仮設 住宅。 仮設住宅、外国人向け社宅、社員寮、介護用住宅、セカンドハウス,離れ,プレハブ住宅の製造・直販「プレハブのアートハウジング」。足利市、栃木県

仮設住宅に関するトピックス:朝日新聞デジタル

仮設 住宅

東日本大震災から2年が経過した今でも、「応急仮設住宅(仮設住宅)」で生活をされている方々が数多くいらっしゃいます。 被災地以外で暮らす人間にとって震災の記憶は薄れがちですが、仮設住宅にお住まいだったり遠隔地で避難生活をされている方々にとっては震災は現在進行中の出来事。 今回はその仮設住宅について考えることで、住まいや暮らしについての本質について考えていきます。 長期化が懸念される仮設住宅での暮らし の発表によると、東日本大震災による避難者は今年3月15日現在、約31万3000人に上るとされています。 そして、その中の多くの方々が、仮設住宅や「見なし仮設」での生活を続けていると推測されます。 その仮設住宅は、本来入居から2年で退去しなければいけないとされています。 東日本大震災では災害の規模が大きかったため、プレハブ建築協会の規格建築部会所属のメーカーによる標準的な仮設住宅のほかに、大手ハウスメーカーや地域の工務店などが建設したものもあった。 写真は前者が建設したもの(クリックすると拡大します) 今回の震災にあたっては、まず入居期限が3年に延長され、さらに今年に入ってからは4年に延長されることが検討されているようです。 その理由は津波による被害の規模が大きかったことのほか、原発事故や集団移転、土地のかさ上げなど、新たな住宅を確保するための難しい問題があるためです。 ですが、いずれにせよ近い将来には必ず退去が求められるのです。 私たちの暮らしは持ち家であれ賃貸であれ、そこで居住を継続できるという確証があるため安定を得られるのです。 その確証のない仮設住宅における暮らしは、安心感や幸せを感じられるものではないのだと思います。 そのことが仮設住宅から垣間見える住まいと暮らしの本質的な部分の一つ。 震災の記憶が薄れつつある私たちにとって、仮設住宅や避難先で生活されている方々は、「とりあえず住むところがあるからいいじゃない」と思いがちですが、そんなことは決してないのです。 では新たな居住地や住まいが確保されればそれでいいのでしょうか。 私はこの1年ほど、あくまで住宅関連が中心ですが、被災地を訪問したり、その復興に尽力している方々にお話を伺う機会がありました。 その中で、関係者は共通して「居住環境だけでなく、職の確保が行われなければ真の復興につながらない」と指摘していました。 住と職の環境が整わなければ本当の復興は実現できない 被災地の産業復興が進みつつあるようですが、震災以前のような職場や所得の環境には至っていません。 そうした中で仮に災害公営住宅や災害復興住宅の建設が完成したとしても、もしかしたらそこに住みたいと思う人は少ないのかもしれません。 職場が近くになければ生活が成り立たないからです。 津波被害に遭った宮城県名取市内沿岸部にある市街地。 ガレキがは取り払われたが、その跡には荒涼とした風景が残る。 住民の移転先をどうするかなど、問題は依然山積みだ(2012年4月撮影。 クリックすると拡大します) 実際に住む人がいなければゴーストタウンになるだけですし、貴重な国費を無駄にする結果になるかもしれません。 本格的な被災地復興は、住と職の二つの環境がセットでなければ実現しないということです。 それが、設住宅から指摘できる住まいと暮らしの本質的な部分の第二点目です。 具体的な手法については何ともいえませんが、復興の根幹となる被災地の経済の回復のお手伝いなど、私たちが関わるべきことはまだ数多くあるともいえそうです。 一方で仮設住宅にお住まいの方々は高齢の方が多く、所得面の不安を抱え、「できるだけ長く仮設住宅で暮らしていたい」という方も数多く存在します。 ですが仮設住宅は居住期限の問題以外に耐用期間という部分でも問題を抱えています。 ある住宅関係者は「5年も住み続けると大規模な改修工事が必要になってくるだろう」といいます。 仮設住宅の場合、中でも基礎部分は木杭になっていますから、ある程度時間が経過すると腐食などの劣化が発生することが懸念されるのです。 この点を指摘すると、読者の皆さんには「なぜ仮設住宅をしっかりと作らなかったの」という疑問がわき上がると思うのですが、仮設住宅とは所詮、「仮設」なのです。 皆さんはご存じでしょうか。 仮設住宅は昨年9月までにお風呂の追い炊き機能の追加や風除室の設置を終えるなど、幾度か補修工事を実施しているのです。 つまり、仮設住宅はあくまでも仮の住まいなのであり、耐久性や断熱性、遮音性などの基本性能について多くを期待してはいけないものなのです。

