生き て て ごめん へら ツイッター。 海外遠征相棒と行ったドリームコンサート②

「BLには生きづらさの答えがある」 BL作家・樋口美沙緒さん、デビュー10周年インタビュー|好書好日

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こんにちは、うしねこです。 今記事では、Twitterで話題となっているマイデザイン 『オールドな石の道』について、 ダウンロード方法や製作者の名前、ツイッターアカウントなどをまとめています。 話題のマイデザイン 『オールドな石の道』のマイデザインを作成したのは、ボボみ@あつ森( imotarez)さん。 オールドな石の道🐿🌲 5種類投稿したので好きなように組み合わせて道作れます〜 — ボボみ あつ森 imotarez 漫画調で、優しいタッチな見た目になっています。 ツイート内容の通り、5種類ものマイデザインが用意されているので、色々な向きに道を作ることができますね! また、作者IDについてもツイートの画像内に記載されているので、上のツイートリンクからご覧ください。 製作者はフォロワー1万越え! 今ツイートで8000いいね以上を叩き出した ボボみ さんですが、この方は『オールドな石の道』以外にも様々なマイデザインを作っています。 欲しいリプが多かったのでブロックタイルのマイデザインを投稿しました〜🌱 段差の部分はごめんなさい!自分の島のオリジナルにしたいので今のところ配布の予定ありません😭 — ボボみ あつ森 imotarez ブロックタイルのマイデザインや・・・ アサヒビール追加! 他の色も作りたいところだけど、マイデザ空きがない💢💢💢😭 — ボボみ あつ森 imotarez アサヒビールのデザインなどまで! ボボみさんの製作者ID ボボみさんの製作者IDは、ツイッターアカウントでも記載されているように『MA-1088-2951-9808』となっています。 様々なマイデザインを公開している方ですので、Twitterをやっている方は一度プロフィールを訪れてみることをオススメします! マイデザインとは マイデザインとは、どう森をプレイしているプレイヤーがドットを使って自由に作成することが出来るデザインのことです。 従来のどうぶつの森では、いくつかのカラーパレットが用意された15色の色を使ってデザインし、主に服や床、内装などに使用できました。 今作では、上記のシステムをより細分化しデザインすることが出来るようになり、さらに『フェイスペイント機能』も実装されました。 まとめ 今記事では、Twitterで話題となった『オールドな石の道』について、マイデザインの概要や、作者さまのTwitterアカウント、その他マイデザインなどを紹介させて頂きました。 製作者である ボボみ あつ森 さんのツイッターアカウントはから飛べますので、気になった方はご覧ください。 YouTubeLabo.

