、感染による死亡者数とPCR検査の状況を比較しました。 人口で補正した死亡者数とPCR検査数の間に関係はありませんでしたが、その陽性率との間には明確な相関が見られました。 陽性率が7. 0〜16. 0〜28. この2つの増加の間の期間は国によって1〜25日間の違いがあります。 すなわち、陽性者が見出されて直ちに死亡者が増加した(この期間の短い)国は、PCR検査が不十分で症状がでる前の早期感染者を見落としていた、あるいは重症者の入院が手遅れになった可能性が高いと考えられます。 この結果からも、PCR検査の陽性率は死亡者数変動の指標となることが明らかになりました。 以上の結果から、新型コロナ感染症で死亡者数を減らすためには、PCR検査の陽性率を低下させることが必要であり、そのためにはPCR検査数を濃厚接触者などで症状が見られていない者にまで、「幅広く拡充させることが急務である」と結論します。 以下はその続きです。 7)感染を抑止するには、「検査拡大と隔離」が基本だ ! 新型コロナウイルスの感染を抑止するには、「検査拡大と隔離」が基本になる。 新型コロナウイルスの感染を拡大させるのは、あくまでも感染者である。 したがって、感染者を、的確に発見することが、基本になる。 また、高齢者や基礎疾患を持つ人は、感染すると重篤化するリスクが高いのである。 高齢者や基礎疾患を持つ人は、とりわけ、早期発見が重要になる。 ところが、安倍内閣は、PCR検査拡大を徹底的に妨害してきたのである。 8)PCR検査拡大が遅れ、かけがえのない命が失われている ! 安倍内閣の悪政によって、PCR検査拡大が遅れ、かけがえのない命が失われている。 安倍政権下、東京五輪ファーストで、感染者数を少なく見せることも、重視され続けている。 加藤勝信厚労相は、PCR検査拡大を妨害するために、全国に850しかない帰国者・接触者外来を防波堤として、活用している。 帰国者・接触者外来は、徹底的に、PCR検査を抑止している。 9)帰国者・接触者外来は、徹底的に、 PCR検査を抑止され、感染拡大が促進した ! このために感染者が放置されて、感染拡大が促進されている。 PCR検査拡大が妨害されているために、多くのかけがえのない命が、失われている。 安倍内閣による、検査拡大の妨害は、万死に値する罪深い行為である。 国民の犠牲を抑制するには、感染抑止対応を、継続する必要がある。 この点を踏まえれば、2021年の東京五輪開催は、極めて困難である。 東京五輪延期費用を、日本が負担することで、合意したとのIOC情報を、日本政府が否定した。 10 )東京五輪延期費用を、日本政府が負担しないことを、明言すべきだ ! そうであるなら、東京五輪延期費用を、日本政府が負担しないことを、明言すべきである。 それが不能なら、東京五輪開催断念の意思を、表明するべきである。 4月22日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は、2021年夏に延期された、東京大会に関し、「東京オリンピックの再延期は、絶対ない」と明言した。 コロナウイルスの問題があり、2年延期提案も存在したことについては、「(安倍)首相が、1年でいい、と決断した」と述べた。 11 )安倍首相の方針は、政治私物化首相ならではの考え方だ ! 安倍首相が、2年延期でなく、1年延期を主張したのは、自分の首相任期、自民党総裁任期が、2021年秋で、満了になるからである。 安倍首相の方針は、政治私物化首相ならではの考え方である。 東京五輪の組織委員会会長が、「再延期は絶対ない」と明言したのであるから、コロナウイルスの感染が、収束しなければ、東京五輪は、中止ということになる。 この点について、日本医師会の横倉義武会長は、4月24日、朝日新聞のインタビューで、 「(来夏に延期となった、東京五輪・パラリンピックは)ワクチンが開発されなければ、開催は難しい」 との見解を示した。 : ワクチンは、人為的に体内に、抗体=免疫を付与するものである。 goo. jp:2018-05-02 20:25:22 より抜粋・転載) 安倍晋三、子どものころから、嘘つきだった ! 安倍晋三の父親・安倍晋太郎(1924年4月29日生まれ。 元外務大臣。 (ameblo. asahi. infoseek. jp:2017年3月19日より抜粋・転載) 日刊ゲンダイ:浜矩子(はまのりこ、1952年8月3日 - )教授:日本の経済学者。 同志社大学大学院ビジネス研究科専門職学位課程教授。 専門は「国際経済学」「国際金融論」「欧州経済論」[1]。 安倍首相が「私は公人だけど、妻は私人」と発言したことで、首相夫人の立場についての問題に火がついた。 「私の妻を犯罪者扱いするとは不愉快」という発言もありましたが、誰もそんなことしていない。 どこかで「犯罪者だと思われかねない」と不安になっているから、素知らぬふりができずに、逆上して言わなくてもいいことを口走ってしまうのです。 非常に幼児的凶暴性の強い人ですよね。 自衛隊の文書も隠ぺい・虚偽答弁があった。 安倍政権・自公維新は、強行採決を何十回も行ってきた。 不正選挙疑惑も多数指摘されている。 excite. jp:2015年4月18日より抜粋・転載) 1)良心欠如、2)他人に冷淡、3)平気でウソをつく、4)口が達者、 5)自分の行動に責任をとらない、6)罪悪感なし、7)自己中心的 安倍氏が、首相になって以来、多くの人は、安倍氏が上記の7つの特徴を兼ね備えていると感じているのではないでしょうか。 以下はその続きです。 12 )陰性患者が、陽性になる等、免疫が 機能しない可能性も、指摘されている ! しかしながら、コロナウイルスの場合、感染したのちに、陰性になった患者が、再び陽性になるケースが報告されている。 免疫が機能しない可能性も、指摘されている。 新型コロナウイルスの特徴は、変異のスピードの速さにあり、より毒性の強いウイルスが出現して、ワクチンによる免疫を、打破してしまう可能性もある。 ワクチンが開発されても、世界の人々の多くが、ワクチン接種できなければ、免疫は付与されない。 そのためには、相当程度長い時間が必要だ、と考えられている。 集団免疫を獲得する手法を、選択するには、大きな代償を払わねばならない。 膨大なかけがえのない命が、奪われることを甘受しなければ、集団免疫獲得の道を選べない。 13 )大半の国が、感染抑止の道を選択している ! このことを踏まえて、大半の国が、感染抑止の道を選択している。 新型コロナウイルスの感染を抑止するには、「検査と隔離」が基本になり、合わせて、外出抑制の方策が講じられている。 安倍内閣は、これにもかかわらず、検査抑制、検査拡大の妨害を続けており、これを直ちに是正しなければならない。 最大のポイントは、すべての医療機関の判断で、PCR検査を行えるように、運用方法を変えることである。 これが決め手になる。 厚労省は、検査を拡大するポーズを示すが、検査妨害の最大の要所となっている、帰国者・接触者外来という防波堤を、除去していないのである。 14 )日本の検査件数は、1日当たり 8000 件程度で、目立った増加がない ! 日本の検査件数は、1日当たり8000件程度から、目立った増加を示していない。 感染抑止の効果を上げるには、感染者を特定して、感染拡大を防ぐことが、ポイントになる。 感染者がいない大自然の中を、人々が散策することを、禁止しても意味がない。 感染者の位置を中心に、感染を防ぐことを考えることが、重要なのである。 この意味でも、徹底的に検査を拡充し、感染者の位置を追跡することが、重要になる。 人々の行動を抑制するから、経済には、重大な影響が発生する。 15 )悪政・安倍政権下、再び 感染が拡大する可能性が高い ! 感染拡大が抑止されれば、慎重に経済活動を、再拡大させることになるが、そうなれば、再び感染が拡大する可能性が高いのである。 そうなると、再び経済活動の抑止が、必要になる。 感染抑止を基本とする対応は、これを地道に継続することを、求められるため、必然的に長期化してしまう。 集団免疫の道を選択しないことは、社会全体の感染者比率が、低い状態が続くことを意味する。 このことは、人と人との接触が拡大すると、感染拡大が再発することを意味する。 コロナウイルスとの戦いは、長期戦になることを、覚悟せざるを得ないのである。 16 )東京五輪延期費用は、3000 億円にも達するであろう ! 東京五輪延期費用は、3000億円にも達すると見られている。 安倍内閣は、日本負担を否定するが、大半を日本が負担することになる、との疑いは濃厚である。 