春 過ぎ て 夏 来る らし 白妙 の 衣 ほし たり 天 の 香具 山。 百人一首の意味と文法解説(2)春過ぎてなつきにけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山┃持統天皇

「春過ぎて 夏来にけらし 白たへの 衣干すてふ 天の香具山」という和歌について次のことを知りたい。1...

春 過ぎ て 夏 来る らし 白妙 の 衣 ほし たり 天 の 香具 山

解題 『 小倉百人一首』の生みの親の 藤原定家も撰者の一人だった『 新古今和歌集』(1210~1216年頃成立)に「 持統天皇」のクレジットで収載された歌だが、 元歌は「春過ぎて夏来たるらし 白妙の衣ほしたり 天の香具山」『 万葉集』巻一・詠み人知らず(・・・少なくとも、天皇の 御製ではない)。 各種研究の進んだ現代的観点からは、この歌は、 元歌改作(・・・趣旨を変えない全句引用の部分的改作なので「本歌取り」とは呼ばない)の過程で二つほど過ちを犯している点を指摘せねばならない。 まず文法的には、 元歌「夏来たるらし」の解釈を「夏+来+たる(完了=既にそうなっている)+らし」としている点が間違い。 現代の文法的判断では「夏+来たる(来ようとしている)+らし」が正解。 即ち「もうすぐ夏になろうとしているようだ」が正しいところを、「既にもう夏が来てしまったようだ」と『新古今』撰者は早とちりしている訳である。 その結果、新古今版「来+ぬ(完了=既にそうなっている)+けり(詠嘆=そうなのだなぁ)+らし」解釈が成立し、本来「春が終わって夏が来ようとしているらしい」として「春」の 部立てに入れるべき歌を、「春は既に過ぎ去って夏になってしまったらしいなぁ」として「夏」の 部立てに編入する、という季節感錯誤の過ちをも犯している。 もっとも、この文法的誤解は、平安末から鎌倉初期には無理からぬこととも言える。 そもそも<「来たる」には「来+たり(完了助動詞)=既に来ている」の他に、一語の動詞としての「来たる=これからやって来る」の場合がある>という事実を指摘する初の学術研究は、江戸時代中期の国学者 本居宣長(1730-1801)の『 玉勝間』(十二巻)・・・・その宣長にしてからが、この「来たる」の語源を「来而有=来+有り」と見ていて、終止形が「イ」音で終わる 筈のラ行変格活用動詞「有"り"」から、何故「ウ」音終止の四段活用形「来た"る"」が生じたかは 有耶無耶のまま・・・「来+ 到る」の複合動詞が一語になったと見れば、ウ音で終わる語形の謎も、完了形でなく近未来形となるその意味の 絡繰りも、いずれもすんなり解ける訳で、現代ではそれが定説だが、その説が出されたのは1911(明治44)年( 柴田猛緒「 来字の活用及語源考」國學院雑誌)のことなのである・・・。 事程左様に、言葉とは誤解され易いもの。 ということで、(この文章の筆者は)「夏来たるらし=夏+来+至るらし・・・春もそろそろ終わり、もうすぐ夏が来るようだ・・・だって、 香具山に、夏に備えて、 天女が 羽衣干しているんだもの」( 部立ては「春」)の万葉調解釈をこそお勧めする。 因みに、上記の 如き執念深き論理的検証をまるでよしとせず、「古来、そうなってるんだから、そうなの!」とばかり、古文業界の約束事への独善的盲従を以て「古典的教養」に 代替する知的怠慢体質の諸氏に、試みに尋ねてみるがよい、「 香具山に 白妙の衣がかかってる・・・ということは、季節は?」と。 彼らからは必ずや次のような「思慮なきこだま」が返ってくるであろう:「夏!初夏も初夏、『新古今』巻第三・夏歌の冒頭を飾るのが『春過ぎて夏来にけらし 白栲の衣ほすてふ 天の香具山』だからねっ!」・・・こうした日本人たちによって、万葉人が「晩春」の現象とみなした「 香具山の春霞」は、鎌倉初期このかた、「初夏」の風物詩へとねじ曲げられてしまった訳である。 中には、「霞」はどう 足掻いても「春」と仲良しであるために、この歌を「夏」のものとするための 方便として、次のような強弁をする者さえある<「 白栲」は「霞」を指すのではなく、山一面に咲く「 卯の花」を指すのだ>・・・ 俳諧界の約束事で言えば「 卯の花」の季語は「夏」だから、それでよかろう?という訳である・・・ご苦労様なことだ:彼らの土台無益な勤勉さに敬意を表して、次の英語格言を贈りたい:「Lies beget lies. (嘘は更なる嘘を生む)」。 赤信号もみんなで渡れば青信号、晩春も、夏だ夏だと言い張るうちに、いつしかホントの夏になる・・・なんともジャパネスクな話ではないか。 そうした嘘に平然と染まって何の疑問も異議も唱えずにいること(ついでに、そうでない知識人を毛嫌いし 排斥して自分達の世界の平穏を墨守すること)が、即ち「日本人である」ということ、なのであろう。 この意味で、筆者は全く「日本人(的)ではない」し、この種の日本人に対しては敬意のかけらも払う意志がない。 読者の中で、在来的な意味に於ける「日本人(的)であること」に固執なさる 御仁は、これ以降の筆者の話からは目を背けて一切取り合わずにここで退散することを強くお勧めしておく。 今まで思いも寄らなかった「ジャパネスク変態」の実態を、嫌というほど見せつけられた後では、もはや今まで通りの「日本人である」ことなど、 到底不可能な知的水準に到達してしまうことになるのだから・・・知的卓越が必ずしも幸福を意味せぬ国の住人には、「日本人であること」にこだわり続けて事実・真実から目を背け続ける資格も、 それなりには、あるのである。 在来的日本人の知的怠慢体質には何の敬意も払わぬ筆者であるが、彼らが怠惰に甘んじて 惰性的幸福を味わう権利まで全否定するほどの強圧的 啓蒙主義者では、ないのである。 では、付いて来る勇気のある諸賢よ、次なる発見へと向かおうか。