次の

宮城のプレハブ仮設、全て解消 最後の入居者が退去

仮設 住宅

仮設住宅と聞くと、まずプレハブ型の仮設住宅を思い浮かべる。 未曽有の広域被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災。 現在も福島県内に残る6000戸以上もの「木造仮設住宅群」は、東日本大震災後に誕生した、全国的にも珍しい事例だ。 甚大な被害をもたらした震災後に、福島県ではなぜ、木造仮設住宅を建設することができたのか? 木造仮設住宅のメリットは何か。 今後の災害対策に地域防災として教訓をどう活かせるか。 9月1日の防災の日を前に、福島県土木部の建築住宅課の榊枝克幸さん、建築住宅課の須藤祐樹さんに話を聞いた。 「とにかく早く住む場所を」の地元の強い思いが木造仮設住宅へとつながった そもそも、災害時の応急的な住宅対策には、以下のような3本の柱がある。 (1)建設型の仮設住宅の供給 (2)民間賃貸住宅を借り上げて提供する「みなし仮設」 (3)既存の公営住宅の空き住戸の提供 そのうち、(1)建設型の仮設住宅は、通常は各自治体と災害協定を結ぶ一般社団法人プレハブ建築協会(以下、プレハブ建築協会)が供給することになっている。 しかし、福島県では、プレハブ建築協会提供の仮設住宅以外にも、地元工務店が木造仮設住宅を建設している。 まず、木造仮設住宅を建設することになった経緯を伺った。 「岩手県、宮城県も被災しましたが、福島県では、地震、津波、さらに原子力発電事故があり、前例がないほど大規模な住宅の確保が必要になりました。 東日本大震災が発生した3月末の時点では約1万4000戸が必要になりましたが、ストックや資材がなく、プレハブ建築協会だけで短期間に住宅を供給するのはかなり厳しいと分かりました。 そこで、地元工務店に仮設住宅建設の門戸を開けないかと、福島県内1万4000戸のうち、不足する4000戸について公募を行いました」(榊枝さん) 震災からわずか31日後の4月11日、福島県は仮設住宅建設の公募を開始した。 住む場所をとにかく早く確保しなければというスピード感と、仮設といえども安心して暮らせる住宅を供給しなければという想いから、早期に公募を決定。 そのとき、木造も公募対象にしたのは、以下のような理由だ。 (1)プレハブ建築協会の供給に加えて、地元公募型による供給の2つの方法でスピードアップが図れること (2)地元工務店を支援する地域型の木造住宅建築のネットワークが既に形成されていたこと (3)県産材や県内の木造住宅を得意とする工務店を活用することにより県内への経済効果が期待できること もちろん、地元の工務店の地域に貢献したいという意欲や申し出があったこともポイントだ。 公募は、建設に関して一定の前提基準を示したうえで、企画を審査して優れた提案を選ぶ、透明性、平等性の高いプロポーザル方式を採用し、スピードと精度を確保した。 そして、初期段階で必要とされた1万6800戸の仮設住宅のうち、地元工務店から1次・2次公募を合わせて27業者が採択され、全体の1/3以上にあたる6819戸(うち6319戸が木造)が2011年5月31日から2013年3月6日までに供給された(ほとんどは2012年3月末までに完成)。 【画像1】福島県いわき市平上山口の応急仮設住宅。 暖かく住みやすいと人気の木造板倉工法による木造住宅(画像提供/福島県土木部) 3月に公募を決めて4月に1次公募を開始。 震災の混乱のなかで、非常にスピーディーに地元による木造仮設住宅のプロジェクトが進んだのはなぜだろうか。 「いくら行政がやろうとしても、やってくれる人がいなければ進みません。 建設業協会、電設業協会、空調衛生協会など県内の事業者団体からぜひ地元に貢献したい、という申し出があったことが一番です。 さらに、地元工務店同士の連携、大学の先生、研究者、施工者、製材業者など幅広いネットワークが機能しました。 とにかく1日も早く住む所を確保しなければならない状況で、地元の思いを生かすことで早急に住宅が供給できたことは非常によかったと思います」と話す榊枝さん。 震災前から地元工務店、大工の育成を目的に、県の建築住宅課と地元業者が情報交換などを行い、交流があったことも大きい。 「二次的なことですが、県産材や県内の建築業者を活用するということでの人材発掘の効果、復興や経済効果への期待もありました。 短期間で公募が決定できたのは、そういう土壌があってこそですね」 無垢材ならではの快適さ!木造仮設と同じような新居を希望した入居者も 福島市飯坂町にある応急仮設住宅建設地を訪ねた。 ログハウス工法、木造板倉工法の家を見学したが、建設して6年以上経っても、室内は木の香りがする。 仮設住宅とは思えないほど、しっかりとした造りだ。 プレハブ住宅と建設面、住み心地の面でどのような違いがあるか、専門建築技師(応急仮設住宅担当)の須藤祐樹さんに聞いた。 