追加費用の大部分を、日本が負担することに、「安倍首相が合意した」と発表した、IOC公式サイトのQ&Aでは、延期日程を、2022年でなく、2021年にした理由について、「日本のパートナーと首相が、来夏以降の延期には、対応できないと明言したからだ」と明示されていた。 日本の要請で、該当部分は削除されたが、安倍首相が、自分の利益のため、1年延期をごり押ししたことが浮かび上がるのである。 17 )東京五輪の2021年開催は、 極めて困難な状況下にある ! しかし、東京五輪の2021年開催は、極めて困難な状況下にある。 東京五輪以前に、日本の国民の生存権が、脅かされている。 現実を冷静に見つめて、東京五輪延期費用計上を、見送るべきである。 安倍首相が、どうしても、東京五輪を、2021年開催に望みをつなぎたいのなら、延期費用は、安倍首相が自己負担するべきである。 1970年(昭和45年)750万世帯達成した。 昭和32年、戸田代二代会長が達成した75万世帯を、10倍に拡大した。 自民党は、1990年までに池田会長が目標を達成すれば、自民党が野党に転落すると心配し、池田会長の長期構想を破壊する、謀略を考えた。 池田会長を辞任させる事、創価学会と日蓮正宗を対立させ、分裂させる事をすれば、創価学会のイメージが新興宗教となり、大構想が破壊できると考えた。 池田会長の大構想破壊のため、一次・二次・宗門事件を構想し、実行した。 1979年4月、池田第三代会長は、辞任させられた。 以後、39年間、創価学会員の拡大は低迷し、自民党のワナにはまり続けてきた。 交代した、公明党・創価学会首脳陣は、次第に自民党への戦う精神が弱くなり、改革路線から大変質して、1999年自民党と連立した。 すると野中はこう答えたという。 与党委員長の下での中間報告・本会議採決というやり方は徹底的に議論する議会政治の原理を否定するもので、典型的なファッショそのもの。 平和と福祉の公明は薄汚れた乞食のような右翼に変身してしまった。 明日の聖教新聞を注目している。 真っ向から批判できれば救いはある。 news. yahoo. 『平和の党』を名乗っていた公明党は、 今や『戦争の党』に成り下がってしまった…」 先月、来日したヨハン・ガルトゥング博士は、自民党と共に安保法制の成立を目指す公明党を厳しく批判した。 さらに、公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長や創価学会の会員たちに、安保法制反対呼びかけているのだ。 [ペンネーム登録待ち板6] 新型コロナウイルス:コロナ死者、世界で20万人超す !感染者、289万人超! 新型コロナウイルス:コロナ死者、世界で20 万人超す ! 感染者、289 万人超 ! 新型コロナ感染拡大の深層・真相は ? (www. asahi. com:2020年4月26日 17時52分) 新型コロナウイルス感染による世界の死者が26日、20万人を超えた。 米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センターが集計した。 死者は今月3日に5万人を超えて以降、週に約5万人のペースで増加している。 同センターによると、日本時間26日午後5時時点の世界の死者は20万3044人。 最も多いのは米国(5万3934人)で、イタリア(2万6384人)、スペイン(2万2902人)、フランス(2万2648人)、英国(2万381人)が続いている。 死者が2万人を超えたのは、英国が加わり5カ国となった。 感染者は累計で289万人に上っている。 WHOがパンデミック(世界的な大流行)と認定した3月11日時点の死者は4292人。 当時は中国が約4分の3を占めていたが、次第に欧米などに広がった。 今月3日(日本時間、以下同)に5万人を超えて以降、8日後の11日に10万人、7日後の18日に15万人を超えていた。 米ジョンズ・ホプキンス大の集計から。 同氏は「コロナウイルスは武漢の研究所で人工的に作られたものだ。 ビル・ゲイツに誰が金を出したのか聞いてみろ」とツイートした。 また他にも「ビル・ゲイツが金を出さなかっただと?ジョージ・ソロスが彼の親しい友ではなかったのか?」と投稿した。 