いと え もし。 いとおかし・いとをかしの意味とは?古文・枕草子から学ぶ使い方

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2014年10月01日 23時04分 もしもこの世から「蚊」がいなくなったら? By ゴキブリやカメムシと並んで「なんでこの世に存在するのか意味がわからない!」と考えている人が多いかもしれないのが「 蚊」の存在。 世界でもそんな蚊がこの世から絶滅したらどんな世界になるのかが研究されているのですが、その結論はなかなか複雑なものがあるようです。 Ecology: A world without mosquitoes : Nature News 全世界では毎年5億人ともみられる人がマラリアに感染し、100万人以上が命を落としています。 マラリアの主な感染源は、病原体を媒介する「蚊」であることが知られており、さらに蚊は黄熱病やデング熱、日本脳炎、西ナイル熱といった病気をも媒介しています。 現在、地球には3500種とも言われる蚊が生息しており、その中の数百種のみが人間の体を刺して血を吸うことがわかっています。 蚊はほぼ全ての大陸に生息し、数多くの生態系の中で重要な機能を果たしてきました。 アメリカ・ウォータリード陸軍研究所のJittawadee Murphy氏は「蚊は1億年以上も地球に生息しており、非常に多くの種とともに進化を遂げてきた」と語り、生態系の一端を担う蚊が一掃されてしまうと、蚊を食糧とする生き物の生態が脅かされ、また一方では花粉を媒介してもらっていた植物が絶滅してしまうことも考え得ることといえます。 By しかし、科学者の多くはこの世から蚊がいなくなることが環境に与える影響について「一時的な影響は受けるもののすぐに他の生物によって埋め合わされ、しかもよい結果を招くことになるだろう」と考えています。 その影響については、「駆除することによる不都合点が見つからない」とするイリノイ州立大学のSteven Juliano氏や、「より安全な世界になり、人類にとって顕著なものとなるだろう」とするブラジル・サンタカタリーナ連邦大学のCarlos Brisola Marcondes氏のような意見が存在しています。 蚊が駆逐されることで生態学的な影響を強く受けるのは、ある種の蚊が生息する北極圏のツンドラ地域だと考えられています。 雪が溶ける季節になると前年に産み付けられた卵から幼虫が孵化、その後おびただしい数の成虫になった蚊が真っ黒な雲のように空を覆うほど大発生する地域では、蚊は豊富な食糧源になることもあるのです。 By ミシガン州立大学の昆虫学者であるRichard Merritt氏は「蚊は『おいしい食べ物』である上に非常に捕まえやすいエサになります」と語ります。 もし蚊の幼虫がこの世からいなくなると、数百という種類の魚が従来とは違う食べ物を探さなくてはならなくなりますが、生き物の食生活は多くの場合に遺伝子レベルで受け継がれているものなので、考えられているほど容易なものではなく、食物連鎖に影響を及ぼすことになることが考えられます。 同様に、クモやトカゲ、カエルなどの生き物も一定の影響を受けることになるといえます。 そのような蚊を駆逐せずに生かしておく必要性は、人間に対するメリットがあるか否かによって決定づけられることになります。 蚊の一種である に刺されると、皮膚が水ぶくれを起こすことがあり、さらには病原菌を媒介することもあるために、駆除の対象としてしまいたくなるものですが、一方でヌカカはカカオの花粉を運ぶ生き物でもあります。 仮にヌカカを撲滅すると、その結果、世界からはチョコレートが姿を消すことになってしまうとも考えられるのです。 By しかしこのような観点は限定的ともみられます。 アメリカ疾病予防管理センターの医療虫学者のJanet McAllister氏は「もし蚊によって人間が利益を得ているとすれば、その利益を享受するために蚊を利用する事を考えたでしょう。 しかし、これまで人間が蚊に求めてきたことといえば『あっちいけ』ということぐらいしかありません」と語り、蚊の人間に対するメリットの低さを示します。 これらの意見を総合すると、究極のところ蚊が他の生物よりも秀でている能力とは、「ある生き物を刺して血を吸い取ること、そしてさらに別の生き物を刺して、病原菌を広げるということ」に尽きるのかもしれません。 アメリカ合衆国農務省のDaniel Strickman氏は「有害な蚊を駆除することによるメリットは『人口の増加』といえます」と語ります。 マラリアなどの疫病で失われる命がなくなり、疾病対策に費やしていた予算を国家の発展のために向けることができるようになるとしています。 By しかしその一方で、蚊の駆除は「一時的な安心感を得るにとどまる」とする意見が挙がっているのも事実。 フロリダ州のスクラップ場で採取されたネッタイシマカを調査した研究チームによると、ネッタイシマカの一部の個体は別のヒトスジシマカとの混血が進んでいる上に、次第にヒトスジシマカによって駆逐されつつあるという事がわかっており、一部の種を駆除してもすぐに別の種によって置き換えられてしまうという実態を明らかにしています。 また、人々が健康に暮らせることによるメリットよりも、人口増加によるコスト増加による弊害がそれを上回るという見解が存在していることも事実です。 米国蚊防除協会のJoe Conlon氏は「仮に明日この世から蚊がいなくなったとしても、自然のエコシステムは少し『しゃっくり』をするだけで再び元通りに戻ろうとするでしょう。 その時には、前よりも良い事か悪い事のどちらかが起こることになります」と語っています。