「仮設住宅の工期は標準的に1カ月ですが、木造仮設住宅は標準化されていないため、平均でプレハブ仮設住宅の約1. 5倍かかりました。 例えばログハウス工法は工場で組み立てて現場施工、木造軸組工法は現場組み立てとタイプにより工程も異なります。 また、手づくりなので、コストもプレハブ住宅より割高にはなります」(須藤さん) 【画像4】福島県福島市飯坂町の応急仮設住宅群のうち、非木造のプレハブ住宅(写真撮影/筆者) 実際に住むと気になるのが性能面。 「甚大な災害でしたので、かなり長期になるだろうと予測しました。 そのため、建物自体は通常の住宅ぐらいの耐用年数を想定して建設しました。 公募の時点で、断熱材の厚さはmm単位まで、開口部はペアガラスといった仕様など、数多くの項目で細かい基準を提示してクリアできる業者を選んだため、従来にないほど質の高い住宅が供給できていると思います。 但し、基礎は解体しやすさを考慮したつくりになっています」と榊枝さん。 建設から6年以上経ち、台風や地震の際も問題ないが、雨が降ると基礎が雨ざらしになる。 「雨の影響もあり、木の性質上、腐れやシロアリ被害があるのは仕方がないこと。 毎年1回、基礎を中心に点検し、メンテナンスを行っています」(須藤さん) 【画像7】福島県福島市飯坂町の応急仮設住宅群の内観。 アコーディオンカーテンで仕切れる多目的な間取りになっている。 新建材を使わない室内の空気は爽やかだ(写真撮影/筆者) 住み心地はおおむね好評だ。 「木造住宅は人気が高く、入居者から住み心地がいいという声を聞きます。 無垢の表しで、調湿作用があり木材の良さがでます。 雨漏りは多少ありましたが、断熱性もかなり良く、結露がかなり少ないと聞きます」(榊枝さん)。 住み心地が快適なことから、浪江町では、ログハウスタイプの仮設住宅に住んでいた人が自宅を建てる際に「仮設のログハウスと同じように建てたい」と、仮設住宅を建てた地元建設業者に直接依頼したエピソードもある。 仮設住宅の用地確保や、地元の特性を活かした地域防災対策が必要 昨今は全国的に自然災害が増えている。 福島県での木造仮設住宅の建設の経験を踏まえて、他地域で活かせるヒントや日ごろから準備しておくべきことを聞いた。 「建設型仮設住宅を建てる際、用地の確保が大変でした。 災害の規模にもよりますが、日ごろから、万が一のときに使える公共用地があるか、ある程度想定しておくことが大事です。 また、仮設住宅を建ててから、入居者の要望で追い焚き機能、サッシ、畳、エアコン、手摺りの設置などの追加工事や追加費用が大変だったので、最初から必要な設備を盛り込んでおくべきでした」(榊枝さん) 福島県での木造仮設住宅の県内施工という事例を、首都圏や他地域でそのまま活かすのは難しいという。 「東北という地域性、福島という木材の産地というなかでの木造仮設住宅。 規模にもよりますが、例えば、民間賃貸住宅が潤沢な地域であれば、民間賃貸住宅を使って素早く供給することができるかもしれない。 被災者は、今まで住んでいた地域や文化に根づいた暮らしと、全く違う暮らし方をするのは難しい。 だからこそ、住んでいる県独自の特色、地域性を活かした災害対策が必ずあると思います」(榊枝さん)とアドバイスをくれた。 なお、福島県の木造仮設住宅の一部は今年度(2018年3月)で供給が終了となる。 そうなると、次の課題として、解体に際してのコストや廃棄物の問題がもちあがる。 「木造仮設住宅を次の恒久的な利用につなげていくこも、最初に県内事業者に木造仮設住宅建設の公募を行った目的のひとつです。 特に2次公募では、解体が容易で、次のステップである恒久的な住宅に積極的に利用できるかどうかも、審査基準に加えました」(榊枝さん) 木造仮設住宅の入居率は福島県全体で約23%だが、地震、津波被害のみのところは今年3月で供給が終了し、解体も増えている。 そうなると、せっかくつくったものを単に壊し大量の廃棄物を出すこと、解体にコストがかかることも次の課題としてある。 また、2016年度からは、木造仮設住宅の「無償譲渡」を始めた。 木造板倉の3戸をNPO法人に、浪江町のログハウス20戸を浪江町へ、川内村の木造在来軸組の48戸を川内村へと、これまで80戸ほど無償譲渡が行われた。 農業従事者、研修生の宿泊施設、企業の社宅など、ほしいという声は徐々に増えて、今年7月からは、個人商店を含む民間事業者にも広がっている。 なお、解体費、移築先での基礎などの工事費、組み上げ費用などは、譲渡先が負担する。 福島県での地元工務店による6000戸以上もの木造仮設住宅の建設は、災害が起きたときにすぐに動けるネットワークが普段からあり、地元の関連業者が自主的に役に立ちたいと名乗りをあげる土壌があって実現した。 福島県の例を参考に、災害で自宅に住めなくなった場合、どんな方法で住宅を確保するのか、住宅を建てる用地はあるのか。 地域や文化に合わせて、行政や建築業者、建築や街づくりの専門家個人が連携して皆で考えておきたい。