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ツイッターの件

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どうも、理系です。 ツイッターで、書いて欲しいという意思表示があったため、今回は「腐女子」というものについて述べていこうと思う。 ただし、筆者は腐女子ではないため、補足や所感があればコメントいただきたい。 タイトルの意味や、なぜこのボカロ曲をピックアップしたかは、読んで行けばお分かりになると思う。 定義 「腐女子」とは、男性同士の恋愛を扱った小説や漫画などを好む女性のことである。 BLを好んでいるものの、現実における同性愛にには興味や関心はないことが多く、あくまでもフィクションとしての男性同士の恋愛を楽しんでいる。 そのため、リアルにおいて、「腐女子」の恋愛対象は男性である傾向が高い。 ただし、同性愛に対する許容度は腐女子でない女性と比べて高い。 では、この恋愛やセックスの対象(性的指向)と性的な好みや関心(性的嗜好)が一致しない理由は何なのかを次に説明しようと思う。 何故男同士なのか これについてはいくつか仮説が存在する。 ネガティブな理由 内面化されている社会的な女性の役割の押し付けを背景とした成熟への恐れなどの女性性への嫌悪や、セックスを恐れる未熟さが原因。 これは、「女性はこうあるべき」というシナリオに沿って生きねばならないこと、性的な「女性役」を選択の余地なく押し付けられていることを恐れているのかもしれない。 ポジティブな理由 異性同性愛は、腐女子にとって自分とは全く関係がない解放された世界である。 この世界は、他者との人間関係の中でしか自己を認識できない女性にとって、煩わしいものは一切ない。 なぜなら、女性である腐女子は、男同士の同性愛の性的場面において、第三者的立ち位置であり、全く関係がないからである。 実際に、腐女子は推しカップリングの男性に恋をするというよりは、その男性を神聖視し、己が入る余地はないものとして認識している。 (あくまでも推しカップリングの幸せを祈ることに専念し、土足で踏み入るのはNG) 腐女子が好むBL漫画の特徴 ・性的場面において、女性は登場しない ・恋愛やセックスの場面において、愛情を重視した「関係」が描かれる(これについては通常の少女漫画と同様) ・純愛モノ(腐女子はリアルでも純愛を好む傾向がある) 腐女子たちの生態 腐女子が女性「役」を脱ぐ場 SNSは匿名である上に、同じ趣味を持つ人同士が選択的につながっているため、SNSは腐女子にとって、日常で強いられた女性「役」から解放され、思う存分腐女子としてふるまえる場である。 しかし、腐女子にもそれぞれ不可侵域(地雷)が存在するため、腐女子は同じ志を持つものとつながりたいと思いながらも、手探りでかつ礼儀正しく声を掛け合って繋がっていく。 仲間の重要性 社会通念的に、異性同性愛を好む嗜好は受け入れてもらえないと言うことを理解している。 それゆえ、興奮したシーンや推しの萌える仕草について語り合えるような仲間の存在は大きい。 内外からの否定との戦い 腐女子は偏見や社会的通念的に理解されないという外部からの否定と、推しと自分は違う次元に生きていることに気づいているという内からの否定に打ち勝たねば、幸せになれない。 これは必ずしも不幸というわけではない。 腐女子は、自分の愛するものへの強い信念を持っており、そのため、内外からの否定に打ち勝つ幸福をもたらしてくれる腐女子活動を続けている。 そして、生活の充実度は、他の趣味のものと遜色ない。 偏見により「非リア」な趣味と言われているだけなのである。 なぜ、周囲の人からのこの偏見が生まれるのか。 これは、周囲の腐女子以外の趣味を持つ人が、アブノーマルであることを恐れる思考により、自分は多数派だから「健全(普通)である」と自己正当化しようとするからである。 これは言い換えると、多数派が理解できない少数派の嗜好は「不健全である」として、レッテルを貼っているようなものである。 まとめ 腐女子を全面的に受け入れろとまでは言わないが、社会には多種多様な趣味が存在し、その中には理解しがたいものも存在する。 その時に、理解しがたい所を攻撃してはならない。 攻撃し、排除する行為が、腐女子たちに、攻撃者と接するときは、攻撃者のシナリオの中で演じて生きねばならないと強制するからである。 この攻撃者が多数存在すると、腐女子たちが、多数派に強制された演者としての「役」の仮面を脱いで、ありのままの自分として生きることができる(BL嗜好をさらけ出すことができる)場は少なくなり、彼女らの幸せは奪われる。 これは何も腐女子趣味だけには限らない。 自分の大事にしている価値観を否定されるとイラっと来るのであれば、他人の価値観も傷つけない努力をしなければならないということは、よく心に刻んでおかねばならない。 参考 腐女子の社会学ー多様な世界観の共存のためにー 「腐女子」の性的自己決定について k22402.