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みなさんは スマホをお持ちですか? iPhoneであったりAndroid端末であったり。 街中に出ると電車内で動画を見て楽しむ人、通話をしながら歩く人、画面とにらめっこしながら待ち時間を潰す人、ほとんどの人がスマホを持っています。 また、最近ではスマホで キャッシュレス決済ができたり外にいても ネ ットでショッピングができたり、本当に便利なものです。 便利すぎるが上に、 という北川景子さん主演の現代への注意喚起の映画も公開されましたね。 そんな便利なスマホ。 当たり前のような存在になっていますが、もしスマホがなかったらどんな変化が生まれるのでしょうか? 1日、 スマホを持たずに会社に会社に出勤してみました!たった数時間のことでも生活が180度変わります。 普段スマホを持って出かけている時と持って出かけない場合の比較をしてみました。 ひいき無く、その時僕が思ったことを正直に書きます!のんびり読んでいただければ! 流行りは逃さない派なので…!TikTokって、1つの動画が短く面白い動画だと何度もループしてしまう中毒性があります。 また、イヤホンをしているため完全に自分の世界に入っています。 やっぱりずっとスマホを眺めています。 当たり前になってきていますね。 スマホなし スマホを持っていないとどう時間を使おうか迷ってしまいました。 やっぱりスマホがある日常が染み付いています。 イヤホンをしていないため、周りの人の会話や電車内のアナウンスが耳に入ってきます。 普段はこんなにも情報が飛び交っていたのかと感じます。 また、電車内広告にも目を向けるようになりました。 こーやって記事を書いている身からすると、表現の仕方だったり、トレンドを仕入れることができました。 そして読書する時間もできました。 電子書籍も流行っていますが、形あるもので味わうことができました。 大事なところにメモができたりできるのはいいですね! 堀江貴文さんと西野亮廣さんの作品を。 自由な人生を送るためには、バカと付き合わないこと。 様々なケースが紹介されていて正直過去の自分に当てはまることばかり。 切り捨てるものは切り捨てる勇気。 考えさせられる作品です。 また、ネットでお店を予約したりお弁当を作り置き予約できたり、便利です。 スマホなし 外食した際、注文した品が届くまで店内のテレビや新聞で情報収拾をするようになりました。 でもテレビや新聞で得られる情報って、スマホでまとめられているのが多く 今一番得たい情報でもなく、うーんといった感じでした。 でもその代わり、食べ終わった後すぐに店を出て会社に戻ることができました。 帰社 1日の業務が終わりました。 さぁ、会社を後にしましょう。 スマホあり 会社が終わった後予定がなくても誰かに連絡して飲みの予定を作ったりすることがあります。 誰ともすぐに連絡が取れるので予定もすぐに立てれますね。 スマホなし 予定が無いと、もう帰るしかありません。 相手の携帯電話番号に公衆電話から電話をかけるなら話は別ですが、大抵の人って、相手の携帯番号なんてスマホに登録していて覚えてないですよね? 行きし同様情報収拾の時間に当てようと思います。 ブロガー界で話題になっている著書!やっぱりフリーランスの方や副業でブログをやっている方などは自分で 確定申告や 税金について処置を行わなければなりません。 会社勤めだと会社がやってくれるのですが…。 勉強です。

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【スマホ社会】もしスマホがなかったら?現代の便利さを感じる

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スポンサーリンク 紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた 『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。 『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。 『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。 紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。 参考文献 『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)• 『源氏物語』の現代語訳:桐壺1(現在位置) [古文・原文] いづれの御時(おおんとき)にか、 女御・更衣(にょうご・こうい)あまた侍ひ給ひ(さぶらいたまい)けるなかに、 いとやむごとなき際(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。 はじめより我はと思ひ上がり給へる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉み(そねみ)給ふ。 