次の

仮設住宅(カセツジュウタク)とは

仮設 住宅

宮城県名取市の内陸部にある愛島(めでしま)東部仮設住宅。 住民らと兵庫県から訪れたボランティアによる追悼式が行われた。 かつて暮らした住民も集まり、地震発生時刻の午後2時46分、約70人が「3・11 メデシマ どうもね~」と並べた竹灯籠約700個の明かりを囲んで黙祷した。 市内では3月末、もう一つの応急仮設住宅が閉鎖される。 愛島東部には住民4世帯16人が残るが、家の再建ができ次第、転居する予定で、ここでの追悼式は今回が最後だ。 「8年がたつのは早かった。 この仮設住宅は閖上(ゆりあげ)に次ぐ第二の故郷。 人が集まって楽しい場所だった。 竹灯籠が、ここでもう行われないと思うと寂しい」 3姉妹で参加した名取市高柳に住む高橋妙子さん(70)は29年6月まで、この仮設住宅で暮らしていた。 震災の津波で4人姉妹のうち3女が亡くなった。 「ここは閖上と同じ、人付き合いの温かさがあった。 いまは近所との関係も希薄。 ふるさとがなくなった気がする」と話した。 竹灯籠での追悼は神戸の市民団体「神戸・心絆(ここな)」や災害ボランティア支援拠点「ひょうごボランタリープラザ」が行った。 灯りは阪神大震災の鎮魂と復興を願う「1・17希望の灯り」(神戸市)から分灯した。 同住宅自治会の菅原忠男会長(69)も5月に閖上に引っ越す。 「住民がいないところでやっても寂しい」と話し、同プラザの高橋守雄所長(70)も「来年は新たな暮らしが始まった閖上で行う予定」とした。 (高梨美穂子) PR.

次の