ティック クアン ドック。 衆生救済のため焼身自殺の僧侶…遺灰から信じられないものが発見される…

世界を変えた有名な戦場カメラマン18人の写真

ティック クアン ドック

1601年に建立された、フエで最も古く美しい寺院です。 ティエンムー寺院を漢字で書くとティエンは「天」、ムーは「姥」を意味します。 名前の由来は、広南朝までさかのぼります。 太祖グエン・ホアンは国を開くためにこの地を訪れた際、村民から伝承を聞きます。 その伝説では、ある夜に赤い衣と緑色の裾を着た一人の老婆が丘の上に現れ人々に「いつかここに真の主がやって来て、霊気と龍脈をあつめ強力な国をつくるために、寺を建てるであろう。 」と語ったそうです。 これを聞いたグエン・ホアンは民衆の願いを叶えることができるように、また慶事の知らせに感謝をして、フォーン川に面する丘の上に寺を建て「天姥(ティエンムー)寺」と名付けました。 この寺院では美しい景観と庭園、そして穏やかに流れるフォーン川の風景が楽しめる心地よい寺院です。 ぜひ、フエの人々に親しまれているティエンムー寺へ行ってみてください。 その当時ゴ・ディン・ジェム政権はキリスト教徒が多く、仏教に対して弾圧的処置をとっていました。 1963年6月11日ティエンムー寺のティック・クアン・ドック僧侶はその弾圧に抗議し、サイゴン(現ホーチミン)まで車でいき、アメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身供養を行ないました。 燃え盛る炎の中で絶命まで姿勢を崩さなかった様子は国際的に衝撃を与えました。 さらに副大統領夫人マダム・ヌーは、これを「僧侶のBBQ」と批判したため、国民から非難が高まり、後の軍事クーデターによってゴ・ディン・ジエムが殺害される一因となりました。 この車は、僧侶がサイゴンまで乗った車です。 また、僧侶は体が焼け落ちても心臓は形をたもったまま残り、その不滅の精神を体現したといわれています。 その心臓の写真パネルも展示されているのであわせてご覧ください。

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世界を変えた有名な戦場カメラマン18人の写真

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マルコム・ブラウンが撮影した彼の焼身自殺。 同ジャーナリストによる同様の写真がグランプリ受賞 1963年6月11日、当時のの政権が行っていたに対するに抗議するため、サイゴン(現・)の前で自らをかぶってした。 彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でもを続け、絶命するまでその姿を崩さなかった。 その衝撃的な姿がカメラを通じて世界中に放映され、ベトナム国内だけでなく国際世論に大きな影響を与えることとなった。 ジエムの弟にして大統領顧問・秘密警察長官であったの妻のは、アメリカのインタビューでこの事件を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」「反米運動にアメリカ製ガソリンを使うなんて矛盾してるわ」「今度同じことをするならガソリンとマッチを進呈する」 と発言し、それが全世界に報道されたため、南ベトナム国内や米国だけでなく世界中の大顰蹙を買い、国民のジエム政権への反発をいっそう高めた。 同年11月にはが発生し、ジエムおよびヌーは決起部隊に殺害されたが、元凶であるマダム・ヌーは生き延びた(事実上の。 各国を転々とし、2011年にローマの病院で死去。 2人の娘は姉が1964年に22歳、妹が2012年に52歳で共にで亡くなっている)。 は著作で、この事件をのの一環に過ぎないと主張した。 アメリカ人ジャーナリストのが撮影した報道写真は、度のを受賞した。 脚注 [編集 ].