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏とソロス・ファンド・マネジメント会長でウォール街の億万長者の投資家ジョージ・ソロス氏は、共にドナルド・トランプ米大統領と仲が悪い事で有名だ。 更にとんでもない主張もあった。 米国最大のキリスト教系大学、リバティー大学のジェリー・ファールウェル・ジュニア総長は今月の放送で、コロナウイルスは北朝鮮の生物兵器だとする疑惑を提起した。 また米国の有名陰謀説ユーチューバー、ダナ・アシュリー氏は先月、武漢で最初にスタートした5G移動通信サービスが免疫力を低下させ、ウイルス感染が拡大したと主張している。 中国の5Gサービスは昨年11月、武漢を含む16都市で同時に常用化された。 イラクでは事態の背景にユダヤ系金融資本のロスチャイルド一族がいるという噂まで上がっている。 しかし香港メディアは先月、キクガシラコウモリが武漢華南海鮮卸売市場では売られていなかったと、新型コロナウイルスが市場近くにある中国政府の研究所から流出した可能性があると報じた。 既に数年間に渡る貿易戦争に対して鬱憤が溜まっていた一部の米政治家らは、この様なニュースが伝わると、中国政府を非難して責任論を展開した。 中国も同様の批判を行なっている。 中国外交部の趙立堅報道官は今月12日、自身のツイッターに「米軍が武漢に新型コロナウイルスを持ち込んだ可能性もある」とツイートした。 中国の官営メディアも昨年10月に武漢で開かれた世界軍人体育大会に300人以上の米軍代表団が訪問した事を強調した。 中国のネットユーザーらの間では、選手団は競技目的で訪問したと見るには怪しい点が多く、新型コロナウイルスが実は米軍の生物兵器で、選手団が故意に中国に広めたという噂が広まっていた。 新型コロナウイルスが米軍の生物兵器だという陰謀論は中国のみならず、米国に対して悪感情を抱くイランやロシアを中心に瞬く間に拡散した。 米国防省は今年1月中旬からロシアで、米CIAによる「新型コロナウイルス作成説」が組織的に広まっている事を把握している。 歴史的に見ても大規模感染症が広まれば、ほぼ間違いなく陰謀論が付いて回る。 14世紀のヨーロッパでは黒死病(ペスト)が猛威を振るうと、ユダヤ人が井戸に毒を入れたという噂が広がった。 1918年からの2年間で少なくとも2500万人を死に追いやった「スペイン風邪」は、ドイツ軍の生物兵器だという疑いを受けた。 ソ連は1983年、米国に広まるAIDSは米国政府が作成した同性愛者除去用の生物兵器だという噂を広めた。 主な海外メディアは新型コロナウイルスに関連した陰謀論が、現在とてつもない水準にまで増幅してしまったとみている。 一番大きな原因は中国の閉鎖性だ。 中国政府は未だに新型コロナウイルスの具体的な発生地がどこなのか、最初の感染者は誰なのかを明らかにしていない。 中国政府は26日、現地メディアの澎湃(ホウハイ)が昨年12月16日に陽性判定を受けた武漢華南海鮮卸売市場のエビ商人を最初の感染者だと主張した事に対しても反応を見せなかった。 中東の衛生テレビ局アルジャジーラは、爆発的に増加した現代メディアを指摘し、小規模のメディアやSNSが陰謀論を増幅させていると報じた。 smt. docomo. jp: MAG2 NEWS2020年03月02日17時36分) 新型コロナウイルスの発生地はアメリカ? 中国の地方政府、専門家、官営メディアが連日、リレーでもするかのように、「発生地は不確実だ」とする主張を展開。 それだけではなく、米国で発生した可能性もあるとの主張まで登場している。 新型コロナウイルスが全世界に急速に広まったことを受け、中国が責任回避のために居直っているのではないかとみられると朝鮮日報が伝えている。 記事は「米国などでは感染源が不確実な例が増え、発生地に関する論議が複雑化した」と指摘しているという。 その上で、中国疾病予防統制センターの専門家、曽光氏の発言を引用し、「米国でインフルエンザで死亡した患者が実は新型コロナウイルスで死亡した可能性があるとするテレビ朝日の報道を注目すべきだ」と伝えている。 テレビ朝日は2月21日、昨年秋から流行した米国でのインフルエンザの死者の一部が新型コロナウイルスによる患者だった可能性を指摘していた。 