プレッピー ルック。 80年代メンズファッションの特徴とは?|海外を驚かせた日本DCブランド服からアメリカ発80sプレッピーまで

アイビールック

プレッピー ルック

みなさん、こんにちは! 今回は、1980年代メンズファッションの特徴やコーデをご紹介していきたいと思います。 人々の消費意欲はかつてないほどに大きくなりました。 さらに、 ものが普及するにつれ、人々は他人と同じものではなく、人との違いを求めるように。 そんな中、日本で流行したのが 「DCブランド」でした。 DC(デザイナーズ&キャラクターズ)ブランドとは、スター性を持つデザイナーのオリジナリティが強調されていたり、ブランド名やキャラクターを全面に出しているブランドのことです。 アイビーリーグのユニフォームをルーツに持つスタジャンは、80sプレッピーファッションに取り入れられたアイテムです。 赤や緑のスタジャンを身につければコーデがカラフル&カジュアルになり、80年代プレッピーらしい装いに。 80年代メンズファッションまとめ ここまで、1980年代メンズファッションの特徴をご紹介してきましたが、いかがでしたか? 80年代は、バブルの時代ならではの DCブランドブームが特徴的でしたね。 さらに、 そのうちの日本人デザイナーが海外に爪痕を残した、ファッション史において重要な時代でもありました。 80年代のバブル時代というと、ひたすら華美なファッションをイメージしがちですが、意外と知らない側面もあったのではないでしょうか? ぜひこの機会に、さらに深く80sファッションを楽しんでみてくださいね! NEXT:80年代日本とは対照的に、世界が不況に陥った70年代はどんなファッションが流行したのでしょうか?.

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プレッピースタイルとは?アイビールックの違いとファッションコーデ13選

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若くお洒落な女性から『アイビーとプレッピーの違いって何ですか?』と、質問されて答えに窮してしまった。 そこで改めてこの質問について考えることにした。 ただし答えることのできるのはアイビーとプレッピーの出自の相違であって、その女性がもっとも知りたかったであろう、ファッションについての明確な違いはないことをあらかじめお断りしておきたい。 1981年に日本で『オフィシャル プレッピー ハンドブック』という本が翻訳された。 当時筆者は、その単行本の版権を獲得した日本の出版社で、若者向け総合情報誌の編集ライターをしていた。 若者雑誌は月刊であったが、創刊後1年9カ月を要してライバル雑誌と同様に月2回発行の雑誌に生まれ変わることになったのである。 その記念企画として単行本発売と同時に雑誌のほうでもこれを取り上げよう、ということになった。 しかしながら参考文献は単行本1冊しかない。 しかもその本はご存じのようにプレッピーの生態についていささか皮肉をこめて著されたもの。 それをファッションに狙いを絞って編集するのだから大変である。 アメリカのファッションに詳しいアパレル業界の関係者に協力してもらい、後は徹夜作業の妄想力を駆使して何とか雑誌は完成した。 雑誌の発売日に、筆者は刷り上がったばかりの雑誌をパラパラとめくりながら、通勤電車の座席でひとり反省会をしていた。 すると何やら鋭い視線を上から感じた。 顔をあげると、吊り革にぶら下がった20代後半のビジネスマンが何やらブツブツ言いながら雑誌をのぞき見しているではないか。 しかも降り際にその男は『けっ、プレッピーかっ、ダセェな』と捨てセリフを残して去ったのであった。 おそらくその男は日本式アイビーの信奉者だったのだと思う。 日本のアイビールックは大阪の某アパレルメーカーとファッション雑誌の草分け的存在の月刊誌によって普及した。 両者は、『アイビーは米国のエリート学生の生活着である。 