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【ベトナム旅行/ホーチミン】ティック・クアン・ドック祠廟

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概要 [ ] 実行者は、自らの体に・・など、引火性の高いを振り掛けてから、引火させる方法を採ることが多い。 などの事故や()などに巻き込まれた結果による焼死と同様、多くは肉体の焼損が直接の死因とはならない。 の取材によると、焼身自殺を図った場合の主要な死因は、火災などによる焼死に多い直接死因(による)ではなく、全身の大部分のがして喪失することで、人体から急激に水分(や)が流失していくことによる、によるであり、救急搬送の連絡を受けたの多くは、火傷の範囲とその原因を聞いた時点で、救命の可能性を概ね判定することが可能という。 搬送された自殺未遂者は、でなどのを施される(火傷面積によっては、 救命の可能性が皆無であることが事前に分かる為、など、積極治療を施す選択自体が放棄される)が、多くはまで意識が明瞭なまま死亡していく為、近親者との今生の別れを済ませる時間的余裕が、他の自殺法による未遂事例に比較して多い反面、未遂者は自らの行動を後悔しながら、時間を掛けて逃れようのないを迎えていくことから、肉体的苦痛以上に精神的苦痛が他の手段に比べ圧倒的に大きく、 例え自殺を試みる場合でも手段として、焼身は決して選択すべきではない、と結論付けている。 歴史 [ ] (律文献は軽罪とし、経典は比丘が自殺直前に解脱していたので戒律には抵触しないとした。 また論書は自殺が殺生戒には相当しないと説いた。 仏教は人がたとい人生に躓こうとも、生きることの意義を説き、解脱を求めることを諦めないように慫慂したものであると考える)や(自殺が贖罪行として行われた時には認め、それ以外は禁じた)では、焼身自殺は、何世紀にも行われてきた。 特にではそうである。 、政治的抗議、、などさまざまな理由がある。 武勇をほこるのあったチャランやなどでも焼身自殺はなされていた。 圏 でのを信じるある村の人間全員が自らを焼き殺すという事件があった。 いわゆる「炎の再」である。 はじめのにおけるの記録にも、焼身の例は散見されるが、こちらの場合は通常死を伴うものではなかった。 彼らは(腕や腿といった手足など)身体の一部を焼き、にかけられたの苦しみに耐えたことを示そうとしたのである。 キリスト教ではまで自らの肉体は保全しておかねばならないという観念がある為、自殺自体が禁忌とされているが、とりわけ焼身は自らの肉体が焼損して現世から滅び去る(最後の審判すら受けられない)ことを意味している為、特に忌避される方法である。 これが転じることで、のやでは異端者を神に代わって現世から完全に抹消するという意味合いでが多く用いられた。 何人ものが仏教へのに抗議するため、炎をまとい自殺していった。 例えば、式のをおこなった政権下のが挙げられる。 の注釈をひもとけば、自分自身へのを禁じているものはいくつも見出せるにもかかわらず、の焼身自殺はそれを評したの暴言と相まって全世界に衝撃を与えた。 仏教 の薬王菩薩本事品第二十三にはの生が描かれており、その箇所が焼身自殺によってへやたちにを働かせたのである。 薬王菩薩の前世は、一切衆生喜見菩薩といい日月浄明徳如来(仏)の弟子だった。 この仏より法華経を聴き、楽(ねが)って苦行し、現一切色身三昧を得て、歓喜して仏を供養し、ついに自ら香を飲み、身体に香油を塗り焼身した。 諸仏は讃嘆し、その身は1200歳まで燃えたという。 命終して後、また同じ日月浄明徳如来の国に生じ、浄徳王の子に化生して大王を教化した。 再びその仏を供養せんとしたところ、仏が今夜に般涅槃することを聞き、仏より法及び諸弟子、舎利などを附属せられた。 仏入滅後、舎利を供養せんとして自らの肘を燃やし、7万2千歳に渡って供養したという。 はこう言う。 「は自らをその光で照らし出します。 だからこそ皆がその姿を目にすることができるのです。 それは究極の顕現としてのを目の当たりにする幸運に浴したということなのです」。 イスラム教 仏教やヒンドゥー教では昔から行われているが、においてはの一つとされる。 イスラム教ではキリスト教同様にの日まで自らの肉体はなどの手段により、死後も適切に保全された状態とすることが望ましいとされている為、本来は()のみに認められている火によって人間の肉体を損壊する行為は、自殺であっても処刑であっても、それ自体がアッラーに対する冒涜に等しいと解釈されうるためである。 