同じほど、それより下臈(げろう)の更衣たちは、 まして安からず、朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ(はばからせ)給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。 上達部・上人(かんだちめ・うえびと)なども、 あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、 楊貴妃の例も、引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人の由(よし)あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえ花やかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後見(うしろみ)しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。 [現代語訳] どの帝の御世であったか、女御や更衣が大勢お仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではない方で、きわだって帝の寵愛を集めていらっしゃる人があった。 入内(じゅだい)した初めから、自分こそはと気位の高い女御の方々は、分不相応な者だと見くだしたり嫉んだりなさっている。 同じ身分やその方より低い身分の更衣たちは、女御たち以上に心が穏やかではない。 朝晩のお仕えにつけても、周囲に不快な思いをさせて、嫉妬を受けることが積もり積もったせいであろうか、ひどく病気がちになってしまい、どこか心細げにして里に下がっていることが多いのを、帝はますますこの上なく不憫なことだとお思いになられて、誰の非難(寵愛する妃の悪口)をもお構いなさることがなく、後世の語り草になりそうなほどの扱いようである。 上達部・殿上人なども、その状況を横目で見ていて、とても眩しくて見ていられないほどの御寵愛ぶりである。 中国の唐でも、このようなことが原因となって、国が乱れ、悪くなったのだと、次第に国中でも困ったことだと言われるようになり、人々が持て余す悩みごとの種となって、(玄宗皇帝を魅了した)楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになっていくので、非常にいたたまれないことが多くなっていくが、もったいないほどの帝のお気持ちに類例がないこと(自分を非常に大切にし愛してくれること)を頼みにして何とか宮仕え(後宮生活)をしていらっしゃるのである。 父親の大納言は亡くなって、母親の北の方が古い家柄の出身で教養のある趣味人なので、両親とも揃っていて、今現在の華やかな身分にある方々にも見劣りしない程度に、どのような儀式にも対処なさっていたが、これといったしっかりとした後見人(後ろ盾)がいないので、大事な儀式が行われる時には、やはり頼りとする人もなくて心細い様子である。 スポンサーリンク [古文・原文] 先の世にも御契り(おんちぎり)や深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子(おのこみこ)さへ生まれ給ひぬ。 いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌(おかたち)なり。 一の皇子(みこ)は右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲け(もうけ)の君と、世にもてかしづき聞(きこ)ゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざりければ、 おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物(わたくしもの)に思ほしかしづき給ふこと限りなし。 初めよりおしなべての上宮仕へし給ふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、上衆(じょうず)めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、 さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づ参う(まう)上らせ給ひ、ある時には大殿籠もり過ぐして、やがて侍らはせ給ひなど、あながちに御前(おまえ)去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれ給ひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この御子の居給ふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。 人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう、心苦しう思ひ聞えさせ給ひける。 かしこき御蔭をば頼み聞えながら、落としめ 疵(きず)を求め給ふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。 御局(おつぼね)は桐壺(きりつぼ)なり。 あまたの御方がたを過ぎさせ給ひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くし給ふも、げにことわりと見えたり。 