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持統天皇(天の香具山)

春 過ぎ て 夏 来る らし 白妙 の 衣 ほし たり 天 の 香具 山

031] 小倉山荘では、2000年~2002年にかけて、『ちょっと差がつく百人一首講座』と題したメールマガジンを発行しておりました。 『小倉百人一首』の中から毎回一首ずつ、100回完結の形式で発行いたし、たくさんの方々に愛読いただいておりました。 この度愛読者様からのご要望にお答えし、バックナンバーを作成いたしましたのでおせんべいを召し上がりながらゆったりくつろいでご覧ください。 尚、マガジンの記載内容につきましては発行時点(2000年~2002年)のものであること、お問い合せ等にはお答えできかねますことを重ねてご了承くださいませ。 天上から降りてきたという神話があるので「天の香具山」と呼ばれますが、持統天皇が政治を執り行っていた藤原京からは、東南の方角にこの山が眺められたようです。 この山を見ながら、この有能な女帝は「ああ、いつのまにか春が過ぎて夏がやってきたようね。 夏になると真っ白な衣を干す天の香具山に、衣がひるがえっているのが見えるから」とふと感じたのでしょうか。 夏の訪れが山の緑と布の白さで象徴される、とても爽やかな感じを与える歌といえます。 万葉集では、この歌は「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山」になっています。 「干したり」は「干している」で、原歌が歌われた頃はちゃんと干していたのでしょうが、藤原定家の時代には、もう行われていなかったのでしょう。 「衣ほすてふ」と伝え聞く「伝聞」の形をとることで、天の香具山に衣を干した当時の風俗を取り込む趣になっています。 この歌の舞台となった橿原市は万葉の都。 大和三山の畝傍山 199m 、香具山 152m 、耳成山 140m がちょうど正三角形をなして、持統天皇のいた藤原京跡を取り囲んでいます。 神話では、香具山が天から降りてきたという話の他に、畝傍山を女性に見立て、耳成山と香具山が奪い合ったという話も残っているそうです。 大和三山をウォーキングするなら、近鉄橿原線橿原神宮駅で降り、畝傍山のふもとにある橿原神宮からスタートするとよいでしょう。 橿原神宮は神武天皇が天下を治めた宮の跡を保存するため、明治時代に建てられた神社です。 そこから畝傍山、香具山、耳成山の順に登ってみましょう。 どれも美しい形の低い山で、万葉の昔をしのぶにはもってこいの雰囲気です。 藤原京の跡には田園風景が広がっていますので、香具山の南にある「飛鳥資料館」に行くと復元模型が見られます。

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002 持統天皇 春過ぎて

春 過ぎ て 夏 来る らし 白妙 の 衣 ほし たり 天 の 香具 山

・と並んで、大和三山の一つです。 天から降って来たという伝承があり、天 あめ の香具山とも呼ばれます。 橿原市と桜井市の境にあり、高さは148メートルです。 - Kaguyama is one of Yamato-Sanzan Three Mountains of Yamato along with Mount Miminashi and Mount Unebi. Old tradition has it that it has fallen from the heaven, and it is also called Ameno-Kaguyama Heaven of Kaguyama. It is located at the border of Kashihara City and Sakurai City, the height is 148 meters. 香具山 かぐやま を詠んだ歌 万葉集の5首に「天 あめ の香具山」と詠まれていて、神聖な山と考えられていたと思われます。 0002: 0013: 0014: 香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原 0028: 0052: 0199: かけまくもゆゆしきかも言はまくも....... 長歌 0257: 天降りつく天の香具山霞立つ春に至れば....... 長歌 0258: 人漕がずあらくもしるし潜きする鴛鴦とたかべと船の上に棲む 0259: 0260: 0334: 0426: 草枕旅の宿りに誰が嬬か国忘れたる家待たまくに 1096: 1812: ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも 2449:.

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