朝鮮日報によると、中国が新型コロナウイルスの発生地ではないとする主張は2月26日から始まったという。 武漢市はソーシャルメディアで「当局が確認した新型コロナウイルスの最初の確定患者陳氏は 発生地とされた 武漢華南海鮮卸売市場への訪問歴がなかった」と指摘した。 陳氏がどういう経路で感染したかは明かさず、これまで通説だった発生地を否定したことになる。 中国はこれまで新型コロナウイルスの発生について、他国に謝罪したことはない。 むしろ習近平国家主席は「中国の徹底した防疫措置が世界の公共安全に大きく貢献した」と主張していた。 世界中で大流行している新型コロナウイルス。 これまでは武漢華南海鮮卸売市場が発生源とみられていたが、それを一気に覆した。 責任転嫁としか思えないこの主張に、ネット上ではさすがに呆れる声が多く聞かれる。 「Yu Wenbin博士: 新型コロナウィルスは58のハプロタイプがある。 武漢のはC。 米国では5つ別々のタイプが出てくる。 従って武漢へ輸入された可能性がある。 jp:2020年03月06日 11:30) 長谷川 良:国際原子力機関(IAEA)の今年最初の定例理事会が9日、5日間の日程でウィーン本部で始まる。 それに先立ち、ラファエル・グロッシ事務局長はイランの核問題に対する最新の報告書を公表した。 それによると、2015年の核合意で規定された濃縮ウランの貯蔵量は六フッ化ウランで300キロに制限されていたが、2月19日の時点で1510キロに達している。 同時に、テヘランの未申告施設でウラン粒子が見つかり、イランが不法な核関連活動をしている疑惑が再び浮上してきた。 なぜなら、核兵器はもはや「使用不可の大量破壊兵器」となった感がある一方、生物・化学兵器は今なお秘かに製造され紛争地で使用されている現実があるからだ。 中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスは中国本土ばかりか、アジア、欧州、中東、南北米までその感染地域を拡大してきた。 世界的流行の様相を深めてきたが、発生源については、武漢市の「海鮮市場説」から、「中国科学院武漢病毒研究所流出説」まで、さまざまな憶測が流れている。 はっきりしている点は、中国から始まったということだ。 だから、中国政府は国際ウイルス専門家たちと共同でその防疫対策だけではなく、発生源について、世界が納得できる検証を早急に実施すべきだ。 感染者数が減少してきたとか、死者数が減ってきたという理由で、その検証作業を緩めてはならない。 世界で3000人以上の死者が既に出ているのだ。 なぜ今、そのようなことを主張するのかといえば、生物・化学兵器がある意味で核兵器より恐ろしいからだ。 核兵器は破壊力では断トツだが、広島・長崎で米軍が使用して以来、どの国も核兵器を使用していない。 破壊力が凄いこともあるが、核兵器を使用する戦略的メリットが急減したからだろう。 使用すれば、国際社会からの批判は必至であり、制裁が施行されるから、核兵器保有国は大量破壊兵器の使用を躊躇せざるを得ない。 評判は上々で、視聴率もまずまずだ。 が、SNSではこんな声も出ている。 「主人公の影がうすい」、「主役は誰だっけ」 ちなみに、主人公は明智光秀で、演じているのは長谷川博己。 本能寺の変で有名な光秀だが、前半生は謎に包まれており、使えるエピソードがほとんどない。 そのせいか、第14話「聖徳寺の会見」も斎藤道三(本木雅弘)と織田信長(染谷将太)を中心に描かれた。 婿である信長が舅の道三を驚かせ、実力を認めさせる話だ。 光秀の役回りは、事前に相手を盗み見しようとした道三に、どれが信長かを教えるというもの。 また、第13話「帰蝶のはかりごと」は道三の娘で信長に嫁いだ帰蝶(川口春奈)がこのサプライズ会見の影の仕掛け人だった、という話である。 とはいえ、これが「江〜姫たちの戦国〜」(2011年)のスタッフなら、史実などお構いなしに光秀を目立たせただろう。 主役に上野樹里を起用したことから「のだめ大河」とも呼ばれた「江」は、主人公がどこでもドアでもあるかのように神出鬼没に活躍して、歴史上の事件に絡んでいくというファンタジックな作品だった。 「麒麟がくる」のスタッフも、光秀の前半生が謎なのでいくらでも自由に描けるはずだが、さほど荒唐無稽な展開にはしていない。 