そのワードローブは不変だ』という主張を続けていた。 しかしアメリカでは1967年以降にカウンターカルチャーが台頭し、学生達の着こなしは大幅に変化していた。 アイビー校のキャンパスには、ブルージーンズとメッセージTシャツが溢れたのである。 しかし日本のアイビーはこの傾向を無視し、ガラパゴス島のイグアナのように進化を拒否したのである。 だが今考えるとこれが良かった。 日本のガラパゴスアイビーは、それがもっとも輝いた時代(1950年代中盤から66年)のまま保存されたからである。 しかしプレッピーハンドブックには逆にこのことが災いした。 筋金入りの日本のアイビー信奉者にとっては、プレッピーはアイビーをカラフルに着崩しただけの流行ルックと誤解されてしまったからである。 結局日本のプレッピールックも単行本も、業界が期待するほどのブームにはならなかったのである。 プレッピーはアイビーリーグ8校などの著名大学に入るための予備校のこと。 だからアイビーの弟分的なファッションである、という紹介を日本ではされていたが、これもちょっと違う。 プレッピーと呼ばれる人は大学に入ってからも、社会へ出てからもプレッピーであり続ける人種のことを指すからだ。 プレッピーの通う予備校は全寮制が多く、必然的に裕福な家庭の子弟でなくては入学ができない。 また寮では、英国の全寮制学校を手本にしているために厳格な躾けがされる。 プレッピーがしばしば、衿や袖が擦り切れたオックスフォードシャツやガムテープで靴底を補修したローファーなどを、むしろ誇らしげに着ているのは、こうした躾けや祖先が厳格なピューリタンが多かったことと無関係ではないのだと思う。 日本でも有名私立大学に、他の高校から入学した人と、大学付属の幼稚園や小学校から上がってきた人とは、何というかオボッチャマ度のレベルが異なる。 プレッピーというのはこのピュアなオボッチャマ性が照れ臭いのか、酒に溺れてみたり、わざと流行には無頓着な服(今どきのプレッピースタイルからすると大きめのブレザーやポロシャツを選ぶ傾向がある)を着てみたり、ちょっとツイストした精神の持ち主が多い。 またそのお金持ち特有の妙なスノッブさが、プレッピーハンドブックなどの突っ込み本を生む要因になっているわけである。 日本式アイビーに純愛する人々の教科書に『TAKE IVY』という、婦人画報社が1965年に発行した一冊がある。 米国のアイビールックのまさに一番輝いていた時代に本場のキャパスで撮影されたこの写真集は、今見直すと、アイビーリーグ校のなかにほんの数パーセントしか存在していないプレッピーたちにフォーカスしたルックブックだったといえよう。 着古したコットンマドラス、素足ではくローファー、丈の短いポプリンパンツ。 これらはプレッピーが予備校時代から愛用し、大学へ持ち込んだものだ。 言い換えるならアイビーの本流を作った者こそ、ほかならぬプレッピーなのである。 しかしファッションは新陳代謝を繰り返すもの。 その幹となるスタイルは変わることがなくても、時代によって新鮮な枝葉となるアイテムは異なってくるものなのだ。 たとえば1960年代にあれほど注目されたスタジャンやコーチジャケットは、アイビーリーグ校のフットボール部などが弱体化した80年代には人気を失った。 『オフィシャル プレッピー ハンドブック』が発行された80年代でもっとも重要なアイテムとして珍重されたピンクのオックスフォードB. シャツや、B. シャツ&ポロシャツの重ね着なども、最近発行されたアップデート版では見向きもされない。 逆に昔も今も人気があるのはシャギードッグと呼ばれるシェットランドセーターやビーンブーツなど。 ほんとうはお金持ちなのに、そうではないように見せるルックスが、結果、流行を追う一般ピープルとは異なる崇高さに見えて注目されたプレッピー。 いっぽう島国であるがゆえにガラパゴス化した日本のアイビー。 結果両者は、今もっともスノッブでクールな地点(60年代アイビーリーグルック)にランディングした。 ファッションとはじつに面白く、複雑なものなのである。