12月、では中部で果物を売っていた青年が周囲の嫌がらせや同国の経済状況に抗議して焼身自殺した。 のちにで拡散され、各国での民衆運動「」のきっかけとなった。 9月には、ので、同国では女性に禁止されている(男子)サッカー試合のスタジアム観戦をおこなって警察に拘束されたが、焼身自殺を遂げた。 Self-immolationの語源 [ ] を由来とする犠牲 : immolate が「」という本来の意味として用いられることは稀であり、焼身にいたった経緯への言及もされることはなかった。 より一般的な: self-immolationも自殺のことは意味していたが、その手段は問われなかった。 しかしこの「immolate」という言葉はではたいへんひろく用いられており、自主的なものか強要されたものかを区別せず炎による滅却を表すものだった。 この言葉自体はラテン語のimmolatteからきていて、生贄となる犠牲者にやの粉を振り掛けるという聖なる行いを意味するものである。 この行為は ボンゾ bonzo とも呼ばれる。 仏教僧がへの抗議として、に焼身自殺を行ったことに因んだものである。 この炎をまとったの自死がのに「焼身自殺」という言葉とともにが撮影した写真にてされたため、ボンゾは英語圏の人々に広く知られ、また炎との強い連想が生まれるようになった。 半ばまで英語圏の文献では、仏教僧はしばしば「ボンゾ」という言葉で表現されていた。 とくにやの僧侶を指す場合である。 この言葉は、の「凡僧」が、やを経由して伝わったものだが、現代ではあまり使われなくなっている。 各国の事例 [ ] チェコスロバキア の大学生は、の侵攻に抗議して、焼身自殺した。 日本 でも、政治的抗議として行われた焼身自殺が行われた記録がある。 11月11日に前で、世界に先駆けての北爆支持を表明した、の訪米に対する抗議行動として、焼身自殺を図ったがいる。 のには、前で世を警め、同胞の覚醒を促すと称して、焼身自殺したの例がある。 江藤の死は、翌年ののに大きな影響を与えた。 には、が前で焼身自殺した。 近年では、2014年6月にが閣議決定でを認める憲法解釈を行ったことに抗議した男が新宿駅前で焼身自殺を図った事例や 、、の~間を営業運転中ので、男が焼身自殺を図り、が発生した事例がある。 後者の詳細はを参照のこと。 チベット 人の間では、による圧制を世界に発信するための、抗議の焼身自殺が相次いでいる。 以降、焼身自殺をするチベット人は特に増えている。 によると、2009年以降から2014年6月までの5年間に合計136名のチベット人が焼身自殺を図った。 僧侶、尼僧だけでなく一般の若者も多い。 中華人民共和国 前述のチベット人のみならず、のの間でも、以降の急激な経済成長に伴う土地のなどに抗議する為に、焼身自殺を図る例が多いことが、たびたび報道されている。 の独裁に批判的な在外メディアであるやなどによると、地方農村からとして都市部の陳情局を訪れている者が抗議の焼身自殺を行う事例も多いという。 脚注 [ ] []• 2014年1月1日• Coleman, Loren 2004. The Copycat Effect: How the Media and Popular Culture Trigger the Mayhem in Tomorrow's Headlines. New York: Paraview Pocket-Simon and Schuster. 2003. Opening the heart of the cosmos: Insights on the Lotus Sutra. Berkeley, CA: Parallax Press. 144. excite news. 2019年9月15日. 2020年4月18日閲覧。 Dictionary. reference. com. 2009年12月2日閲覧。 The Concise Oxford Dictionary, 7th Edition, 1984• 2018年8月12日付毎日新聞西部朝刊「」• 日刊SPA!• - 、2012年10月12日 参考文献 [ ]• The Copycat Effect. New York: Paraview Pocket-Simon and Schuster, 2004,.

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