歴史に対して謙虚なのだろう。 もちろん、光秀が目立たないからといって、物語がつまらないわけではない。 道三や信長、豊臣秀吉、徳川家康、松永久秀といった史実(といっても、司馬遼太郎の小説「国盗り物語」と同名大河ドラマあたりの影響も色濃いが)の上でもキャラの立った英雄たちの群像劇として飽きさせない仕上がりになっている。 これで光秀も後半生になれば、使えるエピソードも増えてくるので、より濃密なドラマになっていくはずだ。 ところが、である。 ここで、ある疑問が浮かぶ。 そもそも、光秀が主役ってどうなのか、はたして大河の主人公としてイケているのか、という疑問だ。 まず、光秀には華のある出世譚がない。 信長に取り立てられたのも、朝廷や幕府との調整能力が買われたものだし、ドラマ映えする派手な武功に乏しい。 その点、草履を温めるところから始まって、墨俣一夜城、金ケ崎の退き口、高松城水攻めなどへと手柄がきらびやかに続く秀吉とは雲泥の差である。 そのかわり、本能寺の変という大博打をやって、三日天下であっけなく散るという、いわば一発屋的魅力があるのだが、それが今ひとつ人気には結びついてこなかった。 源義経や楠木正成、新撰組や西郷隆盛のように、判官びいきの恩恵もほとんど受けていない。 歴史ファンが偉大なる敗者として抱くシンパシーは、同じ戦国人でも石田三成のほうが上だろう。 これはやはり、三成が主家と忘れ形見のために戦ったのに対し、光秀が主殺しによって天下を得ようとしたという印象の違いが大きい。 そして、光秀はそのあたりも含め、イメージが全体的に暗い。 昨年暮れに、歴史学者の本郷和人もNHKの特番でこんな指摘をしていた。 「ともかくあんまり自分の気持ちに正直に動くような人ではありませんね。 一回全部、自分の気持ちを押し殺して、行動に移っていく」(「あの日あのときあの番組 大河ドラマで探る 明智光秀の魅力」) 同時代の宣教師、ルイス・フロイスが書いた「日本史」にも、光秀が信長に対し「誰にもまして喜ばせ、逆らうことがないように心がけていた」という一節がある。 気まぐれな主君に過剰適応して、無理を重ねていたことが想像される。 こうした本郷やフロイスの分析とシンクロするのが、後半生のエピソードだ。 比叡山の焼き打ち命令に不本意ながら従ったとか、感染症に倒れて死にかけ、看病してくれた妻が亡くなったとか、丹波攻略で自分の母親を人質に使うことまでしたのに、それが信長の方針に反したことから見殺しにしてしまったというものまである。 さらに、本能寺の変の数カ月前には、武田滅亡をめぐる失言が信長を怒らせ、暴力的な折檻を受けてしまう。 前出の特番では、過去4作の大河でこの話が描かれた場面が連続放映された。 どのケースも光秀側に立つといたたまれない気分にさせられる。 大河史上、光秀は「太閤記」(1965年)から「麒麟がくる」まで計16作に登場しているが、半世紀以上も脇役に甘んじてきたのはこの視聴者をいたたまれなくさせるキャラに起因するのではないか。 というのも、大河の主人公はもっぱら、明るくマイペースで、最後に負けてもどこか爽やかだったりする。 今後、光秀らしさが出てくれば出てきたで、感情移入しにくい視聴者も少なくなさそうだ。 では、それを演じている長谷川はどうなのか。 そのキャリアで記憶に新しいのは、連続テレビ小説「まんぷく」でのヒロインの夫役だ。 じつはこのとき演じた役のモデル・安藤百福は秀吉型のヒーローだった。 それこそ「鳴かせてみようホトトギス」の精神で世界初の即席めんやカップめんを発明し、実業家としても大成功する。 その偉業をめぐる妻との協力関係は、39年前の大河「おんな太閤記」のそれにも似ていて、そういうところがウケたのだろう。 つまり、長谷川は攻めの芝居もできるのだが「麒麟がくる」では受けの芝居を優先しているように思える。 キャラの立った英雄(および、帰蝶のような女傑)たちに振り回されながらも、飛躍の機会を待っている状態だ。 言い換えれば、SよりMっぽいスタンスなのだが、光秀自体そういうイメージだから、これでもいい。 むしろ、このドラマは主人公のMっぽいもどかしさを楽しむべきものなのではないか。 ただ、このもどかしさには最近の大河全般が抱える問題も影響している。 