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プレッピースタイルとは。意味とコーデを解説【大人のファッション用語】|「マイナビウーマン」

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<目次> ・ ・ ・ ・ ・ プレッピースタイルとは プレッピースタイルとはそもそもどこで生まれたファッションなのか、その歴史からたどってみましょう。 何となくイメージはつくかもしれませんが、どういうコーディネートを指すのかも詳しく説明していきます。 プレッピースタイルの意味や定義 プレッピーとは、名門私立学校に通っている良家の子息や令嬢を表す俗称になります。 アメリカでは、名門私立高校をプレパラトリースクールと呼ぶのですが、これを略してプレップと呼ぶのが、プレッピーの語源だといわれています。 育ちの良さや上品さを感じさせるコーディネートがプレッピースタイル。 エンブレムつきのブレザーやカーディガンなどが着こなしのキーアイテムになります。 プレッピーとアイビーの違い プレッピースタイルはアイビールックの弟分という位置付けになるかもしれません。 1950年代に流行した、アメリカの有名私大8校による団体・アイビーリーグ所属の学生たちのファッションがアイビールックに当たります。 そのアイビーリーグの大学進学を目指すプレパラトリースクールに通う学生たちのファッションが、プレッピースタイルだといわれています。 プレッピースタイルが流行するのは1980年代。 アイビールックが流行した世代の子どもたちの世代でもあり、アイビールックよりも少しルーズで、上質な服を着崩すというのがルールだったそうです。 Check! プレッピーファッション系レディースブランド では、プレッピーファッション系のレディースブランドとはどんなものがあるのでしょうか。 Tommy Hilfiger(トミー ヒルフィガー) 「クラシック アメリカン クール」をコンセプトにした、アメリカのブランド。 1985年に創業し、伝統的なアメリカンファッションにちょっぴりひねりを加えて、新鮮に見せているのが特徴です。 レディース、メンズ、さらにキッズやベビーまで揃います。 ジャケットが代表的なアイテムで、メンズ用を女性が着てもとってもおしゃれに決まりますよ。 RALPH LAUREN(ラルフローレン) 1968年に創業した、デザイナーのラルフ・ローレンによるブランド。 イギリスの伝統的なファッションをアメリカ流にアレンジした、アメリカントラッドな洋服を提案しています。 アメリカの豊かで理想的なライフスタイルを表現しているので、品が良く上質なファッションアイテムが揃います。 長袖のシャツなどはラフに着られて、定番で人気のアイテムです。 LACOSTE(ラコステ) 1933年にテニス選手であるルネ・ラコステがスタートさせたブランドで、当時はスポーツテイストを感じさせるファッションがメインでした。 2012年には、アジア初の旗艦店が渋谷にオープン。 キャッチーなワニのマークがトレードマークで、斬新な色使いはプレッピースタイルに最適です。 代表的なアイテムは言わずと知れたポロシャツです。 fredy(フレディ) 1981年に日本で生まれたカジュアル系ブランド。 着心地が良く、デイリーで着やすいアイテムばかりなので、ファッション初心者も手に取りやすいはずです。 Read more 1945年に太平洋戦争が終結。 50年代の日本のストリートファッションは、アメリカ文化の模倣にはじまり欧米の影響を大きく受けています。 戦後、国中が町の復興に取り組むなかでアクティブに動ける洋服は自然と受け入れられ、洋装ブームで女性のファッションも劇的に変化した時代です。 今回は、そんな50年代のレディースファッションについて紐解いていきます。 なかでもクリスチャン・ディオールから発表された1947年の「ニュールック」や1955年の「Aライン」スタイルは、日本で紹介されるとすぐに女性の間に広まりました。 同時に、銀幕のファッションが注目を集めるようになり、オードリー・ヘプバーン、ジェームズ・ディーン、石原裕次郎などの衣装がトレンドを生み出していきます。 敗戦を経て、豊かな生活を求める人々の気持ちがファッションにも反映されていったのが50年代だったのです。 そのシルエットが、数字の8に似ていることから、別名「8(エイト)ライン」とも呼ばれました。 この新鮮なファッションが、進駐軍の家族や闇市で売られたファッション雑誌を通して、デザイナーやジャーナリストの関心を集めます。 まだ和装の習慣も残る時代でしたが、特に若い女性たちは新鮮なスタイルを模倣するようになり、洋裁雑誌から情報を得ては自宅で洋裁に励んでいたのです。 小津安二郎映画のマドンナだった原節子さんも作中で着用しています。 通称「落下傘スタイル」と呼ばれました。 というのも、戦時中にはファッションを楽しむことができる状況ではなかったため、40年代の前半までは西洋でも女性らしさを抑制したストイックなスタイルが中心だったのです。 その反動によって50年代は世界的にも華やかなファッションが支持されます。 日本の洋裁雑誌には、フリルやアップリケ、レース使いのなどの縫製の方法が豊富に掲載され、ロマンティックなロングドレスや「落下傘ドレス」もあわせて紹介されていました。 リボンやパフスリーブがあしらわれ、より女性的なディティール がプラスされていたのもポイント。 ワンピースから小物までさまざまなアイテムにその柄が載せられました。 キュートなムード満載のドレスが街に溢れました。 腰から裾までがぴったりと体の線に沿ったふくらはぎ丈のデザインで、活動的なウェアです。 これまでのトレンドから打って変わり、少年のような小気味よさを加味したスタイルが新鮮に映り、女性たちから絶大な人気を得ます。 スカーフは頭をすっぽり覆う巻き方がポイント。 どちらもあわせて着用することでグッと上品な印象です。 銀幕での海外スターの装いとあわせて、日本の女優や俳優の装いが人々に大きく影響を与えていました。 今、その名画を見返してファッションのエッセンスを盗んでみるのもひとつの手。 たとえば、『麗しのサブリナ』でオードリー・ヘップバーンが着るサブリナパンツを今はくならトップスはビッグサイズのアイテムがよさそう。 オールブラックでまとめつつ、アクセサリーはシルバーやゴールドを選んでアクセントをつけたいところです。 ちなみに、マリリン・モンローが両手でスカートを押さえるシーンで有名な映画『7年目の浮気』ですが……同作品内でモンローがペールピンクのサブリナパンツをはいています。 ペールトーンパンツに、エクリュカラーのシャツを合わせて、ワントーンにまとめてもキュートに仕上がること間違いなし。 このように、50年代映画を楽しみながら、ぜひ、自分のワードローブに取り入れるアイテム探しをしてみてください。 人々の心が解放されていくのを映しながらファッションも華やかさを増していったのが特徴です。 クリスチャン・ディオールが世界を席巻した「ニュールック」のエッセンスを日常着に取り入れ、シネモードの全盛時代のなか、外国映画や邦画で描かれる風景や生活とファッションに人々は憧れました。 赤いハイヒールや、真知子巻き、セシルカットのみならず、マリン調のボーダーシャツやササールコート、ジーンズ……と今も愛されるアイテムの多くは50年代の銀幕から生まれたトレンドです。 そのさなかで、ショッピングセンターや百貨店も設立されはじめ、に向かう土壌が作られていったのです。 (文:ナガイタカコ、イラスト:ヤベミユキ) Check! ・ ・ ・ ・.

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