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海外遠征相棒と行ったドリームコンサート②

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樋口美沙緒 (ひぐち・みさお) 沖縄県出身、東京都在住のBL作家。 2009年1月『愚か者の最後の恋人』でデビュー。 ムシシリーズ、狗神の花嫁シリーズ、パブリックスクールシリーズ、ヴァンパイアシリーズ(原作)など。 最新刊は、多感な高校生たちの切な痛い恋と葛藤を描いた『わたしにください』(白泉社)。 「学級委員長」の路は、ある事件をきっかけに、クラスでもカリスマ的人気の森尾に組み敷かれ、その体をめちゃくちゃにされてしまいます。 最初はドキドキしたんですけど、読んでいて胸が痛くて痛くて。 改めて『わたしにください』にはどのような思いを込めたのでしょうか。 結構テーマの重たい作品なので、込めた思いも重たくなってしまうのですが……。 この作品を書いていた頃、自分に足りていないものがあって、息苦しく、生きづらいと感じたり、こういう風になれたら生きやすいのにという周りに対する羨ましさや劣等感を抱えていました。 この作品の登場人物たちも、何かしらが足りなかったり、周りと自分を比べて羨ましく思ったりする、そういった若くて青い感情を持って生きています。 「わたしにください」というのは、祈りの言葉だと思うんです。 人が祈る時は、無力の時かなと。 欲しいものがあったり、願望があったりしても、自分の力ではどうにもできないから祈ると最初に書いた当時感じていました。 そうやって祈ることは、すごく大切なことだと思うんです。 素直に祈ることができる時は、自分の弱さや生きづらさを認める瞬間だと思うから。 この作品を読んでくださる人には、自分自身の今のあり様や苦しみがあってもいいものなのだと思ってくれたらいいなと思います。 この作品は、15年前に書いた投稿作を直した作品です。 苦労したことは、15年前の自分の気持ちがはっきりとは分からないところ。 年齢も生活も違う、15年前の自分が何を書こうとしていたのか。 まずそれを崩さないようにしなくてはいけなくて、文章も稚拙だったりするんですけど、そこを直しちゃうと全体のバランスが崩れてしまって、世界観も崩れるから直せないこともあって。 昔の良かったところを殺さないようにしながらも、読者に伝わるものに変えていく。 そのバランスを取るのが難しかったです。 一方で、15年前に投稿して落選した作品が、こうして発刊していただけて、絵がついて、本になることは奇跡だと思っています。 これは一人の力では成し得なかったことで、出版社の方、担当さんやイラストレーターさん、書店の方など、本が出るまでのところを支えてくださる方々、それから手にとって読んでくださる読者さんがいたから、ここまで来られた。 本当にありがとうございますと、感謝の気持ちでいっぱいです。 BLは自分の書きたいことを表現するのにぴったりだと思ったんです。 私はもともと子どもの頃から趣味で小説を書いていて、20歳ぐらいのときからは、オンラインサイトに小説を投稿していました。 最初はいわゆる男女モノを書いていたのですが、大人になって、BLを初めて読んだ時に、これは面白いと思って。 自分でも書き始めるようになりました。 というのは、私は恋愛要素のあるものを書きたいけれど、当たり前に恋愛をしてほしくなかったんですね。 主人公やキャラクターたちに、好きになってはいけないという感情を芽生えさせたり、愛情を受け入れたりすることに拒否感を持ってほしかった。 自分の書きたいことがBLなら書きやすいと思ったんです。 今はまた、違う部分で書く意味を感じています。 7年ほど投稿を続けていました。 デビュー元は白泉社ですが、徳間書店にも担当さんが付いてくださっていて、プロットを出して、原稿を書いて、ボツになって、それでも書いて。 7年もやっていたので「デビューできるのかな?」という気持ちが強く、いざデビューが決まっても、あまり実感がなかったというのが正直なところです。 でも、デビューしてからの方が大変なので、ここからが本番だと思っていたことを覚えています。 デビュー作の『愚か者の最後の恋人』は投稿がうまくいかなかった時期に、もう自分が好きなものだけを詰め込もうと思って書いた作品。 主従や孤児など、自分の性癖や好きなものに素直になりました。 別に自分は世の中に求められていないのだなと思うようになり、正解が分からなくなった時期もありました。 売れている小説を研究して、それに合わせて書いてみたりもするけれど、自分が本当に書きたいものではないので、結局気持ちが入らずに、つまらない作品になってしまって。 その時はとてもつらかったですね。 単に小説家になりたいために書いているのなら、意味がない。 けれど、書きたいものがあって、小説家になりたいのなら続ける意味があると思いました。 まだ書きたいものが自分の中にあったので、世論に合わせるのではなく、自分の書きたいもので勝負しようと腹をくくりました。 そうして、何とかデビューまでいけたという感じです。 何かあっても葛藤して、散々もめたけど最後はお互い歩み寄って許して、また新しく関係性を再生していく。 毎回希望を感じています。 