国民的ドラマである以上、主役は特に、現代にも受け入れられる価値観を持っていなくてはならないという問題だ。 たとえば「天地人」(2009年)の主人公・直江兼続は平和を好む愛の武将として描かれた。 愛という文字をあしらった兜をかぶっていた史実からだが、その由来は愛宕信仰だとする説が有力で、現代的な愛を意識していた可能性は低い。 しかし、最近の大河ではあのような描き方が望ましいのである。 今回の「麒麟がくる」も、聖なる獣・麒麟を平和の象徴に見立て「麒麟は一体、どの英雄の頭上に現れるのか……」(公式サイト)というテーマを掲げている。 が、平和への意識を持たされているのはもっぱら光秀で、他の道三、信長、久秀といった人物はわりと自由に権力闘争に明け暮れている感じだ。 それゆえ、光秀は傍観者的というか、ちょっと浮いていて、現代人が中世的世界に迷い込んでいる雰囲気すらある。 主役なのに、不自由にも見えるのである。 この流れだと、最終的には、光秀が凶暴化する信長に絶望して、自らが麒麟を呼ぶ英雄たらんとして本能寺の変を起こす、ということになりそうだが、その希望もすぐに潰えるので、視聴者に快感は残らない。 最後まで、もどかしさは解消しないだろう。 とはいえ、これは判官びいきされない敗者・光秀をあえて主役にした大河の宿命でもある。 能力的にも性格的にもギリギリのところで天下に届かなかった男のもどかしさ。 いわば、主役の不自由性を楽しむことこそ、この王道のようでちょっと異端な大河ドラマの醍醐味なのかもしれない。 早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。 著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など (参考資料) 主人公の明智光秀とは ? (ウィキペディアより抜粋・転載) 明智光秀(あけち・みつひで、生年未詳 - 1582年7月2日〈天正10年6月13日〉)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。 戦国大名・織田信長に見出されて重臣に取り立てられるが、本能寺の変を起こして主君を自害させた。 直後に中国大返しにより戻った羽柴秀吉に山崎の戦いで敗れる。 一説では、落ちていく途中、小栗栖(現・京都府京都市伏見区小栗栖)において落ち武者狩りで殺害されたとも[10]、致命傷を受けて自害した、ともされる[11]。 これは光秀が信長を討って天下人になってからわずか13日後のことであり、その短い治世は「三日天下」とも言う。 通称は十兵衛。 雅号は咲庵(しょうあん)。 官途は日向守。 朝廷より惟任(これとう)の姓を賜ったので惟任光秀ともいう[注釈 9]。 妻は妻木煕子。 その間の子には、細川忠興室・珠(洗礼名:ガラシャ)、嫡男・光慶(十五郎)、津田信澄室がいる。 領地で善政を行ったとされ、光秀を祭神として忌日に祭事を伝える地域(光秀公正辰祭・御霊神社)もある。 江戸時代の文楽『絵本太功記』や歌舞伎『時桔梗出世請状』をはじめ、後世、小説・映画・テレビドラマなど様々な作品でとりあげられている。 父は江戸時代の諸系図などでは明智光綱、明智光国、明智光隆、明智頼明など諸説がある。 また、父親の名前も伝わらない低い身分の土岐支流とも言われている[13]。 生年は信頼性の高い同時代史料からは判明せず、不詳である[1]。 ただし、後世の史料によるものとして、『明智軍記』などによる享禄元年(1528年)説、および『当代記』による永正13年(1516年)説の2説がある[1]。 また、橋場日月は『兼見卿記』にある光秀の妹・妻木についての記述から、光秀の生年は大幅に遅い天文9年(1540年)以降と推定している[14](この場合、天文3年(1534年)生の織田信長より年下となる)。 少なくとも、美濃国(岐阜県南部)あたりで生まれたことは事実であるとみられている[1]。 このほかに近江国出生説もある[18]。 井上優(滋賀県教育委員会文化財保護課主幹)は、江戸時代前期に刊行された『淡海温故録』の記述から、光秀の祖先が土岐氏に背いて六角氏を頼り、近江国犬上郡で生まれた可能性を指摘。

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