参う上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿(わたどの)のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなき事もあり。 またある時には、え避らぬ馬道(めどう)の戸を鎖(さ)しこめ、こなたかなた心を合はせて、 はしたなめわづらはせ給ふ時も多かり。 事にふれて、数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿(こうりょうでん)にもとより侍ひ給ふ更衣の曹司(ぞうし)を他に移させたまひて、上局(うえつぼね)に賜はす(たまわす)。 その恨み、ましてやらむ方なし。 [現代語訳] 前世でも深いお約束(縁)があったのだろうか。 この世にまたとないほどに美しい玉のように光り輝く男の御子までがお生まれになった。 早く早くと待ち遠しくお思いになられて、急いで宮中に参内させて御子を御覧あそばすと、類稀な若宮のお顔だちの良さである。 第一皇子は、右大臣の娘の女御がお生みになった方で、後見がしっかりとしていて、当然のように皇太子になられる君だと、世間も大切に存じ上げているのだが、この御子の輝くばかりの美しさとは比べようもなかったので、一通りの形ばかりのご寵愛であって、この若宮の方を、自分の思いのままに可愛がられて、大切にあそばされていることはこの上もない。 母君は本来であれば、女房並みに帝のお側御用をなさらねばならない身分ではなかったのである。 誰からも身分を尊重され、上流貴族としての気品・風格もあったが、帝がむやみにお側近くに引き留められたために、相当な管弦のお遊びがある時、それ以外のどのような行事でも、趣きのある催しがある度ごとに、まっさきに参上させられてしまう。 場合によっては、夜遅くまで一緒に過ごして寝過ごしてしまわれた時でも、昼間もそのままお側近くに置いておかれるなど、無理やりに帝が御前から離さずにお扱いあそばされているうちに、いつしか身分の低い女房のようにも見えたのだが、この御子がお生まれになって後は、特別に大切にお考えになられるようになったので、東宮(皇太子)にももしかしたら、この御子がおなりになるのかもしれないと、第一皇子の母の女御はお疑いになっていた。 この女御は誰よりも先に御入内なされて、その家柄の良さゆえに帝が大切に扱われていることは並々のことではなく、皇女たちなども産んでいらっしゃるので、この御方の諫言だけは、さすがに無視できないことだと、面倒に煩わしくお思いになっているのであった。 更衣は恐れ多い御庇護をお頼り申しあげてはいるものの、軽蔑したり落度を探したりされる方々は多く、ご自身は病弱でその寿命がいつとも知れぬご様子で、なまじ御寵愛を得たばかりにしなくてもよい悩みを抱えておられる。 住んでいる御殿は桐壺である。 大勢のお妃方の前を帝は素通りあそばされて、ひっきりなしの素通りを繰り返されるので、お妃方が思い悩んでおられるのも、なるほどもっともなことである。 参上なさる場合にも、あまりにその更衣の参上ばかりが度重なる時(更衣だけが帝に寵愛を受けている時)には、打橋や渡殿のあちらこちらの通路に、悪意のある仕掛けを施して、送り迎えする女房の着物の裾がひっかかって傷んでしまうことがある。 またある時には、どうしても通らなければならない馬道の戸を締めて通れないようにし、こちら側とあちら側とで示し合わせて、どうにもならないようにして更衣を困らせることも多かった。 何かにつけて、数え切れないほどにつらいことばかりが増えていくので、すっかり悩み込んでいるのを、帝はますますお気の毒にお思いになられて、後凉殿に以前から控えていらっしゃった方々(意地悪をしていた方々)の部屋を他に移させて、上局(桐壺の更衣専用の休憩所)としてお与えになられた。 その恨みは(他に移された更衣たちの恨みは)、なおさら晴らしようがないほどに強くなった。 楽天AD [古文・原文] この御子三つになり給ふ年、御袴着(おはかまぎ)のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮・納殿(くらつかさ・おさめどの)の物を尽くして、いみじうせさせ給ふ。 それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよずけもておはする御容貌(おかたち)心ばへありがたくめづらしきまで見え給ふを、え嫉み(そねみ)あへ給はず。 ものの心知り給ふ人は、かかる人も世に出でおはするものなりけりと、あさましきまで目をおどろかし給ふ。 [現代語訳] この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式が行われたが、一宮がお召しになったのに劣らないほど内蔵寮・納殿の御物を派手に使って、とても盛大に執り行われた。 そのことについても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なされていかれると、そのお顔だちやご性格が世間に類がないほどに素晴らしいので、憎むことがなかなかできない。 物事の情趣を弁えた有識者たちは、このような素晴らしい完璧な方が、この世に生まれてくることがあるものなんだなと、驚き呆れたご様子で目を見張っていらっしゃる。

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