執筆する上で、各作品に共通するこだわりやポイントはありますか? キャラクターをテンプレートにしないということを気をつけています。 キャラクターを定型に当てはめて、それ以上考えないと、つまらない作品になってしまう。 物語の中だけれど、生きている人だと思うんです。 生身の人が人と初めて出会って、その人を知っていくのには時間がかかる。 たくさん話をして、いろいろな面を見ても、見える側面は限られていたりしますよね。 それと同じことです。 小説は見えないところまで扱わなくてはいけないものだと思うので、キャラクターのことが深く分かるように努めています。 人の言動には、その人なりの理由や生き方があると思うんです。 そこを分かっていないのに書くことはせず、分かるまで、何回も書き直して、書き続けるようにしています。 私のイメージでは、そのキャラクターに深く潜っていく感じ。 集中力がないと、その人の中の深いところの窓を開けるのに時間がかかりますね。 樋口さんの「萌えポイント」はどんなところですか。 デビューした頃は、あんまり綺麗じゃない、平凡な子の受けが好きだったんですよ。 でも最近美人受けブームが自分の中で来ていたので、美人を書いていました。 「みなしご萌え」とか「体格差萌え」とかほかにもいっぱいあるんですけど、葛藤してる人の内面みたいなところが好きですね。 違っている人同士が歩み寄っていくのはすごく好きなので、そういうところを書くのが好きです。 どの作品も思い入れがあるのですが、『愛はね、』は人生で一番最初に書いたBLなので思い入れが強いですね。 予備校生の多田望が、ノンケの幼馴染である俊一に恋をするお話です。 もともと投稿作で、それを直して出させていただいたのですが、書いている時からすごく直すのが難しかった作品です。 賛否が分かれるだろうなというのも分かって書いていて、実際分かれたりもして、そのことでもいろいろ苦しんだのですが、この作品がなかったらBLを書いていない。 自分の原点のような作品です。 この作品を書いたのは、本当に若い時で、直す時に、自分が何を描こうとしてたのか分からなくて。 冒頭10ページあたりに主人公の望くんが、俊一くんという攻めの子の家に走って逃げていくシーンがあるんですけど、あまりに分からなすぎて、近所を全速力で走ったりして。 望と同じ行動をしたら分かるかなと思って再現したりしていました。 若いですね(笑)。 あとがきを読んだら、ムシがお好きだからこうなったんだと納得いたしました。 ムシには、生活の知恵が詰まっている。 生命体として合理的で、宇宙を感じます。 繁殖や生殖に特化して今の形になっている。 環境が崩れてしまうと、絶滅してしまうこともあるけれど、環境や生き抜く術として進化して、今の形になったということが美しいなと思いました。 子どもの頃は、遊んでいる側にムシがいました。 でも東京にいると、あまりムシを見ないなと思って。 それで、会社の帰り道にムシを探したんです。 子どもの頃に見ていた小さい蝶々は何だったのか、とか、今東京にもムシはいるのかな、とか。 そうしたら、意外とムシは東京にもいることに気がついて、調べ出したら、ハマってしまったんですよね。 性モザイクやボルバキア症、フェロモンなど、虫の性質があってのことだと思うんですけど、それをどのようにキャラクターの中に落とし込んでいったのでしょうか? そんなに複雑なことでもないですよ。 このムシで書こうと決めたら、それについて調べる。 自分の好きなムシしか書いていないので、自分の好きなムシの魅力を伝えるにはどういう能力を表現したらいいか、自然とアイディアが湧き出てくる感じです。 性モザイクという生態や、ボルバキアは寄生虫なんですけど、フェロモンとかもムシにそもそもある生態なので、それをキャラに合わせて作っていくという感じです。 多少脚色することもあります。 BL的にこうだったらいいな、というフィルターにかけて加工しているときもあるので、これが本当にあると思っていたらごめん、と思ったりもしますね。 ツイッターに60歳を過ぎたら書きたいことについて投稿していらっしゃいました。 5年後、10年後というのは割とどなたでも考えていらっしゃるのかなと思うんですけど、60歳以降に書きたいものがあるっていうのはものすごく印象的でした。 いつか大長編を書きたいとずっと思っています。 人生の締めくくりに、大長編を完結させたいという夢があります。 でも長いお話を書くことは、構成力や筆力など総合的に力が要る。 今の自分にはまだできないので、60歳ぐらいになったらできるようになっているのではないかという希望を持っています。 そして、70歳ぐらいまでに書き終えられたらいいなと思っています。 自分も最初はBLに抵抗があった組でした。 でもそんな自分がBLを読んでよかったなと感じたのは、生きづらいなと感じている人にとって、その答えや癒しがあるかもしれないからです。 BLには葛藤を抱えている人がたくさん出てきます。 だから、しんどいなという時に読んでほしいなと思いますし、もっとライトに「仕事が疲れたから萌えるものを読んで癒されよう」という感じでもいいとも思います。 たくさんの人に読んでいただきたいです!.

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